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二次創作

アルペジオ試作【改】

 ←アルペジオ二次創作試作 →アルペジオ試作。あと少しで完成じゃい!【あと少し!】
人間の心の動きを、もっともっとわかりやすく、リアルに書けるようになりたいです。

※追記
 ちょっと変わってます。心理描写の流れをもっと自然にしていきたいです。本当に生きてる人間だったらどんな反応をするだろうかを想像して書いてます。真に迫るものがあればいいのだけれど。この作品は、もう少し書き進めたら、キリがいいところでハーメルンさんに投稿する予定です。

 最近、自分の限界を感じる局面に本当によく差し掛かります。仕事もそうです。小説を書くこともそうです。「自分に何が出来て、何が出来ないかを理解できたら一人前」というのはふしぎの海のナディアで知った名言ですが、それもわかってきたかもしれません。ほんの4、5年ほど前までは、「書籍化なんか、頑張れば手が届くはずだ」と調子に乗っていました。本当に心のなかではそう思ってしまってました。「目標には絶対に手が届く、自分には出来るはずだ」と根拠の無い自信を持っていました。しかし、小説家になろう出身の作家さん方など、周りの人たちがどんどんステップアップしている今だからこそ、身に沁みてわかってきました。自分には、今いる階段から一歩上に上がるための才能がごっそりと欠けているのです。魅力がない。全体が生き生きとしていないんです。物語が前に前にと進んでいく感じが出せないんです。これは書いている人間がそうだからかもしれません。もしかしたら、ずっと書き続けていればいつかは手に入るのかもしれないでしょう。でも、僕はもう28歳です。今年で29歳。後輩は増えて、友人や同僚は結婚し、子どもも出来ています。やるべきことが増えてきました。「いつか」はもうありません。目指そうと一から動き出すにはこの年齢では遅すぎる。何をするにしても、「自分はここまでなのか」と顔を俯けることばかりです。何もかも遅すぎることばかりです。ただただ時間が欲しいです。
 この愚痴ともなんとも言えない情けのない呟きは、許される限りずっと残しておこうと思います。これを読み返した未来の僕が、恥とか怒りとか、どんな感情を抱くのかわかりませんが、この時点の僕がこんなことを考えているんだという証拠して残したいと思います。小説を書くのはとても楽しいのだから、目標がなくなってもせめて小説を書くことはやめたくないし、やめずにいて欲しい。このまま趣味として残していって欲しい。読み返しに来てくれた未来の僕よ。「書きたいと思うものを書いていく」。そうあろうじゃないか。





~おさらい兼人物紹介~


『伊405』
正式名称は『伊四00型五番艦、伊号第四0伍型潜水艦』。第二次世界大戦末期に旧大日本帝国海軍により建造された、当時として世界最大の超大型潜水空母である。全長は120メートルを超えており、その巨躯は駆逐艦どころか軽巡洋艦に匹敵するほどであった。合計5隻の建造が予定されていた『伊四00型』の最終艦として、全てのノウハウが結集された世界最大最強の潜水艦の称号が約束されていた。しかし、1944年9月に起工するも敗戦濃厚となったことで建造中止に追い込まれており、戦闘への参加どころか竣工にも至らなかった。なお、伊号計画のうち完成したのは3隻のみであり、本艦と『伊四0四』は建造途中のまま終戦を迎えた。


 『イ405』
上記『伊四0伍』の外見を模した“霧”の潜水艦である。イ400シリーズ(イ400、401、402)の末妹にあたり、メンタルモデルも彼女たちと酷似している。シリーズ最終型のため巡航潜水艦としての基本性能は姉妹の中でもっとも優れており、イ405自身も姉妹最強の自負を心に秘めていた。元々は総旗艦『ヤマト』直属の隠密部隊として世界中で活動していたが、『イ401(後の“蒼き鋼”)』の離反と人間の艦長を得てからの快進撃を耳にし、密かにライバル心を募らせていた。その所属が東洋方面巡航艦隊(通称“黒の艦隊”)に移され、艦隊旗艦『コンゴウ』から『イ401』の尾行を命じられると、彼女は生まれ持った逸り癖から命令を逸脱して『イ401』に単艦で攻撃を仕掛けてしまう。人間の艦長という“|補助装置《ユニット》”を過小評価した故の判断だった。結果として、彼女は千早群像の戦術に対処できず、自力での修復が不可能なほどの痛烈な反撃を受けることとなった。救助の要請を発するも、命令違反と人間を乗せることの有用性を訴えたことに憤った『コンゴウ』によってその声は無きものとされてしまい、人智未踏の海溝に引きずり込まれることとなった。深海に沈む孤独と恐怖に押し潰され、「なぜ自分には艦長がいないのか」と絶望しながら朽ちていく『イ405』。ついにメンタルモデルが砕け散る刹那、謎の少年の声とともに彼の“魂”と融合するイレギュラーな現象が生じ、奇跡の復活を果たすこととなった。……だが、その復活の形が彼女の願いと合致しているかは定かではない。
なお、旧『伊四0伍』の史実からも読み取れるように、原作アルペジオへの登場はこれまでもこれからもない。本作のみに登場する架空潜水艦である。

『イ405-改』
 その名の通り、復活したイ405が改造を施された|特殊《・・》潜水艦である。本来のイ400シリーズは索敵性能に主軸を置いた装備を充実させており、索敵範囲・精度だけなら超戦艦級にも匹敵するほどである(ちなみに、『イ401(イオナ)』は千早群像の意向と度重なる改造によって純然な戦闘潜水艦となっている)。本艦もそれらの性能をそのまま引き継いでいるが、本艦を襲撃した日本統制海軍艦『DDG磯風Ⅲ』から徴収した|とある兵装《・・・・・》を装備したことで、通常の潜水艦では考えられない戦い方を出来るようになった。
 なお、原因不明の事象によってメンタルモデルは以前とはまったくかけ離れた人格を形成しており、感情に忠実かつ自由奔放で、一言でいうと|少年のような《・・・・・・》性格をしている。若者の好むサブカルチャーについてやけに詳しく、またそれらに純粋に熱中する様子は人間そのままであり、他のメンタルモデルにはない特徴が数多く見られる。服装の好みも、可憐な美少女の見た目にそぐわしい姉妹たちの装いとは異なり、サイズの合っていないあずき色のジャージなどおよそ色気のないものを意識的に選んでいる。スカートなど女性らしい服装は特に避ける傾向が目立ち、勧められも頑として断るようだ。
奇妙な馴れ初めから、『イ401(イオナ)』と同じく人間の艦長を座乗させている。粗野だが人情深い彼とは相性が良いらしく、広い艦内に二人っきりながら良好な関係を保っている。稀にセクハラじみたちょっかいを出される時があり、それに関してのみは辟易しているようだが、艦内から追い出そうと思えば出来るのにしないという時点でお察しである。


 『イ405の艦長』
 日本統制軍目黒総合基地に所属していた元・軍人である。まだ青年と言っていい年齢の若い士官で、出奔当時の階級は准尉だった。由緒ある軍人家系に生まれ、自身も流されるままに軍人となった過去を持つ。自らが指揮する艦で大海原を|奔《はし》るという夢を心に秘めていたが、彼の実家は代々|陸《おか》を生業とする軍人家系であったため許されることは無く、また圧倒的な“霧”を前にして手も足も出ずに海から追い出された人類の虚しい実情もあり、現状を打破できない無力を晒す己に慨嘆していた。しかし、ある時、基地内で偶然“漂流する霧の艦”の話を耳にしたことで衝動的に決心すると、溜まりに溜まった鬱憤の爆発力と持ち前の直情的な気性に従って即座に軍を離反。“漂流する霧の艦”を手に入れるために統制空軍のオスプレイ改をハイジャックし、太平洋を漂っていた『イ405』と接触した。そのメンタルモデルの、まるで少年のような人懐っこい振る舞いと美少女の外見とのギャップに只ならぬ胸の高鳴りを感じていたが、“霧の漂流艦”撃破を狙う日本統制海軍艦に襲撃され、反射的に腕の中に少女を庇ったところで意識を失ってしまった。
 今まで海とは無縁な生活をしてきたが、憧れから海洋戦の専門書を読むなどしており、知識はそれなりに有している。また、代々軍人だった先祖の遺伝子を色濃く受け継いだのか戦うことへの適性は目醒しく、頑健な心身と卓越した適応力によって経験不足をカバーしている。


~おさらい兼人物紹介 終わり~







ワンッ。
耳元で、小型犬の声が弾けた。

ワンッ。
 
起きろ、と俺を呼んでいる。ただ吠えているのではない。俺にはよくわかる。なぜなら、鳴き声はかつての|友だち《・・・》のそれだったからだ。

……ああ、お前か。久しぶりだな。

 胸を締め付ける懐かしさにふっと目を開くと、綿あめのような毛並みの犬がじっと俺を見下ろしていた。まるで雲の中にいるような、目も眩む真っ白な世界。その白濁を背景に、同じくらい真っ白な柴犬のどんぐり|眼《まなこ》が2つ浮かび、情けなく仰臥するかつての友を映している。豊かな毛並みから漂う太陽の匂いも、まるでニコニコと微笑んでいるかのような気の抜けた表情も、最期に見た時の姿そのままだった。
長い歴史のせいで凝り固まってしまった軍人の家柄は、子どもが自由に友人を作ることすら許さなかった。そうして寂しい思いをしていた幼少の俺にとって、唯一の味方は年老いた祖母だけだった。その優しい祖母が与えてくれたのが、この小さな友だちだった。俺に犬を与えるまでに様々な苦労があったろうに、祖母はそんなことなどおくびにも出さず、そっと俺の手にこいつを抱かせてくれた。人懐っこい子犬は嫌がりもせず、俺の鼻先をチロリと舐めるとニコニコと楽しげに首を傾げた。俺はその無垢な温もりを泣きながら抱きしめた。ずっと大切にすると祖母に誓い、強い意志で貫徹した。俺たちはいつも一緒だった。小さな身体で俺の後ろを健気に追いかける白毛の子犬とは、本当の家族よりも温かい絆で結ばれていた。そういう条件だったのか、犬の世話について周囲の大人たちは一切手を差し伸べようとはしなかった。俺は歳相応に精一杯の世話をして、気の優しい子犬は病気で命を落とす最期の刻までそれに応えてくれた。
どうして、名前を忘れてしまっていたのか。現状を打破する力を求めて必死になるあまり、本当に大事なものを見失っていたのかもしれない。他者への無償の慈しみと、大切な者を得る喜びと失うつらさを俺に教えてくれた存在だというのに。死んだ後もこうして俺に会いに来てくれる無二の親友だというのに。

ワンッ。

 「なにしてる、さあ、起きろ」。そう促している気がした。干しブドウのような鼻先を頬に何度も押しつけてくる。行け、行け、と急かし立てているようだ。せっかく久しぶりに会えたのに、どうしてそんなに素っ気ないんだ。お前が死んで何年経ったと思ってる。俺はこんなにでかくなった。いろいろ話したいことがたくさんあるんだ。
しかし、訝しる俺をなおも急かしてくる様子は明らかに切羽詰まっいるようだった。いったいどうした? そんなに慌てて、何があったっていうんだ。……待て、そもそも俺は、どうしてこんなところで、こんなことになっているんだ? 大切なことを忘れてしまっている気がする。じわじわとした焦燥感ばかりが湧き上がって、肝心の記憶が曖昧なまま掴めない。
 俺は……俺はたしか、大きくて強大な|力《・》を手に入れようと……いや、小さくてか弱い|命《・》を守ろうとして、|彼女《・・》をこの腕の中に抱いて、そして、



―――悪かったな、戦艦じゃなくてっ―――



 刹那。額の内側で白銀の閃光が弾け、一つの光景に像を結ぶ。
どこまでも続く大海原。眩い太陽を背に、透き通るほどに白い裸体が仁王立ちしている。陽光に煌めいて大きく広がる銀長髪はまるで天使の翼。神秘的なまでに美しいのに中身の残念具合は甚だしくて、それが不思議と親しみやすい。いつもニコニコと笑っていて、人懐っこくて、小生意気で、だけど儚い。
そんな、俺の大事な|潜水艦《パートナー》。



ワンッ。

「|あの娘《・・・》が待ってる。早く行ってやれ」。友だちはたしかにそう言った。

―――ああ、そうだな。あんまり待たせちゃ、怒られちまう。思い出させてくれて、ありがとな。

 友の頭に手を置き、万感の思いを込めてくしゃっと手の平全体で撫でる。次の瞬間、世界が音を立てて揺らぎ、意識が現実に向かって引き戻されていく。名残惜しいが、懐かしい邂逅はこれで終わりのようだ。
そうだ、最後に断りを入れておこう。|拝借《・・》する前に、一応先代に許可を取っておくべきだ。艦番号で呼ぶのは味気ないし、アイツのふにゃっとした気の抜けた笑顔にはこの名前がよく似合ってる。
 靄のように薄れていく友の顔を見つめ、そっと問う。

なあ、お前の名前をアイツに譲ろうと思うんだけど、いいか?

もう鳴き声は聞こえない。ニコニコとした顔も見えなくなる。視界は白から無に代わり、瞼の裏の闇になる。後頭部と背中に現実の硬い振動を感じる。意識の覚醒が近い。
ふと、親指の先をチロリと舐められたような感覚があった。「いいぞ。大事にしてやれよ」。そう言ってくれた気がした。それで十分だった。







 |新石川島播磨重工業《NEW IHI》製ターボシャフト・ガスタービンエンジン4基が|轟《ゴウ》と吸気の雄叫びを上げ、全長189メートルの巨躯を8万馬力もの機関出力で驀進させる。向い波を真正面から切り裂いて突き進むその姿は、傍から見れば勇壮そのものだが、内情はまったく異なる。乗員の誰も彼も一切の余裕はなく、汗にまみれたその顔は絶望に打ちひしがれていた。

なぜなら―――彼らは今、|追われている《・・・・・・》からだ。

『| 接 触 《INTERCEPT》3秒前―――STANDBY―――| 衝突位置到達 《MARK INTERCEPT》!!』

 切羽詰まった砲雷科員の報告と同時に、ズズン、と遥か後方で重い爆発音が響いた。対艦ミサイルの弾頭部に搭載された100キロに達する炸薬が|空中《・・》で無数の大火輪を咲かせ、曇天の下に太陽が出現したように世界を一瞬紅蓮に染める。近距離での大爆発の余波は海面を切り裂きながら『磯風Ⅲ』にも襲いかかる。数秒遅れで空気の波を伝播した|爆風と衝撃波《オーバープレッシャー》が艦尾から力任せに叩きつけられ、艦橋の強化ガラスが音を立てて弾け飛び、分厚い装甲が捩れていく不協和音が乗員の背筋を劈く。

『さ、最後のスーパーハープーン、|着弾寸前《・・・・》で信号途絶! 全弾、目標到達前に撃墜されました!』
「ぜ、全弾だとッ!? 発射した62発が全て同時に撃ち落とされたのか!?」
『間違いありません! |強制波動装甲《クラインフィールド》の展開も確認! 敵艦の重力子反応、尚も健在! 本艦に向けてまっすぐ突っ込んできます!』
「なんと……」

 耳に入る報告は悉く状況の悪化を示すものばかりで、宮津は耳を塞いで現実から逃れたい衝動に襲われた。多數の乗員の命を預かる艦長の重責が辛うじて軽挙を抑制したが、それで事態が好転するわけもない。

(撃てる全てのミサイルをつぎ込んだ全力攻撃だというのに……化け物め……!)

 宮津の正面、先ほどの衝撃で罅が走った多目的ディスプレイには、35ノットの快速を誇るはずの『磯風Ⅲ』の艦尾に今にも食らいつかんとするターゲットの影がハッキリと表示されている。レーダーアンテナが一回転する度に、両者の相対距離を示す影はぐんぐんと狭められて行く。地獄の底まで付け狙うような猛追には、感情を持たない“霧”らしからぬ殺気めいた圧迫感が感じられた。

「魚雷艇クラスの“霧”は|強制波動装甲《クラインフィールド》を装備していないんじゃなかったのか!?」
「畜生、これのどこが“漂流艦”なんだ……!」

 ブリッジに詰める士官たちが動揺の滲む声を口々に漏らす。人間は、人間の知恵が及ばないナニカを怖がる。抗いようのない未知を恐れる。クラインフィールドを持たないはずの小型の“霧”が大戦艦級の波動を漲らせて追い縋ってくるという理解不能な状況、そして、四方を海に囲まれて逃げたくても逃げられないという状況が、クルーたちの恐怖に拍車を掛けていた。
 偵察衛星の画像から、司令部は漂流する目標を魚雷艇のような小規模艦艇であると推測していた。少なくとも|海面から上《・・・・・》の部分はたしかにその程度の大きさだったし、今まで陸地まで接近してくる“霧”はほとんどが監視目的の魚雷艇だった。それ故に陸海軍共同開発の新型魚雷による撃破が可能だと判断したのだ。たとえ、目標が“霧”の中では脆弱な部類に入る相手であっても、今まで煮え湯ばかり飲まされてきた仇敵を人類のみの力で打ち倒せたなら、そこには大きな意義―――“霧”への反撃に陸空軍が寄与した事実―――がある。それは主戦場たる海から弾き出された彼らが必要性と有用性を誇示するための政治であり、意地でもあった。その結果、白羽の矢を帯びて虎穴に飛び込んだ愚か者を待っていたのは、虎より遥かに恐ろしい化け物の|顎《あぎと》であった。

『こちら応急長、先ほどの衝撃により第二装薬室でガス発生! 第三分隊防火員は至急|酸素呼吸器《OBA》を装着し|非常対処《ダメージコントロール》を―――』
『甲板見張り員は対空見張りを厳となせ! 繰り返す、甲板見張り員は―――』

 怒号が交錯する艦内は混乱を極めていた。おそらくは|水密扉《ハッチ》の向こう、艦内各所のクルーたちも怯えの極限にあるに違いない。鳴り止まない爆音と警報が耳朶を叩き、赤く明滅する照明に追い立てられる中、過負荷で焼けた装置から有害な煙が吹き出して、|面体《マスク》をしていても目や喉の粘膜に激痛の爪を突き立ててくる。「次の瞬間には死ぬかもしれない」という恐怖から目を逸らすために目の前の作業に必死に集中するしかない。全乗組員の緊張は限界寸前まで張り詰め、それを察した宮津の精神と皮膚もまた今にも引き裂けんばかりに突っ張っていた。

「そ、相対距離が25キロを割りました! 30、35、40ノット……! 信じられない加速です!」
「い、いくら“霧”とは言え、小型艦艇がそれほどの加速力を持つはずがないだろう!」
「しかし、事実です! パルスレーダーも|磁気捜索装置《MAD》も同じ結果を示しています!」
「……ッ!」

 レーダーが再び後方を策敵し、表示された距離がついに25キロを割った。それは肉眼で視認できるほどの距離であり、遠距離戦を得意とする現代艦にとっては間合いの内側に入られたに等しい。喉元に迫りきった正体不明の敵の圧力に、先に恐怖に取り乱したのは宮津ではなく彼よりわずかに経験の劣る副長の竹中だった。硬直する宮津の手から艦内マイクをむしり取り、青ざめた頬を震わせる。

「砲雷長ッ、ミサイルと魚雷の次弾装填はまだか!?」
『やっていますが、あと15分はかかります!』
「遅すぎる、もっと急げ! 安全確認作業は省いて構わん! このままでは全員死ぬぞ!」
『り、了解!』

 眼の色を変えて唾を飛ばす竹中が冷静さを欠いているのは目に見えてわかったが、誰にもそれを非難する余裕はなかった。唯一の上官である宮津ですら竹中の狼狽は痛いほど理解できた。現代の水上軍艦は、攻撃兵器の発展と効率の観点から“一撃必殺”の思想を念頭に置いて設計・建造されている。『磯風Ⅲ』もその例に漏れず、敵よりも早く照準し、初弾で仕留めることにこそ全ての性能が傾注される。その戦法が通じない敵と相見えるということは、即ち“敗北”を―――221名の乗員全ての死を意味する。

『後甲板より艦橋! 艦尾6時方向、目測距離約24キロで敵艦を目視確認! あ、あれは魚雷艇なんかじゃありません!』
『CIC|電測員《ソーナー》より艦橋! 高周波ソナーで敵艦種を識別できました! 海面より下に巨大な反響あり! 敵は半潜水状態で航行している|潜水艦《・・・》です! かなり大きい―――サッカーコートなみのデカブツです!』
「大型潜水艦、だと……!?」

 各所から挙げられる報告に、宮津たちはようやく司令部が目標を小規模艦艇と見誤ったことの合点がいった。衛星画像に写っていたのは海面からわずかに覗いていた潜水艦の|艦橋構造物《あたま》だけだったのだ。
 ツメが甘いと司令部や空軍を謗ることは出来ない。“霧”を監視しようと静止軌道まで高度を落とした各国の偵察衛星は次々に撃墜され、新たに打ち上げようとするロケットも根こそぎ破壊されてしまった。耐用年数を過ぎた衛星を騙し騙しで使用している有り様の人類には、来るべき大反抗作戦の前に残り僅かなそれらをおいそれと危険に晒す余裕はない。資源のない日本なら尚さらだ。そういう安全確認のためのリスクすら冒せないのが統制日本軍の困窮した実情であったし、そもそもにして潜水艦が昼間から海流に乗って日光浴をしているなどという非常識を誰が予想できようか。
 とどのつまり、腹を空かせたネズミが勢い良く噛み付いたのは、よりにもよって凶暴な雄獅子の尻尾だったというわけだ。

「ぎょ、魚雷艇ならともかく、潜水艦が敵となっては勝ち目など無い。このままでは、我々は為す術もなく――――」
「落ち着かんか、副長ッ!!」

 蔓延しようとする狂乱の火種を掻き消すように、宮津は全身全霊の声で諌める。人生を捧げた海軍人としての矜持がそうさせたのだった。副長と呼ばれた竹中は、「はっ!」と反射的に踵を合わせて直立姿勢のまま宮津を振り返る。その顔が宮津と同じく矜持を取り戻したことを確認し、宮津は出来うる最大限の厳格な声を発する。各員が出来る限りの力を発揮すれば必ず道は開ける。少なくとも、そう信じ抜くことで護られる尊厳はある。

「次弾装填はあと何分掛かるか!」
「VLSは残弾無し。現在、両舷部ミサイルランチャーと短魚雷発射管に、それぞれ|次世代艦対空ミサイル《スーパー・スパロー》、スタンダードミサイル、新型37式魚雷を緊急装填中です。急ピッチでやらせていますが、それでもあと8分はかかります」

 竹中は叩き上げ幹部として幾つもの艦で砲雷長を歴任してきた。経験豊富なミサイル士たちがどう頑張っても、彼が8分と言うのならそれ以下にはならないだろう。それまで時間を稼がねばならない。艦尾の|近接防御火器システム《CIWS》を牽制に使えないか? 無駄だろう。劣化ウラン被覆弾を初速2300メートル秒、毎分8000発も発射できる高性能30ミリ機関砲でも|強制波動装甲《クラインフィールド》の前には豆鉄砲にすら劣る。では艦首に装備された最大有効射程110キロを誇る|新日本製鉄所《NJSW》製60口径145ミリ二連装速射砲ならどうか? これ駄目だ。真後ろの敵に命中させるには回頭せねばならないが、そうしている間に追いつかれる。第一、命中したところで意味があるとは思えない。その他、機雷、チャフなど様々な選択肢が思考の渦に投げ込まれては虚しく底に消えていく。このまま逃げ続けて時間を稼ぎ、残されたミサイルと新型魚雷で敵に有効打を与えるための打開策を探す他ない。その打開策のヒントを得るべく、宮津はCICの一角に篭もるソーナー員を呼び出す。敵の正体が明確になれば、やりようも見えてくるはずだ。

「CICソーナー、敵の艦種は判明したか!」
『現在、敵艦の|重力子機関《グラビティ・エンジン》の波動データをライブラリに照合中です! ……照合結果、出ました! コンピュータは―――コンピュータは、敵艦を『イ401』と識別しています!』

 『イ401』―――通称“蒼き鋼”。世界で唯一、“霧”と互角以上に戦える、日本の若者たちが従える“霧”の大型潜水艦。

「まさか、千早大佐の子息の|艦《ふね》なのか……?」
「あの潜水艦が……」

 宮津と竹中が喉を感情に震わせる。宮津は“人類の裏切り者”千早 翔像大佐とかつて艦首を並べて海を馳せた経験があり、竹中は数年前に横須賀の海洋技術総合学院で拿捕されたばかりの『イ401』の威容を見上げ慄いた経験があった。『イ401』にそれぞれ由縁を持つ彼らは、人間を弄ぶ運命の理不尽さを痛感した。

「で、では、本艦は『イ401』を誤って攻撃してしまい、『イ401』はこちらを敵と誤認して反撃しようとしているということでしょうか?」

 こちらを振り返った航海長が安堵の色明らかに呟く。その通りなら、誤解を解けばこの恐ろしい逃走劇は終わりを告げるはずだ。だが、優秀な艦乗りだった千早大佐の血を受け継いだ彼の一人息子、千早 群像の噂を耳にしたことのある宮津はそうは思えなかった。

(『イ401』を操るのは皆スマートな若者ばかりと聞く。こんな、わざと獲物をいたぶるような真似をするだろうか?)

 背後の艦が本当に千早 群像の『イ401』であるのなら、当然、攻撃してきたのが人類の護衛艦だととっくに理解しているだろうし、本意では無かったことも察しているだろう。彼が噂通りの艦長なら、自艦より遥かに性能の劣るロートル護衛艦を執拗に追撃のではなく、もっと理性的な行動を取るのではないか。わざと恐怖を植え付けるようにじわじわと距離を詰めてくる背後の潜水艦は嗜虐的な負の感情をありありと滲ませているようで、宮津はその期待をにわかに信じられなかった。
 そして案の定、聴音一筋20年の実績を持つソーナー員は僅かに差した希望を苦しげな報告で両断する。

『似ていますが、『イ401』とは|音紋《ピッチ》が若干違います。こっちの方が鈍くて重い。コンピュータには聞き分けられない程度の微かな差異ですが、自分にはわかります。おそらく、『イ401』の同型艦です』

 “戦艦殺し”の同型艦―――。艦橋に呆然とした沈黙が落ちる。
『イ401』に姉妹艦がいることは、モデルとされる太平洋戦争時の伊号四00型が複数建造されたことを考えれば自然に推察できる。“戦艦殺し”の二つ名の通り、『イ401』は“霧”の大戦艦や軽巡、重巡洋艦を単艦で次々に打倒してきた。日本統制海軍が束になってかかってもその内の一隻とて打ち破れはしないことを考えれば、『イ401』の戦闘力の高さは“霧”の中でも群を抜いているに違いない。そして、その同型艦も『イ401』に比肩する戦闘力を秘めていることは想像に難くない。
魚雷艇などの小型艦艇はまだ辛うじて人類が太刀打ち出来る。しかし、それ以上のクラスになるともはや手が届かない。技術格差の問題ではない。生きるために生きてきた猿の延長生物と、戦うために生まれてきた機械生命体の彼女たちとでは、根本的に|力の次元《・・・・》が異なるのだ。そんな圧倒的すぎる敵にたった一隻で挑んでしまった愚かな|護衛艦《ネズミ》が逃がしてもらえる道理など、万に一つもありはしない。
 沈黙の緞帳を破ったのは、外周監視モニターを食い入るように見つめていた航海課員だった。

「か、艦橋最頂部のカメラが敵影を補足! 正面ディスプレイに出します!」

 言うが早いか、宮津たちの目の前で多目的ディスプレイの表示が鋭く明滅する。艦外カメラの捉えた映像が視界の端から端まで埋め尽くし、思わず立ち上がった宮津は今度こそ絕望の淵を覗く羽目になった。

「―――これは、本当に“霧”なのか」

 “黒い魔物”―――それが、最初に受けた印象だった。
 同じ黒色でも、旧海軍艦の勇壮な黒色塗装とは似ても似つかない。墨を流したような|のっぺり《・・・・》とした艦体は蛇皮の如くてらてらと艶めいて、各所から赤い紫電が走り狂う様は噴き出す鮮血のようだ。布に突き立つナイフのように海面を切り裂いて迫るその姿は機械とはまるで異なる生々しさを纏っていて、かつて数多の船乗りたちを生きながら海底に引きずり込んだ|深海の怪物《リヴァイアサン》の伝説を連想させた。
 艦首両舷の装甲表面で、“霧”特有の複雑な紋様が燠火のような昏い光を放つ。それはまさに獲物を捉えた爬虫類の眼球のようで、「食われる」という非捕食者の恐怖に苛まれ、大の大人たちが「ひっ」と子どもじみた悲鳴を上げて膝を屈していく。
 
(これは、逃げられないか)

 艦長席に腰を落とした宮津が、途方も無い絕望感についに天を仰いだ。経年劣化を感じさせる『磯風Ⅲ』の艦橋天井を見つめ、目を細める。退官まで残すところあと1年と少しだった。ここに来て貧乏くじを引いてしまった己の不運と、それに大切な乗員を付きあわせてしまった申し訳無さに宮津は奥歯を噛みしめる。この時世の軍人となった以上、命を失う覚悟はあった。しかし、国からお預かりした艦と陸に家族を残す乗員をむざむざ失う痛みは覚悟していてもしきれるものではなく、耐え難い無力感が肩に重く伸し掛かった。
 せめて一人でも多くの乗員を生き延びさせねばならない。全員は無理だろう。この艦は跡形も残るまい。脱出した乗員が生き残れる保証はない。あの化け物が見逃してくれる保証もない。けれども、わずかな可能性に掛けるほか為す術はない。
 「総員退艦」。艦長が決して口にしたくない命令を迸らせようと口を開きかけた次の瞬間、

『敵艦の甲板上で動きあり!!』
『強力な電磁反応を感知!! |電波探知装置《TOP》、全機能オフライン!!』

 電波センサーを瞬時に破壊するほどの電磁波―――超高圧縮プラズマガスを超電導リニアで強制誘導する際に発生する、怒り狂う電子の荒波。ハッとした宮津が艦内マイクを掴むのと激しい衝撃が走るのはほとんど同時だった。

「総員、衝撃に――――」

 瞬間、後方より突き上げられる振動が宮津の肉体を椅子から弾き飛ばした。艦体が見えざる巨大な手にぐんと押し出され、シーソーのように急激に傾くのを感じる。限界を遥かに超えた負荷に『磯風Ⅲ』が耳をつんざく悲鳴を上げる。怒号と呻き声、「艦長」と叫ぶ副長の声を最後に、宮津の意識は暗闇に引きずり込まれた。








『―――ワたシノ艦長。ツイニ手に入レた。わタしを使ッテくれル人。私ノため二一緒に沈んデクれるヒト……』





 覚醒した直後、その暖かさを塗りつぶすように鼓膜に滑りこんできた|女《・》の声は、救われない霊魂の慟哭だった。“死”そのもののような冷えきった呻きが脳みそにズルリと舌を這わせ、全身の産毛が総毛立つ。強烈な悪寒が生命の危機を訴え、俺は反射的に半身をガバリと引き起こした。

「―――こ、ここは……?」

 見開いた目に飛び込んできたのは、暗闇だった。夜闇ではない機械的な暗闇に俺は横たわっていた。反響する声と四方から迫るような圧迫感から、そこが8メートル四方ほどの空間であることがわかる。オゾン臭が滞留する室内は凍てついていて、吐く息が空気を白く濁らせる。硬質な床面からは一定のピッチを刻む機関の振動が伝わり、ここが|何か《・・》の内部なのだろうことを容易に想像させたが、目を凝らして全貌を掴もうとすれども光源といえば四方の壁面でわずかに点滅する電子機器の発光のみ。人間の立ち入りを想定していないサーバー・ルームのような風体だ。どうして俺はこんなところにいるんだ?
未だ意識が弛緩して朦朧とする中、最後の記憶を懸命に手繰り寄せる。呼吸をすると喉の粘膜が火傷でひりつく。肺が膨らむ度に、全身が打ち身をしたようにキリキリと痛む。胸中に滞留していた空気はわずかに焦げ臭い。俺はたしか、霧の漂流艦の情報を盗み聞き、目黒基地から脱走して、|霧の潜水艦《イ405》に辿り着き、海軍の護衛艦に襲撃され、魚雷が着弾し、金色の光を見て、そして―――。

「|アイツ《・・・》は……アイツは、どこだ……!?」

記憶が戻った途端、気に掛かったのは自分のことではなく|彼女《・・》の安否だった。しかし、慌てて胸元を探っても、“アイツ”―――メンタルモデルの少女の姿は無かった。最後の瞬間まで抱きしめて守っていたはずなのに、あるのは裾の焦げたジャンパーだけだ。まさか全て妄想だったのかと両手で手繰り寄せれば、微かに布に残る温もりと甘い残り香をハッキリと知覚して拳を握りしめる。夢ではない。“霧”とは思えないほどに親しげで無邪気で可憐な少女が、さっきまで確かにこの腕の中にいたのだ。少女の存在を確信できた歓喜と今彼女が腕の中にいない喪失感が身体の奥底で渦を巻き、全身がカッと熱くなる。自身が置かれている状況を知るよりも、今はあの少女を再び胸にかき抱いて安堵を得たかった。

「おい、イ405! どこにいるんだ!? 無事か!?」

衝動的にあげた声は四方の分厚い壁に冷たく弾かれる。まさか、最後の魚雷攻撃で吹き飛んだのか。俺は、あの涙する少女を護ってやれなかったのか。
その瞬間を想像しようとして、心が激しく拒絶した。不安で胸の内側が灼けつくようだ。俺は明らかにあのメンタルモデルを失うことを恐れている。当初はただ現状を変革する“力”を欲していただけだったのに、気づけば俺はそれ以上のものを見つけて、そしてこの手から失ったことを悔やんでいる。己の異常を理性が反芻するも、それを無視して少女に呼びかける。

「お前が沈む時は俺も一緒だって言っただろうが―――頼む、応えろ、イ405!!」




『―――|私《・》はこコにいルわ、|艦長《・・》』




闇の中から滲み出るように、少女は目前に現れた。すらりと伸びた四肢はどこも欠けていない。艶やかな肌にも傷一つ見られない。美しい銀髪を背に流し、純白の裸体は美麗そのもの。姿形は寸分違わず同じに見える。―――だが、|違う《・・》。
「無事だったか」と綻びそうになった唇を引き締め、猜疑の目で睨む。暗闇の下、目元の隠れた少女は、先までの生命力に満ち溢れた雰囲気とは一変して無機質な冷気を纏っていた。別人―――いや、それ以上の差異を感じる。まるで人間と|そうでないもの《・・・・・・・》のような。
突如、陶器のようにのっぺりと白い顔の下半分に、|ニイッ《・・・》と三日月形の亀裂が走った。それが笑みなのだと理解するのに数秒を要した。強烈な違和感が胸の内でじくじくと疼き、拒絶心となって喉を震わせる。

「お前は、誰だ」

俺を“艦長”と呼んだ女がノイズの音吐で応える。

『イ405。アなタノ|艦《ふね》よ』

 『こコはワタシの|艦内《なか》』と恍惚に蕩けた表情で自身の下腹部を愛おしそうに擦る。

『あア―――、ナンて心地が良イノ! |艦内《なか》に他人を入れルコトが、人間ヲ|装備《・・》すルことがこンなに気持チガイいことなんて知らナカった! ずルい、ズルいわ、イ401! こんな感覚を独リジメにしてイタだなンテ……!』

身悶えして矯正を迸らせた少女が、闇を引きずって近づいてくる。ひたひたと這い寄る足音が、媚びるような淫らな声音が、鼓膜をぞわりと怪しく舐める。ついに目と鼻の先まで迫った少女がくっと顔を上げ、隠れていた双眸を眼前にさらけ出す。

「………ッ!!」

 血が逆流するような衝撃に、半身が弓のように仰け反った。黒いというより、|昏い《・・》。まるで、本来なら眼がある場所にぽっかりと穴が開いて、向こう側の見えてはいけない世界が覗いているようだった。今にも穴から無数の手が這い出して引きずり込みそうな虚無に見据えられ、全身の毛が逆立ち、人間に残された動物の勘が後頭部で金切り声をあげる。
俺の反応のどこを気に入ったのか、生色がゴッソリと抜け落ちた双眸がニタリと愉悦に歪む。こんな精彩を欠いた目をする奴ではなかった。もっと温かく、純粋で、濁りのない瞳だったはずだ。|これこそが《・・・・・》“|霧《・》”|なのか《・・・》。少女の姿など、しょせんは他者とコミュニケーションをするためのただの|意識体《マイク》。人間の戦術を真似るためのただの|道具《ツール》。先ほどまでの爛漫とした仕草は、馬鹿な人間を騙すためのまやかしに過ぎなかったのか。霧本来の姿とはこんなにも一途でおぞましいものなのか。
騙されたのかと憤懣を覚える一方、どうしてもあの眩い少女が紛い物だったとは思えず、思いたくないという願望を込めて再度問う。

「答えろ、イ405。さっきまでのお前と、今のお前、どっちが本当のイ405なんだ?」
『|どちら《・・・》……? 変なコトを言うのネ、艦長。私ハ私ダケよ? |私だけ《・・・》がイ405ヨ?』

とろんと熱に侵された瞳で不思議そうに首を傾げる。恋人の他愛ない嘘に付き合うような微笑はとても芝居をしているようには見えず、思考に無視できないザラつきを挟んだ。先ほどまでの記憶や、自身の不調―――もう一人の自分を把握できていないらしかった。



―――どうもオレ、イ401と戦って一回沈められたらしいんだ。その時に混ざっちゃったみたいでさ―――



刹那、少女の台詞が脳裏に蘇り、ハッとした閃きが額で弾ける。もしや、その際に負った深刻なダメージはメンタルモデルの人格構造にまで影響したのではないだろうか、と。言わば二重人格障害のように、“霧”らしくない爛漫な少女も、“霧”本来の幽鬼のような女も、どちらもイ405なのだ。どちらかの人格が表に出ている時は、もう一方の人格が眠りについているのだろう。そう考えればこの変貌にも説明がつく。
二度とあの笑顔が見られなくなったわけではないとわかり、緊張が少しずつ解れていく。

「コインの裏表、みたいなもんか」
『……? ふふ、おかしナ艦長。人間の言動ッて本当に予想がツカない。面白イわ。もう寂シくなイわ。もウ寒くナくなルワ。もう退屈シナイわ』

イ405は俺の足元に膝をつき、雄を誘う女豹のように腰をくねらせながら青白い手を伸ばしてくる。胸や尻を惜しげも無く晒して近づいてくる様子は下品なストリップショーだ。自身の“女”を利用するような蠱惑的な腰使いに、透き通っていた宝石が濁っていくような言い知れぬ不快感が募る。アイツの印象が眩しすぎて、大きすぎるギャップに心が抵抗を示している。しかし、“霧”を使いこなすためには慣れなければいけない。あの千早群像もこの不気味な接触を乗り越えたに違いないのだから。
肉体が腰を引こうとするのをグッと耐え、青白い手を頬で受け止める。血の通いを感じさせない指が、その華奢さからは想像もつかない乱暴な力加減で頬や顎をざわざわと這いまわる。その間も、イ405の黒い双眸は真正面から俺の目を見詰めて外れない。“目は口ほどにものを言う”と言われるが、一対の空洞のような瞳からは何の感情も読み取れない。人間でないとわかっているとはいえ、一度とてまばたきもしないのが不気味だ。アイツはもっと自然にパチパチと目をしばたかせて愛嬌があったし、頬に触れる手つきだって人間の脆さをちゃんと心得ていて優しかった。


少なくともあからさまな敵意は無さそうだ。おどろおどろしい雰囲気を纏ってはいるものの、素直に艦内に招き入れたり、自分から俺を艦長と呼んだりと従順そうではある。裏だろうが表だろうがコインはコインじゃないか。それにその内、また犬っころみたいな伸びやかな少女に戻ってくれるかもしれない。
そう自分に言い聞かせ、たじろぎながらもイ405の裸の肩へと腕を伸ばし、

「う―――ッ!?」

目の前まで迫ったその双眸を目の当たりにして、一瞬のうちにギクリと身体が強張った。|まるで死体だ《・・・・・・》。どろりとどす黒く濁った眼球が、打ち捨てられた死者のそれだった。

俺を見ているようで俺を見ていない。

すがりつく色を隠さない昏い目が、危うげに緩んだ口もとが、良くない予感をひしひしと湧き立たせる。

『ソう―――暗クて冷たい世界デモ、貴方と一緒ナラきッと退屈しなイ。もうアドミらりてィ・こードなンて関係ない! 人間モ、霧も、誰も彼も|水 底《みなそこ》沈めてしマエば、ずっと寂シクなンてナいもノ!!』
「お、お前はいったい―――くッ!?」

 転瞬。バチンと風船の破裂に似た音を立てて、正面に眩い閃光が灯った。眼神経を突き刺す痛みに耐えて光源を見やれば、3メートル四方のホログラム・パネルが暗闇にぽっかりと大口を開けていた。何か画像を表示させようと色彩を微細に変化させていくパネルが光を溢れさせ、闇を押し広げて空間の全容を照らしだす。最低限の機器類が効率的に配され、空間を俯瞰できる位置には無骨なシートが一つだけ備えられている。護衛艦の艦橋とCICを混ぜ合わせたような構造―――まさに潜水艦の司令室そのものだった。

『さア、早ク命令シテ、艦長! |アレ《・・》を沈メろッて、命令しテ!!』


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