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小説アイデア。ファンタジー世界。勇者(♂)と魔物(TS)の話。(11/20加筆修正)(誰かタイトルを授けてください!お願いしますなんでもしますから!)

 ←TS小説アイデア 学園ファンタジー編 →そのエリカ、猟犬につき(後編の後編)の試作

 人間を心から信じ、護る勇者。その人間への信頼を傷つけようと、ある魔物が傷つき弱々しげな少女に化けて、勇者一行が立ち寄る予定の小さな村に忍び込む。魔物はそこで自らが人間によって酷い目に遭わされ、それを見た勇者が人間に対して幻滅するように仕向けるつもりだった。
 ところがその村は誰も彼もが優しく、少女の姿をした魔物は労られ歓待され、あれよあれよという間に老夫婦に引取られてすっかり村の一員になってしまう。自分が知る意地の悪い人間との激差に混乱する魔物。そこに勇者一行が現れるが、その村はなんとよりによって彼の生まれ故郷だった。



↑というのをTwitterにアイデアとして書いた直後にいろいろ浮かんだので、↓にまとめます。



 物語の舞台はファンタジー世界。人間たちの世界が、魔王率いる魔物たちに侵略されつつある。そんな中、聖剣を手にした勇者とその仲間たちが、魔王を倒す旅をしている真っ最中。

 主人公はとある魔族。中性的な容姿をしていて、紺色の肌に額から伸びる二本のツノがなければ痩躯の青年にしか見えない。魔物に犯された人間の女から生まれた魔族と人間のハーフで、物心がついた後数年は人間の世界に身を置き、地方都市の暗く汚い裏路地で母親に育てられる。しかし、“魔族と交わって生まれた子供”ということで親子は迫害を受け続けた。どこに行っても排外的な人間によって乱暴に追い出され、唾を吐き捨てられた。母親の故郷は遥か遠く、そこまで帰られる金銭的なゆとりはなかった。夫になるはずだった男は、魔族に犯された母親を「汚らしい」とあっさりと捨てた。頼れる物もいない都市で、親子の身よりは呆気なく失われてしまった。若い母親は昼夜問わず働くも生活は常に苦しく、ついに重い病気を患ってしまう。しかし周囲の誰も母親を助けてくれず、母親は見る見るやせ細り、苦しみながら目の前で病死した。それが人間を見限るキッカケになった。人間全体に強い不信感を抱き、以後は自身の血の半分を恨み、魔族の側に立っていた。

『ああ? “勇者”だぁ?』
『ああ。そいつの名前は、なんだったかな、セイランだったか、センガンだったか。まあいい。とにかくかなりの強者らしい。そいつはなんでも魔王様のお命を狙っている不届き者で、人間たちからは勇者様と呼ばれているらしいぞ。ひひ、生意気な奴だ』

 ある時、人間の尖兵として魔族と戦う人間の青年の噂を聞いた。その青年の、お伽噺の勇者そのもののような清廉潔白な立ち振舞いの話を聞いて、胡散臭さと忌々しさを覚え、ゾッとしたサムネを覚える。ハーフは人間のおぞましさをよく心得ていた。

『……いいこと思いついたぜ。これが成功すれば、魔王様に取り入れるかもな』
『あ? おい、今なんつって―――あ、お、おいっ!?』

 ハーフは意地の悪い思いつきを閃いて、実行のために翼を夜空に広げる。ハーフは決して戦闘力に秀でているわけではないが、とある才能があった。今回はそれが大いに役立つと考えたのだ。
 数日後、星を背に夜空から見下ろすのは、勇者一行が向かう先にある小さな村だった。豊かな都市群からは遥かに遠い、山々に囲まれた平野にポツンと存在する田舎村。街灯などとは無縁の村はわずかな灯りしかなく、発見するためにしばし飛び回らねばならないほどだった。ハーフが勇者一行の辿るルートを調べたところ、約1ヶ月後に至るだろう地点の周囲にはその村しかなかった。魔王城への道筋からは大きく迂回することになるが、勇者たちは必ずここに来ると確信していた。

『ふん、なんだ、ここは。なんてつまらない、ちっぽけな村なんだ』

 その村については、ひと目空から観察しただけでその小規模さが窺えた。人間離れしたエメラルドグリーンの双眸が我知らず嘲笑に歪む。子どもが走り回れる程度の広場を中心にして、簡素な木造の家々が転々としている。どれもほとんど同じ大きさで、2階建ての方が少ない。幅を利かせているのは家よりも田畑だが、それらの面積もたかが知れている。それらを広く囲う、獣や魔物の侵入を防ぐ防護柵は、よく手入れされているが見るからに貧弱だ。見た感じ、人口は200人に届かないだろう。戦闘力が低い自分でも大した妨害に合わずに大暴れできそうだ。ちょっと強い魔族の群れが来たら間違いなく一時間と経たずに生きる者のない地獄に変わる。そうなっても面白いが、もっと面白い企みがある。
 コウモリのような翼を折りたたんで近くの森に降り立つと、目を閉じて魔術を行使する。数秒後には、ハーフは姿を変え、成年に満たない少女の形態へと変化していた。だが、普通の少女ではない。飢えて限界まで痩せ細り、頬には頬骨と血管が浮き出ている。落ち窪んだ目元は如何にも不健康そうだ。栄養失調で脱色した淡黄色の長髪に、白を通り越して透明に見えるような病的な肌。昨晩の雨で出来た足元の水たまりを覗き込めば、月を背景にして少女の顔が映り込む。

『ふん、こんなものか』

 自身の魔術の腕前にニヤと笑みを零す。狙い通りの風貌だった。化ける前の自分の顔立ちをそのまま女にして幼くしたような感じだが、コケた頬と紫色に変色した唇は今にも倒れて野垂れ死にそうに見えた。ある目的のために、わざとこうして見窄らしい少女へと化けたのだ。ハーフは変化魔術を得意中の得意としていた。このおかげで人間たちに紛れて情報を収集し、勇者一行の行き先を調べることが出来た。

『あとは、服だな』

 独りごちると、衣服をわざと破いて肌のほとんどを露出させ、その辺の野茨に身体を擦り付けて傷だらけになる。少女特有の薄っぺらな皮膚はいとも簡単に鮮血を吹き出し、思わず顔を顰める痛みを発する。風貌までは変化できても、衣服や怪我までは操作できないのが欠点だった。水たまりの底から掬った泥を塗りたくり、泥だらけになる。一気に全身から不衛生な臭いが立ち昇りだした。傷口に泥が染みて鋭い痛みを発し、さらに失血と寒気が背筋を這い登ってきて華奢な肩がぶるりと震える。

『この程度の出血で気分が悪くなるなんて、なんてひ弱なんだ。だから人間は嫌いだ』

 完璧を期するためとはいえ、自らに流れる血の半分の脆弱さを見せつけられたことにハーフは舌打ちをして地に唾棄した。本来、この魔術は自分を真の魔族の姿に近づけるために独学で学び始めたものだった。それだけに人間に化けるというのはプライドを一分一秒ごとに傷つけるもので、あまり進んでやりたくはなかった。

『まあ、一ヶ月程度だろう。勇者を名乗る人間に絕望を見せ付けられるのなら、我慢してやるさ』

 変化魔術にも段階があり、ただ蜃気楼のように他人の姿を自分に投影するものから、自身の肉体そのものを分解・再構成する高度なものがある。今回行使したものは後者だ。これは長期間変化し続けたりすると元に戻れなくなる危険がある。魂が器の形に馴染んで元の姿を忘れてしまうのだ。一年間猫の姿に変化していたら、それっきり戻れなくなった馬鹿な魔族を知っている。しかし、今回の自分の場合は長くとも一ヶ月程度だろうからと、あまり心配はしていなかった。
 こうして無力で弱々しい少女となると、“彼女”となったハーフはよろよろと力ない足取りで村へと向かう。最初はわざと足を引きずる風を装っていたが、やがて疲労によって本当に足が棒のようになった。額に玉のような汗が浮かび、首筋に流れる。変化魔術が完璧過ぎたのだ。『これだから人間は』と口汚い罵倒で毒づく間、彼女の脳裏に結ばれるのは今まで見てきた悪しき人間たちの横暴な振る舞いだ。彼女の知っている人間は、他人の弱みに平気で浸け込むおぞましい生き物でしかない。母親を見殺しにした、情け容赦のない心の荒んだ種族だ。目の前の村の人間たちも同じように、見窄らしい少女が助けを求めても、誰も彼もが逆にさらに奪えるものは全て奪おうと襲いかかるに違いない。そうして人間の暴力性と残虐性を引き出し、勇者に見せつけることで、彼の人間を想う心を引き裂いて、『そら見ろ、人間に救う価値なんて無いんだ』と嘲笑うつもりだった。上手くいけば、魔王やその配下に気に入られて、そのまま取り立ててもらえるかもしれない。ぜえぜえと喉を掠らせながら、彼女は青ざめた顔でほくそ笑んだ。


 ところが、村について早々に彼女の目論見は躓いた。


 村の門を叩き、掠れるような声で助けを求める。小さな覗き窓からこちらを見つけた門番の目がギョッと見開かれる。すぐに扉が開き、村の中では一番力自慢なのだろう中年の農夫が腕を掴んで引っ張り込む。「汚らしい女め、村に近づくな」と罵られるか、飢えた男たちの慰みものにされるかのどちらかだと思っていたが、後者のようだ。『さあ本性を見せろ人間め』と内心でほくそ笑んでいると、彼女の剥き出しになっていた肩にさっと服が掛けられた。土の臭いと体温が染み付いたそれは農夫がたった今まで来ていた上着だった。ポカンとする彼女を、自分が泥だらけになることも厭わずに農夫はさっと抱き上げる。彼は大声を上げながら必死の形相で全力で走り出した。向かった先では農夫の妻やその隣人たちがパタパタと寝巻き姿で集まってきて、かき集められるだけの物資をかき集めて手当を始めた。口々に「大丈夫だったかい」「ああ、嘘でしょう」「気をしっかり持つんだよ」と元気づけられながら、沸かした湯に浸した清潔な布で全身を拭かれ、傷を手当され、口にミルク粥を運ばれ、暖かなベッドに放り込まれて手を握られたまま寝かしつけられる。『こ、これはきっと人間の罠だ。体力をつけさせて長く利用するためにわざとこうして歓待する振りをしているんだ。オレ様は騙されないぞ』。
 とりあえず寝たふりをしてその晩を過ごし、翌日、翌々日と様子を窺う。だが扱いは変わらず、村民たちの態度は優しかった。「誰かに襲われたのか」「他に家族はいるのか。無事なのか」。「助けに行こうか」と親身に問われる質問に、彼女は億劫になって『何も覚えていない』と記憶喪失を装った。村民たちはますます親切になった。困惑しっぱなしの彼女は、しかし勇者一行が来た際にはなんとしてもこの人間たちの汚い本性を暴き出して勇者に目にもの見せてやると決心し、まだそこにいることを決める。

「今日から貴女はうちの娘よ」
「さあ、何も心配はいらない。ゆっくりしなさい」

 そんな彼女は、村の外れに居を構える老夫婦に引き取られることになった。まだそれほど老いてはいないのだろうが、柔らかく落ち着いた佇まいが、良い意味で歳を重ねて達観しているような印象を夫婦に纏わせていた。老夫婦は、事情も知れぬ痩せ細った少女を一目見るだけで、嫌がる素振りなど一切見せずにそれどころか快く彼女を受け入れた。そして“カティ”という名を与え、本物の娘のように可愛がった。家庭的な老婆の料理は質素ながら非常に美味で、貧しい生まれだった彼女は初めて口にするまともな食事に驚き、ついつい食べすぎた。がっつき過ぎると、かつては街に出て教師をしていたという老爺が「これこれ、女の子がはしたない」と窘めながら丁寧にマナーを教えた。老婆は、昔死んだ娘が着ていたという服を彼女に与えて着飾り、裁縫や料理、花の愛で方などを教えた。老爺は穏やかな態度と洗練された訛のない言葉で、読み書きなどの基礎的な教育を施した。娘が使っていたという部屋を与え、貴重であるはずの化粧道具、本、ペン、紙などを与えた。『敵であるオレ様に知識を与えることを後になって後悔するがいいさ』と、負けん気の強い性格だった彼女は“カティ”であることを受け入れ、教えられることを貪欲に呑み込んだ。

「おはよう、カティ。元気そうだね。お二人は元気かい?」
「やあ、カティ。今日も綺麗だね。ほら、今朝取れた野菜をあげよう」
「カティお姉ちゃん、今日は何して遊ぼうかしら?」

 カティはあっという間に回復した。元々、変化魔術を行使する前はピンピンしていたこともあり、栄養を取り戻した金髪は夕日を浴びる稲穂畑のように輝き、肌は冬の朝日のように真っ白で、健康的にふっくらした頬は少女らしいピンク色が差している。唯一、化ける前と変わらないエメラルドグリーンの瞳は、溌剌とした端正な顔つきに深い神秘性を与えて、カティを魅力的な美少女として際立たせていた。

「おはようございます、カーリーンさん。ええ、おば様もおじ様も元気ですわ」
「ありがとうございます、バッツィさん。さっそくおば様と戴きますわ。お礼のパイを楽しみにしててください」
「それじゃあ、トーリーちゃん。今日はお花の冠の作り方を教えてちょうだい」

 カティは一ヶ月で村の一員となっていた。人間の本性を引き出すために、まずは親密になって裏の顔を探り出そうとした。きっと誰もが、裏ではカティを排除したいと願っていると考えた。しかし村民たちは、カティが知っている底意地の悪い人間とはまるで正反対だった。カティの真の目的など露とも知らず、生まれた時から知っていると言わんばかりに気さくに話しかけ、受け入れた。本性を現せと近づけば近づくほど、彼らの善の面を見せ付けられて内心ウンザリするばかりだった。
 その内、生まれて初めて自室というものを与えられ、カティはそこで過ごす時間が少しずつ増えた。老爺から文字の読み書きを教わり、老婆から本を読んでもらった。そうして得た知識で、読書という趣味に目覚めた。最初はほとんどが挿絵の幼児向け絵本だったが、自分でも知らない要領の良さが功を奏し、今は挿絵の方が少ない本を読めるようになった。上手い料理を食べること、上手い料理を作ること、勉学によって自分の成長を目に見えて実感することは楽しかったが、特に読書という行為はそれらよりも頭一つ抜けてカティを夢中にさせた。村にやってきた目的を忘れてついつい没頭してしまうこともあった。本など、文字が羅列しているだけの、記録を残すためだけの面倒くさい紙の束としか思っていなかった。だがそれは違った。カボチャ半分の重さにも満たない本の中には、別の世界が広がっていた。嫌な記憶や荒んだ俗世を忘れさせてくれる未知の世界が内包されていた。その世界に飛び込むことは、カティには純粋な喜びだった。新しい本を与える度に目を輝かせてそれを胸に抱き締めるカティに、老夫婦は微笑ましげに笑い合い、次はどの本を進めようかと楽しそうに吟味した。
 
『それに―――なんだか、懐かしい』

 与えられたその部屋は、どこか懐かしい匂いがして落ち着いた。そこにいて静かに目を瞑ると、ずっと昔に忘れてしまった誰かに抱かれているような気がした。膝の上に座って、頭を撫でてもらっている気がして、穏やかな気持ちになれた。


 ある晩、カティは遠い昔の記憶を夢に思い起こした。死ぬ間際の母親が、棒きれのようになった手でカティの頬を撫でる。もはや名前すらも覚えていない、記憶から締め出したいつらい記憶の象徴。消え入りそうな声で子守唄の一説を呟いて、カティの目を見つめる。自らの死期の訪れを悟り、この世に残すことになる我が子の将来を案じての子守唄だった。

「“幸せにおなり、どうか幸せにおなりよ、愛する子よ、愛する子よ、どうか”―――………」

 つうっと涙を流し、唐突に、その手がズルっと力を失う。「お母さん?」とその手を拾い上げるが、反応しない。生命が抜け落ちた眼球が自分を映す。天井近くを飛んでいたハエがそこに止まる。母親は何も反応しない。眼球の表面をハエが啄む。反応しない。反応しない。自分は一人ぼっちになった。自分にもハエが集る。反応しない。反応しない―――。

「カティ」

 ハッと目を見開くと、枕元に母親がいた。生きて、微笑んでいる。いや、それは老婆だった。似ている、と思った。幻覚と重なった目鼻立ちに共通する部分をいくつも見つけられた。幻覚と老婆の奇妙な一致が尾を引いて意識を混濁させる中、老婆は玉の汗を浮かべるカティの額を自らの裾でそっと拭く。バクバクと動悸する心臓を抱えながら、カティは悪夢を久しぶりに見たこと、他人が近づいても気付かないほど警戒を解いてしまっていたこと、そして、安心して眠りに落ちるほど老夫婦に心を許してしまっている自分を理解してショックを受けた。老婆の隣には老爺もいて、彼の手はカティの手をそっと握っている。カティによって力いっぱい握りしめられた手は蒼白になっていたが、老爺はそれを顔に出さない。うなじを垂れる不快な汗を、老婆が拭き取る。

「貴女の苦しげな声を聞いてね。こんなにうなされて、可哀想に。きっとイヤな夢を見たのね」
「おば、さま。おじ、さま。オレ、いえ、わ、私は」

 何でもないフリをしようと反射的に笑おうとしたカティに、老爺が首を振る。「何も言わなくていい」という意志を視線だけで伝えると、幼子を寝かしつけるように髪を撫でる。分厚く力強い手の平の人肌が心地良い。老婆は月夜に流れる雲のように澄んだ声音で子守唄を歌い出した。そこに老爺の優雅なバリトンも加わり、子守唄は思わず耳を澄ましたくなる見事な音楽となった。

「“幸せにおなり、どうか幸せにおなりよ、愛する子よ、愛する子よ”」
「“いつまでも、いつまでも、草原を踊る子馬のように、風に舞うトンビのように”」

 なんと奇妙なことに、それは遠い昔に母親が聞かせてくれた子守唄と同じだった。しかし、今は驚きよりもさざ波のようなゆったりとした眠気に身を委ねたかった。警戒が解され、身も心も預けていいという安心感に包まれる。荒く上下していた胸元がだんだんと落ち着きを取り戻し、瞼がゆっくりと意識に幕を下げていく。落ち着きを取り戻したカティを見て、老夫婦は心から安堵のため息をついて互いに身を寄せ合う。

「―――なんてこと。本当にあの娘にそっくり。ねえ、あなた。まるであの娘が帰ってきたみたいだわ」
「―――ああ。ああ。きっと偶然なんかじゃない。運命なんだ」

 老夫婦の囁く声が聞こえたが、その意味に思考を巡らす前に眠りに滑り降りていった。ベッドから母親の匂いがした気がした。完全に眠りに落ちる寸前、かつてこの部屋の主だったという、老夫婦が失った娘のことを思った。どんな女だったのだろう。気付いていない断片がたくさんあって、そこに何か答えが隠れているという予感がした。『まあ、たまには、いいか』。その予感をあっさりと手放し、カティは全てを忘れて寝息を立てた。
 迎えた翌朝はこれまで感じたこともないほどに清々しかった。まるで心を洗濯したように軽かった。熟睡したのは母親の胸に抱かれなくなって以来初めてだった。

「カティ、大丈夫かい?」

 老夫婦が心から心配そうに声をかけてくる。ずっと枕元で付き添っていたせいで瞼下にクマを浮かべた二人に、『これくらいはくれてやる』と、カティは剥き出しの感情を見せてやることにした。それはそれは美しい微笑みに、老夫婦はカティを抱擁して応えた。イヤではない。それをイヤだと思わない自分自身も、不思議とイヤではなかった。人間など、情けをかけてやる価値もない、魔王様によって一人残らず殺されてしまえばいい種族だと思っていた。今でもそう思っている。でも―――自分を抱きしめる二人がそうされるのは、想像したくなかった。


 一ヶ月と半を過ぎた頃、ついに勇者一行が村にやってきた。カティは庭に張ったロープに洗濯物を干しているところだった。その手を止めて、遠くに見える勇者の横顔を呆然と見た。すっかり忘れてしまっていたのだ。『本来の目的を忘れるとはなんてことだ。何も準備できてない』と手を握りしめて臍を噛む。
 村の中心広場で、勇者はやけに親しげに村人たちと接している。腰に刺した綺羅びやかな聖剣が、如何にも“私は勇者です”と主張している。しかし、その外見はそこら辺の優男のようだった。“勇者は剣の使い手で魔法にも精通している歴戦の猛者”と噂で聞いていたが、年齢は意外なほど若く、今のカティよりほんの数歳年上といった程度だった。身長も手足もひょろ長いが、筋骨隆々といえるほど膨らんではいない。まだ少年の面影が匂う顔立ちは童顔で、ヒゲを生やしても到底似合わないように見えた。勇者は同年代の若い農夫と肩を叩き合い、初対面にしては砕けすぎている表情でその他の村人たち一人ひとりと握手を交わす。そして旅の仲間たち一人ひとりを人々に紹介し、紹介に預かった仲間たちは誇らしげに挨拶して拍手を受ける。誰も彼もが勇者を慕っていることがわかる。一見して勇者の人柄が知れる情景に腹を立てていたカティは、『いや待て』と考え方を変えることにする。『こうなったら、昔からここにいる村人を装って、勇者に近づいてやろう。そうして無防備になったところで弱みを掴み、その情報を魔族に伝えるなりなんなりして利用してやろう』。カティはニヤと人気のないところに笑みを向ける。老夫婦にはほんの少し心を許したとは言え、人間への恨みが消えたわけではない。
 さあどうやって近づいてやろうかとじっと様子を窺うと、不意に村人の一人が手を仰いで、「あっちを見ろよ」と言わんばかりに勇者を促した。その手がなぜか自分を差しているように見えた。声は聞こえないが、紹介されているような雰囲気を感じ取った。促された勇者がこちらを見る。カティは首を傾げながら勇者を睨みつけていると、歴戦の直感から勇者は自分に向けられる視線を明確に感じ取った。勇者たちのいる中心部からこの村外れまでまだ距離があるというのに、勇者の視線はピタリとカティのそれと交差する。そして、その象牙色の目がカッと見開かれた。

『この距離でオレが魔族だとバレたのか!? そんなはずは……!』

 一瞬、自らの思惑がバレたのかとギクッと肩を強張らせる。それを悟られないように、必要以上に親しげな微笑みを顔に貼り付け、まるでお姫様がするような深々とした会釈を勇者に返した。笑いかけてやるのも頭を下げるのも不愉快だが、勇者の心を引き裂くためには仕方がない。
 会釈していた頭を上げて、ちらりと様子を覗く。勇者は丸くした目をそのままにして動かない。勇者と同年代の農夫が、なぜか石のように立ち尽くす勇者の背中を肘で突っついた。何かを言われたらしい勇者が、その時ばかりは思春期の少年のように顔を真っ赤にして抗議し、逃げ出した農夫を追いかける。農夫が勢い余って干し草の山に頭から突っ込み、勇者もそれを追って干し草に身を沈める。それを見ていた勇者の仲間たちが腹を抱えて笑い出す。まるで昔からの友だち同士のようだ。おかしい、ここは勇者一行が旅の途中に立ち寄った村のはず―――。

「ふふ、立派なお役目を背負っても、昔と変わらずやんちゃな坊やね。カーリーンのところの坊やとは昔っからあんな感じだもの」

 背後から近づいてきた老婆が気になる台詞を口にする。キョトンとするカティになみなみと紅茶を注がれたカップを手渡し、老婆は「そうだったわね」と手をポンと叩く。

「そういえば、カティが会うのは初めてだったわね」
「“が”?」

 現実より先に、第六感が老婆の答えを察した。背中から汗が吹き出て、自分が決定的なミスをしていたことを悟らせる。わざわざ魔王城への直接ルートから大きく外れるコースを取ってまで、勇者はなぜこの村へと向かっていたのか。その目的まで調べようとしなかった過去の自分を悔やむカティに、老婆は驚愕の真実を告げる。

「あれはセイラム。この村の出身で、今は勇者をしているわ」

 カティは額を抑えて天を仰いだ。


 




 
 なおも間抜けに口を開けたままのカティの様子を、老婆は「こんな辺鄙な田舎村から勇者様が現れるなんて、驚くのも無理もないわね」と都合よく解釈した。

「私たちだってとても驚いたもの。でもね、本当なのよ。あの子は、私たちの希望である勇者になったの」

 老婆が遠くを見るような目をして過去に意識を向ける。広場の青年に向ける眼差しは、孫を見るように優しい。

「あの子は突然この村に現れたの。ほんの2歳くらいだったわ。ボロボロの姿で村にたどり着いた。ご両親はいなかった。何も覚えていなかったわ。だから、私たちはあの子の本当の名前も、生家も、齢もわからないの」

「貴女と同じね」と付け加え、老婆は続ける。

「あの子は村のみんなで育てたわ。みんなの子供として。あの子は貴女みたいに物覚えが抜群じゃなかったし、すぐに元気にもならなかったわ。物覚えが悪くて最初は言葉を覚えることも出来なかったし、病気がちで、怪我をするとなかなか治らなかった。ひどい風邪をひいて何度も死にかけた。でも、私たちは出来ること全てをやった。神からの贈り物として、根気強く大切に育てた。あの子もそれに応えてくれた。そして、10年も経って大人っぽい顔つきになってきた時……あの夜、あの野原で、あの子の目の前に剣が落ちてきた。流れ星に張り合うくらい光り輝く聖剣が」

 実際にその光景を見ていたのだろう。老婆は幻想的な情景を閉じた瞼の裏に描いているようだった。しかしカティはと言えば、同族を殺す武器が聖なるものと呼ばれることに腹立たしさを覚え、弾かれるように自失から復活する。勇者の生まれ育ちを知り、それが順風満帆とは程遠いものであったことに自分を重ねて考えるところもあったが、同情より意地が勝った。「そうなんですか」と素っ気なく応じたカティに老婆はほんの少し目を丸くしたが、記憶のない少女には勇者や聖剣といった話は実感が湧かないのだろうとまたもや都合よく飲み込んだ。
 ムッとした気持ちを隠してカティは最後の洗濯物をキビキビとした動きで干すと、老婆からカップを受け取って「行ってきます」と小さく膝を折って断りを入れる。広場に背を向けてスタスタと足早に去るカティに、老婆は「行ってらっしゃい」と優しげな声をかける。いつもよりちょっぴり硬い背中に微笑ましさを覚えながら。老婆はカティの日課と行き先をよく知っていた。そして、広場からカティに向かって熱っぽい眼差しを向ける青年がそれを聞きに来ることも知っていた。


 カティは頭の半分だけ、困っていた。勇者―――名はセイラムらしい―――を絶望させようと企んでいたが、まさか忍び込んだ村が奴の生まれ故郷だとは思ってもいなかった。補給などのために偶然立ち寄ったのではなく、帰郷したのだ。大誤算もいいところで、こうなってしまっては動きにくいことこの上ない。そもそも自分が知る人間とは真反対のお人好しばかりだというのに、知り合いしかいないというのでは、どうやって絶望を見せればいいのか。こうなったら少しずつ接近して、セイラムの弱みを握るでもしないと当初の目的は果たせそうにない。だが、相手は勇者だ。警戒心も強いだろうし、いざバレた時は確実に命がない。心許すまで取り入るにも苦労しそうだ。

 ……と、いうのが頭の半分を占めている悩みだ。あとの半分では、まったく別の思考が―――胸躍る冒険物語が繰り広げられていた。

「“アドニス、何故そなたには理解できぬのか。人も魔族も関係ないのだ”」

 カティは我知らずに本の一説を口にする。今読んでいる本は、人間の世界では馴染み深い冒険物語らしいが、小難しい言い回しが多く、カティには少しだけ難解だった。口にすることで反芻し、なんとかその意味を飲み込んで咀嚼する。そうして乾いた口を潤そうと文字から目を離さずにすっかり温くなった紅茶を一口啜り、再び分厚い本の世界に没入する。紅茶には、どこからか飛ばされてきた野花の花びらが浮かんでいたが、彼女はまったく気が付かなかった。
 まだ冬に座を明け渡さまいとする世界は、穏やかな昼の陽光をケープのように肩に掛けて暖めてくれている。温暖な盆地に広がる野原は土深くまでたっぷりと陽気を吸って、まるで分厚い絨毯のようだった(絨毯に触れたことはないが)。目の前に広がるのは、水平線に並行して寝そべる雄大な山の稜線と、大地の起伏に合わせて波打つ大海原のような野原のみ。家の裏を進んだ先の村の最東端は、気を散らされる心配をせずに読書に没頭できる環境が整えられていて、いつしかカティのお気に入りの場所になっていた。元々はここで密かに脳内作戦会議を行うための体のいい口実としての日課であったが、いつのまにか目的は建前とすっかり逆転してしまっている。実際、すでに勇者についての悩みは頭の片隅にまで追いやられていた。
 チチチ、と小鳥が囁いてカティの傍に降り立つ。西日を反射して輝く金髪に誘われたらしい。だが、すぐに驚いてさっと飛び立つ。カティを背後から覆うように人影が差したのだ。人影は、相変わらず本の世界に夢中になっているカティの手元を覗き込む。古い本特有の古風な台詞回しの理解に必死なカティが気がつく気配はない。

「“よいか、己が何者で在るかは”―――ええと、これはどう読むんだったっけ―――」
「“己が何物で在るかを定義するのは他ならぬ己自身である”」

 この時、カティは「うわっ!?」と男っぽい驚きの声をあげたつもりだった。しかし、第三者には紛れもなく「きゃっ!」と年頃の少女そのものの悲鳴として聴こえた。背後の接近に気が付かないほど油断していた自分の不甲斐なさ、自分の口から発せられた悲鳴のひどい女々しさに、カティはショックを受ける。次の瞬間には、そのような情けなさを味あわせてくれた何者かへの怒りが沸き立つ。唇を尖らせて背後を振り仰ぎ、その正体を見て、カティは言葉を失った。猫のように髪と背中を逆立てたまま硬直する。
 そのあまりの動揺っぷりに、声を掛けた青年もまたひどく慌てて「すまない!」と片膝をつく。

「声もかけず無遠慮に淑女に近付くなんて、失礼なことをしてしまった。話しかけたかったけども、あまりに君が本に夢中になっていたから、邪魔をしては悪いと思って……」

 勇者セイラムだった。いかにして近づこうかと画策していた人間が向こうからやってきたことに驚き、カティの思考回路は周回遅れとなって遅緩する。呆然として石のようになったカティの様子を見て、歴戦の猛者らしからぬ慌てっぷりでセイラムは目を泳がせ、話題を転換させる材料を探す。それはカティの手元に見つかった。

「ああ、やっぱり。それは『勇者ユリアンの冒険』だね」
「えっ?」

 聞いたことのある題名に、思わず本をひっくり返して表紙に目を落とす。そこには確かに『勇者ユリアンの冒険』とあった。「どうして?」という目を向けると、セイラムは狙いが上手くいった安堵を口元に浮かべて「僕も」と笑う。

「僕もそれを読んだことがあるんだ。つい最近、ようやく挑戦して読み切った。昔の流行り本だから、やけに分厚いし、文章も難しくて、とても苦労したよ」

 「君は凄いな」と苦笑する。










(下は断片的メモ)

本。
読んだことある。

誰にも分け隔てなく接する。いつかは誰もが争わずに暮らせる世界を。

でも勇者様は、魔族を殺し、魔王を殺そうとしています。人間にはそこまでして護る価値があるとお思いですか?

暗い影が差す。それはたった今生じた感情によるものではなく、ずっと以前から勇者を蝕んできた苦悩が表面に浮上してきたものだった。

「君の言う通りだ。」

わからなくなった。だから僕はここに戻ってきたんだ。

別行動している黒魔術と合流するまでの数日間、ここに滞在するつもりだ。

なぜ生まれ故郷に戻ってきたのかわかった。勇者は心に迷いを抱えている。今なら、漬け込むすきがある

読書の邪魔


聖剣がざわついているような気がした。魔族が近くにいる際の反応だ。しかし、勇者は判別がつかなかった。自身の胸のうちのざわつきはそれよりずっと強かったせいだ。




姿は少女のまま。しかし肌は深海のように蒼く、

呆然とする人間の腕を捻り上げ、その剣を難なく奪い取る。

『虫唾が走る』

村人たちは一様に信じられないという目をしてカティを見上げる。

『先に潜り込んでいた同胞がいたか。ハーフの分際でやるではないか。名はなんという』

応えず、老夫婦を振り向く。二人はじっとカティを見つめ返す。老婆の唇が震えるように名を紡ぐ。

『お人好し過ぎるんだよ、婆さん』

カティは剣を振り上げた。


勇者は全力で来た道を引き返していた。


『ここは私の村だ!!!!』

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