Her name is Charis! !

Her name is Charis!! 試作【改】

 ←『エルフになって~』を更新しました。(他、ネタバレのようなものも) →【お待たせしました】Her name is Charis!! 外伝 後編その4【これにて外伝ラスト】
見なおし用です。少しずつ進んでます。





♂ ブランクサイド ♂


ドイツ郊外某所
役所登録名称  『幼年者特別医療施設 新しき人生の館』
非公開正式名称 『ドイツ連邦軍所有 機密兵器実験施設 義体調整用病棟』


 少女が眠っていた。年の瀬はまだ十代半ばそこら。真上から降り注ぐ無機質な蛍光灯に照らされた横顔は、間然とするところのない作り物めいた美しさがあった。黒に近い濃藍色の長髪が濡れたように艷やかに光を反射している。往来の中でもひと目で見分けがつくような、品のある美少女だった。


「……久しぶりだな、ブランク・ヘンデル少尉」


 分厚い窓ガラス越しにその少女を観察しながら、リヒャルドが背中で語りかける。足音だけで、背後に近づく人物が俺であることを察知したのだ。負傷から立ち直ったばかりとは思えない引き締まった佇まいは、現役時に負けず劣らず研ぎ澄まされて、そして余裕が無いように見えた。3年前よりずっと細くなったその背中に、俺はなんと返せばいいかわからずに押し黙る。謝るべきだとわかっている。だが、リヒャルドの背中がそれを望んでいないこともわかってしまっている。そんな、取り付く島もない様子の男に対して、果たしてどう接すればいいのかわからなかった。自身が楽になるために一人よがりの謝罪をして、泣きわめいて、それでリヒャルドが救われるとは思えなかった。

「……ウェーバー隊長、俺は……」
「よしてくれ。君は昇進した。階級は同じになっただろう。元々、年齢も同じなんだ。平口でいい。それに、僕はもう君の隊長じゃない」

「そして、君は僕の副隊長じゃない」。敢えて言葉にされなかった台詞が聞こえた気がした。暗に「お前は信頼に値しない」と言われている気がして、俺はその場から動くことも去ることも出来ずに俯く。幾度も死地を乗り越えて築いた絆をこうも簡単に割り切られてしまっては、掛ける言葉など見つかるはずがない。
 黙りこくって何も反応しなくなった俺に、リヒャルドが振り向く。似合わないサングラスで目元を隠し、あの時失ったはずの右腕で敬礼の所作を執る。

「“眠り姫の間”へようこそ、ブランク・ヘンデル少尉。自分が、この義体の担当官となるリヒャルド・ウェーバー少尉だ」

 事務的で硬質な台詞は、俺を気遣ってくれているからなのか、それとも、その真っ黒なサングラスのように胸底の心情を押し隠すための蓋なのか。どちらにしろ俺にとってはキツい洗礼でしかなく、俺は奥歯を噛んで呻いた。

「隊長、俺を責めたいなら責めてくれ。殺すなら殺してくれ。俺は、他の誰よりも、アンタの怒りにこそ晒されるべきなんだ。それだけのことを俺はしでかしちまったんだ」
「互いの過去はここではもう関係ない。あの作戦も、僕たちの部隊も、公式記録として“無かったこと”になったんだ。全て忘れて、元のように接してくれればいい」
「そんなこと、出来るわけ無いだろ……!」
「出来ない、じゃない。やるんだ。やるしかないんだよ。こんなところで立ち往生している暇など僕たちには無いんだよ、ブランク」

 力んだ右腕がギュイと小さな駆動音を立てる。それは義手だった。そこらで手に入る義手じゃない。高度なテクノロジー―――イタリアの秘密組織から盗んできたという技術で作られた、精巧で強力な義腕だ。肌色を模しているが人肌とは明らかに違う質感の腕が横薙ぎに振られ、“眠り姫の間”と呼んだ窓ガラスを指さす。

「これが“眠り姫”だ。ジャコモに勝つための僕たちの“武器”だ。その価値と罪を、しかと目に焼き付けてくれ」

 言われるがままに俺は歩を進める。リヒャルドの真横に立ち、窓ガラスの中に視線を注ぐ。血の気が引いた自分の顔が映るガラスを透かし、“価値と罪”と呼ばれた少女に魅入る。神が魂を吹き込む前の人間のような、神殿の大理石の彫り物のような、非人間的な美しさを纏っている。胸がゆっくりと上下していなければ、精巧な蝋人形と見間違えそうだ。

「感想は?」
「……きっと、美人になりますよ」
「いい皮肉だな」

 くっと喉で笑う。こんな荒んだ嗤い方をする男ではなかった。もっと気持ちのいい男だった。こうさせてしまったのは、俺だ。

「……こんなに可愛く作る必要、あるんですか。こんな容姿じゃあ、きっと恋をするし、恋をされる。辛くなるだけだ」
「僕もそう言ったさ。この容姿はオリジナルとまったく同じだ。この義体がオリジナルの技術をそのまま模倣しただけの我が国初の義体である以上、勝手がわからないままに下手に手を加えるわけにはいかないのだそうだ。シューマン大佐からこの話は聞いたろう?」
「ええ……。じゃあ、イタ公が狂ってやがるんだ。きっとオリジナルの義体も相当に苦労してるに違いない。その、担当官になった奴も……」

 オリジナル―――ブリジット・フォン・グーテンベルト。イタリアで秘密裏に製造された、少女の姿をした暗殺兵器。
 そもそも、義体という技術はこのドイツ連邦共和国で生み出されたものじゃない。自前の牙爪を奪われて必要に迫られた祖国ドイツが、イタリアの秘密政府組織が運用する先進的な戦闘用義体のテクノロジーをあの手この手で密かに盗み出し、持ち前の工業力で再現したものだ。今までに『ブリジットタイプ』、そして『ヘンリエッタタイプ』の情報が盗み出され、より多くの情報が収集されたブリジットタイプの試作品―――眼前に横たわる『プロトタイプB』が先行して製造された。この『タイプB』の運用で数年掛けて経験値を獲得し、現在開発が進んでいる『タイプH』を経て、行く行くは溜め込んだノウハウにドイツの科学技術を結合させて義体兵士量産へと移り変わっていく予定だという。この計画を立てた奴は、きっと先祖代々生まれも育ちも南部生粋のドイツ人に違いない。頭がガチガチに凝り固まりすぎて、人間性というものを見失っている。この計画に関わる人間たちの苦悩を―――担当官になる男が抱えることになるであろう、人が背負うには重すぎる“罪”のことを見失っちまっているんだ。
 言外に「アンタは耐えられるのか」と問うた俺に、リヒャルドは似合わないサングラスを整えなおして目元に浮かびかけた感情を隠す。

「エミール曹長、ユリウス曹長、ユリウス一等軍曹、ヨハン一等軍曹、ハンス二等軍曹……」

 唐突に、その口から男たちの名が零れ落ちていく。命を削って喉を震わせているような血の滲む声で、瞼を閉じる度に現れる男たちの名前を刻んでいく。リヒャルドは、記憶を諳んじているのではない。今、瞼の裏から無言で訴えかけてくるかつての戦友たちの顔を見て、語りかけている。
 それは俺も同じだった。

「テオドール二等軍曹、ルドルフ伍長、カール兵長……」

 目を瞑り、その名を紡いでいく。その度に、一人ひとりの顔が瞼の裏に浮かんでは消えていく。ある者は命を救い救われ、ある者は手塩に掛けて育て、ある者は先達として鍛えてくれた、大事な戦友たち。家族よりも深い絆で結ばれていた、最強の兄弟たち……。

「彼らの無念を晴らすんだ。何としても。どんな手段を使っても」




眠り姫

呪縛

3ヶ月後







「リヒャルド、クソガキ、どこにいやがる……!」

通りを埋める老若男女の人混みをかき分けて二人の姿を探す。携帯電話が通じなかったのは通信ができない非常事態に陥ったのだと判断したからだ。すでにブリジットとぶつかって交戦しているのか、それとも逃走しているのか、まさか捕まっちまったのか……。社会福祉公社の工作員たちに連れて行かれる傷だらけの二人が頭をよぎり、瞬く間に顔から血の気が引く。せっかく街景色を楽しむ心の余裕が生まれてきたというのに、オリジナル(ブリジット)の出現のせいでもはやそれどころではなくなってしまった。
スペイン広場に早足に駆け込めば、そこはさらに人混みで満杯だった。沈む船をモチーフにした縁起の悪い噴水を中心に、大勢の観光客と、彼らにしつこく軽食を勧める売店の店員、買い物に来た住民でいっぱいだ。

「アイツラが行きそうなところといえば―――あそこか!」

たくさんの看板の中からジェラート屋を探す。すぐにでかでかと高く掲げられたジェラートのイラストを見つけた。目を凝らせば、若い男たちがジェラート屋のカフェテラスを遠巻きから眺めて取り囲んでいた。動物的な勘が騒いで自然に足がそちらを向く。


「Mi Scusi!(すまない!) Mi Scusi!(すまない!)」


覚えたばかりのイタリア語を使いながら雑踏に身体をグイグイと無理やり食い込ませる。理解できない罵倒のシャワーを無視して目的の場所まで辿り着けば、最悪の予想とはまったく異なる光景が目の前に広がった。


「Carina Buona Forchetta. Io di pensarti non ho smesso neanche un attimo」
「vuoi fidanzarti con me?」
「voglio starti sempre vicino――」


「……ったく、外見だけ上等に作るからこういうことになるんだ」

カフェテラスの小洒落た椅子に腰掛けてこちらに背を見せるのは、濡れたように艶やかな黒髪の少女だった。両手にはコーンから溢れるほど大盛りにされたカラフルなジェラートを持っている。その少女の周囲には、まだ年端も行かない高校生くらいの男(ガキンチョ)と、20代前半でそこそこに外見の良い男、そして頭を抱えたくなることに30代半ばに差し掛かるであろうブランドスーツの男が群がっていた。おそらくは思い思いの歯が浮くような口説き文句を口にしているに違いない。その3人を筆頭に、声を掛けるべきか否かを悩んで様子を窺っている男たちが群れをなしてカフェを囲んでいた。一方の少女は、自分を狙う狼たちを無視して黙々とジェラートに齧り付いている。だが、長年の付き合いから、俺には少女の背中が食事の邪魔をされて少し苛立っていることをハッキリと見て取れた。普通の女相手の口説き文句では籠絡できないことに狼たちのやる気がさらに燃え上がる気配を感じ、俺はすかさずその場に踏み込む。

「おい、ヒャーリス」
「んぇっ? 少尉?」

黒髪がさっと翻り、少女がこちらを見上げる。とても人工物とは思えない表情豊かな双眸が俺を目にしてキョトンと丸くなる。凛として大人びた顔立ちなのに、大人になりきれていない柔らかな立ち振舞いだ。俺があと10歳は若く、なおかつコイツの中身を知らなければときめいていたかもしれないとは思えるほどには可憐な美少女だ。ヒャーリス・ウェーバー。これでも我がドイツ軍が未来を託す次世代の兵器であり、かつて俺たちが復讐の尖兵にしようとしていた強化兵士だというのだから、世の中何がどうなるのかわからない。
とりあえず、ブリジットたちと遭遇していないことに安堵して深々と息を吐き、後頭部をボリボリと掻きむしる。奴らはヒャーリスたちに気づかず広場を通り過ぎたのだろう。ギリギリセーフだった。

コブ付きだったかと威嚇する顔で振り返ったイタリア男たちが、明らかにカタギではない大男のドイツ人を前にしてギョッと仰け反るのを視界の隅に入れながら、のしのしとヒャーリスに歩み寄る。途端、こちらの心配も知らずにぷくっと頬を膨らませたヒャーリスが飛び跳ねる。

「ヒャーリス号を放ってなにしてるんですか! ちゃんと鍵かけました!? 傷でもつけられたらどうするんですか!? ジェラートなら買って帰ってあげると言ったでしょ! big ape!(ゴリラ野郎!)」
「ジェラートが欲しくて走ってくるわけねえだろうが。あと、俺はゴリラじゃねえ! ったく、ほら、てめえら散った散った! このクソガキはとてもお前らなんかの手に負えるようなお嬢ちゃんじゃねえぞ!」

ドイツ語で叱り飛ばし、ヒャーリスを口説こうと躍起になっていた男たちに向かって腕を振り乱す。もう少し突っかかってくるかと思ったが、イタリア男たちは意外にもあっさりと引き下がった。すごすごと立ち去っていく背中から立ち昇る如何にも残念そうな気配を読み取って苦笑を漏らす。アイツラはきっと、“元軍人のボディーガードまで雇っている良家出身のお嬢様がお忍びでローマ観光に来ていた”、とでも考えているんだろう。お嬢様のハートを射止めれば自分も金持ちになれたのにと言いたそうにチラリと無念気にこちらを振り返った20代前半の男に「やめておけ」と手を降って返す。そんなことをすれば、KSKで名を馳せた元特殊部隊隊長の手によって叩きのめされるのがオチだ。

「ヒャーリス、お前、イタリア語がわかるんだよな。アイツら、なんて言ってたんだ?」

ふと興味が湧いて尋ねる。ヒャーリスはイタリア語の洗脳教育と習熟訓練を受けている。イタリア語のラジオに熱心と耳を傾けている姿も見かけたことがある。日常会話レベルは問題なくこなせるはずだ。
イタリア人の口説き文句はフランス人に負けず劣らずに質がいいとドイツでも評判だ。男前な顔で熱っぽく甘ったるい台詞を耳元に吹きかけられれば、普通の女なら嫌でも胸が弾むという。コイツも女の端くれなら、そんな可愛げのあるところを見せてもいいはずだ。ところが愛の台詞3人分を散々浴びせられているにも関わらずピクリともしていなかったところを見ると、脳みそのほとんどを「あれが食べたい」とか「暴れ回りたい」とかいった欲望が支配しているのかもしれない。そうなると、リヒャルドの想いが成就する可能性が限りなく低くなるわけだから、親友として気にならずにはいられなかった。
尋ねられたヒャーリスは車のことでぶつくさと唇を尖らせていたが、溶けて指に垂れたジェラートを舌で舐めとった途端にどうでもよくなったのかフニャリと表情を蕩けさせる。

「ん~、美味しい! この青色1号感たっぷりのドギツいカラーリングがなんとも……あ、なんでしたっけ。さっき口説き文句のことでしたっけ。ええと、たしか、『可愛い食いしん坊さん、僕は一瞬足りとも君のことを考えずにはいられないよ』。『僕と付き合ってくれないか?』。『ずっと君のそばにいたい……』でしたね」
「うへえ。よくもまあそんな文句を真顔で言えたもんだ。俺には絶対に無理だ」
「でしょうねえ。あんなshowoff(キザったらしい)のは私も無理です。ドン引きですよ。ジェラートが不味くなっちゃいます。少尉が来てなかったらVa cagare!って怒鳴って乱闘するところでした」
「“Va cagare”? イタリア語か? なんて意味だ?」
「“便所に失せろクソ野郎”です。頑張ってイタリア語のスラングも覚えたんですよ」

 えっへんと胸を張る。ゆったりとした上着の胸元が膨らみ、そういえばコイツは女だったなとあらためて認識する。ラジオを聞いてたのはそれが目的だったのか。

「リヒャルドが聞いたら『女の子がうんたらかんたら』って頭を抱えるな。ところで、あいつはどこ行ったんだ?」
「急にATMを探しに行くと言って走って行っちゃいました。まだ13個しかジェラートを食べていないので物足りないです。あと10個は食べたいですね!」

そう言って悪びれもせずにケラケラと笑う。どこまでも食欲に忠実な奴だ。イタリア男たちが気の毒になってくるくらいにあっけらかんとした反応に、こいつの性別まで疑いそうになった。正真正銘に女であることは設計の段階からよく知っているのだが、どうしてここまで色気がないのか。

「……友よ、これは苦労しそうだぞ。身体をジェラートに変える技術でも見つけるしかねえ」
「なにをブツブツ言ってるんですか。ねだったってジェラートはあげませんよ」

両手のジェラートを代わる代わる味わってはニンマリと頬を緩める様子にため息をつきつつ、諦め半分にカマを掛けてみる。

「なあ、例えば、さっきの台詞をリヒャルドが言ったとしたら、どうなんだ?」
「んぇ?」
「だから、さっきの可愛い子ちゃんがどうたらこうたらとか、そういう愛の台詞を担当官から―――つまりリヒャルドから言われたら、お前はどう思うんだ? 」
「リヒャルド様、に……?」

俺の言葉がヒャーリスに染みこんでいくのを傍目に見つつ、自分でもその光景を思い浮かべてみる。あの堅物が、雰囲気のある美しい夜景をバックにバラの花束片手にヒャーリスの耳元に口を近づけて「我が愛する義体、ヒャーリスよ。僕は一瞬足りとも君のことを考えずにはいられないよ」とかなんとか熱く囁くのだ。にわかには想像しがたい情景に、言い出した自分自身が「んなわけねえか」と思わず吹き出して否定する。いくら柔らかくなってきたとはいえ、硬派が服を着て歩いてるような男が鳥肌モノの台詞を吐くなんざ、ドイツとフランスがハグするくらいありえない。仮に両国がハグしてリヒャルドがそんなこっ恥ずかしい台詞を何の臆面もなくぶちまけたとしても、ニブいクソガキに響くには今度はドイツとイギリスをハグさせなきゃならないだろう。あまりの展望の薄さに、くっくと喉を鳴らして先の自分の言葉を否定する。

「いや、忘れろ。つまらん問いだった。どうせお前のことだから、効かな―――……」


 中途半端に開いた目が、口が、見惚れて止まった。


「………ヒャーリス、溢れてるぞ」
「えっ?」
「ジェラート。そのままだとスカート汚すぞ」
「あ、あわわっ!?」

失神から復活したようにビクリと肩を弾ませて立ち上がる。いつもの勝ち誇るような笑みは跡形もなく霧散し、慌てふためく素の表情が一瞬だけ垣間見えた。手を伝う冷たいジェラートにも気が付かなかったところを見るとよほど効果てきめんだったらしい。さっきのヒャーリスの横顔を思い出して写真にでも撮っておけばよかったと後悔する。そのくらい、健気な反応だった。
眼前に主人を幻視してうっとりと目を蕩かす恍惚の表情。一人の男以外何も見えていない危なっかしげな双眸。微かに綻んだ朱唇から「リヒャルド様」と切なげに漏らした小さな声音。まるでこの時ばかりは別の人格が宿ったような見事な変貌っぷりは、イタリア男でなくとも口説きたくならずにはいられないだろう。
らしくない動揺を引きずったまま悔しそうに俯く姿は後悔に縮こまっていて、如何にも頼りなさげで、儚げで、歳相応の乙女そのものだった。

「……なんてことを言いやがるんですか。なんてことをさせるんですか」
「くっくっくっ。いやあ、意表をついちまったみたいで悪かったなあ、お嬢さん?」

かなり不機嫌そうな声だったが、いつものような元気さはない。わざと意地悪げに顔を覗こうとすると、ひょいと顔を反対側に逃がす。けれども、朱に染まった耳と頬と首筋は白い肌によく映えていて隠しようがない。反対側に回りこんでは覗きこんでまた顔を逸らされてを二、三度繰り返し、ふぅんと顎に手を当てる。ジェラートにがふがふとがっついて誤魔化そうとする仕草は普段のクソガキとはかけ離れていて、不気味なことに可愛げすら感じる。この反応を見るに、どうやらリヒャルドにもそれなりに勝ち目は残されているらしい。

「……たぶん、少尉が考えてることは間違っていますよ。私は恋する女の子なんかじゃありません」
「あん?」

見下ろせば、あっという間にジェラートを頬袋に収めた黒ネズミが正面を見つめていた。さっきまでの可憐な雰囲気が唐突に冷めていることに驚く。まだ朱が差したままの耳たぶを何かを確かめるようにコネながら、淡々と言葉を紡ぐ。

「少尉。私はリヒャルド様がスキです」
「お、おい、やけにあっさりと言いやがったな。だったら―――」
「だけど、その気持ちは押し付けられたものです。この脳みそに刻みつけられたものです。『好きか?』と聞かれたら『好きです』と返すように、貴方がたが電気と薬で書き加えた枷です。私が望もうと望まないと、私がリヒャルド様をスキでいるのはそのように“設定”されたからです」
「―――」

 言葉を発せない。様々な記憶や後悔がフラッシュバックして、目の前の少女がこの世に産み落とされることになった暗い過程が腹底を冷やす。息を呑む俺に背を向けたまま、ヒャーリスが訥々と紡ぐ。

「私は、それを本当の“好き”だとは思いません。思いたくありません。そんなの、ただの盲信です。薄っぺらくて中身の無い風船みたいな感情です。だけど私には、私自身の本当の気持ちを通してリヒャルド様を想う権利を与えられていません。そんな状態でリヒャルド様と向き合うのは失礼だと思っています」

ぐり、と黒い双眸が俺を捉える。まるで、さっきのブリジットのような深みを帯びた視線に晒されて、思わず目を見開く。光の差し加減で藍色に輝くその眼には深海に似た“圧”を感じる。巨大な何かが潜んでいるような、俺たちには捉えられない“何者か”がいるような気がするのだ。その奥底から発せられる苛立ちを隠さない視線に晒されて、俺はカエルのように射竦められる。

「私は、洗脳から始まる恋を否定はしません。それが美しい結末に至ることもあるでしょう。私は、義体を洗脳させてどっぷりと依存させることを否定します。お人形にはなりたくありません。強制される恋慕なんてFuck that(クソ食らえ)です。私は私の意思に従いたいです。私自身の想いに従いたいです」

 いつものくだらない怒りではない。そこ硬質な口調には、心の底からの本物の怒りが込められている。“お人形”とは、かつて自分が“再調整”という名の元に受けた自由意志の簒奪を言っているのか。嫌々ながらもその悪辣な行為に加担した己に恥じ入るところを感じ、俺は喉を鳴らす。思えば、あの件でヒャーリス自身から責められたことはなかった。ヒャーリスの機転で人形にされなかったとはいえ、責められれば抗弁できない罪だ。

「担当官から愛の告白をされても、私はきっとさっきのような反応をして、簡単に受け入れてしまうでしょう。私に命令を出来る権威者からの“命令”には死んでも応えるのが私たち義体です。でも、それが私の本当の気持ちなのか、私には自信がありません。そんな中身の無い上辺だけの返事は、私に良くしてくれるリヒャルド様への大きな裏切りです。そうでしょう?」
「あ、ああ……。そう、だな。誰だって、知りたいのは、そいつが本当はどう思ってるかってことだよな」

 同意を促され、何の含みもなく応える。過去に思いを馳せ、自分の幻影に語るように。上っ面だけの儀礼的で義務的な返事をされても、余計に苦しくなるだけだ。それはかつての俺が身に沁みてよく知っている。“あの作戦”―――ジャコモ・ダンテとの戦闘の後、久しぶりに再開したリヒャルドの態度がまさにそうだった。ドイツ初の義体の担当官として俺の前に現れた男が非情の皮を被っていた時がまさにそうだった。
 俺の頷きにその場凌ぎではない本心を察したらしいヒャーリスが、話題を断ち切るようにさっと踵を返して背を向ける。広場に滞留する空気をピシリと引き締めるような、およそ年頃の少女のするそれとは思えない、訓練された軍人のようなそつのない動作を見せつけられ、自身の勘違いに頬を叩かれる。この少女をこうしてしまったのは、俺たちだ。
 
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おお!ヒャーリスが更新してる!
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