白銀の討ち手 旧ver.

白銀の討ち手IF~白と赤のコムニオ 第二話~ (作:黒妖犬様)

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 窓から漏れる光を瞼に感じ、起き上がる。そして最初に見たのは、僕が代替物であると言う証の、頼りない灯火だった。
 やっぱり二日目の為か、最初ほどの衝撃は無い、けど日に日に消滅に近づいていると考えると、自然とため息が出てくる。今の僕の存在はなんなんだろう? そんな事を考えても気分が沈むだけだと、無理矢理その考えを頭から消した。
 ふと傍らを見ると、まだ鳴る前の目覚まし時計。昨日あれほどの事がありながら、目覚ましよりも先に起きてしまったらしい。疲れていたため睡眠が深かったのだろうか? そういえば夢も見ていない。
 目覚ましのスイッチを切ると、ベッドから起き上がり一階に下りる。すると食卓から食欲をそそる匂いがする。それに誘われるように食卓に行くと、既に朝ごはんが用意されていた。しかしその量はいつもよりも多い。
 何でだろうと首を傾げていると、台所から母さんが出てきた。
「あら、おはよう、ゆうちゃん」
「おはよう母さん、今日はどうしたの? やけに朝ごはんの量が多いけど」
「もちろんゆかりちゃんとサユちゃんの分よ、二人には良い印象を持ってもらわないと、家に住んでもらいたいからね」
 あ、そうか、昨日サユちゃんの計略で二人は母さんの了承の下、家に泊まっているんだった。それにしても母さん、本当に二人が気に入ったんだな。まぁ確かにあれほど可愛い双子なんて、芸能界にも居ないだろう。一卵性双生児の様にそっくりだけど、二人とも個性があって性格が全然ちがう。一応姉となっているシャナは意地っ張りで刺々しく、勝気で活発、そして揺るがない強い意志は、双眸に現れていて、その姿は常に強い光を放っている様だ。けど時には女の子らしく恥らったり、動揺したりする。一番いい例が昨日母さんにワンピースのパジャマを着せられた時だ。あの時のシャナは本当に意外な一面を見せてくれて、そしてその姿は本当に可愛らしかった。
 対して妹となているサユちゃんの印象は大人しい女の子だろう、言葉使いとかも丁寧で人当たりも良い。細かい気配りもするし、慌てて顔を赤めたりする仕草は、小動物を思わせる。本当に女の子らしい女の子だ。けどやっぱりフレイムヘイズと言うか、戦闘やいざという時の凛とした姿や、常に先を見通した考え方など、サユちゃんがお姉さんの方がいいんじゃないかと思わせる一面もある。
 思えば二人とも以外な二面性を持っているんだな。まぁサユちゃんの場合、最初がフレイムヘイズとしての一面だったため、普段のサユちゃんが意外だったけど…でも普段の性格は正反対なんだな。外見はそっくりなのに。
「ゆうちゃん、なにをニコニコしてるの?」
 そんな事を考えていたら、母さんが呆れた様子で言ってきた。どうやら顔に出ていた様だ。それに気付くと途端に恥ずかしくなってくる。女の子の事を考えてニヤニヤするなんて、下手をすれば危ない人だ。
「まぁいいけど、それよりも二人を起こしてきてくれる? お母さん、早く二人と朝ごはん食べたいわ」
「わかったよ、直ぐに起こしてくる。それよりも本当に二人を気に入ったんだね、二人をこの家で預かる気みたいだし」
「当然よ、二人に着せたいお洋服があるし、もっとお洋服買わなきゃ」
「そ、そう…」
 上機嫌で言う母さんに対して、僕はそう言うしかなかった。ゴメン二人とも…僕には止められない、せめて心の中で応援しているよ…
「あ、そうそうゆうちゃん、襲っちゃだめだからね」
 二階へと行こうとする僕に、母さんが声を掛ける。自分の息子を何だと思っているんだと、そう言いたかったけど、昨晩の脱衣所での一件を思い出して口に出すをのをぎりぎりで飲み込む。その言葉は藪蛇となるのが目に見えてる…ここは大人しくしよう。第一二人は確かに美少女と言っていい容姿だ、芸能界に出ればたちまち人気になるだろう。けどどう見ても小学生、いいとこ中学生なのだ。自分にはそういう特殊な趣味は無い。
 そう胸の内で断言して、シャナとサユちゃんの部屋のドアをノックする。暫くしても返事が無い、まだ寝ているのか。そう思ってゆっくりとドアを開ける。下手をすれば、着替えの最中なのかもしれない、昨日の教訓も生かし、出来る限りの注意を払う。
「シャナ、サユちゃん、入るよ」
 そう言いながらゆっくりとドアを開ける。何も反応がないとすると、どうやらまだ寝ているようだ。そしてドアを完全に開けると、ベッドの上に小さな人影が二つ。予想通り二人ともまだ寝ている様子で、寝相が悪いのか足元まで掛け布団が下がっていた。しかも視線を下に向けると、なぜか毛布が床に無造作に置いてある。
 この二人はどれだけ寝相が悪いのかと思いながらも、ベッドに近付いた。そしてそこで僕の思考は止まった。
 二人がベッドの上で未だに寝ている、それはいい、予想していた事だ…サユちゃんがシャナの手を握っているのを見ると、本当に姉妹の様に見えてほほえましい…そこまではまだいい、しかし、二人とも寝像が悪いのか、パジャマが乱れている、しかもかなり際どい。
 サユちゃんは上のパジャマがはだけて、片方の肩が露になり、下のボタンも幾つか取れ、おへそが見えるほど捲れて、下はズレ落ち、薄い空色の下着まで見えている。
 そしてそれはシャナとて同じ事だった、シャナの場合ネグリジェだったため、上はサユちゃんのようにはなっていない、しかし下は腰近くまで捲れていて、当然それに隠されるべき白い下着が露になっている。これは正直目のやり場に困る…というかがんばれ理性、ここでお前が負けたら僕はシャナになます斬りにされてしまう…



 唾を飲み込み、何とか理性を保つ、しかし目をどこに向けていいのか解らない。シャナを見てもサユちゃんを見ても、本来隠されているべき白くて細い足や、形のいいおへそが見えてしまう。
「初見は事故として認めてやっても良いが、それ以上見るのであれば貴様に二度と朝日は無いと思え」
「は、はい!」
 アラストールの言葉に我に返ると、咄嗟に後ろを向く。うん、最初からこうすればよかったんだよね。
「坂井悠二よ、幾らフレイムヘイズが見た目と年齢が関係なくとも、さすがにこの二人相手は犯罪だぞ、それともやはりそう言う志向があるのか?」
「解ってます、違います、それと突っ込む所は一つにして下さい、返答に困ります!」
 この声はテイレシアス、本当に洒落にならない事を言ってくれる。それはそうと、どうすればいいのか、そんな事を思案していると後ろでごそごそと起き上がる気配が…まずい、さすがにこれだけ声を上げれば起きるか…出来ればサユちゃんの方であって欲しい、もしシャナだった場合その瞬間終わる…
「うるさいなぁ…なに?」
 この棘のある言い方…シャナの方だったか…終わった…
「シャ、シャナ? お、起きちゃった?」
 恐る恐る振り向く、きっとそこには大太刀を構えた鬼がいる…しかし僕の予想は外れ、シャナは驚いた顔で僕を見ていた。よくよく見ると、起き上がった事で、捲り上がっていたネグリジェは下がって、シャナの下着を覆い隠していた。まぁそれでも白い足は付け根近くまで見えているけど…
 それよりも何でシャナは僕を驚いた表情で見ているのだろう?
「シャナ?」
 僕が声を掛けると、シャナは咄嗟に足元にあった布団を掴み上げ、その中に隠れてしまう。
「シャナ? どうしたの?」
「う、うるさい! いいから…って、っちょ…」
「ど、どうしたの?」
 シャナの言葉が途中で途切れたのを不思議に思って布団をめくる。しかしそこで僕は、言葉を失ってどうすればいいのか解らなくなってしまう。なぜなら、寝ぼけていると思われるサユちゃんが、シャナにしがみ付いているからだ。
「ちょっ、ちょっと、サユ、まった…」
 そんなサユちゃんに、シャナもどうすればいいのか解らないのか、ただ慌てふためくだけだった。けどいつの間にかシャナがサユちゃんを名前で呼んでる。本当に姉妹になったみたいでちょっと微笑ましい。
 しかしサユちゃんは、「ふみぃ」と奇妙…じゃなくて可愛らしい寝言を言いながら、シャナを自分に抱き寄せて顔を胸に埋めている。そして…
「ふよふよで大きなマシュマロ……」
 サユちゃんのその寝言に、シャナのこめかみに確かに青筋が浮かんだ。
「だれがマシュマロよ! 起きろぉ!」
 シャナのその怒鳴り声と共に、サユちゃんの頭にシャナの拳が打ち下ろされた。そして鈍い音と共に、サユちゃんの動きが止まる。
「うわぁ…」
 その痛そうな音に、思わず声が漏れた。サユちゃんの動きが止まった隙に、シャナがベッドから起き上がる。遅れてサユちゃんがのそのそと半身を起こした。しかし余程痛かったのか、涙目を浮かべて両手で殴られた頭を押さえている。
「あうぅ…凄く幸せな夢だったのに、なんで起きたら頭が割れるように痛いの…」
 大きなマシュマロの夢が余程幸せだったのか、それとも単にシャナに殴られた頭が痛いのか…たぶん両方だろう…目に見えて肩を落として意気消沈するサユちゃん。そんな姿が可哀想に思い、思わず頭を撫でて慰める。本当に普段のサユちゃんは普通の女の子だ、しかも守ってあげたいと思わせる子…フレイムヘイズと言う人並み外れた存在だとは解っているんだけど、なんでこの子見てるとこう保護欲が?き立てられるのだろう?
 しかしベッドから出たシャナは、そんなサユちゃんを腕組みして見下ろすと、不機嫌な態度を隠さずに言う。
「起きた? まったく、いつまでも寝ぼけてるんじゃないの!」
「うぅ…酷いよシャナ、夢でもせめて一口だけでも食べたかった…」
「…その一口の結果がどうなるか解って言ってるの?」
 憮然として言うサユちゃんの言葉に、米神をひくつかせながら言うシャナ。さすがにもう殴るような事はしないようだけど、サユちゃんの暢気な言葉に、上がる手を抑えるので一杯一杯と言った感じだ。こんな遣り取りを見ていると、本当に姉妹みたいで微笑ましい。
「それよりもサユ、気付かないの?」
 そう言って僕を見るシャナ。一体どうしたんだろう?
「え、ああ…シャナは昨日気付かなかったんだ…」
「昨日って…まさか昨日から気付いてたの?」
「うん、って昨日の夜、なんだかんだで私が坂井悠二の部屋を出る時、零時回ってたよ」
 サユちゃんとシャナの会話に付いて行けない、確かに昨日サユちゃんたちが部屋を出た時には零時を回ってたけど、何の事だろう? フレイムヘイズ同士だからこそ通じる事なのかな? ちょっと疎外感があって悲しい…それよりもサユちゃん、僕のことシャナの様に物みたいに扱わない事は嬉しいけど、フルネームで呼び捨てってそれはそれで拒絶されているようで止めて欲しいな…
「じゃぁサユは昨日の時点で気付いてたんだ…」
「ねぇ二人とも、一体何の事なの?」
 感心した様子で言うシャナに、気になって訊いてみたけど、言った瞬間睨まれた…解っていたけど、サユちゃんと比べると扱いが酷い…
「うるさい、お前には関係ない事よ」
 確かにそうかもしれないけど…そんなにも棘のある言い方しなくてもいいじゃないのか? サユちゃんに視線を向けると、サユちゃんは困ったような笑みを浮かべて僕を見るだけだ。サユちゃんがそういう表情をすると言う事は、たぶん僕には言えない事なんだろう。そう自分の中で結論付けるとちょっと寂しい感じがするけど部屋を出る。その前にドアの前で二人に振り向くと。
「母さんが朝ごはん用意したから、せっかくだから食べて欲しいんだけどいいかな?」
 二人に向かってそう言った。するとシャナは怪訝そうに眉を顰めるけど、サユちゃんは嬉しそうに表情を輝かせた。あまりにも正反対な反応に、小さく笑ってしまう。
 そうして一階に向かうと、後から送れて二人が付いてきた。振り向くと先に付いて来てるのは、笑顔を浮かべたサユちゃんだった。僕が部屋を出ようとしていた時にはまだベッドの上に居たのに、先にベッドから出ていたシャナよりも早いとは、それだけ朝ごはんが楽しみなのかな? なんかその姿は外見相応の小さな子供みたいで微笑ましい。
 一階に戻り、リビングに戻ると、すでに母さんがいつもの笑顔を浮かべて食卓に着いていた。
「おはよう、ゆかりちゃん、サユちゃん、空いている所に適当に座って」
 母さんがそう言うと、サユちゃんが僕の定位置となっている席の隣に座る。そして僕がいつもの所に座ると、必然的にシャナは残った最後の一つ、母さんの隣に座ることになった。
「それじゃ皆そろった所で頂きましょう」
「あ、すみません、朝ごはんまで用意してもらって…」
 母さんの言葉に、サユちゃんが顔を赤めて言う。たぶん一番最初に食卓に着いたのが恥ずかしかったのだろう、でもその子供の様な行動は違和感無く、当然のような雰囲気があった…って言ったらやっぱり怒るかな?
「クス、いいのよ、喜んでくれたみたいで、おばさんも嬉しいわ」
 母さんのその言葉に、サユちゃんはさらに顔を赤め、小さく頂きますと言って食べ始めた。最初は状況に戸惑っていたシャナも、サユちゃんが食事を始めたのを見て、訝しがりながらも箸を取ってご飯を口に運ぶ。そんな二人を微笑ましく見て、母さんも食べ始め、僕もそれに続いた。
「あ、そういえばサユちゃん、昨日言ってた家で暮らす話だけど、どうかな?」
 皆が食べ初めて直ぐ、母さんが徐に言い出した。いつもの笑顔だけど僕には解る…あれは捕食者の目だ…
「あ、はい、お姉ちゃんと相談して、もしご迷惑でなければお言葉に甘えようと思いまして…よろしいですか?」
「ええ、もちろんよ、それじゃぁ今日早速デパートに行かなきゃ」
 サユちゃんの言葉に母さんが嬉しそうに言う。しかし母さんの言葉に疑問を持ったのか、サユちゃんが箸を口に銜えた状態で首を傾げる。そんな仕草も、今の母さんにとっては今後の行動の活力になるだけだ。まぁ僕は無力だけど、せめて二人に労いの言葉を用意しておこう…
 そして朝の食卓は、始終母さんがシャナとサユちゃんに質問をする事になった。その内容は、『好きな色は?』とか『普段着ている洋服はどんなの?』などなど…既に母さんの頭の中では、二人を着せ替え人形にすることで一杯だろう…極力関わらない事にしようと思う反面、二人が色々な服を着た所を見てみたいと思う。結論、触らぬ神に祟りなし、安全な所から見ている分には問題ない。つまり静観…
 そして朝ごはんを食べ終えた僕は、洗面所に行って身支度を軽く整える。洗面所から出た時には、シャナとサユちゃんも食べ終えていて、母さんから新しい洗面用具を貰っていた。「ありがとうございます」と返すサユちゃんに対し、シャナは不思議そうな顔で渡された洗面用具を見ている。
 そういえばシャナは、アラストールの浄化の炎で体の汚れを落としていると言っていた。なら歯磨きや洗顔などはやった事がないのだろう。そんなシャナを、サユちゃんが手を引いて洗面所に連れて行く。どうやらサユちゃんは普段から歯磨きや洗顔をしているみたいだ。そういえば昨日もちゃんとお風呂に入って…き、昨日……や、やばい、そこまで思い出すと、右手の感触や、一糸まとわない姿が鮮明に…
「なにボーっと立ってるの?」
「うわぁ! サ、サユちゃん」
 急に掛けられた声に慌てて振り向く。そこには不思議そうに僕を見ているサユちゃんが居た、その後ろにはシャナが威圧的な視線で僕を見ている。その視線が僕を咎めているようで居た堪れなくなる。
「そんなに慌ててどうしたの?」
「な、なんでもないよ、別に昨日の事思い出してた訳じゃ…あ……」
 つい口を滑らせてしまった、しまったと後悔するが既に遅く、僕の言葉を聞いた瞬間、サユちゃんの顔が真っ赤になった。
「わ、忘れて下さい!」
「ご、ごめん!」
 後ろめたさから、サユちゃんを直視する事が出来ず、慌てて僕は自分の部屋に行く。その後、着替えが終わった僕と、シャナ、サユちゃんと三人で学校に向かったけど、サユちゃんがまだ顔を赤くして俯き、始終無言だったのに加え、シャナがそんなサユちゃんの態度に僕を怪訝して見るので、凄く居心地が悪かった。
 どうやらサユちゃんは、昨日の一件をシャナに言ってないようだ、もし言ってたらどうなった事か…すまないと思うと同時に感謝する。
 始終そんな空気が重い状態で教室まで辿り着く。自分の席に座っても、シャナからの無言の圧力、サユちゃんの状況は変わらず、その為かクラス中から訝しがるような目で見られた…ここも安息の地ではないのかと僕は既に諦めた…
 そしてシャナとサユちゃんにとって、二日目の授業が始まった。
 それは一日目同様、シャナに突っかかってきた教師の自爆と言う残酷ショーの連続だった。そしてその度、休み時間に教師へフォローを入れるサユちゃんを、教室の皆が温かい目で見送っていた。
 しかしそんな状況が、四時間目で大きな変動が起こる事に、この時は全く予想できなかった。
 四時間目は体育の授業のため、体操着に着替え全員外へと集まる。その途中、下駄箱で運動靴に履き替えている時に、昔馴染みのメガネマンこと池が僕に話しかけてきた。
「知ってるか坂井、ゆかりさんがぼこぼこにした教師がその後どうなったか?」
 ぼこぼこって、それだけ聞くと凄く問題あるけど、なぜだろう? 簡単に想像できてしまう…それはともかく…
「いや…あれだけ容赦なくやられたんだから、立ち直れるか心配だけど…」
「そう思うだろ? でも実際は…っと本人が来た、明日になれば解るよ」
 意味有り気な事を言って行ってしまう池。何の事か解らず、僕は池の言う本人、シャナへと視線を向ける。すると一緒にサユちゃんも居て、二人とも長い髪を後ろで一つに纏めている。つまりはポニーテール。そして小さな体では大きすぎる体操着を着ていて、一人は上下のジャージ姿で、もう一人は半袖の体操着とブルマと言う格好。その姿は体操着を着ていると言うよりも、着られていると言う表現が適切だろう。
 そんな事を考えると、自然と小さく笑ってしまった。それが聞こえたのか、二人の内片方が睨んできて、もう一人は拗ねるように睨んでくる。コレだけで外見全く一緒なのに、どっちがどっちか解ってしまうから面白い。ちなみに体操着なのがシャナ、ジャージ姿なのがサユちゃんだ。そんな考えが顔に出ていたのか、シャナの目が更に釣りあがった。
「あんた、かなり失礼な事考えてない?」
「そ、そんな事ないよ」
 シャナの言葉に慌てて弁解する。けど二人ともまだ僕を睨んだまま、ちょっと居心地悪いんだけど…
「それよりもサユ、今回の授業とやらで、本気で体を動かすのか?」
 僕が二人のそんな視線に、どう言葉を返せばいいのか迷っていると、サユちゃんの胸元から、テイレシアスの声が聞こえてきた。
「え、そんなわけないよ、一応適度に力を抑えるけど…」
「そうではない、お前は自分がここに平井サユとして転校した理由の事を覚えているのか?」
「あ、そっか…」
 テイレシアスの言葉にサユちゃんが何かに気付いて声を上げる。どう言う事なのか自分なりに考えてみる。たしかサユちゃんが転校した理由だけど、テイレシアスはわざわざ平井サユとしてと言っていた、つまりはフレイムヘイズとしてではなく、表向きの理由…あ、そうか…
「そういえば、サユちゃんは一年前まで体が弱いって言う事になってたんだよね?」
「そう、そんな私が元気に走り回ったら違和感があるからね…」
「面倒な事するからよ」
 気落ちするサユちゃんに、呆れた様子で言うシャナ。そんなシャナを拗ねた表情で見るサユちゃん。
「別にいいよ、それ位の演技くらいするから、いざとなったらそれを理由に見学すればいい」
 拗ねたまま言うサユちゃんだけど、その仕草がやっぱり可愛くて、思わず和んでしまう。
 そして僕たちはグランドに集合し、授業の始まりを待った。暫くして教師が来たが、来て早々の第一声にクラスの殆どが驚き、ざわめいた。その内容は無制限の持久走だった。
 先週の授業では、幅跳びの測定を行うと言ってたため、クラス中の戸惑いは大きい。
 だがそんな中、約二名例外は居る。シャナとサユちゃんだ。
 シャナは我関せず状態、詰まらなそうにその教師を見ている。まぁ今までの授業と同じ反応…しかしサユちゃんは少し困った顔で、米神を指でかいている。たぶん演技の事だろう。
「サユちゃんどうする? 見学するの?」
 僕がそう言うと、サユちゃんは諦めたようにため息をつく。
「うーん無理だと思う…ああいうタイプの人って、多分難癖つけて無理矢理走らせようとするでしょ…」
「あぁたしかに…」
 サユちゃんの言葉に、あの教師の悪評を思い出し納得してしまう。その悪評とはその教師(男・三十三・恐らく生涯独身)は、陰険かつ横柄、女子生徒をいやらしい目で見るなどという悪評がわずか一月ほどで定着してしまった。夏には女子生徒が挙って夏風邪を引きそうだ…
 そんな感じでざわめいていると、終にその体育教師が怒鳴り始めた。
「こらぁ、いつまでも騒いでないでさっさと走れ!」
 その横暴な言葉に、皆は文句を言いながらも渋々と走り出す。そんな生徒達を一瞥する体育教師、しかし突然手に持っていた竹刀の先をこっちに向ける。いや、その先は僕ではなくて、僕の隣に居るサユちゃんだ。
「こらぁ、そこの女子! 誰がジャージの着用を許可したぁ! さっさと脱げ!!」
 その言葉に、顔を赤めて慌てるサユちゃん。そっか、ブルマが恥ずかしいんだ…
「先生、サユちゃんは一年前まで体が弱かったって聞いてます、見学させてあげてもいいのではないのですか?」
 そんなサユちゃんに、救いの手を差し伸べたのは池だった。しかしこの教師がそんな言葉を容認するはずがない。
「黙れ! ならなおの事だ! そんなんじゃ何時まで経っても体力が付かないだろ! 他にジャージを着ているやつも脱げ!」
 予想通りの横暴な答え。その言葉にサユちゃんはむくれながらもジャージを脱ぐ。
「なにあれ?」
「さいてー」
 女子から上がる非難の声、ジャージを着ていた生徒が主だが、他の生徒からも聞こえる。
「あーあ、あの教師、終わったな…」
「池、なにが終わったんだ?」
 いつの間にか僕の近くまで来た池が呟いた言葉に、僕は疑問を持つ。
「あぁ、明日…いや、今日の昼休みには解るよ…」
 その言葉に、更に疑問が深まったが、昼休みには解ると言うのだ、それまで待とう。そんな遣り取りをしていると、ジャージを脱いでブルマ姿になったサユちゃんが、顔を赤めて戻ってきた。そんなサユちゃんに、池が真っ先に声を掛ける。
「サユちゃん、体の方は大丈夫なの? 無理しなくてもいいんだよ」
「え、あ、はい、大丈夫です。体が弱いって言っても一年前までですし、回復してからは田舎の道を頻繁に散歩してましたから、人並みに体力はあると思います」
「そっか、でも無理しないでね」
 サユちゃんの言葉に、池は優しく言葉を返してサユちゃんの頭を撫でる。サユちゃんは最初心地よさそうに撫でられていたけど、子ども扱いされているのに気付いたのか、はっと表情を変え、不貞腐れた。
 まぁサユちゃんにあんな健気な事を言われたら、誰だってそうしたくなる…実際僕も、演技だと解っていても、思わず頭を撫でたくなった。
 とは言え、何時までもここに留まっていると、あの横暴教師が何言い出すか解らない。僕は池とサユちゃんに声を掛けると走り始めた。
 授業開始からずっと走り続けているが、未だに体育教師は止めようとしない。ふと校舎の時計を見ると、授業開始から三十分経っている。さすがにこれだけ走ると、疲労の色は隠せない。いや、約二名はそんなものとは関係がなかった。わざわざ言うまでも無いが、シャナとサユちゃんだ…
 シャナは開始からずっと同じペースで走り続け、顔色一つ変えていない。そしてサユちゃんは、遠目に見れば他の生徒同様、いや、それ以上に疲れているように見える。息も乱れていて、表情も苦しそうだ、しかしその顔には、疲労、苦悶の証である汗は、なに一つかいていなかった…
「サユちゃん、物凄く違和感あるんだけど…」
「む、仕方ないじゃない、こんなので疲れるわけないし…気疲れはするけど…」
 隣を走っているサユちゃんに、小さい声で言うと、拗ねた様子で返してきた。そんな様子に、乾いた笑みが自然と出てくる。
 そしてそんな時、少し前を走っていた吉田さんが眩暈を起こした様子で、その場に倒れた。
「よ、吉田さん」
 丁度僕の方へ倒れてきたので、倒れる前に咄嗟に支え、抱き起こす。
「か、一美、大丈夫」
 直ぐ近くを走っていた女子生徒が、直ぐにその異変に気付き、吉田さんの顔色を伺う。たしかこの子は緒方さん。スポーツが得意で、面倒見がいい。多分吉田さんを心配して近くを走っていたのだろう。そしてその状況に気付いた生徒が集まり始めた。
「こらぁ、吉田! 何をサボっている!」
 それを見た体育教師が、苛立ちながら怒鳴り散らす。だがどう見ても限界を超えて倒れた彼女を、サボリと決め付けているその体育教師に、クラス全員が非難の視線を向ける。しかしその視線を全く感じる様子が無い、無視しているのか場の空気を読めないのか…どちらにしろ、その視線で体育教師の横暴が止まる事は無かった。
「何を集まってるんだ貴様ら! さっさと授業に戻れ!」
 これの何処が授業だと罵りたい気分を抑え、その体育教師を睨みつける。
「先生、一美は普段から貧血なんです、休ませてあげてください!」
 横暴態度を崩さない体育教師に、吉田さんの顔色を伺っていた緒方さんが非難の声を上げる。
「うるさい! そう言ってサボっているから何時まで経っても体力がつかんだろうが! 立て!」
 無茶苦茶な言い分を言いながら、吉田さんの近くまで歩いてくると、吉田さんの手を掴んで、無理矢理引き起こす。抵抗する力も無い吉田さんは、弱弱しく声を上げるだけで、そのあまりにも行き過ぎた行為に、見ていた生徒の中には小さく悲鳴を上げる人まで居た。
 そしてその行為を止めさせようと立ち上がったその時、僕の横を何かが通り過ぎた。それがなにか理解する前に、それは目の前の体育教師を蹴り飛ばした。
 その突然の出来事に、体育教師はなす術無く飛ばされる。そして体育教師が蹴り飛ばされた事によって、その手から開放された吉田さんを、僕は咄嗟に抱き止めた。
 余りの予想外の事態に、クラス中が唖然とその事態を作り出した張本人を見つめる。それは小さな運動靴の底を、蹴り飛ばした体育教師に見せる格好で止まっているシャナだった。
 蹴り飛ばした余韻のように、後ろで一つに纏めた長い黒髪がふわりと舞う。そして静かに上げていた足を下ろすと、そのまま体育教師の眼前へと歩いていく。
「あらら、先越されちゃったかな?」
 クラス中が唖然としている中、小さくだが緊張感の無い声が僕の耳に聞こえてきた。その声に顔を上げると、そこに居たのはサユちゃんだった。ってこの子大人しそうな性格してるのに、シャナと同じ事しようとしてたの?
 幸いと言うか、そのサユちゃんの呟きを聞いていたのは僕だけだった。普段のサユちゃんでも、こういう一面があるんだな…
 そんな事に関心している間に、シャナは体育教師の眼前にまで行っていて、未だに倒れている体育教師を見下ろしていた。
 そんな光景に、どこからとも無く唾を飲み込む音が聞こえてきた。
「さっきからずっと走るだけ……これ、一体何の『授業』なわけ?」
 シャナが咎人に審判を下すように、静かに、そして重く言葉を出した。
 そんなシャナを、体育教師は憎らし気に睨み上げる。しかしシャナがそんな視線に動じる事なんてある訳も無い。
「馬鹿な訓練、ただむやみに体を動かすだけなんて、疲れるだけで何の意味も無いわ」
「貴様……!!」
 怒りに顔を赤め、地に手を着けて半身を起こす体育教師。うつ伏せの状態からなので、見ようによっては土下座をしようとしている様にも見える姿。そんな情けない姿でも、その横暴な態度は変わらなかった。
「きょ、教師を足蹴にして、ただで済むと思っているのか!」
 権力を盾に取った物言いだけど、シャナにとってそんなものが役立つはずも無い。
「ふん、教師と言うなら、この授業の意味を説明しなさい」
「この不良が、これは問題行為なんだぞ! 停学…いや、退学にしてやるぞ!」
 シャナの歯に衣着せない言葉に対し、返そうともしなず、いや、返す事が出来ず、権威を振り翳すだけの体育教師。ただそれだけしか出来ず、またその卑怯な態度に怒りが込み上げて来る。しかしそれは僕だけではなかった。
「…解っていた事だけど、なんかもう限界…」
 小さくぼそっと呟く声に顔を上げると、そこには不機嫌そうに眉を歪めるサユちゃん。そのサユちゃんがそのままシャナの隣まで歩いていく。
「ちょっと待って下さい」
 シャナの隣に並ぶと、シャナと同じように体育教師を見下ろして言うサユちゃん。普段大人しく、またシャナのフォローに休み時間駆け回っている優しい彼女からは想像できない行動に、クラスの皆が驚く。
「先ほどお姉ちゃんを退学にすると言いましたけど、その為に貴方は何をするつもりですか?」
 サユちゃんの言葉に、理解が追いつかないのか、体育教師は返す言葉が見つからず、唖然とサユちゃんを見上げている。
「生徒を退学にすると言う事は、事の次第をこの学校の校長、または理事に報告する必要がありますよね? ではどう報告するのですか?
 まさか何もしていないのに行き成り蹴られましたなんて、小学生が罪逃れに先生に言うような言い訳を言うのですか?」
 そこまで言われてやっと理解できたのか、体育教師は言葉を詰まらせて何も言えなくなった。しかしそれでサユちゃんの言葉が止まる事はなかった。
「事の次第を正確に学校側が捉えた時、立場が悪くなるのはどっちか解ってますか? それでも無理矢理にでもお姉ちゃんを退学にすると言うのなら――私もここで貴方を蹴り飛ばし、私もこの学校を辞めます」
 サユちゃんのその言葉に、クラス中が驚愕する。中には止めさせようと声を上げる人まで居る程だ。しかしサユちゃんはそれでも言葉を続けた。
「確かに両親が居なく、国の援助と奨学金でこの学校に通っている身です。問題を起こして退学となれば、奨学金なんて貰えず、他の高校への編入も出来ないでしょう。更に今までの奨学金も返さないといけなくなります。
 ですがどこかの企業の下請け会社の工場くらいでしたら、高校を卒業していなくても雇ってくれるでしょう。ああ、そうなれば曲がりなりにも働いて給料を貰う事になりますから、国からの援助も無くなりますね…ですがそんな事は些細な事でしょう、このような教員の下で学んで道を外すよりも幾分かましな人生ですね」
 サユちゃんのその言葉に、僕はシャナとサユちゃんがボロボロのツナギを着て、小さな体で油まみれになりながら工場で働いている姿を思い浮かべる。恐らくその光景はクラス全員が思い浮かべただろう、その証拠に、次の瞬間クラス中から殺意が湧き上がった。
 演技だと解っている僕でさえも殺意が湧くのだ、今の言葉を本気で受け取った者達がどれほどの殺意を覚えるか…それは権力を盾に横暴の限りを尽くしていた体育教師が、悲鳴を上げて尻餅を付いて後ずさるほどだった。
 僕はこの時確信した、今、今学期に作られたばかりのこのクラスの心が一つになったと。
「な、おま…貴様…きょ、教師に対して、そ、そんな脅迫紛いのことを言って、ただで済むと…」
 この期に及んで、まだそんな事を言うしぶとさは驚嘆に値する…しかしそれは死刑宣告に等しい行為だという事を、この体育教師は理解しているのか?
 そんな体育教師を、いい加減目障りだと思ったのか、シャナが行動に移ろうとする。それを察知した僕は、その直前に声を上げる。
「蹴りだ」
 絶妙なタイミングだったのだろう、シャナは殴ろうとした手を止め、咄嗟に足を出した。シャナにとっては蹴りと言うよりも、ただ足を出しただけだろう。しかしその一撃は人にとっては強烈で、体育教師の巨体は見事な放物線を描いて飛ぶと、地面に激突した後も1メートルほど滑り、ようやく止まった。
 そのギャグマンガの様な、見事な飛び具合に、全員が言葉を失っている時、僕は次の行動へと移る。抱きとめていた吉田さんを、隣に居る緒方さんに預け、立ち上がると息を吸う。そして…
「先生、急にトラックに入ってきたら危ないでしょう」
 そう大きな声で言う、突然の事態に、クラスの皆はさっきまで沸き上がっていた殺意が収まり、戸惑いを見せている。正直殺意が収まったのは勿体無いけど、アレはさすがにやばすぎる…本気でリンチに発展しかねない…
 そして僕の行動に一早く理解したのは、一番付き合いの長い池だった。
「急に入って来たら、蹴り飛ばされても仕様がありませんね」
 僕に続いて言った池の言葉に、佐藤、田中が理解して続いた。
「だよなー! ゆかりちゃん足が速いから!」
「そりゃ急にはとまれねぇわな!」
 皆を煽るように言う二人、それでようやく理解した皆が口々に言い出した。
「僕、見てましたよ、先生が平井さんの前に飛び出すところ!」
「私も!」
「あはは、センセ、カワイソ!」
「俺だって目がかすんでよ、前がよく見えなかったって!」
「交通事故みたいなもんだよな!」
 そんな喧騒の中、僕はシャナの傍まで行く。
「脅し、できる?」
 そう耳打ちすると、体操服の内側に隠れているアラストールがこっそりと言った。
「そうだな、“金を得る”ときによくやる方法でどうだ?」
「そーね、たしかに威嚇で黙りそうな顔をしている」
 笑みを浮かべて言うシャナの言葉に、彼女の普段の生活を想像してしまい、引きつった笑みを浮かべてしまう。
 そしてシャナが再び歩き出す。それだけで、クラスメートが再び静まり返る。
 その静寂は、体育教師に取って恐怖以外の何物でもなく、その顔が蒼白になる。
「丁(・)度(・)、ト(・)ラ(・)ッ(・)ク(・)の(・)上(・)に(・)い(・)る(・)わ(・)ね(・)」
 戦慄の台詞。
「ひっ、ひあ……」
 体育教師が逃げ出そうともがいた、その鼻先に、ズドン、と脚が踏み下ろされた。
 地に付けた腹をも振るわせる、その一踏みが、再び上げられる。
 目の前、しっかりと固められたトラックが、靴底型の穴を5センチからの深に空けていた。
 しかし、体育教師の恐怖はこれだけではなかった。
「そういえば、みんな持久走の途中だったよね?」
 何気ない一言のようだけど、その言葉は全員の意思を一つにするのに十分だった。なぜならその台詞を言ったのはサユちゃんだったからだ。
 彼女の台詞に、一度は霧散した殺意が、再び湧き上がる。
 この子は…どうしても集団リンチを慣行したいのか…
 そして息を合わせたように全員が一歩踏み出した。
「ひっ、ひぃっ……」
 余程怖いのか、蒼白になった顔には涙が浮かんでいる。それもそうだろう、なぜなら僕も怖い…特に天使のような顔で、この状況を作り出したサユちゃんが…だから逃げ道を用意してやる。
「先生、これからは気をつけないとだめですよ」
「分かった?」
 僕の言葉に、シャナが凶悪な笑みを浮かべて言った。
 既に恐怖の限界だった体育教師は、何度も大きく首を盾に振った。
 そして、ついでとばかりに僕が言う。
「それじゃ解散してもいいですか?」
「あ、あとは、じじ自習だ!」
 すでにこの場に居る事に限界だったのか、そう言い捨てると、腰砕けに走り去っていった。その姿に、クラス中から歓声が沸き上がった。しかし…
「ちぇ、もう少しだったのに…」
 明らかにそれとは違う呟きが…目を向けると、それは残念そうにしているサユちゃんだった。この子、ある意味シャナよりも怖い…
 とシャナの方へ視線を戻すと、追いかけようと走り出そうとしていた。それを咄嗟に襟首を掴んで止める。
「まった、追いかける必要なんてないから」
「なんでよ?」
 止める僕に対し、非難の視線を向けるシャナ。そんなシャナに対して溜息が自然と漏れてしまう。しかしそれを見ていたサユちゃんが、気付いたように言う。
「あ、そうか、追いかければいいんだ」
「だから必要ないって!」
 思わず叫んでしまう。この双子は容赦という言葉を知らない…このままでは本気で追いかけそうだと危惧するが、その前にクラスメートが歓声と共に僕たちを押し包んだ。
 クラスメート達は興奮した様子で、意味も無く叩いたり、誉めそやしたり、特にサユちゃんは今までのギャップからか、特に賞賛の声を集めている。しかしそんなクラスメートに囲まれてオドオドする姿は、さっきまでの凛とした姿が嘘の様に可愛らしかった。
 そしてクラスメートの間から、倒れた吉田さんを見る。すると丁度田中が、吉田さんを膝枕していた緒方さんから預かっている所だった。集まったクラスメートのその隙間、その少ない視野で、田中と目が合うと、田中は笑みを浮かべた後、吉田さんを連れて校舎へ向かった。恐らく保健室に行ったのだろう、吉田さんは任せておけと言う田中の気配りか。その嬉しい気配りを、有難く貰っておく。
 この時間が自習になった事で、残りの時間を皆思い思いに寛いで過ごす。僕も近くの芝生に腰を下ろして、残りの時間をまったりと過ごす事にした。すると小さな影が僕を覆った。その影にふと顔を上げると、そこには優しく微笑んでいるサユちゃん…だよね? シャナがこんな表情するわけないし…
「どうしたの? サユちゃん」
「うん、隣座っていいかな?」
 僕の言葉に遠慮勝ちに言うサユちゃん。もちろん断る理由なんてないので、小さく返事を返すと、僕の隣にちょこんと座るサユちゃん。
「それでどうしたの? さっきまで向こうで皆と一緒にいたのに」
 そう、先程の一件で、サユちゃんとシャナは一気に人気者になった。特に取っ付き難いシャナに比べて、サユちゃんは人当たりがいいのでたちまち女子生徒を中心に集まりが出来た。特に事が終わった後、おどおどしているサユちゃんを見て、あの行動がお姉ちゃんを守るために、必死でがんばったと受け取られたのが更に人気に拍車を掛けた様だ。
 だからという訳でもないけど、サユちゃんが僕の所に一人で来るのが意外だった。
「うん、そうなんだよねぇ…なんか皆私の所に集まって…」
「人気者だね」
 困った顔で言うサユちゃん、そんな姿を見て少し笑って言う。その言葉に、サユちゃんがげんなりとする。
「うぅん、人気者って言うのかな? なんか動物園のパンダの気分だよ…なぜか皆私の頭撫でてくるし…」
 うん、撫でたくなる気持ち良く解る。
「それでふと見ると坂井悠二が一人でのんびりしてるから、ちょっと坂井君の所に行って来るって言ったら、なぜか皆がんばってって言うんだよ…なんでだろ?」
 …ってちょっとまって、それって…
 気になってさっきまでサユちゃんを囲んでいた集団を見ると、こっちを暖かい目で見ていた…これは…
「サユちゃん、自分の行動や発言には気を付けたほうがいいよ…」
 これから起こるであろう質問攻めや冷やかしを想像して、一気に気が遠くなる…しかも女子生徒からは暖かい視線で済んでいるけど、男子生徒からは殺意の篭った視線が…これは冷やかしなどでは済まない予感が…
 しかしサユちゃんはそれに気付かないのか、僕の言葉に対して不思議そうに首を傾げるだけだった。その姿に思わず和んでしまう。まぁ仕方無いか、それよりも丁度良いから少し話でもしよう。
「ところでサユちゃん、さっきのだけどやり過ぎじゃない? もう少しで集団リンチだったよ…って言うか狙ってたでしょ…」
 僕のその言葉に少しむくれるサユちゃん。違ったのかな?
「狙ってたって酷いなぁ…確かに最後のはちょっと狙ったけど、でも私だって予想外だったんだよ」
「そうなの? ってか最後のは狙ってやったんだ」
「まぁ…予想外ながら皆乗ってきたみたいだから、ちょっとイタズラ心で…」
 そのイタズラ心であの体育教師はリンチされそうになったのか…なんか言ってる事はちょっとやんちゃな女の子だけど、やってる事は結構過激なんですけど…
「でも驚いたよね、このクラスの皆って結構人情家なんだね」
「え? なんで?」
「なんでって…幾らクラスメートでも、他人の境遇に殺気を出すまで激情するとは思わなかったよ。ただあの体育教師に、自分の行動が人にどういう被害を出すのか解らせて、ついでにクラス中から非難の視線を向けさせようとしたのに、皆それを通り越して殺意すら向けるんだもん…十分人情家だよ」
 ……あぁそうか、この子自分の魅力による破壊力って言うのを知らないのか…この子にとっては、イタズラで水鉄砲の引き金を引いたら、出てきたのが水じゃなくて劣化ウラン弾って所か…シャナとは違って天然で騒動を巻き起こす分性質が悪い…
 そもそもそれでこの後も女子からは冷やかし、男子からは質問攻め…で済めばいいか…そんな事になるんだ…っとそうだ…
「ねぇサユちゃん、戻らなくてもいいの?」
「戻るって…それじゃまた囲まれる事になるよ…なぜかここ安全地帯みたいだから、この時間終わるまでここに居ようと思ったのに…」
「でも皆サユちゃんが戻るの待ってるみたいだよ、ほら…」
 そう言って向ける視線の先は、僕達を暖かい目で見ている女子生徒達。本当はサユちゃんの行動を勘違いして、興味本意で様子を伺っているのだろうけど、そんな事を知らないサユちゃんには、自分が戻ってくるのを待っているように見えただろう。
「あや、本当だ…はぁ…またもみくちゃにされるのかぁ…」
 げんなりと肩を落として言うサユちゃん。シャナもそうだったみたいだけど、フレイムヘイズっていうのはやっぱり人と接する機会って言うのはないのかな?
「サユちゃん人気者だからね」
「人気者って…なんだか拾った仔犬、仔猫の扱いが適切かも…まぁいっか、いてきます…」
 そう言って立ち上がると、とぼとぼと皆の所に戻るサユちゃん。その後姿に心の中で謝罪しておく、けど自分が発端で起きた騒動の責任は、自分で負うのがいいと思うから…決してこの後自分に降り掛かるであろう被害を少なくする為じゃないから…
 皆のところに戻ったサユちゃんに、早速その中の一人が何か訊いている。その質問の意味を理解できなかったのか、サユちゃんが不思議そうに首を傾げていた。そんなサユちゃんに別の一人が後ろから組み付く。そして恐らく耳元で何か言ったのだろう、次の瞬間、遠目からでも解るくらい顔を赤くして狼狽する。やっと自分の行動が、人からどう見られていたのか理解した様だ。そんなサユちゃんにここぞとばかりに口々に囃し立てる女子生徒達。
 しかしそんな様子を見ていた僕の後ろに、ザッと誰かが立つ気配がする。不思議に思って振り返ると、そこには数人の男子生徒が居た。
「え…あの…なにか用?」
 用件はおおよそ理解できるが一応訊いてみる。しかしその纏った雰囲気は尋常じゃない。
「坂井悠二よ、我々は先の一件で一つとなった…それはあの可憐で健気なサユ嬢を、陰ながら支えようと…
 あの小さな体で、自分の姉の為に精一杯の勇気を振り絞って体育教師に抗議する姿に、我々は感銘受けたのだ…」
 精一杯の勇気って…いや、それ騙されてるから…
「それはゆかり嬢とて同じ、小さな体にミスマッチにも思える貫禄のある凛とした態度、しかし不思議とその姿は違和感なく、むしろ当然の存在としてそこにある…なぜ我々は同じクラスになって今まで気付かなかったかと、自分の盲目さに嘆いている」
 それはそうだろう、シャナが来たのは昨日だ…今まで気付けという方が無理だ…
「双子でありながら、正反対の性格、しかも文句なしの美少女…これに萌えない漢など居るのか? いや、居ないだろう! だからこそ我々は結成した! 平井双子姉妹ファンクラ…元い…親衛隊を!」
 萌えって…それにファンクラブって…
「ゆかり嬢の姿に憧れ、か弱いサユ嬢を陰ながら守り抜く! たしかにゆかり嬢ならか弱い妹であるサユ嬢を守り抜くであろう、しかしそれでも手の届かないところで我らが陰ながら守るのだ!」
 お前らどこまで妄想を爆進させるつもりだ!
「故に坂井悠二よ、先程のサユ嬢との密談において訊きたい、よもやとは思うが純真無垢なサユ嬢を言葉巧みに誘惑したのではないだろうな?」
「なんでそうなるの!?」
 思わず叫んでしまう、その後もそのファンクラブ…元い、親衛隊の尋問に逃れるので精一杯だった…それにしてもサユちゃんと一緒に居る事で、僕も安全だった事を今更ながら理解した。そして安全地帯が無くなった事も同時に理解する。
 結局はその後休まる事も無く、ぐったりとした状態で昼休みを迎えた。いつも通りおにぎりを用意すると、丁度シャナが戻ってきたみたいで、隣の椅子が引かれる音がした、その音に振り向くと、そこで言葉を失った。なぜならシャナの髪型が、いつの間にかツインテールになっていたからだ。
「…なに?」
 僕のその反応に、シャナが不機嫌な態度を隠さずに言う。
「いや…なに…それ…」
「着替えのとき誰かがやってくれたのよ」
 なるほど、さっきの一件でシャナも人気者になったからかな? まぁサユちゃんに比べて取っ付き難いから完全に打ち解けられたって訳じゃないと思うけど…
「…じろじろ見ないでよ」
「ご、ごめん」
 顔を真っ赤にしてメロンパンを頬張るシャナ。普段は近付き難い凛とした姿だけど、こういう少女らしい可愛いところもあるんだよね…ってそうすると、人当たりのいいサユちゃんの場合どうなったんだろう?
 ふと気になってシャナの隣の席を見と、既にサユちゃんがそこに座っていた。しかし小さな体を丸め、両手で頭を押さえている。そしてその顔は耳まで真っ赤になっていた。
「どうしたのサユちゃん?」
 気になって訊いてみる、するとシャナはさっきまで顔を赤めていたのとは一転して、邪悪そうな笑みを浮かべてサユちゃんを見る。
「そうそうサユ、一体どうしたのかな?」
「あうぅ…酷いよシャナぁ…」
 そんなシャナに対して涙目で訴えるサユちゃん、一体どうしたというのだろう?
「人が捕まって髪弄られてるのに、早々逃げようとするからよ」
「だからと言って呼び止めることないじゃん、おかげで私まで被害受けたんだよ…」
 つまり要約すると、シャナが皆のおもちゃ…じゃなくて髪を弄られているのを見て、自分がそうなる前に退散しようとしたサユちゃんを、逸早く見つけたシャナが、サユちゃんを道連れにしたと…それでサユちゃんも皆に髪型を変えられたんだろうけど、見たところ普通のポニーテールだ。これならさっき授業の時もやってたから別に恥ずかしがる必要は無いと思うけど…まぁ授業の時とは違って、纏めている位置が少し上になってるくらいかな?
「知らないわよ、死なばもろとも、自業自得、さっさと観念して手をどけたら?」
 シャナの言葉に恨めしそうに小さく唸りながらその手を退ける。するとその下にあった大きなリボンが、ぴょこんぴょこんと現れた。
「さ、サユちゃん…そのリボンって…」
「あうぅ…酷いと思わない? シャナの髪留めは控え目なのに、何で私のはこんな大きなリボンなの?」
 いや、物凄く似合ってるんだけどね…
「そうだ、それよりも今日も夕方まで居残りするの?」
 もう少しサユちゃんで和んで居たいけど、気になった事をシャナに訊いてみる。しかしサユちゃんは、それよりも扱いされたのが気に入らないのか、僕を睨んできた。正直その視線は精神的に辛いけど、どの道これに関して僕が出来る事は何もない。
「今日は夕刻には出るつもり、相手がちょっとでかいからこっちに有利な場所で戦わないと…おまえって放っとくとすぐに変な真似して邪魔するから、出来る限り人がいない所で待ち構えないと…」
 そんなサユちゃんとは裏腹に、シャナは何時も通りに答える。いつも通りのぶっきらぼうな言い方だけど、僕の事を考えてくれている様で少し嬉しい。
「そっか…ありがとう」
「別におまえの為じゃない、私が戦いやすいようによ」
 僕の言葉に少しムキになって言うシャナ。多分言葉通りだけど、それでも――
「それでも嬉しいから…ありがとう…」
「…ふん……」
 それっきりシャナは喋ろうとしないで、黙々とメロンパンを食べている。こうして見ると、シャナの性格も可愛いんだよね…
「……あ、あの……」
 そんな遣り取りをしていると、シャナの所に一人の女子生徒が近付いてきた。さっき体育の授業で倒れた吉田さんだ。どうしたんだろう? 吉田さんから話しかけてくるなんて珍しいけど…
「その、ゆ、ゆかりちゃん、さっき、体育の時間……あ、ありがとう」
 不思議に思っていると、吉田さんはしどろもどろになりながらもシャナにお礼を言う。その姿に僕は少し驚いた。吉田さんは引っ込み思案で、人と余り話さない。そんな彼女がシャナに対してお礼とは言え話しかけるなんて…きっと精一杯の勇気を振り絞って言ったのだろう。
「…何? 何か用?」
「えっ!」
 そんな吉田さんに対して冷たく言うシャナ…吉田さんはかなりショックを受けている様子だ…これは早い内にフォロー入れないと。
「シャナ、お礼言ってるんだから、どういたしましてくらい言えよ」
「なんでよ?」
 だめだ、フォローにならない。どうしようかと思い吉田さんを見ると、吉田さんもどうすればいいのか解らず、おどおどしていた。そして視線を手に向けると、そこにはお弁当が握られていた。
「お昼、一緒に食べる?」
「え、あ…は、はい!」
 お弁当を持っているから誘ってみると、吉田さんは少し戸惑いを見せたあと、嬉しそうに、そしてはっきりと返事をした。その時の笑顔は凄く女の子らしく、可愛かった。シャナとは違って、そしてサユちゃんとも違う。シャナはもとより笑顔は殆ど見せず、サユちゃんはどこか幼いところを残す。けど吉田さんは年頃の、女の子特有の柔らかい笑顔だった。ってなに僕は三人を比べているんだ!
「シャ…平井さんにサユちゃん、吉田さんも一緒に食べていいよね?」
 恥ずかしさを紛らわす様に、僕はシャナとサユちゃんに話しかける。しかし…
「ふん、好きにすれば」
 シャナのいつも通り愛想の無い…どころか人を突っ撥ねる様な言い方…吉田さんもその言葉に怯えている。
「私も構わないよ、吉田さんとも話ししたいし」
「あ、ありがとう…」
 直ぐに場を取り繕う様に言うサユちゃん。そんなサユちゃんの言葉に、吉田さんが嬉しそうにお礼を言う。さすがサユちゃんだ、しかし手元を見ると既にお弁当が広げられていて、三分の一ほど消化されていた。今までずっと話さなかったのは、食べるのに夢中になってたからか…
 ちなみにこのお弁当は、今朝母さんが張り切って用意したもので、当然シャナの分まで作ってある。その為、シャナは今日メロンパンを二つしか用意していない。今朝サユちゃんが、用意してもらったのだから食べなきゃ悪いと、シャナにメロンパンを控える様に言った為なのだが…それでも二つって多いと思う。まぁそう言うサユちゃんも、今朝シャナと一緒になって漉し餡の団子を買っていたのだけど…女の子って本当に甘いのが好きなんだな…
「おーい」
 そんな和みの中、吉田さんの後ろにひょっこりと現れ、声を掛けてくる池、そしてその後ろに田中、佐藤といつもの二人を加え、さらには緒方さんまで集まってくる。結局集まった八人で食べる事になり、近くの机を借りて六つ並べると、それを囲んで食べる事になった。
「ねね、ゆかりさんって中学のとき何かスポーツやってたの?」
 席に着くなり緒方さんがシャナに話しかける。たしかに気になるだろうけど、行き成りシャナに話しかけるのか…
「…別に、何もしてない…」
 いつもの愛想の無い返事だけど、それに加えて不機嫌さが加わっている。隣にいる僕はその重圧に気が重い。しかし同じくシャナの隣に座っているサユちゃんは、もくもくとお弁当を攻略中…さすがと言うべきなのか?
「へぇ、何もやってないのにあんな蹴りが出来るんだ」
 しかし緒方さんもそんなシャナの雰囲気に呑まれず、と言うよりも感じていないのか、かなり上機嫌で話しかけている。そんな緒方さんに対してシャナは言葉を返さず、代わりに僕の方をチラッと見る。その視線に、思わずビクっと体を震わす。
「アラストールと話し辛いんだけど…」
「い、いいだろ別に、たまには普通の人と接してみろよ」
「何でそんな余計な事を…」
「あれ? そういえば今日サユちゃんお弁当なんだ」
 シャナと僕が小声で話していると、急に佐藤がサユちゃんを見て言った。そういえば昨日はサユちゃん、お昼はお菓子とケーキだったからな…ってちょっと待て、今その話題はまずいのでは…
「あ、はい、今日のお弁当はさか…」
「そういえばサユちゃん、昨日自炊出来るって言ってたよね、普段から料理するの?」
「え? あぁ普段って言うわけではないですけど、時々…ですかね? 最近はちょっと料理が楽しくなってきましたから」
 そう言って笑顔を浮かべるサユちゃん。その言葉に皆関心している。よし、話題の転換は成功、このまま別の話題に誘導しよう…
「でもサユちゃん甘いものが手放せないみたいだね、今日なんてお弁当あるのにお団子用意してるようだし」
「っな、こ、これは仕方無いの! 人類にとって甘いものは、生きていく中で必要不可欠な要素なの!」
 いや、そんな力説されてもね…
「そう! そうよね! 女の子にとって甘いものは欠かせないのよ! でもそれは悪魔の囁きと同意、その誘惑に負けていると体重が…」
 サユちゃんの力説に乗ってきたのは、同じ女性である緒方さん、だけじゃなさそうだ、吉田さんもやっぱり女の子なのか、無言でコクコクと頷いている。
 そして緒方さんは一頻り言った後、深いため息を一つ、そしてサユちゃんに目を向けると…
「体重気にしなくても良さそうで羨ましいな…」
「な、それってどういう意味!」
 ボソッと呟いた一言に、サユちゃんが顔を真っ赤にして抗議する。その姿をみて小さく笑う吉田さん、それが聞こえたのか、サユちゃんが涙目で訴えると、吉田さんは慌てて謝った。
 なんか本当に和むな…今この瞬間も、どこかでトーチが消えているなんて嘘みたいだ…
「お、そうだ、甘いものと言えば…」
 突然田中が思い出した様に言うと、一つの包みを取り出す。それは厚紙で組まれた、ケーキの包みだった。
「あれ? これって駅前のケーキ専門の喫茶店、ルキナのケーキじゃない、ここって凄く美味しくて人気のお店なのよ…どうしたの?」
 包みに描かれたロゴを見るなり、緒方さんがそう言った。そんなにも有名なケーキなんだ…こう言ってはなんだが、田中がそんな物を持ってくるなんて意外と言うよりも、違和感がある…
「いや実は昨日、サユちゃんのチーズケーキ落としちゃって、お詫びに買ってきたんだ…店は佐藤に教えてもらったけどな」
 なるほど、納得…そしてその言葉を聞いたサユちゃんは、一気に目を輝かせた。しかし気のせいだろうか、話を聞いた瞬間頭のリボンがピクっと動いたように見えた…あれってリボンだよね…
 ふと気になってシャナの方を見る。するとその視線に気付いたのか、シャナが小さな声で言った。
「サユは無意識にリボンに存在の力を流してるみたい、本来は服の強化とかをするのだろうけど、無意識だからサユの感情で動いてるみたいね」
 …なるほど、器用な子だ…改めて見ると、余程そのケーキが楽しみなのか、ケーキの包みを見ているサユちゃんの頭の上で、リボンがぴょこぴょこと動いている…って動いて?
 ふと気付いて慌てて皆を見ると、予想通りと言うか、サユちゃんの頭の上で動いているリボンを注目していた…
「ね、ねぇサユちゃん…それって耳?」
 全員が言葉を失っていた状態から、池が率直な意見を言ってきた。しかし当のサユちゃんは無意識のため、自分の頭の上のリボンが動いている事など知る由も無く、不思議そうに首を傾げる。そして一時的に動きを止めるリボン…本当に感情とリンクしている…
「い、いや…なんでもない…」
 池がサユちゃんに聞いても答えが返ってこないと解ると、それ以上訊くのを諦めた様だ。
「そうですか…それよりもこれって食べていいの?」
 そしてまたリボンが動き始める。
「あ、ああ…サユちゃんに買ってきた物だから、食べていいよ」
「ありがとうございます」
 田中の言葉に笑顔で言うサユちゃん。それと同時に動きが大きくなるリボン…
「あぁえっと…そうだ、ゆかりさん運動神経いいから部活とかやってみれば?」
 ケーキを満面の笑みで食べるサユちゃん。その上で動くリボンの事は、そういう物だと無理矢理認識してスルーすることにしたのか、池が話題を変えてきた。
 その池の言葉に、シャナは無愛想な表情をするだけ。
「あ、いや…ゆかりさんは放課後とか忙しいんだよ…ね?」
 慌てて取り繕う。シャナもサユちゃんみたいに皆と打ち解けるとまでは言わないけど、せめて普通に会話して欲しい。
「さ、坂井君は、ゆかりちゃんの事、色々知っているんですね…」
 吉田さんのその言葉に、僕は途端に恥ずかしくなる。たしかにその通りと言えばその通りだろう、平井ゆかりをシャナとして知っていると言う事に関しては…けどシャナの事に関してはそれほど知っている訳ではない。
「そ、そんなに特別仲が良いて訳じゃ…」
「いや、いいぞ」
「うんうん、いいな」
「いいって、絶対!」
 しかし池たちにとっては違うのだろう、口々に僕の言葉を否定した。
「だって今朝三人で登校したしね」
 そして最後に緒方さんが爆弾を投下する…その言葉は本気でまずい…
 僕が慌てて話題を変えようと、何か無いかと思考を巡らす、しかし代わりとなる話題が出てくる前に…
「あ、それは当然です、私たち昨日から坂井君の家に寝泊りしてますから…」
 爆弾を爆発させる一言、その言葉は上機嫌でケーキを食べているサユちゃんだった。その言葉に静まり返る教室内…サユちゃんは自分がした事を理解してないのか、その光景を不思議そうに見ている。そして…
『な、なにぃぃぃぃぃぃぃっ!』
 爆弾爆発…その瞬間、サユちゃんのリボンが逆立った。
 ああ、僕の努力が全て消え去った…一時は上手く行ったのに…
「ちょ、ちょっとまて坂井! どう言う事だそれは!!」
 田中が眼前まで迫って言う。見ると教室中が僕を注目していた、その視線は色々だが、殺意が一番大きいと言っておこう…
「ちょっとまって、誤解していると思うけど、それに関しては昨日用事があって家に来た二人を、母さんが気に入ってそのまま泊めただけで、深い意味はない!」
 これで何とか鎮圧できればいいけど、もし二人が家に住む事になっているが知れたらどうなるか…
「ねぇちょっと待って、そうすると今朝サユちゃんの様子がおかしかったのって…」
 っな! ちょ、緒方さん、それはちょっとまったぁ! それこそ待って!! これは絶対に誤魔化さないと命が無い!
 そう切羽詰った状態でふとサユちゃんを見る。するとサユちゃんのリボンが一瞬ピクンと跳ね上がった。これってもしかして何かイタズラ思いつきました?
「ああ、それなら事故です」
 え? ほ…助かった…そうだよね、幾らなんでもサユちゃんだって知られたくない事だし…
「ただ単に、出会い頭にぶつかって、坂井君が私を押し倒しただけですから…」
『なんだとぉぉぉぉぉぉっ!!』
 ……この子あくまだ……
「ちょ、ちょっとサユちゃん」
 僕は慌ててサユちゃんに小声で話し掛ける。するとサユちゃんはむくれた顔をすると…
「別に私が忘れてって言ったにも関わらず、今朝坂井悠二が思い出してニヤニヤしてたのを根に持った訳じゃないから」
 そう言ってぷいっと顔を背ける。確かにそれは悪いとは思うけど、でもこの仕打ちはあんまりじゃ…
 そう思っていると、サユちゃんが顔を戻して睨んでくると。
「それともここで本当の事言いますか?」
 顔を真っ赤にしてそう言う…それを言われたら僕には何も言えなくなる…サユちゃんにとっては僕を少し困らせようとしただけかも知れないけど…
 僕の両肩に手が乗せられる。振り返らなくても、それが何者かは解る…
「さて、坂井悠二よ、詳しい話を聞かせてもらおうか?」
 先程体育の授業で知り合った親衛隊の人たち…そのままずるずると引き摺られていく、その光景を不思議そうに見ているサユちゃん…
 お願いだから理解して、君がイタズラで仕掛けた爆竹は、核爆弾だと言う事に…
 この天然悪魔っ子の騒動に、トーチとして消える前に消されそうな予感がするのはなぜだろう…もしかしたら、トーチとして消えて行くのは幸せな事かもしれない…



 放課後、なんとか僕は消えずに済んだ、あの後何とか事態を理解できたサユちゃんがフォローに来てくれたからだ…この時はサユちゃんが天使に見えた…
 そして放課後になると、僕とシャナは当初の予定通り直ぐに学校を出て、町へと行く。フリアグネを待ち受けるためだ。
 本来ならサユちゃんも一緒に来て欲しかったんだけど、なぜか僕たちよりも先に教室を出て行った。シャナはそんなサユちゃんにお構いなし、仲が良くなったと思ってたんだけど違うのかな?
「ねぇシャナ、フリアグネって奴かなり強いんだろ? ならサユちゃんと一緒に行動した方がよくないか?」
 市街地へと向かう途中、御崎大橋を歩いているところでふと疑問を投げかける。
「無理よ」
 返ってきた答えはあまりにも淡白な言葉だった。
「なんで? サユちゃんと仲悪いってわけじゃないでしょ?」
「仲が良い悪いの問題じゃないの、フレイムヘイズっていうのは、個々の理由で戦ってるの。
 あの子だってそう、今回は利害が一致してるから共闘しているけど、もともとサユにも目的があってここに居る、多分今はその目的の為に行動しているんでしょう…
 だからその目的を邪魔するような事はしたくない、もちろん何かあったら助けてあげるけどね」
 何時もの勝気な笑みを浮かべて言うシャナ、やっぱりサユちゃんの事気に入っているんだな、傍から見たら本当に姉妹の様だから。
「でもサユちゃんの目的ってなにかな? 手伝う事って出来ないの?」
 気になった事が自然と口から出た、共闘関係にあるのなら手伝ってあげてもいいと思うし…
「手伝えるかどうかは解らないけど、サユの目的は多分宝具よ」
「宝具って…」
 それじゃ僕の中の宝具を…
「安心していいわ、サユの目的の宝具はお前の中身じゃないから。
 もしそうなら、サユは私と共闘なんてしないでその中身を取り出そうとするでしょう、そうなったら私とサユは戦う事になるでしょうね…
 サユ見てて解るでしょ? あの子馬鹿が付くほど正直な性格よ、いずれ戦うような相手と寝食を一緒にするとは思えない」
 あ、それは良く解る…あの天然は演技じゃない…
「それに私はサユと戦いたくは無い、あの子の事を気に入っているって言うのも理由の一つだけど、一番の理由は…勝てるかどうか解らない…いえ、勝てそうもないからよ…」
 その言葉に僕は耳を疑う。あのシャナが、常に勝気に溢れ、その雰囲気で他者を圧倒するシャナが弱気になるなんて…
「サユちゃんって、そんなに強いの?」
「お前、昨日サユがした事理解出来たんでしょ? ならサユがどれだけの力を持っているか解らない?」
 いや、そんな事言われても…僕にはただ凄いなぁとしか解らなかった、それよりもシャナの剣技の方が凄いように思える。
「無駄だ、こやつは自在法を理解出来ているわけではない、故にアレの自在式がどれだけ膨大なものか理解できはしないだろう」
「そうね、それもそうだった…」
 アラストールの言葉を呆れた様子で肯定するシャナ。確かに僕は自在法なんて、RPGゲームの魔法のような物としか理解してないけど…
「そ、そんなにも凄い事だったの?」
「そうよ、正直私はそっちに関しては専門外だから詳しくは解らないけど、それでも桁が違うって言うのは解る」
「この子の言う通り、我とてあそこまでの自在式はめったに見ない…恐らく自在師としては今現在のフレイムヘイズの中では十指に入ってもおかしくないだろう。
 更に言えば、結界系の自在法ならサユ以上の者はいないかもしれない」
 アラストールが言うのならその通りなんだろう、そんなにも凄いなんて思わなかった…でも…
「正直そんなに凄い子には見えないんだけど…」
「…その意見には同意するわ…」
 あ、やっぱりシャナもそう思ってたのか…そうだよね、普段のサユちゃん見てるとね…
「でもどうしてそこまで言い切れるの? サユちゃんの力って昨日一度見ただけでしょ?」
「二度よ…」 シャナが間髪入れずに訂正してくる。でも二度って…
「気付かなかったの? フリアグネが襲ってきた時、サユは爆発から身を守る為にレギュラーシャープを作り出してたのよ」
「作り出すって…」
「それがサユが契約した王の力だ」
 アラストールが僕の疑問に答えるように言ってきた。
「サユが契約した王の真名は『贋作師』、その力は一度見た宝具を贋作する事が出来る。しかしその能力は契約者であるフレイムヘイズが使うのだが、その能力は扱いが難しいのだ…その為今まで『贋作師』は自分に合うフレイムヘイズを見つける事が出来ずにいたのだ」
「それじゃぁサユちゃんは…」
「うむ、恐らく初めて『贋作師』の能力を使いこなす事が出来たフレイムヘイズだ」
 そうなんだ…それでレギュラーシャープ、たしかフリアグネの燐子が使っていた宝具、それを見て贋作したのか…って
「それじゃぁサユちゃんは、昨日襲われた時、初めて見た宝具を行き成り贋作して使ったの?」
「そう言うことよ、でもサユの凄いところはそんな事じゃない。
 アラストールに聞いたんだけど、贋作した宝具って言うのはオリジナルよりも強度が落ちるの、それもテイレシアス、『贋作師』の能力が扱い辛い理由の一つなんだけど、サユはそれを補う為に、贋作する過程で宝具に自在式を組み込んでいるの」
「それってそんなに凄い事なの?」
 僕のその言葉に、シャナが苛立ちに震える。もしかして変な事言った?
「宝具って言うのはね、例えるなら完成された芸術品、ゴッホ、ゴーギャン、ピカソなどが描いた絵画の様なもの。
 サユがやっている事は、そこに更に筆を入れて別の作品を作っている事なの!
 こう言えばあんたでも少しは理解できる?」
「は、はい、解りやすい説明に感謝します」
 僕を睨んで言うシャナに対して、出せる言葉はそれだけだった。
 けどそう例えられると、サユちゃんの凄さは良くわかる。そんな事誰も出来ないだろう…
「ふむ、この子の例えは的を射ているが、全ての宝具が名画と言う訳ではない、レギュラーシャープは元々はただのトランプを存在の力で宝具にしたものなのだしな…
 しかし昨夜結界で使われた宝具は違う、アレの元は解らぬが、名画に例えても可笑しくない宝具だったはずだ」
 なるほど…たしかに凄いと言うのは良く解るけど…
「でもそれが何でシャナが勝てそうにない理由になるの?」
「呆れた、ここまで言ってまだ解らないの? 今のでサユの技量の高さって言うのは良くわかったでしょ? そんなサユの奥の手が、アレだけだと思う?
 そもそも、テイレシアスの能力は、記憶の中にある宝具の贋作! 幾つ奥の手を持っていてもおかしくない。
 昨日サユは私と戦ったら勝てないって言ってたけど、サユはその後に『一点特化してしかも戦いなれている相手には相性が悪いから』って言ってるの。
 つまりそれは前提条件として、相手の得意な戦闘へと持ち込まれた場合…私の場合は正面からの力比べになるけど、たしかにそれに持ち込む事が出来れば、十中八九私が勝つ、けどね…それを易々とさせてくれるとは思えない…
 正直こんな弱気になるなんて私らしくないとは思うけど…サユの力って不気味なの…」
「不気味って?」
 僕の言葉に、シャナは少し迷うように口を閉ざす、そして徐にその口を開いた。
「…サユからは他のフレイムヘイズや王のような、威圧感や存在感って言うのを感じないの」
「感じないって…でも昨日僕はサユちゃんから、人と違う存在感を感じたけど…」
 そう、確かにあの気配を消すブレスレット、アレが無くなったと同時にソレは感じた。
「それはだた単に、人と紅世の王の存在の違いを感じただけでしょ?
 問題はその存在の感じ方よ…まるで凪ぎの大海のような…サユの性格が穏やかって言う訳じゃないの…もっともあの子の場合、穏やかと言うよりも、賑やかって言った方が適切かもしれないけど…
 まぁそれはいいとして、普通は気性が穏やかでも、フレイムヘイズから漏れる力って言うのは、他を押し包むような存在がある…それが力と言うものだから…
 けどサユから感じる力っていうのは凄く穏やかなの、でもそれは本来ありえない事なのよ」
「ありえないって、なんでなの?」
 フレイムヘイズの事はまだ良く知らないけど、そこまで断言する事なのだろうか?
 その僕の疑問に答えたのはアラストールだった。
「その事を説明するのなら、まずはフレイムヘイズの力について教えなければなるまい。
 フレイムヘイズの力として炎の顕現がある、これはフレイムヘイズになれば自然と身に付くものなのだ。
 なぜなら己が持つ感情を吐き出す事によって自然と形となる自在式だからだ。つまるところ、フレイムヘイズの炎は自身の心の現われだ。
 そのためフレイムヘイズから湧き出る力は、自然と他を押し包むほど強い物になる」
「なのにサユは私たちと始めて会ったあの日、炎の羽を出して飛んでいったでしょ?
 あの時でさえサユから感じる存在の力は変わりなかった…まるで感情から出ていると言うよりも……」
 そこまで言ってシャナは考え込む様に押し黙った、僕はシャナが次の言葉を話すまで待つ。そしてそれは、それほど待たずに来た。
「自分でもおかしな考えだと思っているけど、まるで感情ではなくて、体が炎を出す事を知っているような感じだった…」
「それって?」
「解らないわよ、言った私だってこんな例え馬鹿らしいと思うくらいだし…」
「ふむ、体が炎を出す事を知っているようなか…」
「どうしたの、アラストール?」
「うむ、我が感じたのは、生まれた時からフレイムヘイズだった様な…炎の顕現も、赤子が立ち上がったような自然さを感じたのだ」
 アラストールのその言葉に、シャナが酷く驚いた。しかしそれも一瞬の事で、直ぐに落ち着いく。
「確かにアラストールの言うとおり、そう考えた方が自然かもしれない、けどそうするとますます解らなくなるわね…これ以上考えても答えなんて出ないしまぁいいわ…」
 直接サユちゃんに聞いたらまずいのかな? と言う意見は飲み込む事にした。なぜか話すたびにシャナの機嫌を損ねているようだからだ。
「まぁ今サユの事あれこれと考えても仕方ないわ、それよりも今はこの町よ…」
「この町がどうかしたの?」
 シャナが考えるのを止め、御崎大橋から町を眺める。僕はその隣に立つと、シャナの様子を見ながら訊いた。するとシャナは直ぐに答えてくれた。
「この町、トーチの数が多すぎるのよ、フリアグネ一人が食べたにしては多すぎる…
 ここまでの数になるにはこの町に定住でもしないと無理、けど普通の徒はそんな事しないの、これだけトーチの数が多くなれば消えた時の歪みも大きくなる。そうすれば自然とフレイムヘイズが集まってくるからね…」
「するとフリアグネは、フレイムヘイズに見つかるリスクを犯してまでこの町に定住している…この町に何かあるのか、それかこの町で何かしようとしているのか…」
「へぇ、お前にしては鋭いね…フリアグネは沢山の宝具を持っている、多分その辺りも関係していると思うの」
「そっか、それで結局どうするの?」
 僕は御崎大橋の手摺に肘を乗せ手を組むと、そこから見える真南側と町を眺めながら言った。
「相手のアクション待ち、暫くここに居て、日が沈んだらお前の家で待ち構える。
 あそこならサユが作った結界があるから、待ち構えるのに最適だしね…」
「そっか…」
 僕はそのまま町を眺める。
「…こうやっている間にも、誰かが食われたり、忘れ去られたりしているのか…」
 暫くして何気なく口から出た言葉、今まで知らなかったこの世界の本当の事…
「そうよ、それがお前の知った『本当の事』…どう、怖くなった?」
「もちろん怖いよ…でも…」
 シャナの言葉に僕は不思議と恐怖は感じなかった、そう、これは…
「どこかすっとした…」
 諦めとかそんなんじゃない、今まで気付きもしなかった靄がすっと消えた様だ…そんな事を考えていると、シャナが不思議そうに僕を見ていた。
 その視線を真っ直ぐに受け止めると、自然と笑みが零れた。
 するとなぜかシャナは視線を逸らしてしまう。
「どうしたのシャナ?」
「なんでもない」
「なんでもないって…顔赤いけど…」
「う、うるさいうるさいうるさい!」
「…なにをそんなに怒ってるんだよ…」
「怒ってないったら怒ってない!」
 …やっぱり怒ってるじゃないか…そうは思うけどこれ以上押し問答を繰り返しても意味が無いのでそのまま黙る事にする。
 そうして無言のまま一時間ほど過ごすと、シャナが黙ったまま歩き出したのでそれに付いて行く。
「なぁシャナ、どこに行くんだ?」
「メロンパンを買いに行くの、今日は二つしか食べてないから」
 そうですか…シャナもサユちゃんも偏食だなぁ…
 そんな事を考えながら、無言ですたすたと歩くシャナの後ろを付いて行く。その間辺りを見渡すと、確かにトーチの数が多い、古いもの、新しいものと言うのも良く見ればわかる…けどその一つ一つが鼓動していて、まるで心臓を見ている様で気分が悪くなる。
 その事を訊こうと口を開きかけたとき、今まで無言で歩いていたシャナが急に立ち止まった。
「どうしたんだ、シャナ?」
 不思議に思って訊いてみるものの、シャナはその問いには答えずにある一点を凝視しているようだった。その視線の先を目で追ってみと、そこにはサユちゃんが居た。
 駅に近い商店街、その道を挟んだ向こう側に居るサユちゃんは、どうやら男性に声を掛けられている様子で、なにやら話をしている。しかしその男性の格好は妙だった、三十台ほどの男性で、身につけている服は神父服…この近くに教会なんてあったっけ?
 それにしても神父がサユちゃんに何の用があるんだろう?
「お前、気付かないの?」
「え、なにが?」
 突然掛けられたシャナの言葉に、訳が解らず聞き返してしまった。
「バカよく見て、あの男、感じる気配は微弱だけど、間違いなく紅世の徒よ…そう言う宝具を使っているのか、それとも自在法なのかはわからないけど、間違いない」
 シャナに言われて改めてサユちゃんに話しかけている神父を見る。すると確かに僅かだけど人とは違う何かを感じた…でもあれはフリアグネじゃない…
「な、なんで…この町に二人も徒が居たの?」
「みたいね…問題はこれが偶然か、それともフリアグネと組んでいるのか…」
 そんな事を話していると、その徒はサユちゃんと一緒に歩き出した。先を行く徒に、サユちゃんが後を付いて行く。
「ど、どうするの?」
「後を追うに決まってるでしょ、最悪あの徒とフリアグネ…二対一でサユが戦う事になりかねない…」
「う、うん、そうだよね…」
 幾らサユちゃんが強いと言っても、二対一で勝てるとは思えない。シャナと一緒に駅の方へと歩くサユちゃんを追いかける。
 そしてその先で僕とシャナは二人一緒に声を失った、あのアラストールでさえ何も話せなかった。



「っ……」
 私は今、目の前の強敵に声も出せないで居る。これほどの強敵に会ったのは初めてだ…
 フレイムヘイズになって間もないと言っても、それでも何度か死線を潜り抜けている。いや、フレイムヘイズになる前でも死線は潜っている。
 しかし今、フレイムヘイズとなった事で契約した王、テイレシアスの力を最大限に引き出しても、目の前の存在には届かない…
「……サユよ…」
「解ってる、ちょっと黙っていて」
 声を掛けてきたテイレシアスの言葉を遮り、目の前のモノに意識を集中させる。そこまでしないとこれには勝てない…
 テイレシアスの能力、贋作の最も重要なのは贋作する過程だ。
 テイレシアスの贋作は、まずモノの存在の力を読み取る。そこから得た情報から贋作を作り上げるのだが、宝具の贋作においては、それだけでは足りない。
 宝具に含まれている固有の能力、それは実際にその宝具を発動させ、その存在の力の流れを見ないと読み取れない。
 そしてそれらの情報には、それを作り出した技術、それを使った経験が含まれている。なぜならそれらの存在の力があって始めて今ここにそのモノが存在しているからだ。
 その力を私は今まで最大限に使ってきた、それは今でも変わりはない。けどそれでもこれには届かない…歯痒い思いを抱えながらも、私は意を決して右手に持つホークをそれに突き立てた。
 綺麗にデコレーションを施されたクリームが押し潰され、その下に隠されたスポンジを割く感触がホーク越しに伝わる。そして一口大に割かれたケーキを口に運ぶ。
 途端口の中に広がる至福の味わい…そう、悔しいけど幾らテイレシアスの力を引き出しても、私にはこの味を作り出す事は出来ない…それだけが非常に悔やまれる…これこそ人類が生み出した至高の宝具…
 っごす!
 ……なんで…なんでこう人が幸せの絶頂って言うときに頭が割れるように痛いの?
 私は痛む頭を両手で押さえながら、その原因があると思われる方、私の後ろを振り向く。そこには拳を震わせているシャナが居た…
「うぅ…酷いよシャナぁ…今朝の事といい、なんで人が幸せの一時を味わっている時に殴るの?」
 喋った拍子に銜えていたホークが落ちたけど、それは気にしない。
「さ、さぁゆぅ~」
 え、あの…なんか怖いんですけど…
 睨んで滲み寄って来るシャナから逃げようとするけど、椅子に座ったまま振り向いた状態では無理だ、そもそも喫茶店の固定された長椅子に座っている状態のため一度立たなければ動く事なんて出来ない、そしてそれを許してくれるほど、目の前に迫った鬼は優しくはなかった。
 私が立ち上がって逃げようとする一瞬先に、シャナの手が私の顔へと伸び、その手は私のほっぺたをむぎゅっと掴む。
「人が心配して後を追ってきたっていうのに、暢気にケーキを食べているってどういう事?」
「ひた、ひたひひょひゃにゃぁ~」
「ほう、たしかそちらは『炎髪灼眼』か、随分お転婆のようだな」
 私をここまで連れてきた徒が、シャナを見てそう言った。その言葉に、シャナは私のほっぺから手を離し、徒を睨みつける。
「あんたも一体何のつもり? サユをこんな所まで連れてきてどうするつもりよ」
「なに、私はただ話をしたかっただけだ、あと勘違いをしているようだが、この場所を指定したのは、そちらのお嬢さんなのだがね…」
 徒の言葉にシャナは私を睨む。
 でも仕方ないじゃないか、『話をしたいから何処か落ち着ける場所に行こう、もちろんその場の代金は払う』なんて言われたら…
 ちなみにこの場所は駅前のケーキ専門の喫茶店『ルキナ』、お昼に食べたあのチーズケーキの味が格別だったため、他のケーキも食べてみたくなったのだ…
「それよりも一緒にどうかね? この話は『炎髪灼眼』にも関係がある…もちろん君の分の支払いも私が持とう。
 ただそちらのミステスは私が誘ったわけでは無いから、君の分は自分で払って貰うけどね」
 うわぁフェミニストな徒って始めて見た…
 その徒の言葉に対してシャナは、やや憮然とした態度で私の隣に座る。けど私は見逃さなかった、そんな『納得がいかない』見たいな態度を取っていても、視線はちゃっかりケーキに向いていた事を…結局シャナは私と同類じゃないか…
 そして私を挟んでシャナの反対側に、坂井悠二が座った。徒が前に居るためか、緊張した様子で徒を見ている。
 まぁ徒と同じ席に座ると言うだけで、かなりの度胸が必要だろう。ふと私は坂井悠二から視線を外す。そこにはクリアスタンドに挟まった一枚のPOP…
「それで、話っていうのは…」
「うわぁ新作のチョコレートケーキ? おいしそぉ」
 クリアスタンドに挟まったPOPを見て思わず出てしまった声は、シャナの言葉を遮ってしまった。そのためか、こめかみに青筋を浮かべたシャナが視界の片隅に映るが、私の意識は既にチョコレートケーキに移ってしまっている。
「興味があるのなら遠慮しないで頼みたまえ、最初に約束した通りに君たち二人の支払いは私が持とう」
「ホント!? じゃぁ店員さんいいです…」
 っご!
「…ひどいよ、痛いよ…同じ所ピンポイントだよ…」
 私の言葉は最後まで出ず、その前にシャナの恐拳によって遮られた…頭のてっぺんから突き抜けるような痛みに耐え切れず、私はテーブルに突っ伏す。
 ズキズキと襲ってくる痛みに、涙を流して耐えていると、急にその痛みが和らぐ。不思議に思って目を開けると、隣に座っている坂井悠二が私の頭を撫でていた。それが妙に心地よく、安らぐ…ってぇなに過去の自分に頭撫でられて和んでいるの! あ、でも痛みが引いてきた…なんか気持ちいいし、まぁいっか…
「まったく、暢気にケーキ食べてる時じゃないでしょ!」
 私を睨んで言うシャナ、でもシャナだってケーキを気にしているくせに…
「別にいいじゃん、食べてもいいって言ってるんだから…いいよ、シャナが食べないなら私がシャナの分まで食べるから…」
 そう言ってさっきのケーキを口に運ぶ、ホークが床に落ちてしまったため手掴みで直接かぶり付く。私が食べ始めた為か、坂井悠二が撫でていた手を退けてしまった。ちょっと名残惜しいけど、口の中に広がる至福の味わいに満たされたから満足。
「なっ! べ、別に私は食べないって言ってないじゃない!」
 そう言ってモンブランに手を伸ばすシャナってぇ
「あぁそのモンブラン凄く楽しみにしてたのに!」
「うるさいうるさいうるさい! まだ他にあるんだからいいじゃない!」
 確かにシャナの言う通り、テーブルには十種類のケーキが並んでいるけど、でもこれは私が全部食べるつもりだったのに!
「散々文句言ってたのに、人の横取りしないでよ! ってかシャナは何時も通りメロンパンをカリカリモフモフしてればいいじゃん!」
「今この場の何処にメロンパンがあるの! 今はメロンパンじゃなくてケーキ! あ、これも貰うから」
「あぁ! ティラミスまで…鬼! 悪魔! なんて無慈悲なの! シャナがそんなのだとは思わなかった!」
「そこまで言われる所以はないわよ! って言うか、一人でこれだけのケーキを独占しようとするのが間違いでしょ! って言ってる傍から片っ端から自分のところに寄せるのは止めなさいよ!」
「いいじゃない、せっかく人が一つ一つ味わおうと思って厳選したんだよ! これ以上は絶っ対に渡さないんだから!」
「っく、いいわよ、だったら…追加注文! ミルフィーユ・グラッセとプリンアラモード、チョコレートボンブにカスタードと生クリームのダブルシュークリーム!」
「あ、後この新作チョコレートケーキとホーク落としちゃったから代わりお願いします!」
「……似たもの姉妹……」
 なんか坂井悠二の呟きが聞こえたような気がするけど今は無視! 直ぐに持ってこられた新しいホークを右手に、私は並み居る強敵に視線を送る。
 テイレシアスの力で、目の前のケーキ一つ一つの存在を読み取っていく。材料、この存在に到るまでの工程、そこに含まれる技術…どれを取っても一級品だ…これを私の技量で再現できるか…答えは否…やはり強敵だ…
 悔しい思いを抱えつつも、ホークで次々とケーキを口に運ぶ。うん、やっぱり美味しい。
「サユよ、俺の力をこんな下らない…」
「うるさい、黙って…」
「………」



「さて、それじゃぁ話して貰うわよ…」
「そうだな、そろそろ本題に移ろう…その前に…小さい体に似合わない見事な食いっぷりだったな…」
「う、うるさいうるさいうるさい!」
 徒のその言葉に、顔を真っ赤にして言うシャナ。たしかに改めてそう言われると恥ずかしい…目の前には私とシャナが完食したケーキのお皿が30枚ほど、それをウエイトレスの人が片付けていた。
「ふ、まぁいい、ではまずは自己紹介と行こうか…」
「そうね、私はまだ貴方の名前聞いてないから」
「それなら私もだけど…」
 シャナの言葉に思わず私の口から出た言葉、その言葉を聞くと、シャナは私を睨む。
「あんたは…名前も知らない徒にほいほい付いて行ったの?」
 あう…べつにいいと思うけど…だめ?
「また話が逸れるのかね?」
「続けて…」
 徒の言葉に苛立ちを抱えたまま言うシャナ…怖いよ…
「では続けよう、私の名前はニムロデ、真名は『偽宗創』…」
「何だと! 貴様がアノ…」
「知ってるの? アラストール」
 驚くアラストールに対して疑問を投げかけるシャナ。名前を聞くだけでアラストール驚くなんて、一体どんな徒なんだ…いや、もしかしたら王なのか…
「我とて話に聞くだけだ…恐らくフレイムヘイズ側でこやつと会った事があるやつは居ないだろう…
 『偽宗創』ニムロデ…一応『王』とされている紅世の徒だ…」
 やっぱり王か…でもアラストールの物言いに少し引っかかる。
「ねぇ、一応とか、フレイムヘイズ側では会った人がいないってどういう事?」
 私はその疑問を率直に投げかけた。その答えは私の胸元から返ってきた。
「こいつは乱獲者側でありながら、一度もフレイムヘイズと争いを起こした事がないのだ…俺もサユに会うまではこの世界に干渉する事は殆ど無かったが、それでも噂だけなら聞いている…そして一度も戦った事がない、言い換えればどれほどの力を持っているか解らない、しかしその危険性から『王』に分類されている徒だ…」
「それってどういう事?」
「『王』と言うのは単なる括りだ、実際に紅世に王族なんて居るわけではない、徒の中でも取り分け力の強いものを『王』と呼んでいるに過ぎない…
 その為どれほどの力を持っているのか解らない彼奴は、通常なら徒として扱われる…しかし先程『贋作師』が言ったように、彼奴の危険性は高く、その為『王』として分類しているのだ…」
 坂井悠二の疑問にアラストールが答えた。しかし噂だけで王と言われる危険性って一体…
「ふ、まさかかの有名な『天壌の劫火』に賞賛されるとは…光栄だな…」
「ふざけるなよ、貴様、『狩人』と組んでこの地に混乱を巻き起こすつもりか?」
 二人のフレイムヘイズを目の前に、一向に悪びれる様子も無く言うニムロデ、そんなニムロデの様子に声を荒げて言うアラストール。それよりも…
「混乱を巻き起こす…ね…どうやら貴方が噂だけで王と言われる所以はそこみたいね…
 フレイムヘイズ側では見たものは居ないのに、王と言われるほどの確信を持った噂…とすると略奪側の間ではかなり広まっているようね…
 それと、アラストールが混乱を巻き起こすって言ってたけど、ただのって訳じゃなさそうね…貴方の真名から推察するに、徒党を組んでの戦争って所かな?」
「ほう、『贋作師』のフレイムヘイズは、今まで碌に力を扱えず代替わりが早いと聞くが、今回のフレイムヘイズはなかなか賢いようだな…」
「ふん、当然だ…サユの次の代など恐らく現れないだろうな…」
 む、そう言う褒め方は恥ずかしいよ…
「ま、まぁそれはいいとして、貴方の噂の内容を詳しく聞きたいけど、本題はそれじゃないでしょ?」
「ふふ、そうであったな…まぁ本題といってもそう長い話にはならないが、まず今回私と『狩人』は共闘関係にある…と言ってもただお互いを利用しているだけだがな…
 それでここからが本題なのだが、恐らく近い内に『狩人』からダンスパーティーの誘いがあるだろう、もちろん私も出席する…そして私はダンスの相手に白銀の討ち手を指名する」
「…つまりはシャナとフリアグネ、私と貴方で一対一で…って言う事?
 共闘関係にあるのなら、今日みたいに私とシャナが別行動している時に、二対一で戦えばいいでしょ?」
「これはまた奇妙な事を言う、二対一で踊るダンスなんてあるのかね? あるとしたら聊かエレガントさに欠けるとは思わないか?」
「……それ、本気で言ってるの?」
「無論…」
 こいつ、何処までが本気で何処までが冗談なのか解らない…本当に本気で言っているのだろうか?
「ふ、そのような愛らしい顔で睨むな、和んでしまうではないか…」
 っぐ…この…今ここで私が持つ最大の破壊力を持った自在法で消し飛ばしたい…
「ふむ、なかなか表情豊か…いや、感情豊かと言ったほうが良いか…どちらにせよ見てて飽きないな…」
 む、どう言う事だろう、それは…
「ずっと見ているが、なかなか興味深いな、そのリボンは…」
 っな、なんでリボンなの!? ってかよくよく見ると、ニムロデの視線は私の頭の上、リボンを見ている。ってぇなんで紅世の王がリボンに興味持つの!?
 ふと隣を見ると、坂井悠二も私のリボンを、何か微笑ましい物を見るように見つめている。
 あうぅなんだか急に恥ずかしくなった…
 慌ててリボンを両手で押さえて縮こまる私。だけどシャナはそんな私を見て、笑いそうな表情をしている。
 うぅ…人見て笑いを堪えるって凄く失礼だよ…
「ふ、さて、思わぬ所で楽しめたし、私はそろそろお暇しようか…」
 楽しむなぁ! 
 私は席を立って店を出ようとするニムロデを、精一杯睨みつける。
 うぅ紅世の徒にまでこの扱い…酷いよ…
 でもちゃんとケーキの代金を置いていくのは歓心する。
「むぅ、なんかこのリボンつけてから、皆からからかわれている様な気がする…これ取ろうかなぁ…」
「あら取るの? せっかく似合っているのだから勿体無いわよ」
 不貞腐れる私を見て、シャナが笑みを浮かべて言う。明らかに面白がってる!
「だからからかわないでよ、シャナだってそのツインテールが似合ってるって言われると恥ずかしいでしょ?」
「あらそう? ありがと」
 なんか笑みが邪悪になってる…なんでそんなに余裕なの! お昼は顔真っ赤にしてたくせにぃ!
「でも本当に似合ってるよ、凄く可愛いと思う」
 そう言って私の頭を撫でてくる坂井悠二。うぅそう言われるとちょっと嬉しいかも…あ、撫でられるの心地いいなぁ…
「まぁ確かに似合ってるって言うのも、可愛いて言うもの本当だけどね」
 む、シャナが改めてそう言ってくるなんて…まぁ確かにシャナをポニーテールにして大きなリボンを付けたら可愛いけど…ってそれが今の自分か…確かに可愛い…
「…そう言うなら付けてる…」
 私が小さくそう言うと、坂井悠二は小さく笑って撫でていた手で軽くぽんぽんと私の頭を叩いて手を離す。ちょっと名残惜しい…ってぇ子ども扱いされてた? もしかして!?
 いや、そもそも何で和んでいたんだ、私は!?
「と、とにかく情報を整理しましょ」
 恥ずかしさを紛らわすため出た言葉、しかしその言葉で二人とも真面目な表情になる。
「そうね…まずはニムロデって奴の話を聞かせて、アラストール」
 シャナの言葉に、アラストールが徐に話し始める。
「うむ、まず彼奴の存在が我らの耳に入ったのはかなり前からだ、最初は名前は出てこなかったが、恐らくそう言う存在が居るだろうと言う推測の内だった…」
「それが噂の最初ってわけね…その切欠は?」
 私の言葉に、アラストールは少し間を開けて続きを話す。
「一つの戦争…棺の織手が起こした大戦ほどではないが、それでも幾人のフレイムヘイズが結集する事になった戦だ…
 しかし妙だったのが、相手は王ではなく徒…それもそれほど力の無い徒だったのだ…しかしその数は数十にも及んだ…」
「……たしかに妙ね…」
「なにが?」
 私が漏らした言葉に、坂井悠二が反応した。しかし気付かなかったのか?
「戦争、戦で一番大事なのはなんだと思う?」
「え? えっと…兵力?」
「はずれ…」
「バカ?」
 私の問いかけに答えた坂井悠二を、私とシャナが一刀両断にする。私とシャナに言われうなだれる坂井悠二…これが昔の自分かと思うと情けなくなってくる…
「戦いで一番大事なのは『旗』よ、いくら兵力があっても、戦うと言う行為に対し、明確な印が無ければただ暴れているだけ」
 呆れた様子で言うシャナの言葉に私が続く。
「シャナの言う通り、戦では自分が掲げる旗がなければ、戦う意欲と言うのは保てない、そして旗は多くの兵の気持ちを一つにする事が出来る。
 たとえフレイムヘイズと紅世の徒の戦でもそれは同じ。中心となる旗がなく、ただ無闇に目の前の敵を倒せばいいって言うのは一人で暴れてるだけ…それじゃぁ戦には勝てないよ」
「その通り、だからこそその戦は奇妙だったのだ。
 それほど力の無い徒だけで統合された敵勢、当然烏合の衆だと思った…しかし予想に反してその戦は長引いた…烏合の衆だと思っていた敵勢は、統制の取れた一つの軍だったからだ。
 しかしその軍の旗となる人物も目的もわからなかった…そのためその敵勢の向こうに求心力となっている『王』が居ると誰もが思った…が、いざ戦が終わってみれば、そのような『王』は現れなかった。
 結局その軍勢の目的も解らず、この戦は終わる事になったのだ」
「それじゃぁその王がさっきのニムロデ?」
「恐らくだがな…」
 緊張した面持ちで言う坂井悠二の言葉に、静かに返すアラストール。そしてそのまま話を続けた。
「彼奴が次に行動を起こしたと思われる戦はそれから間も無くだった…今度は徒の数も百程に増え、そして更に妙だったのが、全ての徒が何らかの宝具を持っていたのだ…」
「全ての徒が!?」
 その説明に私は思わず声を上げた。見るとシャナも声こそ出さなかったが、かなり驚いた様子だった。
「もちろん全てと言っても、それぞれが違う宝具を持っていたわけではない、種類としては十数といった所だろう、宝具のランクを落とした大量生産品と言うべきか…それでもその軍勢は脅威だった…
 さすがにその異常さに疑問に思い、徒を拘束し、尋問を行う事にした…そしてそこで初めて出てきた名前がニムロデだった…
 当時のフレイムヘイズ側は、なんとしてもそのニムロデの情報を聞き出そうとした、しかしその徒は肝心な部分は言わず、終には自害までした…」
「徒が自害?…」
 それもまた奇妙な事だ、シャナの疑問の声と共に、私も眉を顰める。
 基本略奪側の徒は自分主義だ、それが自害? ニムロデにそこまでのカリスマがあるとは思えない、話に聞くだけの棺の織手の方が断然カリスマは上だろう…
 恐らくその大量生産品の宝具はニムロデが用意したものだろう、それを餌に多くの徒を集めたか? でもその程度ではニムロデを庇って自害する理由には足りない。いや、まってよ…もしもその宝具を用意したのがニムロデなら…
「ねぇ、その宝具残ってないの? 出来れば見てみたいんだけど…」
「いや、残ってはいない」
「残っていないって…その戦に出た徒全てが宝具を持っていたのなら、その数は百はあったってことでしょ? それが一つも?」
 アラストールの言葉に疑問を投げかける私。その疑問に答える様に、テイレシアスが話し始めた。
「そうだ、恐らくサユも当時のフレイムヘイズと同じ考えだろう。
 徒が自害までして情報を守る理由、それはフリアグネ自身がそれほどのカリスマを持っているか、重要な情報を話せないでいるか…
 一番可能性があるのは、徒全員に持たせた宝具、それによる意識操作。だから当時のフレイムヘイズは徒が持っていた宝具を調べた…しかし…」
「調べる事が出来なかったのだ、宝具自体の耐久度が低くて、調査の途中で全て破損してしまったのだ…どんなに慎重に調査してもな…
 恐らく正規の手順での動作意外では、宝具が使い手の力に耐えられなかったのだろう、使っていた徒も元々大きな力を持っていたわけではないからな…
 所詮は質を落とした大量生産品、宝具と言うには余りにもお粗末だったと聞いている」
 テイレシアスの言葉にアラストールが続いた。でも妙な引っかかりがある、大量生産の質の悪い宝具、正規の発動以外には耐えられない耐久…たしかに理屈は通っている…
「…ねぇ、結局ニムロデの目的は解らなかったの?」
「そうだ、先も言ったとおりフレイムヘイズ側で彼奴の姿を見た者はいない。その時も名前だけで、事が終わってもその姿は誰も見なかった…
 本当にニムロデと言う王が居たのかどうか疑問に思う者まで居る始末だ…
 そして姿の見えない王に、まるで狂信の様に従い戦を起こす徒…故に『偽宗創』偽りの宗教を創りし者と言われるようになった…」
 予想通りの答えが、アラストールから返ってきた。なるほど…なら…
「その後、ニムロデが起こしたと思われる戦はあった?」
「無論だ、棺の織手が起こした大戦後も度々あったと聞く」
 でしょうね…今までの話を聞く限り…そしてこれが予想通りなら恐らく…
「その戦で、略奪側の徒はニムロデから渡されたと思われる宝具を持っていた? そしてそれは何か違いがあった?」
「…全て二度目の戦と同じ、全ての徒が宝具を所持し、そして能力は違えど、調査をしようと調べればあっさり破壊されるのも一緒だった」
 アラストールの言葉に私は思わず笑みを浮かべる。自分が立てた一つの過程が現実味を帯びてきた…その様子に気付いたのか、テイレシアスが訊いてきた。
「サユよ、何か気付いたのか?」
「うん、その宝具だけど、大量生産のまがい物と言うにはちょっと引っかかりがあるのよね。
 そんな物に当時のフレイムヘイズは手を焼いたのかって思うとちょっとね…」
「でも実際は調べようとしただけであっさり壊れたんでしょ?」
 私の言葉にシャナが意見を返す。
「たしかにね…でも当時のフレイムヘイズが手を焼いた程の能力はあったんでしょ?」
「うむ、その殆どが自在法の補助などだが、単調なためかその能力は高かった」
「そう、同じものを大量に作っている、能力自体は単調、けど当時のフレイムヘイズが手を焼くほどの威力はあった…
 それが調べただけで壊れるっておかしいでしょ? 大量生産品、単調な能力って言う事でまるで数討ちの様に扱ってるけど、それでも宝具なんだよ。
 多分調べようとしたら破壊されるように作られている…いえ、正規の発動以外の力に対しては脆い様にわざと作られていると考えた方がよさそうね…」
「そうするとその宝具全てに調べられたら困る理由があったって事? でもそれは意識操作なんじゃ…」
「多分それもフェイク…」
 坂井悠二の言葉を途中で遮って私は言った。
「意思操作は徒の様子から推察する事ができた、でもそれは重要じゃない、恐らくその意識操作は『重要な情報を話すな』程度だから」
「なんでそう言い切れるの?」
「その宝具を使っての戦が、一度だけではなかったからよ…」
 坂井悠二の疑問に答えると、坂井悠二は何かに気付いたように深く考え込む。やっとスイッチが入ってきたか…
「そうか、一度目はそれでもいいけど、そんな宝具を二度三度と使って徒を集める事なんて出来ない…」
「そう、徒を集めているのはその宝具じゃない、戦いを起こす理由がちゃんとあり、それに少なからず他の徒も賛同しているのよ。
 そして多くの徒が集まるのは宝具を与えているからでしょうね、重要な情報を話そうとすると自害するって言う意識操作は多分知ってて使っているんでしょう…」
「なるほど、確かに宝具の能力自体は単調でも威力は高い、それを賛同する徒全員に渡すとなれば集まりやすいだろう。
 そしてある程度のリスクは承知のはず、黙って使わせるよりも話してしまった方が後腐れないし、その意識操作自体も納得できる範疇にある。問題は戦を起こす理由か…」
「そればかりは現状の情報では解らないわね…」
「でも今問題なのはニムロデの提案だよ」
 アラストールの言葉に考え込む私、その思考に割り込むように坂井悠二が言った。
「ニムロデが二対一の状況に持ってこれるのに、わざわざサユちゃんと一対一を提案した…それってニムロデ個人がサユちゃんを目的としているって事でしょ?
 フリアグネと共闘関係にしたのだって、シャナに邪魔されないため、自然な形でシャナの足止めにフリアグネを利用するためなんじゃないの?」
 坂井悠二が発した意見に、驚いて彼を見るシャナ。
 それはそうだろう、今までの情けない姿とは一変して急に鋭い意見を述べているのだ。まだこう言う事態には慣れていないためか、スイッチの入りは遅いけど、一度入れば坂井悠二はフレイムヘイズでさえ舌を巻く力を発揮する。
 それがこれだ…坂井悠二の唯一にして、最大の武器。
「多分そうでしょうね、その用件までは解らないけど…」
「そんな!? 今までフレイムヘイズには姿を見せなかった奴が、堂々と姿を見せたんでしょ? それって…」
「あいつの目的に私が何らかの形で関与しているか…もしくは邪魔なのか…恐らく前者でしょうけどね…」
 でも問題はどうして私なのか…私はつい一、二週間前まではこの世界に存在すらしていなかったのに…
「そんな…そんなに暢気に構えていていいの?」
「今ある情報は全て整理した、後は相手の出方に備えるだけだよ」
 心配そうに私を見る坂井悠二。気持ちは解るけど、坂井悠二が私を心配するなんて五年は早い…
「ふん、そんなの私がさっさとフリアグネを討滅して、サユを助けに行けばいいだけじゃない」
 腕を組み、鋭い眼光で言うシャナ。私はそんなシャナの姿に自然と笑みが零れる。
「それは心強いけど、シャナが来る時には終わってると思うよ、もしかしたら助けに行くのは私になるかもね…」
「へぇ…それは楽しみね……」
 不適に笑うシャナに対し、私も笑みを浮かべる。しかしそれを見ていた坂井悠二は…
「二人とも、そう言う表情の時は顔に付いたクリームを拭いてからの方がいいよ、シャナは口元、サユちゃんは鼻の頭…」
 その言葉に、私とシャナはお互いの顔を見合わせる。するとたしかにシャナの口元にはクリームが付いていた…すると私の鼻にも…
 シャナの顔がみるみる赤くなっていく、おそらく私もシャナと一緒だろう。
 私とシャナは、手近にあった紙のナプキンを取ると、顔に付いているクリームをふき取る。そんな私たちを見て、坂井祐二は小さく笑っていた。
 なんかこれだけで、今までのシリアスな会話が物凄くマヌケに見える…って言うか、気付いていたなら早く言って欲しい!
 私は恥ずかしさから、すこし拗ねた様に坂井悠二を睨む。
「ご、ごめん、でも僕だって言い出し辛かったから…」
 顔を青くして慌てて言い繕う坂井悠二、それもそのはず、私とは違ってシャナの視線には怒気が含まれているからだ。
 まぁたしかに坂井悠二の言葉にも一理ある、あの真面目な会話の最中にこんな事言い出し辛いだろう…シャナもそれを解ってか、フンっと小さく鼻を鳴らすと、坂井悠二から視線を逸らした。
 まぁそれは仕方無い、さっさと支払いを済ませて家に帰ろう。家には千草さんのご飯が待っているんだ。
 伝票とニムロデが置いていった代金をもつとレジへと向かおうとする。それにしてもニムロデはちゃっかりしている、この代金なんて十円単位で置いてっている。表示金額が税込みのため、おつりも出ないだろう。
 そう思ってニムロデが置いていった代金と、伝票を見比べる…ってあれ?
「坂井悠二、足りない分出して」
「え、足りない分って…あの徒が代金持つって言ってたでしょ?」
「ニムロデは私とシャナの分を払うって言ってたでしょ?」
「ちょ、ちょっと待ってよ、僕は何も頼んでないよ」
「じゃぁ誰がこの分払うの?」
 そう言って指差す先は、ニムロデが飲んでいったコーヒー。そう、このコーヒー代、五百八十円が入っていないのだ。
「それこそ待ってよ! それってあいつが頼んだ物でしょ? 何で僕が…」
「ニムロデは私とシャナの分を払うって言ってただけで、自分の分を払うとは言ってなかったからね…」
「何そのとんちみたいな言い掛かり!? もぉいいや…」
 そう言って自分の財布から六百円出す坂井悠二。あ、おつり出る、貰っておこっと。
「おつりは返してね…」
「……ケチ…」
 憮然としながらも会計を済ませて店を出る。その時店員さんの挨拶が引きつっていたけど、社員教育悪いのかな?




 店を出ると、店員がお決まりの営業スマイルと挨拶を言ってくる。それを背に私とサユ、その間に挟まるようにミステスを置いて並んで歩く。そのまま暫く歩いていると、ソレがサユに話しかけた。
「ねぇサユちゃん、一人でここまで来てどうするつもりだったの?」
「え?」
 サユはその言葉に振り向く。けど突然なに言い出すんだコレは…私は睨みつけるが、サユの方を向いているためか、気付かない。
「いや、サユちゃんを見つける前にシャナに聞いたんだけど、シャナとサユちゃん一緒に行動した方がいいんじゃないかって…」
「え…あぁうん…」
「そしたらシャナが、サユちゃんにも目的が有って行動しているから無理だって…だからサユちゃんの目的ってなにかなって…」
 図々しい…けど、私も少し気になるから黙って聞くことにする。
「うぅん…私の目的はフリアグネが持っている宝具なの」
「やはりそうか…」
 サユの言葉にアラストールが呟く。確かにソレは予想していた通りだ。
「そうなんだ…どんな宝具なの?」
「どんなって…これといって明確なものじゃないの…こういう事が出来る宝具があればって、その程度なの」
「それってどういう事なの?」
 サユの曖昧な答えに私は気になって訊いてみる。
「まぁつまり、私が目的としている宝具は、あるのかどうか解らない不確かな物って言う事…フリアグネだったらもしかしたら持っているかなぁ程度…
 下手な弾でも数討ちゃ当たるみたいな感覚…それでも私はずっとそれを探している…」
 最初はいつも通り子供みたいな笑顔で言うサユだけど、最後の言葉はその笑顔が消えて、どこか遠くを見て言った。
「どんなの…なの?」
 そんなサユの雰囲気に戸惑いを見せながらも、ソレは言った。
「今は会えないヒトに会う方法…かな?」
「っえ!…あ…ごめん…」
 その言葉に、サユは暗い影を落として言う…故人…なのかな? さすがにそれ以上訊けなかったのか、コレは慌てて謝った。しかしそんな態度に、サユはきょとんとした表情を見せる。
「いや…別に謝る事じゃないけど…」
「…過去にでも行くつもりなのか?」
 困った表情を浮かべるサユに、アラストールが訊ねた。その言葉に、サユは私を見る。
「うぅん、過去に行けば会えるだろうけど、でもそうして会っても、そのヒトは私の知っているヒトじゃないから…」
 なんだろう? そう言って私を見るサユの目は、凄く温かく、そして凄く悲しい…
「ふむ、ではどうするのだ?」
「解らない」
 再び問うアラストールの言葉に、サユはあっさりとそう答えた。
「どうすれば会えるか解らないけど…でも探すの…」
 私から視線を外して言うサユ。
 目的ははっきりしている、でもその手段は全く解らない…それでも探し続ける…それはどんな気持ちなんだろう?
 私は…私の目的、その手段、それはどちらもはっきりしている、そしてソレを出来るだけの力は有る、そしてアラストールが居る限り、道は見失わない…けどサユは目的以外は何も無い…フレイムヘイズと言う力があっても、目的へ辿り着く力とは限らない…
 もし私がそうだったら…徒を討滅すると言う使命、目的があっても、どうすればいいのか解らない、導いてくれる人も居ない…力をくれる人も居ない…もしそうなら…
 イヤダ…コワイ…でもサユはそうなんだ…それなのに笑っているんだ…強いな…やっぱりサユには勝てそうも無い、戦いたくない…
「ねぇサユ、今まで状況に流されてはっきりしてなかったけど、手を組みましょう。私もサユも利害は一致している。目的はどうあれ、フリアグネを討滅する事には違いは無い、ついでにニムロデも…
 それにサユの手助けもしたいし、姉として妹の面倒も見ないとね」
 私が笑みを浮かべて言うと、サユは驚いたのか、目を見開いてきょとんとしている。そしてクスっと小さく笑うと右手を出してきた。私は少し照れながらも、その手を握り返そうと右手を出そうとする。
「ねぇシャナ、もし私が目的の為にフレイムヘイズとしての道を踏み外したらどうする?」
 そんな時だった、不意打ちのようにサユがそう言い出した。その言葉に一瞬思考が止まる。
「例えば目的のためには多くの存在の力が必要で、その為に私が略奪者と同じように人から存在の力を集め始めたらどうする?」
 真っ直ぐ私を見据えて言うサユに対して、私は何も言えなくなった。正直サユがそんな事をするのは想像出来ない…普段のボケボケのサユを見ているとなおさら無理だ…
 私が混乱していると、サユはいつも通り子供の様に拗ねた表情をする。
「……シャナ、今物凄く失礼な事考えなかった?」
 …こういう事には鋭いのね…サユって…
 そして拗ねた表情から一変、今度は笑みを見せる。
「ま、それは兎も角、その時は全力で私を討滅してね」
 む、ちょっと意地悪だよ…にしてもサユってほんと、コロコロ表情変わるね…
「ええ、その時は私の使命に掛けて…」
 そして、今度こそ私はサユの手を握り返した。結局サユが何で一人で行動していたのか訊けなかったけど、でもまぁいいか…


「ただいまぁ」
 家に入るなり、無邪気にそう言ってリビングに行くサユ。まったく、さっきまでとはエライ違いだ…
「お帰りサユちゃん、シャナちゃんもゆうちゃんも一緒だったのね」
 サユの後に続いてリビングに入ると、千草が笑顔で出迎えていた。正直言って私はこの人が苦手だ…好きか嫌いかで言えば、好きな部類に入るだろう…でも苦手だ…その理由はいたって簡単。目の前の状況がその理由。サユが千草に抱き上げられて慌てている…それを見て思った、最初にリビングに入らなくて良かったと…
「それにしても遅かったわね、何してたの?」
「え、あの…帰りにケーキ食べてきて…」
「もぉ、ダメよ買い食いなんてはしたない事したら…女の子なんだから…」
 千草のその言葉に、サユがどんよりと沈んだ。どうしたんだろう?
「…以後気を付けます…」
「そうそう、それにせっかくご飯作ってたのに…」
「あ、それなら大丈夫です、ちゃんと千草さんのご飯の分はお腹確保していますから」
「あらぁ嬉しいわね」
 サユの言葉に、千草が上機嫌でサユに頬擦りをしている。そんな遣り取りを見て、ミステスは驚いた表情を浮かべていた。何に驚いているのかは解るけど、正直それは私も一緒だった。今朝食べた千草の料理と、昼のお弁当は美味しかった。だからぜひとも晩御飯も食べたい。
 そんな事を考えていると、一頻りサユで楽しんだ千草は、満足したのかサユを下ろす。
「それじゃぁご飯はもう少し時間が掛かるから、先にお風呂入ってきて」
「あ、はい、じゃぁ先に頂きますね」
 そう言ってサユはリビングから出ようとする。けどそれを引き止める様に、千草がサユに声を掛ける。
「あ、そうそう、シャナちゃんも一緒に入っちゃいなさい、時間が掛かると言っても、それほど長くは掛からないし、一緒に入っちゃった方がいいでしょ?」
「……え?」
 千草の言葉にサユは一瞬止まり、訳が解らないと言った様子で聞き返した。
 それよりも、お風呂ってなに?
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