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【あと3行で完成】2-15 せっかくバーサーカー最新話試作(9/14更新) 【後もう少し!】

 ←漫画『ブレイクブレイド』の二次創作。タイトルは『Made in America』。 →【すごい作品】『ジャッカルの日』を読んだ感想をどうしても伝えたかった。【永遠の名著】


「友よ。わたしはあなたと共にあらゆる困難な道を歩んだ。
わたしを死後も思い起こし、忘れないでくれ。
わたしがあなたと共に歩み続けたことを。」
彼が夢を見たまさにその日、彼の力は終わりを告げた。
エンキドは横たわる。一日、二日とエンキドは彼の寝台に横たわる。
三日、四日と、彼は寝台に横たわる。
五、六、七日と、八、九、一〇日と、寝台に横たわる。
ギルガメシュは、花嫁のように友の顔を覆い、鷲のように友の周りを旋回し、
その仔を奪われた牝ライオンのように、前に後ろに慌てふためく。
悪鬼のように髪を掻きむしり、祭服を引き裂き投げ捨てる。
ギルガメシュの嘆きの声は止むことがない。
(中略)
お前のため、ウルクの人々を泣かせ、お前のため涙を流させよう。
誇り高い人々をお前のため悲しみで満たそう。
わたしはお前の死後、動物の毛皮をまとって荒野をさまようだろう。
ギルガメシュは、彼の友エンキドのために泣き、荒野をさまよった。
(月本昭男訳 メソポタミア神話 ギルガメシュ叙事詩 『エンキドの死』より抜粋)


『なぜ泣くのだ、エルキドゥよ。│今際《いまわ》の際になって、この│我《オレ》を│盟友《とも》としたことを後悔しているのか』

『違う、違うのだ、我が盟友よ。この僕の亡き後に、誰が君を理解するのだ?誰が君と共に歩むのだ?ギルガメッシュ、これより始まる君の孤独を偲べば、僕は泣かずにはいられないのだ』

『……エルキドゥ……』

『さらばだ、盟友よ、兄弟よ。人類の守護者、誇り高き半神半人の絶対者よ。本当は誰よりも優しく不器用な英雄よ。出来うるなら、僕を失ったあとの君に、新たな友を得る勇気が、湧かんこと、を……』

『待て、行くな。エルキドゥ、行くな!お前の他に友などいらぬ!我の頼みが聞けぬのか!頼む、行くな、我を独りにするな、頼む───……』


 世界の頂点に立つ至高の存在にして、神と人間の│間《あい》の子、ギルガメッシュ。世界最古の王であり、神の血を引く絶対者にも、人には言えない悩みがあった。│誇り《プライド》の塊のようなこの男だからこその悩み。矜持の源、自負心の根源、高貴にして絶対たる己の出自故の、悩み。

 それは、“孤独”だった。世界でただ一人、自分と肩を並べることの出来た友を失った孤独。もはや永遠に、真の理解者を得られることはなくなったという、孤独。神とも寄り添えず、人間とも馴れ合うことの出来ない、半神半人故の孤独。彼は、孤高の王にして、天涯孤独の男だった。

 


‡綺礼サイド‡


「綺礼よ。貴様、友はいるのか? いや、そんな問いかけも無粋だろう。お前などにはおるまいて。ふはん。見るからに根暗そうではないか。│我《オレ》にはいたがな。我には。一人だけど。ふはん。でもいたことには違いないし。ほら、我って少数精鋭派だし?一人だったけど」


 綺礼の返答も聞かず、嘲りに鼻を鳴らしながら聞いてもいないことを早口ムーヴでまくしたてる。長口上を一息で吐き出し終えると、ギルガメッシュは自前の黄金の盃になみなみと注がれた綺礼の高価な酒をぐっと煽り、一気に酒盃を乾してしまった。質素なあずき色の座布団にどっかと胡座をかいて酒をかっ食らう様子に、綺礼の脳裏に“やけ酒”という比喩が浮かんだが、敢えて口には出さなかった。黙したまま、斜交いに座る男の盃にふたたび秘蔵の酒『神殺し(代行者としての給料の6ヵ月分に相当する価値のある日本酒。ボーナスなら1回分)』を注いでやる。


「……そう、│かつて《・・・》は、│いた《・・》のだ」


 とくとくと小気味よい音を立てる酒瓶を、真紅の瞳が物憂げに見つめる。高雅な覇気に満ちてギラついていた真紅の虹彩が、今は落日の夕日のように寂しげに淀んでいた。波打つ黄金細工のようであった金髪は金褐色に色落ちし、あれほどそびやかしていた肩も項垂れ、見るからに自信を喪失している。わずかな│瑕瑾《かきん》もない美顔には拭い難い陰翳が忍び込んでいて、綺礼はその理由に心当たりがあった。



『なあ、アーチャー。貴様、友だち少ないだろう』



 ライダー、セイバーと酒を酌み交わした際、“空気を読む?なにそれ美味しいの?”と言わんばかりのアホ毛貧乳セイバーによって放たれた無遠慮かつ無神経なセリフが彼の胸をざっくりと貫いたのだ。これはギルガメッシュにとって図星も図星だったのだろう。あるいは、もっと切実なトラウマを貫いてしまったのか。


「……そも、│盟友《とも》とは、なんなのだろうな


 この不遜な男には似合わない、砂粒のようなか細い声に驚く。それは綺礼への問いかけなのか。それとも、己への自問なのか。きっと両者だろう。綺礼はこの男についての伝説を暗唱できるほどに頭に叩き込んでいた。彼のただならぬ鬱屈を理解するために、その記憶を引き出し、脳内で諳んじてみる。

 世界最古にして全ての偉大な文明の祖、シュメール王朝。その始まりであるウルク第1王朝を支配した大王。彼こそ、人類最古の英雄譚の一つとされる『ギルガメシュ叙事詩』の主人公、ギルガメッシュ大王その人である。その神性は圧倒的で、あらゆる生命のなかでもっとも神に近い。なぜなら、その完璧な肉体のなかには神と人間が両在しているからだ。その血の3分の2を太陽神と知恵の神から授けられ、人間の│胎《はら》から生まれた、半神半人の賢王。彼は、神々からの恩恵によって最強にして最高の肉体を与えられ、この世に生を受けた時から永遠の王となることを約束されていた。誰よりも、何よりも強く気高い勇者だった。民草の羨望と畏怖、尊敬と畏敬を一身に背負い束ねる、古代世界の栄光と繁栄の象徴。彼の治世は125年もの間、│燧石《すいせき》の如き揺るぎなさを断固として維持し、あとに続く無数の文明の基礎を築いた。間違いなく、彼は比肩しうる者のいない英雄のなかの英雄だ。彼は不撓不屈の勇気でもって、悪意を持って立ち塞がる者たちをなぎ倒し、民草を護り続けた。

 だが、彼の伝説には一つだけ、大きな悲劇の傷が刻まれている。かけがえのないものを失うことの恐怖を植え付け、英雄王の生き様を大きく変質させてしまった傷が、今もこの男を苦しめている。


「……ライダーめの宝具を見て、我は考えてしまった。いや、│羨んで《・・・》しまったのだ」

「解せないな。お前ほどの無限にして最高の財を有する者が、ライダーのいったい何を羨んだのだ?何を欲するようにさせたのだ?」


 “何を”ではなく、“誰を”と問うべきだったのだろう。新たに注がれた酒に口をつけず、盃の│水面《みなも》に映る己の顔をじっと見下ろす。その瞳が潤んでいるように見えるのは錯覚だろうか。そこに内省的な暗い色さえ差し始めたのを見て、綺礼はギョッとした。確実にわかるのは、その瞳に映っているのは自分ではなく、すでに失ってしまった│誰か《・・》の顔ということだ。


「───呼べばどこにだって駆けつけてくれる、友をだ」


 まるで寄る辺をなくした子供のような寂しげな表情と口調で、ギルガメッシュはそう呟いた。その横顔に深い悲しみの気配が広がっていくのを見て、綺礼の心にまで鋭い痛みが走る。世界に名声赫々たる大英雄がこんな表情を見せるなど、信じかねた。

 ギルガメシュ叙事詩に少しでも知識のある者なら、彼の友と呼べた登場人物はただ一人だと断言できる。ギルガメッシュの唯一にして無二の盟友、エルキドゥ。強大なギルガメッシュに対する抑止力として神々が泥から創造した、いわば│神《・》造人間だ。当初、ギルガメッシュは刺客として現れたエルキドゥを敵と認識し、死闘を演じた。烈火のごとき戦いの果てに両者は互いの実力を認め、肝胆相照らす仲となり、厚い友誼を結ぶ。その後、彼らはともに冒険に挑み、背中を合わせて共闘し、数多の強敵を協力して打ち破り、ウルクの民のために力を尽くした。共に生き、共に語らい、共に戦う二人は、正真正銘の親友だった。

 だが、永遠とも思われた熱い友情は、あまりに呆気ない終わりを遂げる。ギルガメッシュに挑戦してきた神の一柱を返り討ちにしたことを、神々は、自分たちに仇なす大罪であると断じた。そして、「二人のうち、どちらかは苦しみの果てに死ぬ」と一方的に告げた。その理不尽な死の病の呪いを受けたのは───エルキドゥだった。



『神どもめ、この卑怯者どもめ。この哀れな泥の男に何の│罪咎《つみとが》があろうか。貴様らが創っておきながら、都合が悪くなれば簡単に溶かすというのか。この我の目の前で、殺すというのか。神に仇なしたのはこの我である。尊大にして愚かなる神々よ、呪うなら我にせよ。呪うのなら、我にせよ───』



 天に吠えたギルガメッシュは最悪の結末を回避しようとあらんかぎりの手を尽くし、必死に看病したが、エルキドゥは日に日に衰弱していった。そして12日後、やせ細り、見るも無残な姿となった友は、ギルガメッシュの腕の中でひっそりと息絶え、泥に還った。その死は、その損失は、その欠落は、ギルガメッシュにはあまりに耐え難いものであった。神話では、その後の彼は極度に“死”を恐れるようになり、遥か彼方まで不死を求める長い旅路へと足を向けたとされる。それが、彼自身の寿命を伸ばすためなのか、神々に殺された親友を取り戻すためだったのかは、もはや遠い過去の歴史に掠れてしまった。目の前の男の感情のひだに触れた綺礼には、どちらが真実か察しが付く気がした。


「見ただろう、ライダーの宝具『│王の軍勢《アイオニオン・ヘタイロイ》』を。“時間も空間も超えて王の召喚に応じる永遠の朋友たち”。無謀な遠征に連れ回され、無念の死を遂げた連中が、それでも王を慕い、死後の霊魂と成り果ててもなお付き従う。何千、何万もの兵士が、誰一人として王を恨むことなく、笑って参集に応じる。しかも、ライダーは刃を向けてきたアサシンすらも友に迎えんとした。そうして奴は、さらに仲間を、│戦友《とも》を増やしていく。呼べばどこにだって駆けつけて、共に剣を並べてくれる友を」


 いつの間に、どこから取り出したのか、その手には黄金の鎖が握られていた。荘厳に輝くそれは最高クラスの対神宝具とひと目で看破できるほどの神々しさを放っている。


「……では、我の友は、どこにいるのだ?」


 それを指先で愛おしげに撫でるギルガメッシュに誇らしげな様子は微塵もない。まるで人混みのなかで両親の姿を見失った子どものような横顔だ。大事な人の形見の品を弄ぶように、光沢放つ神代の金属を優しげに、そして虚しそうに撫でる。千を超す貯蔵数を誇る一級宝具のなかで、それはきっと彼にとって特別極まるものなのだろう。そしておそらくは、その鎖の輝きの向こうに、死の間際の友を幻視しているに違いない。


「我の友は、エルキドゥは、いくら呼んだところで我の前に現れてはくれぬ。この世の全ての宝物を収める我が蔵にも、ただ一つ、友という宝はない。そして二度と、手には入らない。もう、どこにもいない。その事実を見せつけられた気がした」


 そう慨嘆するギルガメッシュの脳裏に、息絶える寸前のエルキドゥの姿が蘇った。死にゆく己ではなく、自分を失うことで一人ぼっちになってしまう友の行く末を案じていた友の最期が。

 彼は孤独なのだ。「寂しい」という思いを口にすることも、それどころか思考の一片に浮かべることも出来ないほどに孤独だったのだ。神の血を引くことを矜持としていたのに、その神は、彼が唯一心を許した友を無残に殺してしまった。彼は神々を憎んだ。怒りに震え、唇から血が滲む。その滲み出た血すらも憎かった。そこには憎き神の因子が含まれていたからだ。神を受け継ぐ己の血統すらも憎み、己の神性すらも拒んだ。今さら到底、神々に迎合することなど出来なかった。しかし、振り返ればそこには無数の人間たちが、彼を崇め奉らんと跪いて、残酷なまでの期待の眼差しを突き刺していた。彼らにとってもまた、ギルガメッシュは神の如き絶対者なのだ。大王陛下、大王陛下。彼を敬う衆愚の声が国中に唱和する。絶対者は、人間のように迷うことも、間違えることも許されない。

 そしてようやく、彼は気付いてしまった。己が、神でもなければ人でもない、どちらに帰属することも許されない、天涯孤独の身となってしまったことを。もはや、彼に│物申《ものもう》してくれる者はいない。慰撫の言葉をくれる者はいない。背中を預けられる者はいない。エルキドゥのような友を得ることなど、金輪際ないのだということに、気が付いてしまったのだ。その時の絶望は如何ほどのものだったのだろう。


「セイバーもそうだ。バーサーカーという同じ騎士と共鳴し、ともに│轡《くつわ》を並べて戦うようになった。奴はこの現世でも友を得たのだ。どいつもこいつも、この我を置いて、宝を増やしていく。この我が持ち得ない宝を簡単そうに得てみせて、満足そうな顔をしてさっさと前に進みおる。我は───我は、それを│羨ましい《・・・・》と思ってしまった」


 その言葉は、悲痛な叫びに裏打ちされているように感じた。綺礼は、この男の苦悩を理解できると思った。心に根を張る不安をわかってやれる気がした。綺礼もまた、この世で唯一であろう己の理解者を───妻を死別で失ったばかりだったからだ。

 クラウディア。己の歪みを受け入れられなかった綺礼を献身的に癒そうとしてくれた、おそらくは綺礼もまた愛を向けていたであろう女。彼女と同じくらいに綺礼が愛を注げる女など、二度と見つかるまい。思い出そうとするたび、胸苦しい思いに苛まれ、輪郭がボヤケてしまう。だが、今は少しずつ思い出せるようになってきた。豊かに波打つ白髪をした儚げな女の姿を、ぼんやりとだが思い出せるようになってきた。もしかしたら、綺礼がこれから先も進み続けるにつれて、│もっと大事な忘れ物《・・・・・・・・・》のことも思い出せるかもしれない。これもきっと、綺礼が己の│魂の形《・・・》を、向かうべき道を見定められたからに違いない。むしろ、思い出し、直視するべきなのだ。自分のなかに存在する壁も乗り越えられない者が、間桐雁夜を乗り越えられるはずがない。


「ずいぶん、らしくないことを言うんだな、ギルガメッシュ。酒が回ったか?」

「ふん、五月蝿いぞ、綺礼の分際で。“ニホンシュ”だったか?『神殺し』とは大層な名前をつけたものではないか。このような下々の安酒が、この我の至尊の味覚に合うなどとはしゃらくさいことを言う。ましてや酔わせることなど出来るものか。───ヒィイック!おっふ」


 明らかな酔っ払いのしゃっくり。色白のせいだろう。鼻頭はサンタクロースのようにほんのり赤くなっている。│芬々《ふんぷん》とした酒の臭気とともに気まずい沈黙が二人の間を過ぎた。やはり、綺礼はそれらに気が付かないふりをして、ギルガメッシュも気が付かれていないふりをした。英雄王との間に不思議な以心伝心が構築されてきた気配を感じていると、「ん!」と黄金の盃が目の前に突き出された。どうやら「注げ」ということらしい。


「この世のすべてを手にした王の口に合ったようでなによりだ。大枚をはたいた甲斐がある」

「気に染まぬわけではない、というに過ぎん。ライダーめの持ってきた安酒より少しはマシという程度だ。うぬぼれるな。フン。『神殺し』なんぞと大仰な名前をつけおって生意気な。誰が殺されてやるものか。フン」


 意気消沈しても倨傲を失わぬ態度に苦笑しつつ、秘蔵の酒を注ぎ足してやる。そして、瓶の底に残っていた僅かな酒を自分の酒盃に注ぐ。最後の一滴が綺礼の盃にピチョンと落ちる。視線を感じて上目遣いでギルガメッシュを盗み見ると、「もうなくなっちゃったの……?」と言わんばかりに悲しげな顔をしていた。こちらが顔を上げる素振りを見せると、シャンと表情を引き締めてそっぽを向いて誤魔化した。


「……綺礼よ。そういう貴様は、存外、我の思っていた向きとは違う方向へ目覚めたようだな。新たに見つけたその魂の在り方はなんとも暑苦しそうではないか。なんぞ、貴様のくだらん神から天啓でも受けたか?」


 言われた綺礼は自分の胸の内側に目を向け、小さな笑みを漏らした。苦悩する他者を見て、これほど穏やかに心を寄り添おうとする己の有り様を見るのは、産まれて初めてだった。他者の苦痛や嘆きを嗜好の糧にしようとしていた邪悪な芽はすでに焼き払われていた。かつて空洞だった胸中に在るのは、“強敵に勝ちたい”という熱意の炎だ。新しい自分を知る喜び、未知の強敵に胸をときめかせる男の本能。これが今の綺礼にとっての“愉悦”だった。立ちはだかる巨大な壁を乗り越えたいという│益荒男《ますらお》の情動が魂を燃やし、今の自分を突き動かす原動力となっている。だからこそ、こうして他者と爽やかに酒を酌み交わすことが出来ているのだ。


「いいや、御神の恩寵ではないさ。私の変化は、神のご意思とはなんら関係ない。自分の意志で決めたことだ。いや、今の私は、私自身にとっての神なのだ。私は、私の魂の形を知った。そして、これからは自分自身の意思で歩むと決めただけのことだ」


 そう言って、『愉悦とは言うなれば魂の│容《かたち》だ』と諭してくれた英雄王に微笑んだ。神職者の神に対する発言としてはすこぶる不遜な台詞だったが、自分でも驚くほどに罪悪感は感じず、とても歯切れのよい口調だった。晴れ渡る青空のような綺礼の表情は、以前とは正反対に清々しく、むしろ人を惹き込むような魅力を備え始めていた。それは今のギルガメッシュには眩しかったのかもしれない。直視を避けてついと顔を背け、盃に唇をつけてちびちびとセーブしながら酒を呑む。


「つい昨日まであれほど己の在り様も識れぬと迷っていたに、生意気なことを言う。なによりつまらん。……だが、ろくでもない神ではなく│己《おの》が意思で選択したというのなら、それもまた是だ。白痴な神どもの言うことなんぞ、ろくなものではない。己の運命は己で決める。ゆめ、そのあり方を忘れんことだ」

「ご忠告痛み入るよ、英雄王どの」


 奇妙なことに、綺礼は、目の前の半神半人の英霊と自分自身に近しいものがあるように感じた。お互い、心を許した相手は世界でただ一人だけ。そして、二人ともその相手を失っている。誰からも理解されることのなくなった、孤独な男たち。ギルガメッシュも本能で二人の共通点を理解しているのだろう。綺礼が敢えて来意を問わなかった理由もそれだった。だからこそ、ギルガメッシュはわざわざ綺礼の部屋に来て、こうして同じ目線に座っても邪険に扱うことなく盃を交わしているに違いなかった。

 綺礼は自分の盃に口を当て、長々と、しかし一気に体内に流し込んだ。胃の腑がカッカと熱くなり、高価な酒をがぶ飲みするという神に仕える身としては到底褒められない行為の背徳感も相まって、得も言われぬ昂揚感が腰のあたりから沸き立ってくる。今ならなんでも出来そうな万能感さえ肉体に充溢してくる。誰かが肩に手を置いて、さすってくれているような安心感が満ちてくる。

 ふと、何故とは無しに、綺礼の心中にある思いつきが結んだ。人類最古の偉大な英雄王への提案にしてはあまりに馬鹿らしい、“提案”と呼ぶのもおこがましいような、子どもじみた│料簡《りょうけん》。この傷心の男に言っていいものかどうか二の足を踏むほどだ。


「……?」


 一瞬、言うのを躊躇おうとした綺礼の視界に、奇妙な幻が写り込んだ。ふと気がつくと、│淡い緑色の長髪《・・・・・・・》│をした美貌の男《・・・・・・・》が、ギルガメッシュの後ろで微笑んでいたのだ。人間離れした美しい容姿をしており、究極的に中性の目鼻立ちを見てもはっきりと男女の区別はつかない。ほんの少し張り出した肩の生硬い曲線から、綺礼はどうやら│男に近しい《・・・・・》ようだと推測した。そのエメラルドグリーンの思慮深い眼差しは絶えずギルガメッシュに注がれている。しかし、しゃっくりを必死に抑えようと頬を膨らませて頑張っているギルガメッシュが背後の男を察知している気配はない。酒を飲み過ぎた弊害の産物なのか。

 綺礼が呆気にとられて燐光を纏う細男を見つめるなか、唐突に男が顔を綺礼に向けた。ハッとするほど魅力的な瞳と視線が交差したのも一瞬、彼の肉薄の美しい唇が小さく動く。「彼を頼んだよ」。謎の男は声もなくそう口にした。その幻影は、一度パチクリと瞼を開け閉めすると次の瞬間には消えていた。くだらない幻覚は、しかし、「きっと自分も酒の魔力に当てられたのだ。酒のせいなら仕方ない」と開き直らせる効果を与えてくれた。幻影に背中を押されるようにして一切の顧慮を捨てた綺礼は、あたかも昔からの知り合いにするような軽い口調で、思いついたばかりの提案をぶつける。


「なあ、ギルガメッシュ。私と友だちになってみないか?

「……友だち、だと?」


 意外にも、英雄王の反応は下賤者からの不遜な物言いへの憤怒ではなかった。相手がそこらの野卑な有象無象であれば、突き放すような一瞥の一つでも喰らわせただろう。普段の彼なら、それこそ視線の一つで殺すことも厭わなかっただろう。だが、今はキョトンと鳩が豆鉄砲を食らったような呆け顔で綺礼を見つめ返している。綺礼はと言えば、自分が告げた唐突な思いつきを酔いと幻影のせいにして、にこやかに話を続ける。


「お前の友は、きっとお前を親友だと見做していたさ。最期の最期まで。私にはわかる。死ぬ前も、死んだ後も、お前を案じているさ。お前は、それほどの価値ある男なのだ」


 ギルガメッシュはパチクリと瞳を開け閉めして、しばし言葉を紡げなかった。それは、綺礼の台詞に胸打たれた以外にも理由があった。綺礼の背後に、│豊かに波打つ白髪《・・・・・・・・》│をした儚げな女《・・・・・・・》の幻影が見えたからだ。片目は眼帯で覆い、手足は柳のようにか細い。見るからに弱々しい姿をしているが、その表情は穏やかで、纏う雰囲気は温和そのものだ。背後の女のことに気付いている様子のない綺礼の肩に優しく手をのせ、慈しみの目で彼を見つめている。不意に、女がギルガメッシュに目を向けた。「この人をお願いします」。色素の薄い唇はたしかにそう動いた。再びまばたきをすると、もう女の姿はそこにはなく、ギルガメッシュの回答を楽しげに待つ綺礼のみが胡座をかいている。奇妙な幻に混乱していると、耳元で、かつての盟友の声が聞こえた気がした。



───僕を失ったあとの君に、新たな友を得る勇気が湧かんことを。



 合点がいったような気がした。「ふん、余計なお世話だ」。そう口中に独りごちると、ギルガメッシュは不敵な笑みを浮かべてみせた。瞳はレッドルビーの清冽な輝きを取り戻し、しゅんと萎れていた金髪は研ぎ直した刀身のように鋭く煌めき、肩は居丈高に持ち上がる。それまでの孤影悄然っぷりが嘘のように凄みのある笑みが眉目秀麗な願望にばっちりと刻まれる。にわかに復活の兆しを見せた不撓不屈の英雄王の姿に、綺礼は待ってましたとばかりにニヤリと相好を崩した。


「度し難いほどの自惚れだぞ、神の│幇間《ほうかん》風情が。この我を│虚仮《こけ》にする気か?自分が誰に対してどれほど不敬なことを言っているのか、理解しているのか?そも、お前のようなちっぽけな人間を盟友に迎えることで、我になんの得があるというのだ?


 死者たちの思惑に背中を押される形になったなどとおくびにも出さず、ギルガメッシュは威迫するような態度をひけらかした。詞の文面はたいそう手厳しいが、その口調も表情も、いかにも綺礼の提案を興じている風で鷹揚としている。彼は綺礼の回答を待ちわびていた。


「ふむ、私を友とする益か。そうだな。それでは一つ、私を友にしない手はない、という証明をしてやろう」


 腐っても、くさくさしていても、英雄王。機嫌を損ねれば、遥かに力の及ばぬ綺礼など一秒と掛からず荼毘の薪と化してしまう。口先だけのおためごかしや、取り入るような媚びた態度が通ずる暗愚でもない。回答を誤れば間違いなく命はない。しかし、そんな焦眉の危機など存在しないかのように、不安の陰りを一切見せず、それどころか口許には微かに状況を楽しむ余裕を浮かべたまま綺礼はひょいと立ち上がり、そのまま屋根裏の収納へ続く脚立を引っ張り出すとそれを昇った。疑わしげに目を窄めるギルガメッシュを尻目に上半身を収納スペースに突っ込んで数秒後、脚立を軋ませて降りてくる。その両手には、それぞれ一升瓶が二本ずつ、合計四本がぶら下がっていた。そのうちの一本を指の力だけで器用に放り投げ、緩やかな放物線を宙に描かせた後にギルガメッシュの手にパシリと収めさせる。そこには、『神殺し・純米大吟醸酒(聖堂教会勤続10年記念。これからも事故災害ゼロでいこう)』の巧みな一筆書きが記されていた。瓶の質も、中身の質も、先ほどまで呑んでいたものを上回って上等そうに思えた。見れば、綺礼の手に残る3本も同じように上等な包装紙に包まれている。『神殺し・麦焼酎』。『神殺し・芋焼酎』。『神殺し・シエル・ザ・カレー風味』。


「聖堂教会を引退した元代行者がこの醸造所を運営していてな。彼にはまあまあ大きな借りがあって、時々こうして特別な酒を分けてくれている」


 その言葉に嘘偽りはなかった。代行者を経て第八秘蹟会に転じた友人は、世界各地を渡り歩くなかで日本酒と出会い、その魅力に取り憑かれると早々に聖堂教会を退職。日本酒の本場、新潟県に移住し、それまで溜め込んでいた給料と膨大な退職一時金を注ぎ込んで老舗醸造所を買い取り、愛する日本酒の真髄を掴もうと日夜努力している。古巣の聖堂教会とも良好な関係を維持し、勤続10年記念品として採用もされている(だいたいの代行者が10年未満で死ぬのでなかなか貰える者はいない)。そして、これらの酒は代行者時代に借りのある綺礼に送られてきた、決して市場に出回ることのないごく少数生産の特注品だったり試供品だったりする(カレー風味は、ある代行者からの強硬な圧力によってむりやり作らされた挙げ句に大量に売れ残ったものである)。

 飲み干して残念がっていた酒が復活した喜びと、綺礼のいかにも他意無さげな悪戯っぽい表情がリンクせず、ギルガメッシュはしばし目を開いてポカンとする。「つまり、お前の目の前にいる男は、こんな男だ」。ギルガメッシュの手に砂色をした伊万里焼の酒杯を握らせ、効果を狙うようにたっぷり一拍間を置いて、古今東西あらゆる場所で友情を育んできた古い伝統を持つ殺し文句を口にする。



「“とびきり美味い酒を隠し持ち、酒の趣味が合う”」



 ギルガメッシュのそれは、まさに破顔一笑と呼ぶに相応しいものだった。それまでに誰にも見せたことのないような───それこそ、心を許した盟友にしか見せたことのないような屈託のない表情を浮かべて、ギルガメッシュは心底から大いに笑った。


 後年、10年が経ち、教会の主となった綺礼に言わせれば、その時のギルガメッシュはカボチャをくり抜いたハロウィンの提灯なみの笑顔を見せたという。そして、10年を経て再び彼の前に胡坐をかくことになった彼の盟友もまた、その時と同じ満面の笑みを浮かべ、照れくさそうにはにかんだ。




‡璃正パパサイド‡


 綺礼の父、言峰璃正は、己の目と耳を疑った。一度も友だちなど呼んだことのない孤高の息子の部屋から漏れてきた男二人の騒ぎ声を訝しんでこっそり様子を見に来てみれば、なんとそこでは息子と英霊がやんややんやと楽しげに酒を呑み交わしていたのだ。床には一升瓶やワイン瓶が転がり、酒のつまみにしたのだろう、おやつカルパスとカムデーの空き箱が散らばっている。


「だーはっはっはっはっはっ!綺礼、綺礼お前、お前それはないだろうっ!腹が、腹が捩れるっ!だははははははっ!!」

「だ、だってな、あの時は仕方なかったのだ!あの機械オンチの時臣師の部屋にまさかエアコンが設置されているとは思わなかったし、床にリモコンが落ちているなんて予想だにしていなかったから、まさか踏んづけることになるとは思ってもみなかったのだ!」

「だからって冷房を最低最強にした状態で黙ってリモコン持って逃げるなどと、お前、それはあんまりだろう!人間性に│悖《もと》るぞ!時臣め、今頃凍死しておるんじゃないか!想像するだけで……くっくっくっくっ!腸捻転になりそうだ!え、え、エルキドゥ助けてくれ!フンババに裸踊りさせたときより笑いが止まらん!」

「ちょっとは悪いと思っているさ!だが、仮にもお前のマスターだろう!時臣師が弱ったりしたら供給される魔力が減るだろうに、少しは心配したらどうだ!」

「はっはっはっ!そんなときはコレよ!この『ルールブレイカー』でちょいっと時臣めを突付いてやればあら不思議、契約はかっきり無しになる。そうすればあの退屈な男ともおさらばよ」

「ほーっ。そりゃ凄い。だが、その後はどうする?マスターを失っては現界に支障をきたすだろう?」

「さあ、どうしたものかな。ああ───そういえば一人、令呪を得たものの相方がおらず、契約からはぐれたサーヴァントを求めているマスターがいたはずだったな」

「そういえば、そうだった。だが果たしてその男、マスターとして英雄王の眼鏡に適うのかどうか」

「問題あるまい。堅物すぎるのが玉に瑕だが、前途はそれなりに有望だ。ゆくゆくは存分に我を愉しませてくれるかもしれん。なにより、まだどこに美味い酒を隠しているかわからん」

「ははは、まだまだ、父の知らないところにさんざん隠してある。祭壇に飾られている十字架の中身をくり抜いてワインを詰め込んだり、キリスト像の背中をキャビネットに改造して隠したり、まだまだあるさ。酒を貯蔵するのにちょうどいい温度なんだ。あと祭壇の銀杯も実は何度か焼酎を呑むのに使った」

「……おまえ、実はけっこう悪質な破戒僧なんじゃないか」


 璃正の頬を感涙がだくだくと伝い落ちた。今まで、自分の在り様を見定められず、それを肉親にも打ち明けられずに孤独に耐えてきた息子に、胸中を開けっぴろげにして話せる友人が出来たのだ。例えそれが英霊だとしても、なんの違いがあろうか。楽しそうに誰かと会話をする息子の姿を見られただけで、父親としてこれほど嬉しいことはない。震える口を抑え、感動の呻きを聞かれないようにして、璃正はひっそりと息子の部屋の前から姿を消した。今夜は、よく眠れそうだ。



……え?十字架とキリスト像を改造したって言わなかった?

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