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【試作】勇者パーティーをクビにされた雑用係、女騎士となる【途中】
息抜きに書いてみる。
「お願いだ。僕を支えてくれ、ウツメ」
「ああ、タケミ。お前が立派な勇者になれるように、俺がどこまでも付き合ってやる」
俺たちは、同じ村の出身だった。俺が15歳、タケミが14歳の時、偶然にも村を訪れた高位神官が、夕食のたわむれに俺たちに神託と呼ばれるクラス判定を授けた。神聖書のまっさらなページに運命の言葉が浮き上がる。その結果に、神官は酒酔いも吹き飛んで驚愕した。
───この者こそ、今代の勇者の片翼なり。汝、女の勇者を捜すべし。さすれば魔王を妥当せしめよう。
なんと、タケミが伝説の『勇者』のクラスを運命づけられていることがわかったのだ。百年に一人現れるか現れないかという、魔族を圧倒できる人類唯一のクラス。しかも、千年間も倒せていない魔王すら倒す可能性を秘めているという。山奥の小さな村は狂ったように湧き立った。14歳の少年を胴上げし、村の誇りだと褒めたたえた。……そう、タケミだけ。俺のクラスはというと、ただの『大工の村人』だった。そんなもの、わざわざクラス判定をされなくてもわかっている。俺の家系は代々大工だったのだから。俺も村に一人しかいない大工職人であり、俺を残して死んだ父親も同じだった。親父は大工仕事の最中に事故で死んだ。爺さんも村に一つしか無い大水車の修理中に死んだらしいし、ひい爺さんは橋を作ってる最中に死んだという。村のために死んだも同然だが、ポツンと小さな墓を見ればとてもじゃないが英雄扱いとは呼べない。貧しい村だから誰かを特別扱いすることが出来なかったのだとしても、15歳の子供を修理だなんだと昼夜関わらず顎でこき使うのは理不尽に過ぎる。こんな村、機会さえあれば出ていきたいと思っていた。だが、選ばれたのはタケミ一人だった。熱狂する村人の渦から弾き出され、俺はいじけそうになった。俺と同じような境遇のタケミとは幼馴染でもあり、歳が一歳下ということで弟のようにも思っていたからだ。いつも俺の後ろについて回っていたタケミが持て囃されていることに嫉妬まで抱いてしまった。だが、そんな俺に手を差し伸べたのは、タケミだった。いや、今思えば、逆に手を挿し伸ばして欲しかったのだろう。アイツは迷子のような表情で、俺を勇者パーティーの最初の一人に選んだ。突然、お前は勇者だと言われて一番混乱していたのは、タケミ自身だったのだ。アイツはまだ子供だった。そして、俺は兄貴であり、家族も同然だった。導いてくれる、支えてくれる者を欲していた。俺は頼られたことが嬉しかった。兄貴分として、タケミをどこまでも支えてやろうと心に誓った。
「アンタ、もうこのパーティーに必要ないわよ」
「ああ。足手まといはおとなしく田舎に帰っちまいな。貴殿もそう思うよな、勇者ウツメ殿!」
あざ笑う二人の声が遠くに聞こえた気がした。二人は、女勇者を捜す旅の途中で仲間になった魔法使いと武闘家だった。二人とも己のクラスを使いこなしていて、若くて腕が立ち、戦いのセンスは王国騎士の精鋭なみだった。『勇者』であるタケミと同じパーティーに入れば、より多くの魔族を倒し、勇者の片割れを見つけた末には人類の宿敵である魔王をも打倒できると考えて合流してくれたのだ。事実、俺たちは数あるパーティーのなかでも最強と言っても差し支えない実力となった。魔王軍に責められて劣勢の極みだった騎士団に加勢し、全滅寸前の様相から一気に逆転に導いたこともあった。魔王軍四天王の一人を相手にして、倒すまでにはいかないまでも撃退することもできた。そんなことが出来た人間は今までいなかった。村を飛び出して4年。パーティーが四人になって1年。順調に経験値とレベルを上げるパーティーは向かうところ敵なし、飛ぶ鳥を落とす勢いで名を挙げていった。……やはり、俺を除いて。当然だ。『村人』の俺は、本来戦いには向いていない。持って生まれた自分のクラスと違うことをしていても、レベルはなかなか上がらなかった。次第に他のパーティーメンバーとの間には歴然とした力の差が生まれていった。仲間が平気で倒せる魔族にも苦戦し、疲れを知らずに突き進む仲間たちについていくことが出来ずにパーティー全体の行動を遅延させてしまうことも多くなった。最初は歩調を合わせたり慰めてくれていた魔法使いや武闘家も、次第に俺を捨て置いて先に進むようになった。それも仕方がないと弁えた。力不足であることは自分でも痛いほど理解していた。だからこそ、他のメンバーが出来ないことを懸命にやった。補給品の管理、武器防具の手入れ、旅に必要な物資の手配、関係者との協議や折衝。俺が出来ることはなんでもやった。何日徹夜することになろうと、不摂生がたたって吐血を吐こうと、俺は支え続けた。すべては、タケミとの約束を果たすために。
「僕も……そう、思う」
だからこそ、タケミの漏らしたその呟きを信じることが出来なかった。今までやってきたこと全てを否定されたのだ。目の前が真っ暗になり、気が付けば、俺は一人でフラフラと夜の森を彷徨っていた。アイテムも装備も全て置いてきた。魔法使いから「アンタには過ぎた装備よ」と言われ、放心する俺は反論する気力もなく黙ってその場を後にしたのだ。タケミが引き留めてくれることを願ったが、ついぞ望む声が俺の背中に掛けられることはなかった。降り始めた豪雨が責め苦のように肩を叩きつける。
(どうしてだ、タケミ?)
心中のタケミに問いかけるが、黙するばかりで答えは返ってこない。たしかに、最近のタケミは俺と話すことを避けるようになっていた。俺も、忙しくなっていくパーティーの活動を支えるために奔走するなかでウツメとまともに会話をする余裕もなくなっていた。以前は「手伝えることはないか」と声をかけてきてくれた。だが、魔法使いと武闘家とともに行動することが多くなるにつれて、俺たちの間には距離感のようなものが生まれてきた。それでも、それは一時的なものに過ぎないと俺は過小評価していた。俺も死に物狂いで頑張っている。そんな俺のことを、みんなも、なによりタケミも認めてくれているのだと自負していた。それが勘違いだったのだと、今日初めてわかった。タケミが時おり見せる申し訳無さそうな表情も、今思えば憐れみのそれだったのか。地面を踏みしめる感触すら遠くに感じる。まるで地面そのものがないような───
「しまった!」
後悔したときには遅い。パーティーメンバーとの関係も、崖から転げ落ちたときも。松明すら持たずに真夜中の森を歩き進むなど自殺行為だったのだ。雨でぬかるんだ地面に足を滑らせても、自業自得だ。滑り台のような崖の斜面を転がり落ちていきながら頭の片隅では冷たい後悔が募っていた。
「あ、脚が……!」
ふうふうと肩で息をして激痛をなんとか制御しながら自身の状況を分析する。代々、大工家系として受け継がれてきた頑健な肉体がなければ、とっくに死んでいただろう。反射的に身体を丸めて落ちたことが幸いしたのだろう。それに運もよかった。裂傷や打撲や捻挫ばかりだが、骨が折れたのは片足だけだ。惜しむらくは、運をここで使い果たしてしまったことか。見上げてみると、さっきよりも星が遠く思えた。かなり下に落ちたらしい。「森のなかには“死の谷”がある」と近くの村で聞いたが、失念してしまっていた。よく生き残れたものだと神に感謝しかけたが、どんな御意思で俺を生き残らせたのかその大意を図りかね、祈りの手を止めた。勇者パーティーをクビにされた人間に、神がなにを望むというのか。
「ん?洞窟、か?」
暗闇に目が慣れてきたところで、目の前に洞窟が口を開けていることが分かった。高さ、横幅ともにせいぜい俺の身長二人分くらいだが、やけに綺麗にくり貫かれていることが気になった。まるで熱したバターナイフでバターを削り取るように滑らかな壁面はいかにも人工的だ。まさか、洞窟自体が人工物なのだろうか。しかもこんな谷の底に。そんなもの聞いたことがない。元大工という技術者としての興味がわいた。それに、負傷したままこんなところにいては、狼といった野生動物や魔族の餌になってしまう。この雨を凌がないと凍え死ぬことにもなる。洞窟のなかの様子を耳をすませて窺ってみるが、物音ひとつしなかった。ひとまず安心すると、折れた足を固定するために手早く応急処置を施す。「魔力の無駄だから」といって俺には回復魔法を施してくれようとしなかった魔法使いのせいでこういった医療の技術を身につけることができたのは、感謝するべきかしないべきか。複雑な気持ちと足を引きずりながら、俺は残った寿命を少しでも伸ばそうと、外敵から身を隠すために洞窟の奥へと進んでいった。
「……こ、こりゃあ……」
なんて奇妙な巡りあわせなのだろう。目の前に突き立つものを前にして、俺は痛みも忘れて陶然とそれに魅入っていた。洞窟は奥に行けば行くほどより精緻にくり貫かれ、人間の手によるものとは思えないほど精確無比に整えられていた。どのような理屈によるものなのか、壁を埋め尽くす不可思議な苔はエメラルドグリーンの光を煌々と放ち、まるでオーロラが空気中に溶け込んでいるように明るい。音一つしない空間で、ひんやりとした大気は清浄極まり、肺の隅々まで浄化してくれそうだ。そんな神世のごとき場所にあって、それに負けじと神々しい迫力と気品を放ち台座に切っ先を突き立てている剣は、誰であっても言葉を失わずにはいられないほどの神秘的なオーラを纏っていた。
「古代文字、か」
剣が突き立つ花崗岩の台座には、数百年も前に使われなくなった古代文字が刻まれていた。伝説の武具が眠るという遺跡に入るために懸命に勉強した甲斐が報われ、俺はそれを難なく読むことが出来た。
「“女騎士の剣、ここに|眠らせる《・・・・》。神のお戯れと精霊の加護を受けた世界最強の剣なり。次に此れを握る者よ、汝の新たなる行く末にどうか幸あらんことを”」
眠らせる?言い回しに疑問が浮かぶが、俺の勉強不足に違いない。とにかく、この剣の出自を少しではあるが知ることが出来た。この世には神によって創られた武具がある。人類はその伝説の武具を喉から手が出るほど欲していたが、王家に伝わっているという伝説の兜以外に見つかったという話は聞いたことがない。だが、ここにあったのだ。古代文字の文面から察するに、かつて女騎士の手にあったのだろう。この洞窟の見事さからして、高名な女騎士が振るっていたに違いない。次にこの剣を振るう者のために、この人知れない洞窟に安置したのだろう。さぞや高潔な魂の持ち主だったに違いない。
「だけど……美しいな……」
神剣のあまりの美麗さに痛覚は完全に吹き飛んでいた。柄頭にはめ込まれた宝石はダイヤモンドを遥かに超え、まるで天の川を内包しているかのような渦巻く輝きを秘めている。|握り《グリップ》の部分に使われている革は、数百年が経過しているだろうにさっき創られたばかりのように新品同然だ。もしや絶対に劣化しないというドラゴンの革なのか。鍔には目を細めなければ見えないほど精緻な紋様が完璧な左右対称を為して刻まれている。王家御用達の職人でもここまでは掘れまい。だが、それらを合しても剣身の完成度には敵うまい。いったい、どれほどの精錬を行えばこの域に達するのか。考えられないほど薄い刀身は向こう側が透けそうなのに、固い花崗岩に深々と突き立つ様相は強靭そのものだ。俺の技術者としての目は、これが間違いなく神の御業の賜であると断言していた。どれほど高温の炉があろうと、どれほど高品質の石灰石があろうと、人間には創れまい。これが伝説のミスリル金属なのか。歪みも刃こぼれも一切存在しないブレードに顔を近づければ、泉の水面のように俺の顔をそこに映し出す。今までの過労の祟ったしゃれこうべのような顔貌は怪我と泥で汚れて見れたものではない。目の前の聖剣の美しさと比べるべくもない酷さに、思わず鬱屈した笑みが浮かんだ。
「俺がタケミだったら……伝説の勇者だったら、きっとお前を手にとって振るってやれたんだけどな。でも、ここにいるのは『大工の村人』なんだ。しかも、死にかけの。とてもお前に相応しいものじゃない。ごめんな」
俺はこの谷底で死ぬのだろう。そしてこの剣は再びこの地で眠り続けることになる。そのことに言いようもない情けなさを覚え、剣の前に膝をついてぎゅっと目を瞑った。それをきっかけに、無念の感情が溢れてくる。悔しかった。あんなに尽くしたのに、あんなに努力したのに、あんなに頑張ったのに、クラス適性が無いというだけで切り捨てられるなんて、あんまりじゃないか。ポロポロと涙が溢れてくる。大の男が泣くなんて、俺はどこまで情けないんだ。
「ここから出よう。こんなところに俺の死体があるべきじゃない」
この剣を握るべき者は他にいる。この神聖な空間は居心地がいいけれど、俺なんかが野垂れ死んで穢すべきではない。服の袖で涙を拭い、立ち上がろうとしてズキリとした激痛に呻く。足が折れていたことを忘れていた。支えになるものを探し、自然な帰結として眼前の剣のグリップを握った。奇妙なほど温かい。手のひらを介して心地よい熱が流れ込んでくるようだった。その感覚に戸惑い、ふっと視線を剣身の鏡に転じて、
女騎士がいた。
「───ハッ!?」
ガバっと半身を持ち上げる。視界いっぱいに拡がるエメラルドグリーンの世界に、自分が置かれた状況とここまでの境遇が瞬時に思い出される。どうやら気絶していたらしい。立ち上がろうとし、折れた足の激痛によろめいて剣を握ったところまでは覚えている。そう、この手に握っている神剣を。
「倒れたときに引き抜いてしまったのか。申し訳ないことをした」
ぎゅっと握って、手のひらに吸い付くような革のグリップの感触を確かめる。花崗岩に埋まっていてわからなかったが、剣身は想像よりずっと長かった。しかし、剣そのものの重さは羽のように軽い。左右に振るってみれば、重心は寸分の誤差もなく中心にあることがわかる。これを手にできる者は世界一に幸運だ。
さあ、いつまでも俺なんかが手にしていていいものではない。台座に返さなくては。俺は諦観の息を吐くと、ひょいといつもの動作で立ち上がる。……二本の足で。
「あ、あれ?足が、治ってる!?な、なぜだ!?」
一拍置いて、自身に起きたことに気がついてギョッとして飛び上がる。たしかに右足の脛がポッキリと折れていたはずだ。反射的にその足に触れようと手を伸ばす。
「うぎゅっ!?む、胸が邪魔だ!なんだこれは!?」
腰を曲げて身体を曲げようとしたところで胸と太ももの間にクッションのようなものが挟まれていることに気付いた。ふにゅふにゅとした弾力のあるものが2つある。それに触れようとして、ガツッと硬い感触が指先に走る。いつの間にか、俺は金属の鎧を身にまとっていた。胸部にある膨らみを群青色の鎧が守っている。全身ではなく急所の部分のみを覆う軽鎧のようだ。身につけていることなどわからないほどに軽いが、触ってみるとどんな金属より頑丈そうだ。|籠手《ガントレット》までつけている。刻み込まれた紋様の意匠は神剣そっくりだ。もしや、これもミスリル製なのか。だとすれば物凄い価値になる。だが、いつの間に装着したのだろう。
「む?こ、声がおかしい。声まで軽い。鳥みたいだ」
あー、あー。音域を高くしたり低くしたりしてみる。どの音域も俺が出せるようなものじゃない。よく通る、まるで女の声だ。喉仏を確かめようとまさぐってみる。そこには何もなく、すべすべとした細い首があるだけだ。混乱に拍車がかかり、頭を抱え込もうと剣を握っていない方の手を頭部に押し付ける。
「わあっ!髪が長くなってる!?」
洞窟内に可憐な女の声が響く。それが自分が発した声だということは理解できるが、到底納得できない。髪の先端を辿ってみると腰の後ろまで達していた。指先でつまんで眼前に持ち上げると、夏の日差しのように眩い金色だった。俺は短くてボサボサの黒髪だったはずなのに。
(途中)










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