エルフになって～の試作

　わずかな時間でも書かなきゃね。スプラトゥーンやってる場合じゃないぜ！

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　不意打ちの声にハッとした俺とトゥが見やった先で、机上から引きずり降ろされた高価な地図が床に広がり、漆黒の鉄靴に何度も乱暴に踏みつけられる。確かめるまでもなく、ついに平静を保てなくなったクアムだった。この執務室の主、騎士団大隊長クアム・ベレ・ガーガルランドが金髪を振り乱しながら机に拳を叩きつける。

「もうたくさんだ！　この私の部屋で、この私が打ち立てた崇高なる計画に異議を唱えるとはいい度胸だ！　文句があるというのなら、今ここで私に直接申してみるがいい！　より良い計画を聞かせてみるがいい！　さあ、どうした！？　言わぬのか、この意気地なしの貧乏貴族どもめ！！」

　憤死せんばかりの勢いで手当たり次第に罵りをぶつけていく無様は見るに耐えない。目の前に伝説のエルフがいるという奇跡を失念しているとしか思えない。自分の思いどおりにいかない事柄に対しては異常なまでに腹を立てるというのは知る人ぞ知る話だが、これではただの悪童だ。詰め寄られる幹部たちといえば、一回りは年端を重ねているはずなのに悪童の怒りの矛先が自分に向けられないようにひたすら視線を床に縋らせるばかりだ。こうなった大隊長に逆らうことの愚かしさ―――すでにここにいない元幹部たちの末路―――を通してよく知っている彼らは、ただ黙して反駁する素振りも見せない。情けない姿だが、これこそがクアムという男の非情さの証明でもある。全てを己の欲望の為に利用し、また全てが己に利用されるために存在するのだと信じて疑わない生粋の悪辣漢は、魔族より遥かにたちが悪い。１０００年の怠惰によって落ちぶれ、澱み、膿んでしまった人間という種族の腐敗そのものだ。
　出し抜けに、気狂いのようになって喚き散らしていたクアムの目がギョロとトゥに向かって転がる。エルフへの敬意など微塵も見えないそれに不穏な気配を察してトゥを下がらせようと腕を伸ばし、羽毛のような繊手にそっと拒否される。思わず彼女の横顔を見つめれば、常に涼し気な瞳は怖じるどころかむしろ真逆の感情に冷えてスッと細められていた。幹部たちの目が覚める寸前に話の腰を折られ、憤りを覚えているのだ。しかし、その静かな怒りの中には何かを確かめようとする知性の輝きもチラと垣間見えた。彼女は、この状況を通して何かを｜試している《・・・・・》。

「栄光ある騎士団は愚か者の集まりだと？　我ら世界の覇者たる人間より魔王の方が賢いだと？　｜こんな戯れ言《・・・・・・》をどうして信じられるのだ！？　このような、このような―――」
「だ、大隊長閣下……！？」
「そのような物言いは……！」

　“戯れ言”という明らかな侮辱にざわと部屋の空気が大きく揺らぐ。ここに居並ぶ幹部騎士たちでさえ、どれほどトゥの話に疑いを持ったとしてもエルフへの敬意と礼を失することはない。かつて勇者と共に世界を救ってくれたエルフへの敬いの念は、この世界に生ける者が共有する数少ない共通理念の一つだ。しかし、化けの皮を自ら脱ぎ捨てたクアムは、敬意どころかエルフとの最低限の分限すら放棄しようとしていた。依然として堂々と相対するトゥを睨み据え、我を忘れたクアムが黒い感情を装い着せぬまま言葉にする。

「このような、｜乳ばかりでかい《・・・・・・・》｜小娘《・・》の戯れ言など、聞く価値などあるものか！　黙って寝床から誘っていれば可愛げがあるものを、生意気に軍師の真似事などとは、片腹、いた、い――――」

　多弁が急に窄まり、絞るようにして消え入る。ようやく我に返ったらしいが、すでに盆はひっくり返って粉々に砕けた後だった。