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思いつきの小説 少しずつ改良中

 ←ふふふ……遂にニコニコ超会議!! →おおパソコンよ 死んでしまうとは 情けない
なんか不意に思いついたから6~7時間くらいで書きますた。明日、仕事から帰ったらもうちょっと捻ってみよう。久しぶりに小説を書くから上手い比喩が出てこなくなってる。


あ、Twitterとの連携を解除しました。ブログの記事は量より質と言ってくれた方に感謝です。そのとおりだね。






桃の花言葉
「天下無敵」「チャーミング」「私はあなたのとりこ」



 昼間の陽射しに煮られた野草の青臭い匂いが夜の冷気に混じり、狭い田舎道に独特な空気を充満させていた。そんな人気のない夜の一本道を、俺は自慢の愛車に跨がって走る。塗り込めたような暗闇をこの身で切り裂いて走る興奮はバイク乗りにしか理解できない鼓動の高鳴りを肋骨の内側いっぱいに響かせる。特に、俺のような学歴が乏しく本能の強い人間にとって、己の身を剥き出しにして走るバイクは神経をビリビリと刺激してくれる魔性の乗り物だ。
あとは、俺の後ろに張り付いてペラペラとアダルトゲームの説明をしてくる舎弟すらいなけりゃ最高なんだが。

「そのヒロインがね、これまた可愛いんスよ。キャラ紹介も丸々暗記したくらいで。『|輝朝《てるあ》 |桃瀬《ももせ》。私立瑞穂学園で、主人公の隣のクラスに属する黒髪の美少女。由緒正しい良家の出身で、容姿端麗かつ有智高才。しかし家柄をひけらかして驕るような真似は決してしない清廉な人格者。ガサツな性格の主人公とは水と油のような関係だったが、ある出来事をキッカケに両者の間は急接近する!』。なんか難しい言葉がチラホラあってよくわかんねぇとこもあるけど、兄貴もなんかドキドキしてくるっしょ?」
「なあ、テツよ、お前それ、私立高校の話だろ? チュー卒のオメエには縁のねえ話じゃねえか」

 言って、右手に握るアクセルグリップをぐいと開ける。グリップと直結する|気化器弁《キャブレター》から吹きこまれた多量の空気がガソリンと共に激しく燃焼し、ピストンの上下運動を劇的に加速させる。ホンダ『スーパーホークIII』の空冷4サイクルエンジンの猛々しい息吹を味わうように太ももで燃料タンクを締めあげ、さらにグリップを捻れば、ホンダが満を持して世に出した名車が自慢の加速力でそれに応える。巨大な手に背後から引っ張られる感覚に鼓膜が突っ張ったのも束の間、すぐ耳元で「どひゃあ」と喜んでいるのか驚いているのかも判別できない間抜けな悲鳴が上がった。

「兄貴、飛ばし過ぎっスよ! 振り落とされるかと思ったッス! こっちはノーヘルなんだから気を使ってくださいよ!」
「ぅるせぇ、ヘルメもねえくせに送ってくれとヌカしやがったお前が悪いんだろうが! 耳元でオタクくせぇゲームの話されてるこっちの身にもなってみろ! せっかくの気分が台無しだっつの! 大体、テメェがそんなゲームにハマりだしたなんて初めて知ったぞ!」
「へへ、俺もまさか自分がこんなゲームにハマるなんて思ってなかったッスわ。こないだの事故でバイク結局おシャカになっちまって暇になったんで、後輩のパソコン無理やり借りてイジってたら、これがヒットしたってわけで」
「なるほどな――――って、ああ!? バッカ、お前、『|スズキGSX400X《インパルス》』廃車にしちまったのかよ!? せっかく金貯めて買ったんだろ! 修理しろや、もったいねえ!!」
「んな金ねぇんだからしょーがねえでしょ!」
「ったく、ゲームで高校生活やってるくらいなら|通信制高校《ツーシン》にでも行けよな!」
「あー! あー! 聞こえねえ! 兄貴がスピード飛ばしすぎて全ッ然聞こえねえッス!!」

 すぐにヘソを曲げやがるのがコイツの悪いところだ。堪え性がないんだ。せっかく痛い思いをして開けたたくさんのピアス穴も、維持するのが面倒くさいと放置していたせいで埋まってしまった。そういうところが少し前の自分に似ていて他人のように思えない。同じ中学出身ということもあり、放っておけないから構ってやっていたらいつの間にか「兄貴」と呼ばれて懐かれてしまっていた。鬱陶しく思うこともあるが、なぜか悪い気はしなかった。
 腐れ縁だな、と内心で苦笑を零していると、不意に耳元でボソリとかすれ声が零れた。テツらしくない、張りのない声だ。

「……兄貴はスゲエっすよ」
「な、なんだよ、突然」

腰に回された腕が縋るようにギュッと力を増す。事故ったせいで建設会社をクビになったことが堪えてるのかもしれなかった。中卒のワルガキは何かあればすぐに切り捨てられるのが世間の暗黙のルールだ。繋ぎ止めていても会社に得はない。

「俺と同じ中卒なのに、バイトしながらガンバってベンキョーしてツーシン通って、資格取って、塗装会社に|正社員《せいしゃ》で入って、真っ当に仕事してて……。俺には真似出来ねッス」
「出来る。どうしようもないバカの俺にも出来たんだ。少なくともエロゲーなんかにうつつを抜かさなきゃ、お前にだって出来るさ、テツ。お前、俺に似て飲み込みは早えんだから」
「……へへ、ホントすか?」
「ああ、ホントだよ。まだ18だろ。今から本当の高校に行ったって遅くはねえんだ。その赤い髪を黒に染めなおして、襟までビシッと締めりゃ、まあまあ様になるさ」
「ですよね! そしたら、桃瀬ちゃんみたいな可愛くてしっかりした女の子と出会って、一気に勝ち組の道を一直線っすよ! そしたら兄貴も雇ってあげますから!」
「この野郎、すぐに調子に乗りやがる!」

 途端に上がったゲラゲラと下品な笑い声に鼻を鳴らし、ヘルメットの下に隠れて笑う。くすぐったいような気持ちに胸が熱くなる。俺には弟はいないが、いればきっとこんな親しい関係を築いていたんだろう。

「ねえ、兄貴! 兄貴もエロゲやりましょうよ! これがなかなか面白えんスから!」
「やらねえよ! その“桃瀬ちゃん”みたいなご立派な女の子は俺には似合わねえっつの!」
「いやいや、他にも女の子は選り取り見取りなんすから! それに、主人公は俺らみたいな奴で、名前は―――」


ガシャン、と金属同士が衝突するけたたましい音が前方の闇に弾けた。


「……なんだ……?」

音は鳴り止まず、ガリガリガリと耳障りな引っ掻き音をがなり立てながら急速に近づいてくる。ギョッとして会話を中断し、二人して眼前に目を凝らす。数百メートル先で火花が散っていた。対向車の大型トラックが、ガードレールと激しく接触しながらこちらに向かって高速で走行してきていた。
不注意でぶつけてしまったのなら、すぐに止まるはずだ。だが、

「あ、兄貴、なんか様子がおかしいッスよ! アイツ、止まろうとしてねえ! それどころかアクセルべた踏みだ!」

トラックはさらに加速していた。田舎道には不釣り合いな巨体がまるで雄叫びを上げるデカい化け物に見えてゾッと背筋が凍る。トラックの巨大なタイヤが路肩に乗り上げ、運転手の身体がガクンと不自然なまでに大きく揺れる。マネキンのように脱力した運転手は、明らかに気を失っているようだった。

「冗談だろ……!」

 この道路は狭く、両側はガードレールに塞がれている。躱して避けるにはあのトラックはあまりに大きすぎる。パニック寸前の意識を必死に繋ぎ止め、ブレーキレバーを思い切り握る。二人分の体重を受けたブレーキローターがギギギギギと断末魔のような悲鳴を上げる。思考が冷静な分析を下すよりも早く、腕を伝わってくる感覚が「ダメだ」と冷酷な声をあげた。乗り慣れた愛車は、スピードを出しすぎたことが災いとなったことを否応なく俺に悟らせた。止まりきるまでに時間がかかりすぎる。

「兄貴、前ッ!!」
「くっ!?」

テツの切羽詰まった声にハッと頭を上げる。暴走トラックはこちらの減速を狙っていたかのようにガードレールに弾かれ、その反動を利用してこちらに真っ直ぐに迫ってきた。
間に合わない。避けきれない。一瞬後に身体を叩きつけるだろう衝撃を予想して、瞳孔が開き、汗が噴き出る。
飛び降りればまだ間に合うかもしれない。だが、ドン臭いテツには無理だ。しかもヘルメットのないこいつは、間違いなく―――。
すぐ鼻先にまで迫ったトラックのヘッドライトから顔を逸らし、背後のテツの顔を覗きこむ。引き攣った双眸が俺に助けを求めていた。紫色の唇が「死にたくない」と震える。
俺に弟はいない。だけど、いればきっと、こんな親しい関係を築いていた。

迷わなかった。渾身の力で肘を思い切りぶん回し、テツの肩を強く打ち付ける。吹っ飛んでいく小柄な身体は狙い通りにトラックの進行方向から外れてくれた。何事か叫ぶテツの顔を見て、俺は笑い、叫ぶ。

「ゲームばっかしてないで学校行けよッ、テ












空冷4サイクルエンジンの奏でる爆音が遠くで聞こえた。

「如何されました、|桃瀬お嬢様《・・・・・》?」
「――――――えっ?」

 ハッとして顔を上げる。気付けば、なぜか車の後部座席に座り込んでいた。高級車の清潔な匂いの中、目を丸くした初老の運転手と視線を交差させ続けることたっぷり10秒、さっきの声がこの痩せたひげ面の男が発したものであり、それが自分に対しての問いかけであったのだと察した。心の底からこちらを心配して様子を窺ってくる男は、見覚えがないようで、昔からよく知っているように思えた。

「お嬢様、先ほどからご気分が優れないようですが、どこかお加減でも悪いのですか?」
「お嬢、様……?」

聞きなれないはずなのに、なぜかしっくりと耳に馴染んだ。お嬢様なんて呼ばれるような上品な家柄に育った覚えはない。家は母子家庭だったし、貧乏だった。それに、そもそも|私《・》の性別は―――

「“|わたし《・・・》”?」

自然に浮かび出た一人称にギョッとして目を見開く。手の平を目の前に掲げて見れば、その色白さと小ささに驚く。身体の軽さも、声音の繊細さも、手指の線の細さも、違和感があるようで、しかし、無い。生まれてからずっとそうであったという感覚がじわじわと水が滲むように蘇ってくる。自分は何者なのか―――さっきまでの記憶は誰のものなのか―――。

「……ああ、|そうだったっけ《・・・・・・・》」
「お、お嬢様……!?」

どうして忘れてしまっていたのだろう。水面までゆっくりと浮上していくような意識の覚醒を経て、|私《・》はいよいよ青みがかってきた|執事《・・》―――|天羽《あもう》の顔面に向けて静かに声をかけた。

「ごめんなさい、天羽。少し寝ぼけていたみたい。もう大丈夫よ」
「し、しかし、お嬢様に万が一のことがあれば、」
「無いわ。本当に寝ぼけていただけ。恥ずかしいところを見せたわね。さ、早く出して。入学式に遅れてしまうわ」
「それなら良いのですが……」

 渋々納得したと言わんばかりの皺の入った顔から目をそらし、カーウインドウの窓辺に頬杖をつく。路肩に止まっていた車がウインカーを焚いてゆっくりと動き出す振動を背中に感じつつ、私は全てを理解してしまったことを後悔していた。どうして今になって思い出したのだろう。この世界が、死ぬ直前にテツから聞いたエロゲーの世界なのだということを。
 これから通うことになる学校は、私立瑞穂学園。この世界での私の名前は、|輝朝《てるあ》 桃瀬。この虚構の世界でヒロインを演じ、誰かもわからない主人公に攻略されることを待つ、虚しいピエロだ。

「せめて主人公のことを知っていれば、縋りつくことも出来たんだけどなぁ……」
「は? お嬢様、今なにか仰られましたか?」
「なんでもないわ。新入生代表の挨拶の練習よ」
「ああ、なるほど」

 満足気に頷いた天羽の声は、すぐ隣を通過した二台のバイクに掻き消された。旧車特有の爆音を引き連れてかっ飛ばす、『スーパーホークIII』と『|スズキGSX400X《インパルス》』。ヘルメットの下に微かに覗いた金髪と赤髪はまるで私とテツのようで、私は天羽に見えないようにそっと涙をこぼした。










『|悟《さとる》、お前は他人が|見えすぎる《・・・・・》んだ』


 僕が描いた家族の絵を厳しい眼差しで睨みつけながら、叔父は重々しい口調でそう諭した。物心がついたばかりの頃に言われたその言葉の意味は、10年以上を経た今ならはっきりと理解できる。
僕は絵を描くのが“得意”だ。目に映る像を写真のように描ける。趣味が高じて上達したわけじゃない。生まれながらにそういう能力が身についてしまっていた。他人を忠実に―――忠実|すぎる《・・・》ほどに視てしまう能力が。

例えば、道すがらにすれ違った恰幅のいい中年男性を見たとする。高級なスーツに身を包む彼は、普通の人には社会的地位を獲得した成功者に見える。しかし僕には、周囲の目線をビクビクと気にしながら背を丸めて歩く痩せた男が透けて見える。マスコミの取材に動揺しながら受け答えをする殺人事件の第一発見者の背後には、血塗れの包丁を持った殺人鬼の冷たい笑顔が見える。
少し目を凝らしただけで認識できてしまうそれらがヒトの『本性』だと気付かされたのは、奇しくも両親の絵を描いた時だった。真っ白い紙の真ん中に立つ小さな僕と、僕に背を向けて離れていく父親と母親の絵。それは小学校にも上がっていない幼児の絵とは思えないほどの写実さで二人の背中を描写していた。魔法の鏡のようにその人間の本当の姿を暴いてしまう子どもを両親は日増しに気味悪がっていた。二人は、いつの間にか実の子供を恐怖の対象としてしか見れなくなっていた。僕は、そのことを自身の絵を通して知ってしまった。

『あなた、もう耐えられない。私は恐ろしいわ』
『俺もだ。あの子は悪魔だ』

ベッドに寝かされた僕は、浅い眠りの中で両親の苦しげな声をぼんやりと聞いた。その次の日、ついに僕を持て余した両親は、たった一人の息子を親戚の小さな寺に押し付けて姿を消した。
その寺の住職である叔父は、この能力を天賦の才だと言った。嘘と見栄ばかりで塗り固められた虚構の世界を見通すべく、神仏から人間に与えられた神代の才幹―――浄天眼であると。

『だが、“過ぎたるは及ばざるが如し”という諺がある。お前の力は、この未熟な世界に大きすぎる楔を打ってしまう。お前という鏡はあまりに純粋に磨き上げられ過ぎていて、現代の人間は直視できないんだ。
だからな、悟。お前は絵を描き続けろ。いつかその才能を必要とされる日が来た時のために、その大きな力が薄れてしまわないように、心の目を磨き続けろ。いつか、その眩い力を必要としてくれる人が、社会が、きっと訪れる』

そう言って、すでに還暦を過ぎた叔父は僕の肩にそっと手を置いた。うっすらと涙を讃えた双眸で僕の不遇を哀れみ、この能力が必ずしも良い結果を生むとは限らないことを教えてくれた。今は誰かを不幸にしてしまっても、いつかは誰かの役に立つ日が必ず来るのだと教えてくれた。
だから、僕は今も人間の絵を描いている。例え、この絵のせいで他人を信じられなくなっても、誰かに怖がられても、周囲から疎んじられても、それが自分の宿命なのだと理解しているから。この呪われた力が、きっと誰かを幸せにする日が来ると願っているから。



そして、この私立瑞穂学園に入学してすぐ、|彼女《・・》と出会った。






美しい変化をお前に







キーンコーンカーンコーン。

学生にとって耳にタコが出来るほど聞き慣れたチャイムがけたたましく響き渡る。イギリスの|時計塔《ビッグベン》のメロディを元にして戦後に作られたらしいこのチャイムには、今や日本人の方が親しみを持っている。特に、昼の12時に聞こえるそのメロディは喜びを持って迎えられている。要するに、昼休みの始まりだ。

「おい、木村! あの子、早く飯に誘えよ! 中学の頃から気があるっつってたじゃん!」
「う、うるせえな! 放っとけバカ!」
「あーはいはい。わかったわかった。俺が先に誘うからお前は学食行ってろよ。よく見りゃ、あの子俺のタイプで可愛いし」
「な、こら、テメエこの野郎ッ!」

すぐそこで繰り広げられる酸っぱい青春の一場面を、「元気だなあ」と他人行儀に聞き流す。嫌でも他人の本性が見えてしまう僕にとって、異性の外面的な美醜は意味あるものではない。完璧な整形手術も、プロ級の化粧も、その人間の本当の姿を隠すことは出来ない。むしろ自身を偽ろうとするほど内面的な醜さをより強調させてしまうことを今までの16年間の人生で腐るほど目にしてきた。禁欲的な寺で育てられたことも助長してか、同世代の男子たちが年頃の女の子の表面的な優劣を観察して一喜一憂する感覚が理解できなかった。
だけど、それでも、|彼女《・・》の外見は確かに美しかった。


「隣のクラスの|桃瀬《ももせ》ちゃん、やっぱり可愛いよな。アイドル顔負けだぜ。なあおい、仏家のお前でもそう思うだろ、|風夜《かざや》?」
「悪いんだけど、そういうの興味無いんだ」
「……ケッ、淡白な奴だな。だからつまんねえんだよ。おい、行こうぜ」

 僕の反応を愛想がないと判断した級友が悪態をついて仲間とともに去っていく。入学して初めて会った彼は、僕のことを嫌いになり始めている。しかし、僕は彼をあまり嫌いにはなれない。単純な性格だろうからか、僕の目から見ても彼の表の顔と裏の顔はほとんど大差ないからだ。もし彼を描いたなら、きっと肖像画のように朴訥な顔がそのまま画用紙に表れるだろう。叔父もそうだが、根っからの正直な人間は見ていて清々しい。そう思うのならこちらも少しは愛想よく振る舞えばいいと言われそうだが、今までの友人たち全員が僕を気味悪がって離れていったことを思い返すと今さら積極的に友人を作るのも徒労に思えてしまうのだ。
さて、そんな正直者の横顔を何の気なしに観察していると、不意に先ほどまでのムスッとした顔をコロリと一転させてニヤけ面を晒した。溶けたチーズみたいにデレデレとした視線の先に目線を流し、なるほどと内心で頷く。

(……|輝朝《てるあ》 桃瀬さん、か)

 このクラスの誰かを目当てに来たらしい美少女が黒髪をふわりと揺蕩せて教室のドアをくぐっていた。開け放たれた扉から吹き込んでくる新鮮な風に混じって、こちらにまで女性らしい柔らかな匂いが運ばれてくる。思わずクラッと目眩を引き起こすココナッツのような甘い香りは、あの黒髪を艶めかせる椿油のものなのか、彼女自身のものなのか。さすがは、入学してまだ一週間だというのに早くも全校の注目の的となった、美貌と理知を兼ね備える完璧な美少女、輝朝 百瀬だ。廊下で立ち聞きした話によると、なんでも“伝説の朝香 楓の再来”などと目されているらしい。さらさらと素軽い黒髪、涼やかに整った目鼻立ち、同世代の少女たちより一步大人びてすらりと伸びた肢体は、汚れのない清流のように見る者の心をハッとさせる。それほどの優れた容姿に加え、家柄確かな良家の一人娘であり、それを鼻にかけず、かといって媚びを売るわけでもなく、誰にでも別け隔てなく接するという理想の体現者の如き性格であるのだから、皆が我先にとお近づきになろうとするのも無理はない。

(……苦手だな、ああいう女の子)

とは言え、社交的な美人ほど本性とのギャップが激しいことを身に沁みて理解している僕としては、どんな恐ろしい魔女を目撃してしまうのかと思うとまともに直視するのも憚られる。離れて鑑賞している内は世にも美しい絵画だったのに、よくよく目を凝らして見ると人血で描かれた呪詛の塊でした、なんてトラウマは御免だ。世の中には知らなくて良いことの方が圧倒的に多いことを誰よりも一番理解しているのはこの僕だ。

(触らぬ神に祟り無し。さて、いつものところに行こう)

 机に引っ掛けてあるプラスチック製のバッグをひょいと取り上げる。長さがまちまちになった使い古しの色鉛筆と安物のスケッチブック、そして自分で握った昼食用の握り飯がいつもと変わらない重さを腕に伝えてくる。今から、僕にとって唯一の心休まる安寧の場所へ―――屋上の『タツヒコ庭園』へ逃避するのだ。
この市立瑞穂学園は、可能な限り運営を生徒側に一任している。放任主義とまでは行かないが、自由な気風であるのは間違いない。数年前には生徒の提案によって昼休みの時間が30分延長されたりもしている。しかし、生徒側が変に調子づくということもなく、規則は尊重されている。というように、紙一重の調和を維持したまま優秀な学園としての体裁を整えているため、大半の学校が屋上への生徒の立ち入りを規制する昨今、この学園では素晴らしい景色を堪能することが許されている。
一説によると、どうしても恋人と屋上でイチャつきたかった10年前の朝香生徒会長が、あらゆる手段を講じて学校側に屋上を解放・整備させて庭園を造らせたらしい。タツヒコ庭園、という奇妙な名称はその名残なのだとか。そんな荒唐無稽な話が真実かどうかは定かではないが、もし真実であれば素直に感謝しよう。学校の屋上にあるまじき見事な庭園と、それを包み込むように生き生きと聳え立つ楓の木は、人間の醜い正体を見せ付けられて曇った僕の心に清純な風を送り込んでくれる。指の動くままに鉛筆を走らせてみれば、どの角度から描いても新鮮な発見を僕に与えてくれるのだ。

さて、と心中に呟いて気分を一新する。今日は庭園の奥にでも篭って、握り飯を頬張りつつ奥ゆかしい小花でも描こうか。自然は外見を偽ろうとしないから、描いていて癒されるのだ。何故かザワザワと波打ち始めた教室の空気を無視してすっくと立ち上がり、廊下に向けて一步足を踏み出す。


唐突に、甘い香りが目の前で黒く閃いた。ココナッツのような滑らかな香りと、漆のように艶やかな黒髪の閃き。
 反射的に正体を探ろうと視線を下げ、一対の黒曜石と目が合った。全てを跳ね返すような、余裕のない硬質の宝石。その硬く尖った宝石が人間の目だと気付くのに数秒を要した。

「うわっ!?―――うわあっ!?」

仰け反って拡がった視界に飛び込んできた人物を見て、さらに驚く。



(続く)


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NoTitle 

続きが読みたいです

後編・中(下) 美しい毎日を貴方と も読みたいです><

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NoTitle 

タツヒコが伝説になってる(笑)
それに10年前の朝香生徒会長ってもしかして…。
作者様の作品はどれも続きが楽しみで、特にどの作品の更新を応援すればいいのか悩みます(笑)

 

更新、お疲れさまです
こちらも幹部候補生試験が終わり、一息つける――と思ったら就職担当の先生から民間企業を受けないかと誘われました。履歴書めんどいよぅ(T-T)
はぁ、艦これのイベントもクリアして終わり、さて小説でも書こうかなって思ってたのになぁ……
こちらも暇を見つけては書いてみようと思います。主様も頑張ってください

それではっ!

NoTitle 

さあ、お仕事終了。帰ろう帰ろう。でもパソコン使えるのは仕事場しかないのでここでコメントの返信を。最近忙しいのを理由にブログをほっぽってるのは自分でもどうかと思う。時間は自分で作るもの。今度の日曜はお休みが貰える予定。それまでにパソコンが帰ってくることを願おう。

> さん
> さん
> さん
コメント感謝です!ちょっとした思いつきで書いてみました。本編の続きも書かなくてはいけないし、他にも更新しないといけない作品が沢山!風呂敷を広げるのは楽しいけど、仕舞うのは頭を使います。うむむ。
いろんなところに、「10年前の世代」の面影が残っているこの世界ですが、リンジーちゃんだけは現役で学生として残ってます。それにも理由があるのですが、それも作品で語ろうと思います。頑張るぞ!

>イザナギさん
就活生はとかく大変ですね。僕も昔を思い出します。いろんな企業に顔を出してみると思いがけない中身が見えたりします。人事の人の顔色を見て、「あ、ここ良くないな」とか察したり、「ここの社員さん元気だなあ。一緒に働きたい」と思えたり、いろいろです。ジャパネットたかたの説明会に行った時は、若手社員さんの話を聞けて、けっこう充実してそうでした。正直に「大変な仕事ですよ!」と言ってもらえると逆に安心しますよね。
イザナギさんも、小説の執筆、がんばってくださいね!!一緒に頑張りましょう!!
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