エルフになって勇者と一緒に魔王を倒しに行く話

エルフになって~の試作。(改2)

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まったく進んでないように見えるけど、実は色んなところがどんどん改造されていってるのです。






「黙りなさい。この、救いようのない、愚か者どもめ」

背筋を凍らせる低い声がこの少女から発せられたものだと、果たしてこの内の何人が理解できただろうか。表面を抉られた紫檀机がミシリと痛々しい音を立て、ようやく俺たちは、少女が―――ただの少女ではないエルフが、これ以上ないほどに怒りを露わにしていることを悟った。
拳を握りしめたトゥが一同をギロリと威圧する。華奢な双肩から立ち昇る気配は触れれば首を断ち切られそうな威圧感を放ち、フィリアスをせせら笑いの表情のまま凍り付かせ、ファレサを数歩後ずらせた。剣のような眼光は、ぐるりと回って意外にも俺にまで向けられた。まさか自分にまで怒りが下ると思っていなかった俺は目を見張って鋭いそれを受け止める。肩越しにこちらを睨ね上げる視線はクアムに対してよりも険しく、先ほどまで胸中に滞留していた失意を吹き散らすほどだった。
俺はまた彼女の怒りを誘う失敗を犯してしまったらしい。原因の心当たりを見つけられずにただ狼狽えるばかりの俺にフンと小さく鼻を鳴らし、トゥは再び正面に顔を向ける。きっと呆れられたのだ。彼女の期待を裏切り、あまつさえ理由にも察しがつかない鈍感な自分に腹立たしさを覚える。ファルコに何を言われても仕方がない。この失点は必ず取り戻さなければ。

「……僭越ながら、愚か者とはどういう意味ですかな、エルフ様?」

ゴクリと唾と共に怖気を飲み込んだ軍師のフィリアス子爵が虚勢で問う。見れば、クアムや騎士団の幹部たちも似たような表情で頷いている。物心ついた時から自分本位な“セイギ”を受け継いいだだけの権力で押し通し、それがまかり通ってきた連中だ。面と向かって「お前は間違っている」と突きつけられることに馴れずに面食らっているのだ。しかも、突きつけてきた相手が伝説上の存在と言えども|献上品《美少女》の形をしていれば、連中が気分を害するのは当然といえば当然だった。もちろん、トゥは献上品ではないし、献上品のように従順でもない。

「愚か者は愚か者です。あなた方は、自分たちが未熟な|野伏せり《・・・・》の寄せ集めに過ぎないことを、魔王軍が騎士団よりずっと洗練された正真正銘の|軍隊《・・》であることをまったく理解できていません。このセシアーヌ皇国が置かれている状況は果てしなく劣勢で、絶望的です」

 幹部たちが困惑にざわりと色めき立つ。かく言う俺も、トゥが確信を持って告げた台詞に驚いていた。魔王軍を実際に見たことのない彼女がどうしてその練度と戦況の行く末を把握できたのか。おそらくは、目の前の勢力図をひと目見澄ましただけで俺たちにはわからない何かを察したのだろう。

「これが、貴方たちの末路です」

ずいと身を乗り出し、指先で騎士団を示す黒い積み木をピシリと弾く。積み木は乾いた音を立てて魔王軍の真正面まで転がり、パタリと倒れる。赤い積み木に囲まれた様子はまるで血だまりに沈む死体だ。倒れた哀れな積み木を通して|本番《・・》の戦況を透かし見て、我知らず慄然の汗が頬を伝う。

「察しが悪いようなので、はっきりと言って差し上げましょう」

細められた銀の双眸がさっと持ち上がり、断頭台の刃のように幹部騎士たちを睨みつける。何を言われるのか察して身を固くした壮年の男たちに、耳触りの良い美しい声で、鉄拳のように遠慮ない台詞を放つ。

「今のあなた方では、逆立ちしようが水に潜ろうが空を飛ぼうが、勝利の可能性など万に一つもありません。待っているのは騎士団の|自滅《・・》と、あなた方の背後にいる人類の全滅です」

『敗北』ですらない、『自滅』。
空が上で大地が下であるかのような教本に載った常識を諳んじるように、彼女はきっぱりと告げた。白銀色の双眸は確固たる論拠を見据えて強い輝きを放ち、ハッタリだと薄笑みを浮かべて詭弁を弄する余裕すら与えない。

「さに―――然にあらずッ!!」

怯えを振り払うようにファルコ伯爵が癇癪を起こした。堀深な額の下で目玉が剥き出しになっている。収入源の大半を頼っていた飛び地の農耕領を魔王軍に滅ぼされたことで、彼の伯爵家は来年度の税の支払い―――その税の大部分は回りまわってガーガルランド家に流れる―――すら捻出できるか怪しいとの噂だ。己が一番槍を担うことで来年の税負担を少しでも容赦してもらわねばならない身としては、トゥの『自滅』という言葉はあまりに厳しく、受け入れ難い。

「我らが|自滅《・・》ですと? 神聖不可侵にして精強なる我が騎士団が、言うに事欠いて自滅ですと!? いったいどんな根拠があってそのような荒唐無稽なことを仰るのか!?」
「ファルコ伯爵の言に賛同致しまする! 1000年の歳月をかけて精錬された我ら皇国騎士団が……よりにもよって野盗に等しいですと? 我らが汚らしい魔王軍に劣り、あまつさえ自滅するですと? 荒誕極まるお話だ! その所以があるのなら今すぐにご教示願いたい!」

矜持を著しく傷つけられた幹部たちが瞠目し、目の前にいるのが神話の存在であることも忘れて憎々しげに喚き立てる。大の男たちが胴間声を張り上げて少女を問い詰めているというのに、俺の目には追い詰められているのは男たちであるように見えた。事実として、やはりそれが正しかった。部屋に渦巻く逆鱗の気配を物ともせず、トゥが幹部たちを静かに睥睨する。
そして、なぜだかどこか寂しそうに、答えを紡ぐ。



「私の国が、そうなったからです」



「……君の、国が?」

 唐突に静まり返った部屋に俺の問いだけがポツリと落ちた。思いもよらない解答に呆然と問い返した俺を振り仰ぎ、トゥが小さく頷く。血なまぐさい事とは無縁そうな少女の| 顔 《かんばせ》に暗い影が差した気がした。

「先ほど私の世界について話しましたね、カーク」
「あ、ああ。たしか、エルフの世界には大小たくさんの国々があって、様々な人々がいる、と」
「ええ、そうです。|大きくて強い国《・・・・・・・》から、|小さくて弱い国《・・・・・・・》まで。数十年前、私が属する国は、世界で一番大きくて強い国と戦うことになりました。世界を相手取って戦うことになりました。後の世で“世界戦争”と呼ばれる| 大 戦 《おおいくさ》は6年間続き、私の国は完膚なきまでに焼かれ、振り続ける敵の火炎によって民草は死に絶え、大地は隅々まで焦土と化しました」

|焼かれた《・・・・》―――この可憐な少女を生み育んだ国が―――?
俺は勝手に、彼女の故郷はセシアーヌが遠く及ばぬ天上の都だと思い込んでいた。トゥと同じかそれ以上の、完璧なエルフの王と優れた領民によって成り立つ、争いとは無縁の理想郷なのだと。
しかし、「皆、不器用だったのです」と零した彼女の口からぽつぽつと語られるのは痛ましい真実だった。

「世界が広く、国が多くとも、それが豊かと同義であるとは限りません。人が多ければ多いほど、着るものが要ります、水が要ります、食べ物が要ります、建材が要ります、鉱石が要ります、燃料が要ります、贅沢品が要ります。そして、それらはどこにでも溢れているものではありません。片や持てる国が有り、片や持たない国が有ります。国民を養うために限られた資源を多くの国々が奪い合いました。それに、何より―――私たちはお互いを知らなさ過ぎた。ようやく海を越えて“世界は自分たちだけの物ではない”と気付いたばかりの私たちは、弱肉強食のうらぶれた世界で“自分たちだけの物”を確保しようと必死になりました。そして、出会ったばかりの相手を忌避と偏見、傲りと侮蔑の目で見てしまったのです。次第に世界は不信で満ち、睨み合い、隙を探り合うようになりました。疑念が疑念の種となり、復讐が復讐を生み、憎悪が憎悪を育む。それらが暴力の応酬へと収束するまで、そう長い時間は掛かりませんでした」

エルフの世界は決して輝ける黄金郷などではなかった。セシアーヌがぬるま湯に思えるほどに酷烈で無慈悲な世界だったのだ。この世界とは規模も次元も異なる別世界の生々しい|有り様《・・・》を突き付けられ、さっきまで激昂していたファレサ伯爵は胸を塞がれた様子で唇を口髭の内に隠し、トゥの話に聞き入っている。トゥが紡ぐ悲話は、暖炉の前で祖父に語り聞かされた物語のようにありありと情景を伴って心に迫る“力”があった。見渡せば、伯爵だけではない。伝説のエルフとその世界が辿った壮絶な歴史を誰もが知りたがっている。意識だけで俯瞰すれば、|一人《・・》を除いた全員が口を噤んでトゥの話に耳を凝らしていた。

「|御国《みくに》の……御国の兵は、どうなったのですか」

 息を詰まらせたように喉を震わせ、もっとも若い幹部騎士が問うた。セシアーヌに存在する全ての種族を相手取って戦いを挑むなど、いくら自信過剰な騎士団にも言い出す者はいない。しかも6年間という長い年月を戦い続けるなど、忍耐という言葉を知らない貴族騎士には想像すら出来まい。だが、トゥの国の戦士たちは実行した。そうしなければならなかった。生まれ故郷を、妻子を、親兄弟を、朋友らを護るために、絶望を抱いたまま敵の前に立ちはだからねばならなかった。いや、『戦争』とはきっと|そういう《・・・・》ものなのだ。騎士団のような夢見がちな素人集団が軽々しく足を踏み入れてはいけない、|この世の谷底《・・・・・・》なのだ。
俺とほとんど変わらない歳の若い騎士は、エルフの戦士たちと今の自身が置かれた状況に共通するものを見出したらしい。ようやく危機感が芽生え始めた彼を見やり、トゥは抑揚のない目と声で応える。

「勇敢なる兵らは果敢に戦いました。国力の差を技術と練度で補い、当初は互角にまで持ち込みました。しかし、物量差から考えて最初から勝利を収められないことは目に見えていました。敵はあまりに強大で、そして|多勢《・・・》でした。“如何に上手く引き分けるか”……そのような状況だったのです。しかし、日に日に戦局は泥沼化し、領土は削られ続け、いつの間にか趨勢は“如何に負けるか”に変わっていきました。国が滅ぼされないために。より良い条件での敗北を模索するために。ほんのわずかな譲歩を引き出すために。敵の進軍を一秒でも遅らせるために。兵たちは命を賭して抵抗を続けました。故郷に帰ることの出来た者はほんの一握りです。家族に別れを告げて|負けるための戦い《・・・・・・・・》に赴く彼らの苦悩と無念は計り知れません」
「なんと―――なんと、残酷な……」

 誰かが声を軋ませた。誰の声か判別できないほどに掠れた声だった。
誇りも名誉もなく、得るものすらない。赴けば二度と帰って来られない虚しい戦いに敢えて身を投じる無力感を脳裏に思い描いたのだろう。数分前の威勢はロウソクのように消え失せ、血の気の失せた顔を浮かべるばかりだ。貴族騎士にとって、|戦《いくさ》とは圧政に耐えかねて蜂起した自領民への弾圧や、人間の横暴に抵抗する異種族との諍いと同義だ。彼らにとってそれらは当然のように勝利できるものでしかなく、自身の名誉を嵩上げし、貴族社会での地位を引き上げるための“手段”でしかない。敗北が明らかな情勢下でほんの|一時《いっとき》を稼ぐためだけに己の命を捨てるなど、派手な矜持を誇示したがる貴族には到底受け入れられない。

「い、如何ほどですか」

その隣で、顔面を蒼白にした若い騎士が再び問う。それは、この場にいる誰もが気にかかり、だが聞くことを窮す問いだった。

「その大戦で、いったい如何ほどの者がこの世を去ったのですか」

答えるトゥの声音が一段低く、小さくなる。

「戦死した兵士は230万人、亡くなった無辜の民は80万人。世界全体では5000万を超える人々が命半ばにして戦火に巻かれながら亡くなりました」

 持ち主に代わって鎧がガシャリと呻いた。その中には衝撃に蹌踉めいた俺の|軽鎧《けいがい》も含まれている。
ここに居並ぶ男たちはセシアーヌ皇国において押しも押されぬ一等貴族、即ち大領主たちだ。自領地に帰れば文字通り一国一城の主となる。そんな彼らが自領に住む人類と亜人類を残らずかき集めたとしても、1000万に届くかどうか。たった6年の間に5000万もの魂が精霊神の御下へ旅立つほどの戦禍とはどれほど熾烈なのか。おそらくは単純な剣や弓によるものではない。皇家直属の魔術師が足元にも及ばないような高度で大規模な殺戮魔術の応酬に違いない。勇者や勇気の立ち入る隙間など無い、殺戮の集積物。ただ黙々と稲を刈るように命が消えてゆく、無慈悲で惨憺な地獄―――。



『逃げろッ、カーク!!』



その様子を思い描こうとした刹那、記憶の蓋に思いがけず爪が引っかかり、滲みでた陰鬱な臭気が心臓を鷲掴んだ。俺はその地獄を|知っている《・・・・・》。記憶に蘇っただけで吐き気に目が霞むほどの悪臭を、俺は嗅いだことがある。10年前、魔王軍によって全てを奪われた、あの日に。燃えてはいけない|モノ《・・》が―――つい先ほどまで家族の形をしていた|モノ《・・》が燃えていく、身の毛もよだつ悪夢の光景。心臓が不規則に脈打ち、呼吸が詰まり、血が凍りついたかのように全身が冷たく硬直する。あれほどまでに常軌を逸した惨状を目にした者は果たしてこのセシアーヌに二人といるのか。
美しかった森林が、川が、田畑が、家々が、動物たちが、容赦無い炎に巻かれ、穢されていく。
凶刃が人々の営みを容赦なく切り裂き、生きながら食い殺される人々の阿鼻叫喚が耳を劈く。
ほんの数刻前に「また明日」と笑顔を交わした者たちが物言わぬ肉塊となって壁や地面にぶちまけられ、足の踏み場を奪う。
むせ返るような泥と血と臓物の臭いがそこら中から漂い、正気と気力をごっそりと削る。
逃げろと叫ぶ父のすぐ背後で、|奴《・》の影がこちらを見ている。
いつも見上げ、いつか超えることを夢見ていた父の背中が、空の袋のように崩れ落ちる。
魔物すら震え上がる惨状を後景に羽織り、|金色の髪《・・・・》の悪鬼が炎に黒く浮かび上がる。
 恐怖に動けない|子供《おれ》を、ローブの下の|金色の眼《・・・・》で冷たく睥睨する悪の権化―――魔王。
ユイツ・アールハント子爵領地を一夜の内に地獄へと塗り替えた、魔物を統べる王。


「トゥ、君はまさか……」

あの恐懼と絶望が、彼女を襲ったのか。
 常に自然と寄り添うエルフは老いることを知らない|常若《とこわか》の存在だという。ヒトを成長させ、老いさせるには容易い10年の歳月も、エルフにとっては些細なものかもしれない。見た目が少女であっても生きた年月が同じとは限らない。ならば、彼女はその目で見てしまったのだろうか。故郷が無残に焼き尽くされ、人々が苦悶の叫びを断末魔にして黒い炎に炙られる状景を、その宝石のような瞳に映してしまったのだろうか。ああ、せめてその時、俺が近くにいてやれれば……。
俺の呟きにひょいと一瞥を返したトゥが、途端にじとっと不機嫌そうに片眉を上げて唇を尖らせる。いつもの―――と呼べるほど長い付き合いではないが―――少年のような豊かな表情だ。

「カーク。今、私が見た目以上に老齢だと考えましたね?」
「ち、違うのか?」
「私がそんな高齢に見えますか? 戦争は私が生まれる前に終結しました。今では復興も終えています」
「そうか。君が生まれた頃には終わっていたのか。それはよかった」
「やっぱり考えていたんですね。失礼な」

 彼女は直接、戦争を経験したわけではないらしい。この美しい少女が俺と同じ不遇を背負わされなかったのだとわかって心の底から安堵する。彼女には穢れを知らぬまま居て欲しい。そしてこっそり、トゥがそれほど歳を取っていないのだとわかってまた安心する。では何歳なのかと尋ねてみたいが、女性という生き物は総じて男に年齢を知られるのを好まないと友人のタイベリアスから忠告を受けたことを思い出す。仕草が少年のようとはいえ、トゥも女性だ。下手なことをしてこれ以上嫌われたくはない。

 二重の理由でホッと胸を撫で下ろす俺に怪訝そうに鼻を鳴らし、視線を机上に戻したトゥが地図上の黒い積み木―――騎士団を記号化したもの―――を幾つか摘んだ。まさに今、騎士団が集結している首都にそれらを置くと、「御覧なさい」とゆっくりと前線に移動させていく。赤子が這うようなそろそろと緩慢な移動速度は、彼女が知る戦争の| 理 《ことわり》に基づいてのものなのだろう。じれったくなるようなその動きに男たちの視線が傾注される。それが純粋な知的好奇心からか、前のめりになって机に押し付けられた豊かな二つの膨らみに魅せられたのかは定かではない。

「私の国もこのセシアーヌと同じ島国でした。小競り合いの経験はあっても長距離の進軍の経験は少なく、手探りの状態で戦争に踏み切りました。馴れない地で馴れない戦いを継続することがどれほど困難なことであるのか、想定が甘かったのです」

携えていた討伐作戦書を無意識に床に滑り落としたフィリアスがこくこくと頷く。その作戦を考えたのであろうクアムが露骨に不快顔をするがフィリアスがそれに気づく様子はない。直接、戦火を生き抜いたわけではないにしても、トゥの言葉の説得力が薄れることはない。彼女の世界の戦争とは、俺たちが今まで経験してきたウン百人規模の小戦とは比べ物にならないし、1000年も前の言い伝えや古く曖昧な文献でしか知識を知り得ない俺たちと違い、彼女が知る戦争はたった数十年前のものだ。この皇国の誰よりも彼女は戦争について詳しい。

(“エルフは人類の及ばない膨大な知識を有する”、か。本当にその通りだ)

伝承が真実であることを改めて思い知らされ、自然に胸がカッカと熱くなる。伝説そのままのエルフと行動を共に出来る栄光が身に染みただけではない。思いもがけないトゥの知慧に一縷の希望が見いだせたからだ。彼女が―――“伝説の|救世主《エルフ》による言葉であれば、或いは騎士団も無謀な遠征を取りやめるのではないか、と。現に今も、幹部騎士たちはトゥの言葉にじっと耳を傾けている。彼らが幼少期に家庭教師に教鞭を執られている時だって、ここまで真剣に打ち込んだことはあるまい。トゥは確実に彼らの心を引き寄せていた。

「私の国の敗因の一つこそ、長距離の進軍に不慣れだったことによる|戦線の断裂《・・・・・》。すなわち、『補給』という軍隊において実はもっとも重要である行為を二の次にしたが故の失策です」
「お待ちください。|もっとも重要《・・・・・・》ですと? 最前列に居並ぶ騎士たちの剣槍盾よりもワインや下着が勝敗を分けると仰るのか?」
「ええ、その通りです」

動揺の波が走る。「まさか」と口々に訝しむ幹部騎士たちを尻目に、トゥの細い指先は依然としてゆっくりと魔王軍に向けて進軍していく。腕を伸ばすごとに袖が捲れて露わになる滑らかな玉腕に誰かが喉を鳴らしたのも束の間、その指からコトリと1つ、積み木が脱落した。トゥの手に残った積み木はつい先程脱落した仲間に目もくれず、手柄を求めてまた猪突していく。

「本拠地から距離を置かない戦闘なら補給のことはさほど考慮しなくても済んだでしょう。ですが、此度のように遠く進軍するとなればそうはいきません。戦線が伸びれば伸びるほどに補給の重要性は増していきます。私たちがそのことを思い知ったのは戦況が悪化の一方に転がり落ち始めた時でした。今のあなた方はまさにその二の舞を踏もうとしています。いえ、補給を各貴族家の自己責任としてしまっているのでは、私たちよりも悪い結末を迎えるでしょう」

幹部たちは反駁する意地も放り出してトゥの言葉にじっと耳を傾けている。トゥの言葉にはそれだけの裏付けが備わっている故だ。皆が皆、初めて耳にする“戦争の常識”に真剣に耳を傾けている。
その様子をおもしろく思っていないのは、自身の計画を頭から否定されていくクアムだけだ。トゥの引力に吸い寄せられて、相対的に自身から離れていく部下たちの背中を見渡し、これ見よがしに舌打ちをする。やはり、奴は己の過ちを認めることはできない。不幸にも母親の胎内に精霊神の寵愛を全て置き忘れたのだ。
熱弁を振るうトゥの傍らに控えつつ、常にクアムと面と向かう位置に立って牽制する。低級騎士の眼光を疎ましく思ったか、それとも己が求めるエルフの傍に別の男がいることを良しとしなかったか、婦女子を騙すための甘い顔貌にビキリと亀裂のような激しい皺が刻まれる。だが、これでいい。あの男が俺に敵意を浴びせることに熱中している間はトゥを黙らせようと暴挙に出る心配はない。その間に、彼女は思う存分、幹部たちを説得できる。

「仰る通り、我が騎士団にとって此度の進軍は初陣となります。ですが、それが原因で自滅するとは些か腑に落ちませぬ。セシアーヌから進軍して、魔王軍が陣取るヘルダオの牧草地で接敵するまで、伝令用の早馬なら不眠不休で走れば一ヶ月と掛かりませぬ。事実、傭兵共の斥候は一ヶ月半で帰ってきたのです。各々の貴族家が我先にと戦場に行き競えば、到着に要する月日はその程度であるはず。ならば、たった一ヶ月分の補給に固執する必要など……」
「それは|進軍《・・》とは言いません。机上の空論です。そも、討伐軍はあなた方のような馬廻りばかりではないでしょう。馬匹を持たない者たちの方が多いはず。歩兵、家臣団、傭兵、民兵、魔術師団、さらには身の回りの世話をする家来。これら全員が馬のように早足であるはずがありません。いつかは置いて行かれます。あなた方は疲労困憊となった騎兵のみで敵と相対するつもりですか?」

 質問をした者がグッと核心を突かれたのを見届け、トゥが次の動きに出る。「これらが騎兵以外の集団です」。いまだ緩やかに進む黒い積み木の後ろに、馬の尻尾のように一際小さな積み木が幾つも置かれていく。まるで満載の荷台を引きずるように進軍速度は急激に落ちた。

「これが本来のあなた方の速度です。想定の5倍以上は遅いと考えなさい」
「5倍以上……!?」
「ええ。小さく見積もっても5倍です。それに、問題はまだあります」

黒い馬は這いずるような速度で魔王軍に向かって歩を進めるが、積み木はその度に振り落とされて道すがらに散らばる。これがいったい何を意味しているのかわからず、皆が一様に不可解の表情で腕を組む。彼らは今になって自ずから考えることの大切さを学び始めたのだ。

「進軍当初は一つに固まっていた軍も、慣れぬ進軍を続けるに連れて足並みに乱れが生じていきます。馬に乗る者、乗らぬ者。体力に優れる者、優れない者。軽装備の者、重装備の者。そもそも戦いを職とする者とそうでない者。その上、あなた方は単一の行動が出来ない。それぞれの貴族家が思いのままに休息を取り、好き勝手に陣を作り、独自の補給に頼って行動していれば―――」

「なんと……こんなに歪に……」。驚愕の声の通り、輿地図には首都から戦場まで伸びる縞模様が描かれていた。進路上に点々と置かれた積み木がまるで大蛇の表皮の様相を呈している。最初は岩のように固まっていた軍が、気づけば幾つもの小集団と砕かれて進路上に点在していた。まるで道端の|石ころ《・・・》だ。

「個々の貴族家が勝手気ままに補給を得ていれば、足並みがまちまちになるのは自明の理です。2万5千の軍は、敵陣に到達する頃にはわずか数千の兵ごとに分裂した小集団の|礫《つぶて》となっているでしょう。そうなれば―――」

 トゥによって進められた最先端の集団が、ついに赤い積み木の大軍―――魔王軍に接敵する。翼のように拡がった敵軍との差は10倍どころではない。そこから|貴族《・・》によって支配された騎士団が抱える弱点に感付き、「あっ」と思わず声を漏らした。

「10分の1の差でも心許無いのに、数十分の一となればもはや勝利など不可能です。戦争では数が物を言います。『多勢が勝つ』、これは真実です。討伐軍が分散すればするほど、悠々と待ち受ける魔王軍にとっては向かってくる小群を倒せば良いだけとなり、各個撃破の格好の標的となります。また、魔王軍の兵力の配置―――“陣形”も忘れてはなりません」
「|ジンケイ《・・・・》?」

 中年を過ぎた騎士がぽかんとして聞き返した。トゥのこめかみがピクリとひくつき、小さくない苛立ちを示す。あの男は、大層立派な鎧を纏っているくせに肝心の戦法についての造詣は少しも持ち合わせていないらしい。俺自身も胸を張れるような知識は無いが、言葉と効能くらいは知っている。数百人の騎士を配下に据える者がこの体たらくでは、たしかにそこらの山賊の方がよほど役立ちそうだ。
彼女の前からその間抜け顔を早く仕舞え、と内心で怒鳴りつける。

「隊列のことです。大勢の兵をより効果的かつ弾力的に配置して敵に当たるための戦術、といえばわかりやすいでしょう」
「は、はあ。そうですな。わかりやすい」

絶対にわかっていない。それはトゥも察した風だったが、気づかなかったことにしたようだ。

「わかっていただければ結構です。どうも。では、貴方と、そこの貴方。私が騎士団を進めるので、魔王軍の両翼を閉じて下さい。翼を折りたたむように、内側に閉じるのです」
「し、承知致しました」

 少女に顎で使われる上級騎士の姿に滑稽さを覚えたのも束の間、「おお」と膨れ上がったどよめきに誘われて俺も輿地図に目を向ける。そこには、四方を赤い輪に囲まれて身動きの取れなくなった黒い積み木の集団があった。突撃しか知らぬ猪騎士は、鳥の羽根に抱かれるように、完全に包囲されてしまっていた。

「“|鶴翼の陣《カクヨクノジン》”」

 初めて耳にする不思議な用語だが、使い込まれた言葉であることはすぐにわかった。おそらく、大群同士が衝突する戦争が常だった彼女の世界では珍しくない陣形なのだ。





(ここまで。アイデアは出来てるのでもうすぐ区切りがつく。はず。)
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