二次創作

アルペジオ二次創作 後編 試作その1

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2週間前
旧・沖ノ鳥島 周辺海域



「この辺りで十分だ! 付き合ってくれて感謝する、軍曹!」
「言われなくたってそうするよ、クソッタレ准尉殿! アンタ、今さら後悔しても遅いぞ! 今までの兵隊人生ぜんぶパアなんだぞ!?」
「|だからいいのさ《・・・・・・・》!!」
「……! イカれてるよ、アンタ! |あの化け物《・・・・・》に殺されても知らねえからな!」
「忠告に感謝する! じゃあな!」

パイロットの怒鳴り声を背に浴びながら、キャビン・スライドドアを開け放った俺は宙空へ力いっぱいに踏み出した。受け止めてくれる大地はない。あるのは太陽の日差しに碧々と煌めく大海原だ。ギリギリまで降下させたとはいえ、海面までは10メートルはある。数秒にも満たない落下時間の中に後悔とやらが付け入る隙は微塵もなかった。
俺の今までの人生は軍隊のためにあったと言っても過言ではない。代々|地に足をつけた《・・・・・・・》軍人を輩出する家系に生まれた宿命として、国への忠誠や滅私奉公を延々と叩きこまれてきた。それ以外の生き方は認められず、物心がついた頃から武人となるべく鍛えられてきた。他人が“誇り”や“名誉”だというそれらは、俺にとって“足枷”であり“呪縛”でしかなかった。何をするにしても一族の名前が付き纏い、どんな才能も努力も掻き消される。後悔と呼べるのは、そんなしがらみに囚われて無為に浪費してしまった今までの人生そのものだ。
今、俺はそれら全てから脱却し、自分の意志で一步を踏み出したのだ。

「―――ぅおおッ!?」

尻穴が窄まる浮遊感に肌を泡立たせたのも束の間、ローターが叩きつける暴風に吹き飛ばされた俺の身体は木の葉のように宙で二転三転し、背中から海に突っ込んだ。巨大な剣山に落ちたかと紛うほどの鋭い痛みが背面を打ち付け、電撃を受けたように全身が痙攣する。どんなに贔屓目に見たって素人同然の無様な着水だ。鍛えていなければ今頃は骨や内臓を損傷していただろう。「こんなことならレンジャーの降下訓練でも盗み見ておけばよかった」と後悔していると、氷水のように冷たい海水が痛覚を麻痺させて痛みをかき消してくれた。この期を逃すまいと四肢をバタつかせて海面から頭を出せば、すでにヘリの後ろ姿は遥か向こうまで遠ざかっていた。ローター音が消えた後は、自身の荒い息と波音以外には何も聞こえない靜寂だけが残る。

「腰抜けめ。いくら怖いからって、上官を放ってトンズラするやつがあるかよ」

とは言え、階級を利用して無理やりここまで運ばせたのは俺だ。おおっぴらに文句は言えないが、その情けない遁走っぷりを見せ付けられては悪態を漏らさずにいられなかった。“霧”のせいで活躍の場が失われたとはいえ、そんな体たらくを晒せば海軍から舐められたって文句は言えない。

「ま、海軍だろうが陸軍だろうが、俺にはもう関係ない」

誰に言うでもなく言い放つ。古巣を貶しているにも関わらず胸がすくような清々しい気持ちだ。昨日までなら、こんな台詞を誰かに聞かれようものなら直ぐ様上官に言い付けられ、次の日には家長様からのキツいお説教が待っていただろう。軍のヘリを奪取して海に身を投げたなんて知られれば説教どころか牢屋行きと一族からの勘当のフルセットだ。
だが、もうそんな心配は無用だ。| 海 《ここ》には、俺を縛るものは存在しない。存在するのは、1兆8000億リットルもの海水と、陸地の3倍もの面積を持つ4億平方キロメートルの| 戦 場 《いくさば》。そして、その戦場を縦横無尽に駆け抜けるために必要不可欠な|鉄の愛馬《・・・・》だ。

「……ああ、そうだとも。絶対に俺の|愛馬《もの》にしてやる」

決意の言葉を呟き、背後に浮かぶ|それ《・・》に身体を向ける。
|その潜水艦《・・・・・》は、どこまでも広がる大海原に忽然と浮かんでいた。潜水艦にあるまじき巨体を惜しみなく陽光に晒しながら、霧を纏うでもなく、どこを目指すでもなく、ただただ波に身を任せて太平洋を揺蕩っている。上空から見ただけでも戦艦と見紛うほどの迫力を放っていたが、近づいてみればさらにも増して雄々しく見えた。
ゴクリと緊張の唾を飲み下して不敵に口端を釣り上げ、濃灰色の潜水艦に向かって泳ぎだす。攻撃してくればその時はその時だと開き直っていたが、こちらを殺す気があればヘリが近づいてきた時点で撃ち落とされていたはずだ。そうなっていないということは、この霧の潜水艦には敵意がないということだ。“取るに足らない羽虫如きに手を下す必要はない”と判断されたのかもしれなかったが、どちらにしても俺の決意を折るには足りない。
30メートルほど進んだところで目的の潜水艦に辿り着いた。水を吸った戦闘服が予想以上に重く、肌に張り付いて急激に体温を奪う。怖がっていたわりには命令通りギリギリまで接近させてくれたパイロットを見直しつつ、寒さに荒くなった息を整えながら濃灰色の装甲に手を触れてみる。鋼鉄に似た肌触りだが、不思議な温もりを感じる。

「……損傷は見当たらないな」

そのまま手を滑らせてみるが、窪みどころか傷ひとつ発見できない。報告には“修復中らしき霧の艦艇が漂流している”とあったが、どうやら違うらしい。では、なぜこの潜水艦は無防備なまま何の動きも見せないのか。
謎を明らかにするために、ラッタルを探して前部デッキの方に泳ぐ。雄牛の筋肉のような盛り上がりを魅せる逞しい艦体を見上げれば、この艦の名称なのだろう文字が刻み込まれていた。

「|イ405《・・・・》、か。こりゃあ、いよいよ俺にも運が回ってきたぜ」

 霧の船は、全てが第二次世界大戦当時の艦船をモデルにしている。この潜水艦も例に漏れず、外見は大戦末期の潜水艦そっくりだ。伊400型ということは、|あの《・・》“|蒼き鋼《・・・》”の同型艦ということになる。唯一、人類に味方をする霧の艦艇『イ401』の同型艦が俺の目の前に現れてくれたことには運命を感じずにはいられなかった。勇ましい外観を見上げ、これを手にするチャンスを得られたことに感無量の想いを噛み締める。
 俺は、陸よりも海への憧れのほうが強かった。数多の将兵を引き連れて埃っぽい地べたを這いつくばるより、巨大な戦艦を指揮してどこまでも続く大海原を突き進む方がずっと格好が良いと思っていた。特に、霧の艦隊の出現によって主戦場が海へと移行して、陸での戦いはもっぱら同じ人間とのくだらない小競り合いとなってしまってから、その思いは日に日に強くなっていった。望みもしない戦場でこのまま朽ち果てていくことに絶望していた。そして今日、その艱苦はついに爆発した。海軍技研の連中が話していた“漂流する霧の艦”の話を盗み聞いた瞬間、衝動に身を任せた俺は最低限の荷を|戦 闘 背 嚢《バックパック》に詰め込み、ヘリコプターをパイロットごと強奪してここまで来たのだ。
もう後戻りは出来ない。救助など考えてもいなかったから、無線機の類は持ってこなかった。|コイツ《・・・》に拒絶されればここで惨めに溺れ死ぬしか無い。だが、後悔を抱えながら陸で錆びていくより、今ここで潔くくたばった方が遥かに俺らしくあれると思った。

「戦艦だったら最高だったんだがなぁ。ま、ここは潜水艦でも我慢してやるか―――



「悪かったな、戦艦じゃなくてっ!」



―――なッ!?」

 呆気無く虚を突かれ、ギクリと肩を跳ね上げる。思いがけず声をかけられた程度で驚くほど己を甘やかした訓練は積んでいない。その声が今の状況にまったくそぐわない|少女《・・》のそれだったことに、俺は思考を一瞬だけ停止させてしまった。
興奮のあまり失念してしまっていた。霧の艦艇は、重巡洋艦以上になると『メンタルモデル』と呼ばれるヒト型の意識体を保有する。その意識体は揃って女性の姿を模しているという。イ401もメンタルモデルを保有しているらしいことを考慮すれば、このイ405に同じものが宿っていたとしても不思議はない。
一秒以下の、だけれども戦場では命取りになる致命的な時間を経て、腰のホルスターから拳銃を抜き放つ。脳みそが発声源を探るよりも先に脊髄が判断し、銃口がピタリと上方に固定される。陽の光を背景に、小柄な何者かがデッキ上に仁王立ちしていた。眩しさに目を細め、こちらを見下ろすメンタルモデルとまっすぐに視線を交差させ、


「―――天使?」


 光り輝く翼を背中に広げていれば、それを“天使”と呼ばずして何と言うのだろうか。向こう側が透けるような純白の裸体は、さながら宗教画に描かれる見目麗しい女神のようだ。決して膨よかではないが黄金比をなぞるシルエットは十二分に完成された美を司り、引き金を引くことを躊躇わせる神聖さを放っていた。
自身に突きつけられている銃口に恐れを抱くこともせず、こちらを静かに見下ろすその姿は超然としていて、相手がヒトを超越した存在であることを示している。この艦との出会いには運命を感じると思っていたが、まさか本当に天啓だったとでもいうのか。
 腕から力が抜け、視界を遮っていた拳銃が緩やかに下がっていく。陽光に馴れて段々と明確化していく視界で、天の御遣いがふんと鼻を鳴らす気配がした。次いで、なぜだか不機嫌そうな台詞が降ってくる。

「お生憎様、オレは潜水艦です! 戦艦でも天使でもなくて残念でござんした!」

 腰に手を当ててムスッと唇を尖らせる。その憮然とした仕草は天使というよりそこらの少女のもので、俺はようやく自身の認識を改めるキッカケを得た。片手で光を遮り、じっと様子を窺う。表情をまで判別できるようになったところで、確かに相手が天使ではないことを理解した。天使の翼に見えていたものは、背中に流れる銀色の長髪だった。風を孕んで揺らめく髪が陽の光を反射して翼に見えたのだ。
そして、別のことも理解した。少女が、天使でも羨むほどの美少女で―――自らが裸であることに恥じらいを感じていない、|残念な美少女《メンタルモデル》だということだ。
神秘的な出会いが白昼夢と化して過ぎ去った後には、ムッとした顰めっ面で潜水艦に仁王立ちする全裸の少女と、胡散臭げに彼女を見返す水浸しの俺だけだ。

「……なんか、スマン」
「わかればいい」

こちらのぞんざいな謝罪を軽く受け入れ、メンタルモデルの少女はうむと頷く。あまり物事を深く考える性格ではないらしい。真面目に銃口を向けていることにバカらしさを覚え、拳銃をホルスターに仕舞う。少女から敵意は感じない。というより、やる気を感じない。メンタルモデルとの接触はもっと緊張感に張り詰めていて心臓が破裂するほどに心躍るものだと思っていた。現実は非情である。
だくだくと分泌されていたアドレナリンの泉がげっそりと枯れ果てるのを知覚する。興奮が失われれば、後からやってくるのは今まで掻き消されていた肉体の悲鳴だ。ヘリから落ちた時に打ち付けた皮膚が刺すような痛みに襲われ、体温が落ちたことで内臓の動きが鈍っていく。命を繋ぐには速やかに海水から脱出しなければならない。鉛のように重くなっていく肉体の異常に冷や汗を流しながら、不敵な笑みだけは崩さずにメンタルモデルの少女に問いかける。

「なあ、甲板に上がっていいか? 話が、したいんだ」

 “霧”が人類との対話に応じた前例はない。17年前、“霧”が突如出現した時も俺たちは真っ先に平和的解決を図ろうとしたが、人類の代表を乗せた船は容赦無い砲火に晒されて海の藻屑となった。今回もそうなるかもしれない、という嫌な予感が冷風となって頭をよぎる。

「いいよ」

いいらしい。

「ラッタル作るからちょっと待って。あ、自力で上がれないなら昇降機でも作ろうか?」
「……いや、大丈夫だ。ラッタルでいい」
「あいよ」

 過去の人類の諸君、お前たちはいったいどんな対話を試みていたんだ。
あまりの呆気無い成功に、寒さからではない頭痛を覚えてこめかみを抑える。
海軍技研―――日本統制海軍 目黒基地所属 技術研究本部の考察によると、メンタルモデルとは『進化の可能性を探るためのツール』だという。以前の“霧”は、圧倒的な火力でひたすら目の前の敵を倒すことしか出来ず、戦術という“思考”を持ち得なかった。ヒトと同じ姿形は、ヒトたる所以の“考える能力”をシミュレーションし、より多彩な戦い方を実践するための学習装置なのだ。だから、メンタルモデルは画一的な性格はしておらず、どれも多彩な人格形態を取り、“霧”全体の思考バリエーションを増やそうとしているのだという。その過程で、イ401のように『人類に加勢する』という謎の行動を執るメンタルモデルも現れれば、もっと際立った性格をしているメンタルモデルも存在するだろう、というのが連中の言い分だ。
とどのつまり、今こうして興味津々に俺の頬を突いている銀髪の少女も、そうした|ぶっとんだ《・・・・・》メンタルモデルの一例なのだろう。少女は、デッキに座り込んで身体を乾かす俺を何が珍しいのか面白げに観察していた。銀髪を振り乱しながら周囲をくるくると動きまわり、時々指先で触れたり匂いを嗅いだりしてくる。害意は無さそうだが、動物のように観察されるのは心地よくはない。「ほお」「ふむ」「へえ」と何の感嘆なのかわからない息を鼻先に吹きかけながらペタペタと胸板を撫でられ、さすがに鬱陶しさを感じた俺はその細腕を掴んでグイと力任せに引き寄せる。羽根のように軽い少女が「ひゃっ」と短い悲鳴をあげて懐に飛び込んできて、むぎゅと鼻を潰した。

「にゃ、にゃにするんだ! この野蛮人め!」

 良く言えば鈴の音のように綺麗な、悪く言えば跳ねまわるピンボールのように耳を突く高い音域の声音が鼓膜を叩く。

「それはこっちの台詞だ。ベタベタと他人様の身体を触りやがって、お前、俺の何がそんなに珍しいんだ?」
「いやあ、この世界の|登場人物《キャラクター》と会うのは初めてだったからさ。好きな作品の中に生きてる人間ってどんなんだろうって思ったらすごく興味が湧いて、つい……。で、でも、何が減るわけでもないし、ケチケチしなくたっていいじゃん!」
「“霧”への畏怖とか敵愾心とかそういうのがガリガリ減ってるわ!」

 何やら不思議な言い回しをしていたが、他の短絡的な行動を見るに特に意味があるわけではないだろう。俺の接近を許したのも、ただ単に好奇心故らしい。俺自身も理性的な人間ではないとはいえ、ここまで自由奔放ではなかった。少なくとも、裸のまま異性と向き合っていれば羞恥心を感じるくらいの自覚は備えている。
少女が如何にも不満げに眉をハの字に曲げてああだこうだと抗議の声を上げる。しかし、直視するとその緩やかに膨らんだ双球や瑞々しい太ももが嫌でも目についてしまう。俺より10歳は年下に見える見た目で、言動もアホの子なのに、なまじ人間離れした美しい容貌をしているからおかしな衝動を胸中に抱かせられる。
抗議を無視してコホンと一つ咳払いし、防水仕様のバックパックからジャンパーを引っ張り出すと「は~な~せ~よ~!」と胸元で暴れる少女の肩にかけてやる。キョトン、と面食らって俺を見上げる瞳は純真そのもので、悪いことをしているわけでもないのに罪の意識が芽生えてくる。

「……ええと、気持ちは嬉しいけど、オレは風邪なんか引かないぞ。メンタルモデルなんだから」
「そういう問題じゃない。あのな、お前は知らんだろうが、人間様は“恥じらい”ってのを持ってるんだ。分かるか、恥・じ・ら・い。異性に自分の裸を見られるのは嫌だと感じるし、不用意に裸を見てしまうのも居心地が悪くなるもんなんだ」
「ば、バカにすんな! それくらいわかるっつーの!」
「分かるんなら、前を隠せ。見えちまうだろうが。直視できないからやりにくいんだよ」
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~ Comment ~

 

久しぶりにコメント書きますw
今回のアルペジオ二次創作、前半と後半で終わらせると勿体無く感じるくらい気に入りました。
主さんの書く作品はどれも面白いです。
忙しいと思いますが、続き待ってます。

NoTitle 

あけおめことよろでございます。いやあ、気付けば光陰矢のごとし。再び一年が始まってましたね。
チビチビと進むようで進まない、登ってるようで登れない日々、着実とは言わずとも、せめて歩く気楽で行きましょう。
管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

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