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せっかくバーサーカーに憑依したんだから雁夜おじさん助けちゃおうぜ! 番外編 試作(中編)(7/27変更)

 ←超短いTS小説 『TS娘と親友とバイクと』(7/12 完成) →せっかくバーサーカーに憑依したんだから雁夜おじさん助けちゃおうぜ! 番外編 試作(後篇 7/18更新)
 番外編後篇が長くなってきたのと、話の流れを組み替えて三つにした方がテンポがよさそうなので、さらに三つに分けることにしました。短期間に三連続で投稿できればいいな。3話か?続きが3話ほしいのか?3話・・・イヤしんぼめ!!
 ちなみにこの中編についてはほぼ完成なのですが、なんとなく手直ししたい感じがしてます。シャーレイをもっとハッチャけさせたい。


10年と5ヶ月後  お茶濁し回なんだ。本当に申し訳ない。 (中編)

‡切嗣おじさんサイド‡


 早朝。夜明け前の霜が降り落ちる、冬木市深山町。

その一角に佇む武家屋敷の小さな土蔵で、壮年の男が一人、凍てつく寒さに身を晒している。吐息を暗闇に白く染めた男は、覚悟を決めるように深く息を吸うと久方ぶりの“呪文”を唱える。

 

「|固有時制御《Time alter》―――|2倍《double》―――ぐ、ウッ!?」

 

転瞬、肉を深く裂くような激痛が四肢を走り狂い、男はうめき声をあげてその場に膝をついた。両手の爪が瞬く間にマニキュアを塗りつけたように紅く濁り、皮膚との隙間から鮮血が吹き出す。毛細血管の破裂という懐かしい痛みを努めて平静に受け止め、男は歯を食いしばって自身の現状を分析する。体内時間を改竄する魔術は術者の肉体と魔術回路に多大なる負荷をかける。そして、無茶に無茶を重ねた彼の肉体と魔術回路はもう|最低限《ダブルアクセル》の固有時制御魔術にすら耐えられない。

 

「―――僕は、無力だ」

 

か細い悔恨の呟きが暗闇に溶けて消える。

わかっていたはずだった。10年前の|アインツベルン本城《・・・・・・・・・》|での激戦《・・・・》は、まさに一世一代を掛けた死闘であった。投入し得る全ての技術と装備と人脈を結集し、男にとって前代未聞となる|6倍速《hexa axel》魔術の行使まで行ったドイツでの一夜の戦いはまさに熾烈を極めた。城内に仕掛けておいた爆弾が次々と誘爆する中、切り札たる起源弾の残弾を全て使いきり、自殺に等しい魔術を行使し続けた。全ては、立ち塞がるアインツベルンの首魁、アハト翁を打倒し、囚われている愛娘を奪還するために。

 実際、彼は目的を達成した段階ですでに絶命間近であった。血まみれの肉体は出血していない箇所を数える方が簡単だった。頭蓋の内側に大量の血が溜まり、意識を圧迫した。口、鼻、耳から信じられない量の血液が溢れだし、血管も神経もミキサーにかけたように裁ち切れ、骨肉はあらゆる箇所が粉砕し、魔術回路に至っては完全に断線して使い物にならなくなった。同行した師匠と妻と弟子による必死の治癒がなければ今頃は地獄の釜で極悪人の先人たちと共に茹でられていたに違いない。

 既のところで死の淵から生還し、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにした妻と娘を傷だらけの腕で強く抱き締めて、男は思った。「これでよかったのだ」と。世界を救う正義の味方にはなれなかったが、愛する者たちの|救世主《ヒーロー》にはなれた。ここから先は愛する者のために、静かな生活を送ると誓った。

 

そんなささやかな願いすら、残酷な運命は踏み躙る。

 

10年前、男のサーヴァントと|とある英霊《・・・・・》が聖杯を破壊したことで、聖杯戦争の歴史は終焉を迎えたはずだった。しかし今、60年周期という慣例すら破って復活した聖杯は異例の早さで第五次聖杯戦争を開始しようとしている。迫り来る戦争を前に、男の心を支配するのは恐怖だけだ。妻子との幸福の日常を、幸福の源である愛娘を失う恐怖が男の心を日に日に黒く蝕んでいた。

 娘は、魔術師であり人間である男とホムンクルスの妻との間に生まれた自然児であった。アハト翁の手による史上最高性能の特別なホムンクルスでもあり、その小さな心臓は『小聖杯』という聖杯の力の受け皿たる機能を有している。第五次聖杯戦争が始まれば、娘は自分の意志とは関係なく小聖杯の役割を押し付けられ、やがて“器”と化して自我もろとも消滅する。悪辣な陣営があれば、有利を得るためにまず聖杯の器を確保しようと娘を誘拐し、心臓のみ引きずり出して殺害するかもしれない。それだけは絶対に避けなければならない。しかし、もはや男には阻止できる力は微塵も残されていない。肉体は未だ傷が癒えず体力は衰え、魔術回路は回復の兆しすら見られなかった。今の彼がうらぶれた身体を引きずって死に物狂いで戦ったとしても、その戦闘力は全盛期の精彩など望むべくもない。それは彼の妻や師や弟子も同じであった。

 

「肝心な時に何も出来なくて、なにがヒーローだ」

 

 掠れた声で胸元を探り、常にそこにある銀色の輝きを指先に確かめる。純銀の飾りナイフは、|彼女《・・》との尊い思い出。曙光に満ちる在りし日に彼女と交わした“正義の誓い”の象徴だった。

 

「君の言うとおり、恋をしたよ。結婚して、子供を授かった。娘のことを心の底から愛している。だけど―――だけど、僕はハッピーエンドを迎えられそうにない」

 

 力なく項垂れた男の頬を悔し涙が伝い落ちる。正義の味方を目指した男が、命をかけて子を護らねばならない父親が、娘の危機を前にして、ただ手をこまねくことしか出来ない。男として、父として、これほどの恥辱があるものか。握りしめるナイフが皮膚に食い込んで鋭い痛みを発する。心の痛みの、何万分の一にもならない痛みだった。これから愛娘が味わう苦痛の、何億分の一にもならない痛みだった。


「僕は、どうすれば、いいんだ」


 身の内側で、悔しい、悔しいと泣き叫ぶ声が聞こえる。行き場のない怒りと屈辱に頭がどうにかなりそうだった。愛する者への罪悪感と非力な己への呵責が心身を内側からズタズタに切り裂く。あらゆる負の感情を抱えきれなくなり、男は土下座するようにして地に額をこすり付ける。顔面を醜く歪め、激しく嗚咽し、落涙する。彼は発狂寸前だった。

 そして、今まで他者に助けを請うことのなかった男の口から、助けを求める喘ぎが、遂に喉を割って滲み出る。

 

「頼む、教えてくれ、シャーレイ! 僕はどうすればいいんだ! あの日のように、あの時のように、僕を導いてくれ! 僕を―――イリヤを、助けてくれ……!!」

 

 

 

 


 

|ホント《・・・》|手がかかるんだから《・・・・・・・・・》、|ケリィは《・・・・》

 

 


 

 

 

 ドクン。心臓が大きく震えて高鳴る。背筋がざわめき、首筋と耳たぶが炎に炙られたように熱くなる。

20年と言わず聞いていなかった軽やかな声音は、しかし一度足りとも忘れたことはない。心が折れかけた時、何度も思い出して勇気をもらったその凛々しい声を忘れることなど出来はしない。

 

バクバクと心臓が早鐘を打つ中、男はゆっくりと背後を振り返る。

淡い月光に型どられた土蔵の戸口に、|彼女《・・》はそっと立っていた。

 腰まで伸びた艶やかな黒髪、シミひとつ無い|白純《しらずみ》の肌、朱く底光る涼し気な双眸、かつては自分より4歳年上|だった《・・・》、今や不死となった少女―――。

 

「……シャー、レイ?」

「ええ。久しぶり。元気そうで何より。ちょっと見ない内にだいぶ老けちゃったわね

 

 開いた口の塞がらない男の問いかけに、アリマゴ島で接していた時と何ら変わらない気安さで、濃緑のジャケットに身を包む少女―――シャーレイは応えた。「原作より長生き出来てよかったわ」と語る台詞はまるで生まれた時から日本人だったかのような流暢な日本語で、ケリィと呼ばれた男は内容の意味不明さと共にしばし自分の正気を疑った。しかし、悩みや迷いを是として受け止めてくれる姉のような母のような嫋やかな微笑みは思い出の中の少女と変わらず、潰れかけていた背中から少しずつ重石を取り去ってくれる。立ち上がるだけの余力を授かり、男は震える足でシャーレイに向き合う。

 幻覚かもしれないと疑念を投げかける理性を、それでもいいと振り払う。例え幻覚であっても、義母を救い、歪みかけていた自分の正義を正してくれた彼女なら、打開策を授けてくれるという確信があった。


「 相変わらず、悩まなくてもいいことを悩んでるのね。どうもしなくていい《・・・・・・・・・》っていうのに、変に律儀なんだから」


 少女の言葉を咀嚼した男―――衛宮 切嗣が再び問う。


「“どうもしなくていい”とはどういうことなんだ、シャーレイ。どうもしなくていいわけがない。また戦争が始まるんだ。君は知らないだろうが、聖杯戦争という魔術師同士の殺し合いが始まろうとしている。前回の戦争に僕は参加して、かろうじて生き残った。だけど、僕にはもう今回の戦争を戦いぬく力は残されていない。何とか戦争を止めようとしているが、聖堂教会も魔術協会も役には立たない。間桐 雁夜ですら止められないんだ。まず間違いなく戦争は始まってしまうだろう。このままでは、僕の娘が―――イリヤが戦いに巻き込まれてしまう!!」

 

 血の滲む声に喉を震わせながら、切嗣は少女に迫り訴える。両肩を勢い良く掴まれても、少女は口を挟まず、目尻に優しさを湛えて切嗣の視線を己の瞳に迎え入れる。

 

「イリヤには戦ってほしくない。もう何にも利用されてほしくない。傷ついて欲しくない。静かに……ただ静かに生きて欲しいんだ。護ってやりたいんだ。人並みの平穏な幸せを与えてやりたいんだ。そのためには、何か手を打たないと取り返しがつかなくなる。何でもいい、どんな手段でもいい、僕に出来ることがあるのなら何でもする。何か、何か手を打たないといけないんだ。だけど……だけど、今の僕はどうしようもないくらい、無力なんだ……!!」

 

 洪水のように一気に流れ出た切嗣の|言葉《ひめい》を、少女は静かに受け止めた。ささやかに膨らむ胸の前で腕を組み、あたかも深刻に考え込んでいるかのように瞑った目の上で眉根を寄せてふむふむと数度頷く。頷いて、小さく嘆息する。

 

「ねえ、|切嗣《・・》。一つ聞いていいかしら?

 

 一転して冷静な口調となったシャーレイがスッと切れ長の眼を開く。不思議な引力を放つ朱い瞳が瞬き、思わず息を呑んだ切嗣の双眼をまっすぐに見据える。


ニチアサヒーロータイムはちゃんとチェックしてるかしら?

「は……? あ、ああ。してる、けど」


 正義の誓いを建てた日、強かな拳とともに受け取ったハチャメチャな言いつけを切嗣は律儀に守っていた。色彩賑やかな戦隊ヒーローから重厚感あるメタルヒーローまで、目を通していないものはない。一瞬、意識が現実から乖離し、遠い記憶に立ち戻る。朝焼けの下で強かな一撃を喰らったあの瞬間に。目を瞑っていないのに、まるで今目の前で起きている出来事であるかのように眼球に再生される。

 そうそう、こんな風《・・・》に、グォンとシャーレイの腕が渦を巻いて振りかぶられて、放たれた握り拳がスローモーションのようにゆっくりと顔面に迫ってきて―――


「だったらいい加減に察しなさいよクソガキィ!!」

「グロ゛エ゛ッッ!!」


 幻覚ではなかった。現実の痛みが左頬を強烈に打ち付け、切嗣の肉体は美しいほどに見事な回転を描きながら宙を舞った。そのまま天井に跳ね返り、スライムのようにべチャリとひどい音を立てて床に突っ伏した。なまじ衰えていただけに、かなり効く。だが、懐かしい。首根っこをひっつかまれ、絶望の沼から無理やり引きずり出されて陽の光の下に放り出されたようだ。


「だから、どうもしなくていいのよ。何もしなくていいの。そろそろ子離れしなさい」

「こ、子離れ……?」


 思いもがけない平凡な言葉に面食らいながらフラフラと立ち上がる。その胸を、シャーレイは年長者然とした表情でツンと突っついた。そこにあるのは誓いのナイフだ。

 

「いいこと、切嗣。ヒーローってのはね、引き際をしっかり心得ているものなのよ。一年間の役目を終えたら次の世代にかっこ良くバトンタッチ。いつまでも前のヒーローが出しゃばったって、後に続く者の邪魔になるだけよ」

「―――イリヤが、正義の味方を引き継ぐと?」

 

 飲み込みの早い生徒を称えるように満足気に微笑み、シャーレイは続ける。

 

「イリヤが言ったの?“お城のお姫様のように私を護って”と貴方に願い縋ったことがあった?」

 

 切嗣は胸中で首を振った。断じて、無い。両親の血を受け継いだのか、それとも毎週日曜朝にテレビの前に父親と並んでいたからなのか。愛娘は、父の志しと母の優しさを小さな身体いっぱいに秘めている。だからこそ、ただ弱者として護られることを、あの高潔な精神の持ち主は決して良しとすまい。そのように願い育てたのは、他ならぬ自分たちだ。

 

「|イリヤは強いわ《・・・・・・・》。私にはよくわかる。貴方の背中を見て育ったのなら、尚さらよ。故郷の島で、貴方が私に言おうとしてくれた決意を、夜明けの海で私に誓ってくれた夢を、あの娘は完璧に受け継いでいる。正義の心を、持っている」

 

 楽観ではない、確信の色の瞳が切嗣をまっすぐに見つめる。言葉一つ一つが胸に沁み入り、そこを占領していた懸念を霧散させていく。そうして最後にそこに残っていた不安も、コツンと胸を小突く拳で跡形もなく消滅した。


「さあ、主役交代よ、切嗣! ゼロ(ZERO)の物語はもう終わり。次代の主人公を―――自分の娘を信じてあげなさい!」


 夜明けが来た。世界に薄明が満ちてくる。

 不安も懸念も払拭された心の奥で、燃えさしが再び火の粉を帯びて真っ赤な炎へと復活する。指先の凍えすら吹き飛ばす情熱が蘇り、握りしめた拳に熱が宿る。淀んでいた瞳がかつての輝きを取り戻す。


「―――ああ、その通りだ。僕はイリヤを、皆の想いの結晶を信じよう。もちろん、そこにはシャーレイ、君の想いも」


 もう迷うまい。我が子こそ、世界に渦巻く不幸の連鎖を断ち切るに相応しい『真の正義の味方』なのだと、全身全霊を持って信じよう。彼女に必要なのは、後ろ髪を引く家族の不安などではない。背中を押す信頼こそが必要なのだ。きっとそれが、彼女の力を何倍にも強くする。

 シャーレイは何も言葉を発さなかった。背後から差し込む清浄な朝日に輪郭を溶かしながら、彼女は嬉しげに微笑み続ける。切嗣は眩しさに思わず目を瞑る。


「そのナイフ、あなたにあげるわ。私からイリヤへのプレゼントよ」

「ああ、わかった。また会おう、シャーレイ。それと……ありがとう、姉さん」


 くすっと、微笑が聞こえた。「またね」という声が遠ざかっていく。次に目を開ければ、彼女はもうそこにはいないのだろう。それでもいいと思えた。

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