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せっかくバーサーカーに憑依したんだから雁夜おじさん助けちゃおうぜ! 番外編 試作(中編)(8/19変更。あと少しなり)

 ←超短いTS小説 『TS娘と親友とバイクと』(7/12 完成) →せっかくバーサーカーに憑依したんだから雁夜おじさん助けちゃおうぜ! 番外編 試作(後篇 7/18更新)
 番外編後篇が長くなってきたのと、話の流れを組み替えて三つにした方がテンポがよさそうなので、さらに三つに分けることにしました。短期間に三連続で投稿できればいいな。3話か?続きが3話ほしいのか?3話・・・イヤしんぼめ!!
 ちなみにこの中編についてはほぼ完成なのですが、なんとなく手直ししたい感じがしてます。シャーレイをもっとハッチャけさせたい。


(8/8)
変更したいところを発見したため、投稿は予定より少し遅らせます。シャーレイをハッチャケさせることができて、そのおかげでまた変えたいところが出来ました。



10年と5ヶ月後  お茶濁し回なんだ。本当に申し訳ない。 (中編)




‡切嗣おじさんサイド‡


 早朝。夜明け前の霜が降り落ちる、冬木市深山町。

その一角に佇む武家屋敷の小さな土蔵で、壮年の男が一人、凍てつく寒さに身を晒している。吐息を暗闇に白く染めた男は、覚悟を決めるように深く息を吸うと久方ぶりの“呪文”を唱える。

 

「|固有時制御《Time alter》―――|2倍《double》―――ぐ、ウッ!?」

 

転瞬、肉を深く裂くような激痛が四肢を走り狂い、男はうめき声をあげてその場に膝をついた。両手の爪が瞬く間にマニキュアを塗りつけたように紅く濁り、皮膚との隙間から鮮血が吹き出す。毛細血管の破裂という懐かしい痛みを努めて平静に受け止め、男は歯を食いしばって自身の現状を分析する。体内時間を改竄する魔術は術者の肉体と魔術回路に多大なる負荷をかける。そして、無茶に無茶を重ねた彼の肉体と魔術回路はもう|最低限《ダブルアクセル》の固有時制御魔術にすら耐えられない。

 

「―――僕は、無力だ」

 

か細い悔恨の呟きが暗闇に溶けて消える。

わかっていたはずだった。10年前の|アインツベルン本城《・・・・・・・・・》|での激戦《・・・・》は、まさに一世一代を掛けた死闘であった。投入し得る全ての技術と装備と人脈を結集し、男にとって前代未聞となる|6倍速《hexa axel》魔術の行使まで行ったドイツでの一夜の戦いはまさに熾烈を極めた。城内に仕掛けておいた爆弾が次々と誘爆する中、切り札たる起源弾の残弾を全て使いきり、自殺に等しい魔術を行使し続けた。全ては、立ち塞がるアインツベルンの首魁、アハト翁を打倒し、囚われている愛娘を奪還するために。

 実際、彼は目的を達成した段階ですでに絶命一歩手前であった。血まみれの肉体は出血していない箇所を数える方が簡単だった。頭蓋の内側に大量の血が溜まり、意識を圧迫した。口、鼻、耳から信じられない量の血液が溢れだし、血管も神経もミキサーにかけたように裁ち切れ、骨肉はあらゆる箇所が粉砕し、魔術回路に至っては完全に断線して使い物にならなくなった。同行した師匠と妻と弟子による必死の治癒がなければ今頃は地獄の釜で極悪人の先人たちと共に茹でられていたに違いない。

 既のところで死の淵から生還し、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにした妻と娘を傷だらけの腕で強く抱き締めて、男は思った。「これでよかったのだ」と。世界を救う正義の味方にはなれなかったが、愛する者たちの|救世主《ヒーロー》にはなれた。ここから先は愛する者のために、静かな生活を送ると誓った。

 

そんなささやかな願いすら、運命は残酷に踏み躙る。

 

10年前、男のサーヴァントと|とある英霊《・・・・・》が聖杯を破壊したことで、聖杯戦争の歴史は終焉を迎えたはずだった。しかし今、60年周期という慣例すら破って復活した聖杯は異例の早さで第五次聖杯戦争を開始しようとしている。迫り来る戦争を前に、男の心を支配するのは恐怖だけだ。妻子との幸福の日常を、幸福の源である愛娘を失う恐怖が男の心を日に日に黒く蝕んでいた。

 娘は、魔術師であり人間である男とホムンクルスの妻との間に生まれた奇跡の自然児だった。造り物ではない立派な魂を有しながら、同時にアハト翁の手による史上最高の特別なホムンクルスでもある娘の小さな心臓は、『小聖杯』という聖杯の力の受け皿たる機能を有している。第五次聖杯戦争が始まれば、娘は自分の意志とは関係なく小聖杯の役割を押し付けられ、やがて“器”と化して自我もろとも消滅する。悪辣な陣営があれば、有利を得るためにまず聖杯の器を確保しようと娘を誘拐するだろう。肉体を不要と判断すれば心臓のみ引きずり出して殺害するかもしれない。

 娘は、同年代に比べてずっと小さい。アハト爺による本格的な調整を受ける前に助け出したとは言え、その成長は普通に比べて遅い。そんな儚くて華奢な娘が苦しまされながら殺される光景を想像してしまい、途方もない嗚咽感に喉を滅多刺しにされる。その瞳から光が消えていく様子など絶対に見たくない。それだけは断じて避けなければならない。命をかけて護ってやらなければならない。

 ……しかし、もはや阻止できる力は微塵も残されていない。肉体は未だ傷が癒えず体力は衰え、魔術回路は回復の兆しすら見られなかった。今の彼がうらぶれた身体を引きずって死に物狂いで戦ったとしても、その戦闘力は全盛期の精彩など望むべくもない。それは彼の妻や師や弟子同じであった。例え、|侍女《メイド》たちの力を合したとしてもサーヴァント一体にすら太刀打ち出来まい。


「肝心な時に何も出来なくて、なにがヒーローだ」

 

 掠れた声で胸元を探り、常にそこにある銀色の輝きを指先に確かめる。純銀の飾りナイフは、|彼女《・・》との尊い思い出。曙光が降り注ぐ在りし日に彼女と交わした“正義の誓い”の象徴だった。

 

「君の言うとおり、恋をしたよ。結婚して、子供を授かった。娘のことを心の底から愛している。だけど―――だけど、僕はハッピーエンドを迎えられそうにない」

 

 力なく項垂れた男の頬を悔し涙が伝い落ちる。正義の味方を目指した男が、命をかけて子を護らねばならない父親が、娘の危機を前にしてただ手をこまねくことしか出来ない。男として、父として、これほどの恥辱があるものか。握りしめるナイフが皮膚に食い込んで鋭い痛みを発する。心の痛みの、何万分の一にもならない痛みだった。愛娘が味わうだろう苦痛の、何億分の一にもならない痛みだった。


「僕は、どうすれば、いいんだ」


 身の内側で、悔しい、悔しいと泣き叫ぶ声が聞こえる。行き場のない怒りと屈辱に頭がどうにかなりそうだった。愛する者への罪悪感と非力な己への呵責が心身を内側からズタズタに切り裂く。あらゆる負の感情を抱えきれなくなり、男は土下座するようにして地に額をこすり付ける。顔面を醜く歪め、激しく嗚咽し、落涙する。彼は発狂寸前だった。

 そして、今まで他者に助けを請うことのなかった男の口から、助けを求める喘ぎが、遂に喉を割って滲み出る。

 

「頼む、教えてくれ、シャーレイ! 僕はどうすればいいんだ! あの日のように、あの時のように、僕を導いてくれ! 僕を―――イリヤを、助けてくれ……!!」

 

 

 

 


 

どうもしなくていいのよ《・・・・・・・・・・・》、|ケリィ《・・・》

 

 


 

 

 

 ドクン。

 撞木で突かれた鐘のように心臓が大きく震えた。肋骨がバクバクと収縮し、瞳孔がカッと開き、呼吸がクッと喉元で止まる。|そこにいる《・・・・・》という直感に背中が鳥肌にざわめき、首筋と耳たぶが炙られるように熱くなる。20年と言わず聞いていなかった軽やかな声音は、しかし一度足りとも忘れたことはない。心が折れかけた時、何度も思い出して勇気をもらったその凛々しい声を忘れることなど出来はしない。

 

心臓が痛いほど早鐘を打つ中、男はゆっくりと背後を振り返る。

淡い月光に型どられた土蔵の戸口に、|彼女《・・》はそっと立っていた。

 腰まで伸びた艶やかな黒髪、シミひとつ無い|白純《しらずみ》の肌、朱く底光る涼し気な双眸、かつては自分より4歳年上|だった《・・・》、今や不死となった少女―――。

 

「……シャー、レイ?」

「ええ。久しぶり。元気そうで何より。ちょっと見ない内にだいぶ老けちゃったわね

 

 開いた口の塞がらない男の問いかけに、アリマゴ島で接していた時と何ら変わらない気安さで、|濃緑《オリーブ》色のジャケットに身を包む少女―――シャーレイは応えた。「原作より長生き出来てよかったわ」と語る台詞はまるで生まれた時から日本人だったかのような流暢な日本語で、ケリィと呼ばれた男は内容の意味不明さと共にしばし自分の正気を疑った。しかし、悩みや迷いを是として受け止めてくれる姉のような母のような嫋やかな微笑みは思い出の中の少女と変わらず、潰れかけていた背中から少しずつ重石を取り去ってくれる。立ち上がるだけの余力を授かり、男は震える足でシャーレイに向き合う。

 幻覚かもしれないと疑念を投げかける理性を、それでもいいと振り払う。義母を救い、歪みかけていた自分の性根を正してくれた彼女なら、例え幻覚であっても打開策を授けてくれるという確信があった。

 先の少女の言葉を咀嚼した男―――元“魔術師殺し”の衛宮 切嗣が再び問う。


「“どうもしなくていい”だって? シャーレイ、どうもしなくていいわけがないんだ。また戦争が始まるんだ。君は知らないだろうが、聖杯戦争という魔術師同士の殺し合いがこの地で始まろうとしている。前回の戦争に僕は参加して、かろうじて生き残った。だけど、僕にはもう今回の戦争を戦いぬく力は残されていない。何とか戦争を止めようとしているが、聖堂教会も魔術協会も役には立たない。|あの男《・・・》―――間桐 雁夜ですら止められないんだ。間違いなく戦争は始まってしまうだろう。このままでは、僕の娘が、イリヤが戦いに巻き込まれてしまう!!」

 

 血の滲む声に喉を震わせながら、切嗣は少女に迫り訴える。両肩を荒々しく掴まれても、勢い余った爪が細肩に食い込んでも、少女は口を挟まず、目尻に優しさを湛えて切嗣の視線を己の瞳に迎え入れる。

 

「イリヤには戦ってほしくない。もう何にも利用されてほしくない。傷ついて欲しくない。静かに……ただ静かに生きて欲しいんだ。護ってやりたいんだ。僕らとは違う、人並みの平穏な幸せを与えてやりたいんだ。そのためには、何か手を打たないと取り返しがつかなくなる。何でもいい、どんな手段でもいい、僕に出来ることがあるのなら何でもする。何か、何か手を打たないといけないんだ。だけど……だけど、今の僕はどうしようもないくらい、無力なんだ……!!」

 

 洪水のように一気に流れ出た切嗣の|言葉《ひめい》を、少女は静かに受け止めた。「なるほど、なるほど」とささやかに膨らむ胸の前で腕を組み、あたかも深刻に考え込んでいるかのように瞑った目の上で眉根を寄せてふむふむと数度頷く。頷いて、小さく鼻で嘆息する。

 

「ねえ、|切嗣《・・》。一つ聞いていいかしら?

 

 一転して冷静な口調となったシャーレイがスッと切れ長の眼を開く。不思議な引力を放つ朱い瞳が星のように瞬き、思わず息を呑んだ切嗣の双眼をまっすぐに見据える。


ニチアサヒーロータイムはちゃんとチェックしてるかしら?

「は……? あ、ああ。してる、けど」


――― 正義の味方自称するんのならニチアサヒーロータイムの鑑賞は義務だろうがクソガキ ―――


 正義の誓いを建てた日、強かな拳とともに受け取ったハチャメチャな言いつけを切嗣は律儀に守っていた。色彩賑やかな戦隊ヒーローから重厚感あるメタルヒーローまで、目を通していないものはない。一瞬、意識が現実から乖離し、遠い記憶に立ち戻る。朝焼けの下で強かな一撃を喰らったあの瞬間に。目を瞑っていないのに、まるで今まさに目の前で起きている出来事であるかのように眼球の裏に再生される。グォンとシャーレイの腕が渦を巻いて振りかぶられて、放たれた握り拳がスローモーションのようにゆっくりと顔面に迫ってくる。艶めく黒髪が龍の尾の如く視界を流れ、真っ赤な眼光が宙に鋭い光跡を描く。

 そうそう、まるでこんな風《・・・》に、―――


だったらいい加減に察しなさい《ライダー》クソガキ《パーンチ》!!!!」

「グロ゛エ゛ッッ!!」


 幻覚ではなかった。現実の痛みが左頬を強烈に打ち付け、切嗣の肉体は美しいほどに見事な回転を描きながら宙を軽やかに舞った。死徒の腕力を腰の捻りで増幅させたパンチは、以前よりさらに磨きがかかっていた。そのまま天井の梁に勢い良く跳ね返り、スライムのようにべチャリとひどい音を立てて床に突っ伏す。なまじ身体が衰えていただけにかなり効く。だが、懐かしい。首根っこをひっつかまれ、絶望の沼から無理やり引きずり出されて陽の光の下に放り出されたようだ。


「だから、どうもしなくていいって言ってるのよ。文字通りそのままの意味。手出し無用よ。いつまでベタベタしてるつもり? そろそろ|子離れ《・・・》しなさい」

「こ、子離れ……?」


 思いもがけない世俗的な言葉に面食らいながらフラフラと半身を起こす。その胸を、シャーレイは年長者然とした表情でツンと突っついた。そこにあるのは誓いのナイフだ。

 

「いいこと、切嗣。貴方は確かによく戦った。破滅に至るはずだった物語を変えてみせた。貴方は紛れもなく|英雄《ヒーロー》よ。でも、|一つ前《・・・》のヒーローなの」


 否定ではない、心から労をねぎらう口調と表情に、切嗣は反感を抱くことなく素直な心持ちで耳を澄ます。


「ヒーローってのはね、しぶとくて諦めが悪くなくちゃいけない。でも、引き際もしっかりと心得ているものなのよ。最終回でバッチリ決めて一年間の役目を終えたら、次の世代にかっこ良くバトンタッチ。いつまでも前のヒーローが出しゃばったって、後に続く者の邪魔になるだけよ」

「―――イリヤが、|正義の味方《ぼくのゆめ》を引き継ぐと?」

 

 特撮ヒーローを例にした言葉の真意を切嗣は瞬時に悟った。シャーレイは飲み込みの早い生徒を称えるように満足気に微笑み、問いかける。

 

「ねえ、イリヤが願ったの? “可哀想な私を助けて。お城のお姫様のように私を護って”と貴方に泣いて縋ったことがあった?」


 その問い掛けに、無意識的に記憶の棚が開け放たれる。だが、全ての棚を開けるより前に結果はすぐにわかった。


「……いいや、無い。そう、無い。一度だって、無かった」


 娘の口から“助けて”という台詞が発せられた試しが無いことを、切嗣はこの時初めて気がついた。蝶よ花よと寵愛しようとする母やメイドに反し、小さな少女は誰よりも気高くあろうと振る舞った。どんなにつらい時だって、唇を噛み、小さな拳を握りしめ、小さな身体を精一杯に膨らませて、まるで自分がこの世界を守護する盾となるかのように不条理と恐怖に真っ向から楯突いていた。

 呆然と首を振って答えた切嗣を、確信の色をした瞳がまっすぐに見つめる。


「|イリヤは強いわ《・・・・・・・》。私は知ってる。私にはよくわかる」

 

 楽観し、口先だけで語っているのではない。いつ、どこで見ていたのかはわからない。しかし、シャーレイはイリヤをよく知っている。切嗣と同じくらいに、切嗣以上に理解している。知った上で、任せるに足る者だと認めている。


「しかも、|この世界のイリヤ《・・・・・・・・》は尚さらに強い。あの娘は一人ぼっちじゃなかった。ずっと貴方たちの背中を見て、貴方たちの愛情を一身に受けて成長してきた。ただ強いだけでなく、その強さの使い方を心得ている。それは貴方が一番よくわかっているはず」


 この問いかけには、切嗣は即座に頷いた。そのように願い育てた自覚があった。誇り高い愛娘は、父の志しと母の優しさを小さな身体いっぱいに秘めている。厳格な正邪の観念、道義を貫く意地と勇気を兼ね備えている。困難に対しては真っ向から挑まなければ気が済まず、事実、一度だって背を向けたことはない。

 未だ膝をついていた切嗣の手を取ってそっと立ち上がらせ、シャーレイは続ける。


「何のことはない、ただ|巣立ち《・・・》の時が来ただけ。それだけのことと考えなさいな。満足に飛び立てるだけの全てを、貴方たちはあの娘に与えたはず。知恵も力も、そしてもっとも大事な心も。飛び立つ我が子を前にして、親が見るべきは今の子どもの姿じゃない。|今までとこれからの姿《・・・・・・・・・・》を見なくちゃいけないわ」


 冷えていた指先に心地よい人肌の温もりを感じる。洋上で頭を撫でてくれた時と変わらない、同じ人間の体温だ。死徒になっても変わることのない、優しい女の温もりだ。


「思い出しなさい、これまでのイリヤを。想像しなさい、これからのイリヤを。それは、成長を誰よりも身近で見守ってきた親にしか出来ないことよ


 パチっと、何かが弾ける音を立てて切嗣の脳裏に映像が結ばれた。一時も目を離さなかった我が子の道程がそこに次々と浮かんでいく。それらは爽やかな風のようにこめかみを撫でて、その時に味わった五感までもをありありと描写する。

 生まれて初めて目を開けた娘の、穢れを知らぬ無垢な瞳、心の鼓膜を揺らす元気な産声。

 汗だくの妻からそっと渡されてこの手に抱いた時の、他の何にも例えられない命の重さ、愛くるしさ、尊さ。
 父に肩車をされて胡桃拾いに夢中になる楽しげな笑い声、視界の左右で揺れる細い太もも。
 幽閉の身から助け出され、泣きながらこちらに駆け寄ってくる娘の、希望と喜びに満ち溢れた涙と笑顔。
 満ち足りた平穏を力いっぱいに甘受し、それを当然の権利と思わずに一際気高くあろうと世界に対峙する、生硬くも力強い娘の瞳。

 そして、それらが一つに結実する未来の可能性―――不屈の闘志と若き気炎を滾らせて敢然と悪に立ち向かう、“正義の味方”の煌めく背中。天をどよもす鬨の声を一身に受けて、拳を高々と突き上げて応える凛々しき勇者の背中。その姿を瞼の裏に想像しただけで、武者震いに似た高揚感が身体の奥から火山のようにせり登ってくる。込み上げる激情に、心の奥底にある本当の瞼がカッと開く。


「故郷の島で、貴方が私に言おうとしてくれた決意を、夜明けの海で私に誓ってくれた夢を、あの娘は完璧に受け継いでいる。正義の心を、持っている。貴方たちが信じてあげなくて、いったい他の誰が信じるというの。あの娘が求めているのは、他の誰でもない、貴方たちの信頼だというのに」


 言葉一つ一つが胸に沁み入り、そこを占領していた懸念を霧散させていく。そうして最後にそこに残っていた不安も、コツンと胸を小突く拳で呆気なく霧散した。 


「さあ、主役交代よ、切嗣。|一つ前《ZERO》の物語はもう終わり。次代の主人公を―――自分の娘を信じてあげなさい」


 夜明けが訪れた。まるでシャーレイが率いたかのように白光の軍勢が世界から闇を追い払っていく土蔵の窓から清浄な光がまっすぐ差し込み、スポットライトのように切嗣に降り注いだ。

 あれだけの鬱屈が、すでに跡形もなくなっていた。“そうだったのか”という納得感がストンと胸に落ちて、すっぽりと型にはまったような感覚だった。

 シャーレイの言う通りだ。自分は何を護ろうとしていたのか。何を見ていたのか。必死に護ろうとしていたちっぽけな幼子など、とっくにいないというのに。まだまだ幼いと思っていた。いや、思おうとしていたのかもしれない。娘にはまだ父の庇護が必要なのだと思い込みたかったのかもしれない。だが、ようやくわかった。本当に必要なのは庇護ではないのだと。その考えに至って一抹の寂しさは覚えど、誇りのほうが何倍も勝った。

 ついこの間まで赤ん坊だった娘は、当の昔に、親が気付くよりずっと早くに、その手から颯爽と降り立っていた。そして、成長した自らの足で世界に立ち向かい、人生を切り開く覚悟を決めて歩み始めている。常世に蔓延る悪意を身を持って知り、“それでも”と闇を振り払う勇気を備え、光を胸に力強く前を向いている。珠のように大切にされたいなど、彼女は望んでいない。親が子どもに与えられる最大の贈り物は、他の何物でもない、“期待”なのだ。「お前ならできる」「お前にしか出来ない」と、己の人生を見守ってきた存在からの全幅の信頼なのだ。

 迷いは消えた。やるべきことはすでに見えた。不安も懸念も払拭された心の奥で、消えかけていた燃えさしが再び火の粉を舞い上げて真っ赤な炎へと復活する。指先の凍えすら吹き飛ばす情熱が皮膚の下から噴き出し、握りしめた拳に力が宿る。淀んでいた瞳がかつての輝きを取り戻す。


「―――ああ、そうだな。僕はイリヤを、皆の想いの結晶を信じよう。もちろん、そこにはシャーレイ、君の想いも」


 我が子こそ、世界に渦巻く不幸の連鎖を断ち切るに相応しい『真の正義の味方』なのだと、全身全霊を持って信じよう。彼女に必要なのは、後ろ髪を引く家族の不安などではない。そっと背中を押す家族の笑顔こそが必要なのだ。きっとそれが、彼女の力を何倍にも強くする。

 シャーレイは何も言葉を発さなかった。それが彼女の答えであり、“正解”を意味していた。背後から包み込む清浄な朝日に輪郭を溶かしながら、シャーレイは満面に喜色を讃え続ける。世界を一新させる圧倒的な光量が視野を染めて、切嗣は眩しさに思わず手で目を覆う。


「そのナイフ、貴方に……いいえ、貴方の娘にあげるわ。私からイリヤへのプレゼントよ」

「ああ、わかった。ありがとう。君のことを―――最高の僕の姉のことを、イリヤに伝えるよ」


 くすっと、微笑が聞こえた。気配が遠ざかっていく。次に目を開ければ、彼女はもうそこにはいないのだろう。それでもいいと思えた。前回同様、寂寥感はまったく無かった。たとえ目に見えなくとも、彼女は常に自分たちを見守ってくれているのだから。

 希望を灯す朝焼けを全身に浴びて、泥のように固着していた苦悩の澱が残らず溶けていく。最後に、切嗣は光に向かって何気なく問いかける。


「なあ、これからどこへ行くんだ?」


 一秒ごとに輝きを増す光の中から、弾むような声が溌剌と応える。


「もう一つの我が家へ、もう一人の主人公を導きに」

 

 その声は吹き零れるほどの歓喜に満ち満ちて、シャーレイが今どんなに幸せかを万の言葉より如実に表していた。そんな彼女が導くという“もう一人の主人公”について気にはなったが、不安はない。きっと娘の良いライバルになる。そんな胸を躍らせる期待すら胸のうちに生じていた。

 そして―――気配は唐突に消えた。まるで全てが幻覚であったかのような静寂が戻る。ようやく網膜が曙光に順応したところで、視界を覆っていた手をゆったりとした動きで降ろす。



「……おはようございます、旦那様」



 果たして、そこには|女たち《・・・》の影があった。彼の屋敷に住み込みで働く|侍女《メイド》たちだ。アインツベルンに従うホムンクルスとして一度は敵対したものの、切嗣の妻に説得され、娘の救出に一役買ってくれてからはこうして共に暮らす家族となっている。


「……旦那様、イリヤお嬢様が、話したいことがあるので全員に集まって欲しいと仰せです。とても大事なお話と仰られておりました

「……イリヤ、真剣な顔をしてた」


 そんな彼女たちが、人形そのものに鮮やかな容貌を憂いに沈め、視線を俯かせている。|侵入者《シャーレイ》を察知したからにしては表情に合点がいかないし、切嗣はその理由に心当たりがあった。まるでほんの数分前の自分を見ているかのようだったからだ。


「間違いなく、私たちが危惧していた聖杯戦争への参加の件かと思われます。やはり、今すぐイリヤお嬢様を無理矢理にでも冬木市から逃がすべきでは―――って、だ、旦那様!? そのお顔は!?」
「キリツグ、鼻血が出てるっ」


 意を決し、顔を上げて主人の顔を目にした途端、喧しい声で狼狽える。たしかに今の切嗣の顔にはドギツいパンチを喰らった痕跡がひどい青あざとしてスタンプのように残り、鼻孔からはたらりと鼻血が一筋垂れている。傍目から見れば追い剥ぎにあった被害者そのものだ。


うろたえるメイドたちをさっと手で制す。



憂鬱の衣を脱ぎ捨てて




敵襲
どこからかハルバードを取り出してきた


憑き物が落ちた面持ちで「いいんだ」と頬を緩ませる。未だかつて見たことのない、安堵と誇りに満ち溢れた父親の顔だった。

一切の曇りの晴れた主人の表情に、優秀なメイドたちはそれ以上の追求をやめて傅きを返す。



「イリヤの話を聞こう」


「僕たちは皆、まともな親を知らない。親が子供をどうやって導けばいいのかわからない。だが、そもそもそれが過ちだった。僕らが負うべき役割は、船を留まらせる錨じゃない。帆を推す追い風なんだ」


天啓を得たと言わんばかりの

立ち入るべきか否かを完璧に区別できる

「旦那様がそう仰るのであれば」
「キリツグ、いい顔してる」

傷を勲章のようにして隠さない
この世の何者にも負けない
活気を取り戻した細胞の一つ一つに突き動かされ、切嗣はグッと天を仰ぐ。

それより、セラ。僕のコレクションから、至急持ってきてほしいブルーレイボックスがある。



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