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性転換

映画見てきました!&昔書いてたTSF小説(アダルト注意!)

 ←二連休キタ―――(゚∀゚)―――!! →疲れたぁ
『ミッション:8ミニッツ』と『すてきな金縛り』を見てきました!いや~、どっちもおもしろかった!!
前者は、その発想はなかったわ!という驚きがありました。このストーリーを考えた人は凄い!!最後の最後で「なん…だと…!?」とびっくり仰天!ハラハラドキドキと涙腺崩壊の絶妙のバランス!素晴らしい映画でした!後者は笑いあり涙ありの三谷幸喜ワールドで、純粋に楽しめました!登場の人物の誰にも愛嬌があって、適役であっても全然憎めない!最後までにこやかに見れる映画で、実にほっこり出来ました。どちらもお勧めですよ!!

『白銀の討ち手・義足の騎士編』については今のところ詰まることもなく、順調に進んでいます。今週か来週には更新したいです。

そして、だいぶ昔に使っていたUSBを発見したので開いたところ、中からTSF支援図書館で途中まで掲載していたSSを発見しました。もうとっくの昔に消失してしまったとばかり思っていたのに、USBに保存していたとは……。前のノーパソがHDDもろともプッツンしてしまってから諦めていましたので嬉しい!でもプロットと続きのアイディアたちはUSBには入ってませんでした……。とりあえず、いつか完結させるぞという意気込みもこめて途中までですがこちらに載せようと思います。仕事先の休憩時間にでも読み直しつつ、続きのプロットを思い出します。たぶん思い出せないから新しく作ることになるだろうけど。


※アダルトなので問題ありそうだったら消します。では始まり始まり。


「…寒い」
「ヒーターの灯油を買っておくのを忘れたんだ。すまんが我慢してくれ」
「女は体を冷やすといけないんだぞ」
「女扱いするなとあれほど言っていたくせに、今さら何言ってんだ。てか、俺のマンションじゃなくて自分の家に帰ればいいだろ」
「…うちには帰りたくない。みんな俺を女扱いするんだ」
「なんで俺には女扱いすることを求めるんだよ」
「……」
「な、なんだよそのじとっとした目は」
「ちょっと後ろに下がれ」
「は?あ、ああ………って、おい!?」
「はふー、あったけー」
「な、なにを…!?」
「でもまだ寒い。ぎゅっとしろ」
「はあ?なんでそんな…わ、わかった。わかったから指を鼻に突っ込もうとするのはやめろ!」
「わかればいい」
「ほらよ…これでいいのか?」
「ん。満足♪」
「おまえ、女扱いするなって言ったけど、少しは女になった自覚を持ったほうがいいぞ・・・」
「気にするな。それに、お前も嬉しいだろ?」
「……まあ」
「うん、それでいい」
「なにがだよ?」
「なんでもない」

 ‡ ‡ ‡

「ぅえっくしゅ!!…ん?」
肌寒さに目を醒ますと、そこは自分のマンションの居間だった。
テレビではやけにテンションの高いアメリカ人の男女が胡散臭い通販番組をやっている。
どうやら、いつのまにかテレビも照明もつけっ放しで寝てしまっていたようだ。
時計を見上げると、もう夜中の3時を回っている。

「…んん…」

「うお!?」
胸元からいきなり色っぽい女の子の息遣いが聞こえて一瞬ぎょっとする。
腹の上で暖かく柔らかい何かがもぞもぞと動く。
俺はそれが何なのかを確認すると、軽いため息を吐き、
「…おい、風邪ひくぞ」
人の腹の上でぐーすか寝てやがるきよひこの肩を揺らした。
予想通り、反応は全くない。
唇の端にヨダレをつけてのん気に寝ている。
「ったく。女は体を冷やしたらいけないって自分で言ったくせに…」
ボリボリと頬を掻くと、俺はきよひこを起こさないようにそっと持ち上げてベッドまで運ぶことにした。
意外に軽いその体重に、改めてこいつが女になったんだと実感させられる。
脱輪して横転したトラックに轢かれ体の大部分を失ったきよひこを助けるために、まだ実験段階だった『全身再生医療』という治療がされたのが今から2年前。
無傷だった脳だけをきよひこの細胞から新しく再生された体に移植するという大手術が行われたが、途中で何が起こったのか、第二の体は女の子のそれへと変異を遂げてしまった。
「たとえ女になっても構わない」というきよひこの両親の意思できよひこの脳は女の体に移された。
脳が体の変化に適応するまで人工的な植物状態が続き、ついに覚醒したのが今からちょうど3ヶ月前だ。
まだ事情を知らされていなかった俺が久しぶりに親友に面会をした時は、あまりの突飛な変化に冗談抜きで目玉が宙に飛びかけたものだ。
お世辞にも広いとは言えない寝室のドアを足で器用に開けて、ベッドにきよひこをゆっくりと置く。
小さな体が毛布の中に沈んでいく。
「んふ…」
夕方に干したばかりで太陽の光をたっぷり吸った枕に気持ちよさそうに頬っぺたを擦り付ける。
到底男のやるものとは思えない小動物じみたその仕草に、俺は思わず苦笑した。
思えば、こいつも気の毒な奴だ。
何の非もないのにトラックに潰されて気が付けば女になっていた、なんて経験、そうそうする奴はいないだろう。
しかも、寝ていた間に、俺を含めた同級生たちは全員が高校を卒業し、俺のように働き始めたり、大学や専門学校に行ったりしている。
一人だけ勝手に時間を止められたようなものだ。
そのせいで、一時期はかなり落ち込んでいた(無理もないが…)。
3ヶ月前、俺が真剣に説得して、もう一度学校に通ってみんなに追いつこうと決心させるまでは、今にも自殺しそうな顔をしていた。
だが、今はもうまったくそんな様子を見せない。
いいことだ。
押入れから予備の厚い毛布を取り出して、きよひこの肩まで覆い隠すように被せる。
「…そういえば、こいつが立ち直ってからだったっけ。俺の家に入り浸るようになったのは」
家は近くだというのに、なぜかきよひこは、俺が一人暮らしを始めたマンションに頻繁に立ち寄るようになった。
可愛い女の子が家に来てくれるのは一向に構わないしむしろバッチコイという感じなのだが、如何せん中身が元男では複雑なものがある。
「ほんと、外見はすげー可愛いんだけどなぁ」
白い頬っぺたをつんつんとつつく。
すべすべもちもちとした柔肌の触感がくせになりそうだ。
「お?留守電?」
ふとケータイに目を落とすと、液晶に留守電ありを表す絵文字が点灯しているのが見えた。
大体相手は予想できたので、部屋の外に出て、ケータイを耳から遠ざけてから再生ボタンを押す。

ピーッ
『あー、“きよか”の父だが…。そっちに私の娘は行っていないかね?行っていたら連絡してくれないか』
ピーッ
『連絡はまだかね?』
ピーッ
『としあき君?なぜ返事がないんだ?』
ピーッ
『きよかはそっちにいるんだろう?もう遅いから帰るように言ってくれ。早く!』
ピーッ
『だからなぜ返事をしないんだ!?きよかに何かしたらただじゃおかんぞ!』
ピーッ
『もうこんな時間だぞ!まさかきよかと…!?もう待てんぞ!今からそっちに』
『お父さん!こんな夜中になに叫んでるんですか!近所迷惑ですよ!』
『か、母さん!しかしきよかが、きよかがあの小僧に!!』
『深読みしすぎです!それに、としあき君はそんな子じゃないのはお父さんもわかってるでしょ!』
『でも、でもきよかがぁ…!!!』
『しつこい!もう寝なさい!』
『く……』
ガチャ

ツーッ
ツーッ
ツーッ

「……相変わらずだな」
大きくため息を吐く。
きよひこの父親は、某企業の幹部をしている。
幹部らしく、自分にも一人息子にも厳格な父親だった。
両親がおらず祖父母に育てられた俺には羨ましくて仕方がない存在だった。
…少なくとも、きよひこが“きよか”になるまでは。
息子が娘になってからのその子煩悩っぷりは凄まじいものがある。
これをバカ親と言わずしてなんと呼ぼう。
きよひこが俺の家に来るたびにこんな調子では、俺の胃もいつストレスに負けて穴が開くか分からない。
背後の寝室で布が擦れるような音が聴こえた気がしたが、俺は考えに没頭してすぐに忘れた。
思い返せば、きよひこが我が家に入り浸るようになってからどうもいいことがない気がする。
いつのまに合鍵を作ったのか、仕事から帰るといつもきよひこがいた。
そしていつも、台所をめちゃくちゃにしてマズい夕飯を勝手に作って余り物だというよくわからないものを食べさせられた。
帰りが遅いと、帰った時になぜかうるさく騒ぐから退社してからどこかに寄る時間もない。
俺のプライベートな時間はすべてきよひこに奪われていると言っても過言ではない。
「ったく…迷惑してるのはこっちだっつーの」
「……!」
と、寝室からガタンという何かが何かにぶつかる音。
俺が疑問に思って振り向いた次の瞬間、寝室の扉が勢いよく開け放たれた。
鼻が顔面に食い込み、顔が一瞬平面になる。
「っっっっいいでででででででで!!!!????」
鼻血は出なかったようだが、その激痛は悲鳴を上げざるを得ないほどのものだった。
うずくまる俺の涙でぼやけた視界にきよひこの細い両脚が映る。
俺はきよひこを睨みあげ、
「て、てめぇ!いきなり何しやが……る…?」
その顔は、3ヶ月前のきよひことまるで同じ表情をしていた。
絶望の淵を覗いたような、光のない瞳が俺を見ている。
「きよひ」
「帰る」
俺の声を遮って静かな声でそう告げると、きよひこが玄関に向かって歩き出す。
「あ、ああ。…って、今何時だと思ってんだ。危ないから、俺の車で送ってく」
「いらない」
即答された。
「いらないって…」
「俺の空手の腕前は?」
「…七段の教士クラス。だけど、それは男だった時の話だろ」
「…うるさい。一人で帰るって言ったら帰る」
なぜかよくわからないが、ひどくご立腹の様子だ。
たしかにきよひこの家までは近いが、それでも歩くと10分はかかるし、何よりこのあたりの道は人通りが少ない。
仮にも女の子なんだから、夜中に出歩くのはどうかと思う。
「いや、でもな…」
「うるさい!お前には関係ない!!」

突然の怒声に、俺は目を丸くして固まるしかなかった。

俺が呆気にとられていると、きよひこははっとしてこちらを振り返る。
その表情は、今にも泣き出しそうな顔をしていたが、すぐに無表情に戻る。
「え…」
「じゃあな」
『どうしてそんな顔をしているんだ?』と訊こうとした俺を無視し、きよひこは踵を返してドアを乱暴に開けて出て行った。
「なんだったんだ…?」
俺は首を傾げながらも、きよひこの家に電話してすぐに電話に出た父親に迎えに行ってほしいと告げた。
『今まで何をしていたのか』『なんで君が送らないのか』など聞かれたが、『特に何もしていない』『怒らせてしまった。ついて行くともっと怒られそうだ』と正直に答えておいた。
下手をして社会的に抹殺されたらかなわない。
電話を切って、俺はふときよひこが出て行った玄関を見つめる。
なぜか、胸が痛かった。

 ‡ ‡ ‡

車をマンションの駐車場に停めて、俺は暗い一本道を街灯の弱い灯りを頼りに歩く。
あれから一週間が経った。
珍しく、きよひこはまったく顔を見せないしメールも送ってこない。
俺もここ一週間仕事が忙しかったから、こちらからメールすることはしなかった。
「ただいま~」
久しぶりに自分で鍵を開けて家に入る。
もちろん、反応はない。
廊下の照明をつけようと、スイッチを手探りで探して点ける。
いつもと違う状況だからか、それがどうにも落ち着かない。
一週間前までは、ドアを開けるときよひこが居間からひょいと顔を出して、嬉しそうに「おかえり」と言っていた。
それから、変な飯を食べさせられて、むりやり「美味しい」と言わせられて、学校での愚痴を聞かされた。
それはたしかに苦痛ではあったが、不快なことではなかったはずだ。
「…淋しいな」
あいつがいないと、まるで家が何倍にも広くなった気がする。
きよひこの存在が俺の中でこんなにもでかい部分を占めていたのだと、俺は初めて認識した。
なんで怒らせてしまったのかはわからないが、このままの状態が続くのは嫌だ。
俺はこの状況を打開するために、埃をかぶった広辞苑の中に隠しておいたヘソクリを取り出した。

 ‡ ‡ ‡

暗い部屋の中、ベッドの上で枕を抱いて寝ている。
いつからこうしているのかは覚えていない。
夕飯を少し口にしてそれからずっとこのままだから、少なくとも5時間はこの体勢のままだろう。
でも、寝返りを打つ気にもならない。
一週間前からずっとこんな調子だからか、さすがの放置主義の母さんも心配して時々部屋までやってくる(親父は1時間おきに部屋を覗きに来る。心配してくれるのはありがたいが気持ち悪いと正直に言ったら目に涙を浮かべて帰っていった)。
二人の気持ちは嬉しいけど、今はとにかく放っておいてほしかった。


迷惑してるのはこっちだっつーの…


その声を思い出すたびに、ズキリと胸が刺すように痛む。

---最初からわかっていた。
としあきにとって、俺は“親友のきよひこ”に過ぎないということは。
それ以上にはなれない。
わかっている。
なのに……俺の心はそれ以上の関係になりたいと強く願っている。
“親友のきよひこ”ではなく、“女のきよか”として接してほしい、と。
いつからこんな風に思うようになったのかは、実はよく覚えていない。
突然トラックに潰されて、目が覚めたら女になっていて、みんなから何もかも追い放されていた。
取り戻しようのない「時間」を理不尽に奪われて、俺は絶望した。自殺しようかとも思った。
そんな俺を、としあきは救ってくれた。
俺のために熱心になってくれるその姿に、俺の胸は熱くなった。
もしかしたらこの時すでに、俺はあいつに惹かれていたのかもしれない。
最初はただ純粋に、救ってくれたことへの恩返しをしようと思っただけだった。
まだ学生の身分である俺に何が出来るのかと必死で考えた末に、独学で料理や家事を学び、可愛い服を着て、としあきを喜ばせようと考えた。
自分の容姿が凄く可愛いことは自覚していたし、元男だから、女の子のどんな仕草が男を痺れさせるかもわかっていた。
学校で女の子たちに紛れて行動を観察したり、男連中の猥談をこっそり盗み聞きして“萌え”なんかを学んだりした(俺が眠っていた間に流行りだした言葉らしい)。
としあきは容姿はかっこいいくせに性格が奥手だからなかなか女の子に手が出せないし、襲うどころか手を握るなんてこともできないのは長年の付き合いでわかっていたから、喜んでくれるという確信はあった。
研究した成果を駆使して、くっついたり、からかったり、甘えたりした。
…そうしているうちに、いつのまにか、俺の方がとしあきから離れられなくなってしまっていた。
四六時中としあきのことが頭から離れなくなった。一緒にいないと不安で不安で仕方なくなった。
「俺はとしあきの好みの女の子なのだろうか?」
「誰かにとしあきをとられてしまうんじゃないか?」
「今頃、俺以外の女の子と仲良く話しているんじゃないか?」
そんなことを考えるたびに、押し潰されそうな焦りと恐怖に襲われた。
だから、もっともっと積極的にとしあきに接するようになった。
でも---それは、としあきに負担を強いることになっていたんだ。
仕事で疲れているのに、俺はとしあきのことなんて何も考えずに、ただ自分の不安を晴らそうとするばかりで………
「…俺の、バカ野郎…」
この間は「迷惑」と本当のことを言われたのに、大バカ者の俺は逆上して叫んで出て行ってしまった。
きっとあいつは怒ってる。その証拠に、俺のケータイにはとしあきからのメールも電話も来ない。絶対嫌われたに違いない。
もう、今までの関係には、戻れない。
「…ぅ、ひっく…」
我慢していた涙がついに溢れ出してくる。
下唇をぎゅっと噛んでなんとか止めようとするけど、一度流れ出した涙は増すばかりで一向に止まってくれなかった。
涙がこめかみを伝って髪の毛とシーツを濡らしていく---。

♪~♪♪♪~~~

「……!!」
そのケータイの着信音が聴こえ出した瞬間、思わず枕を蹴り飛ばして勢いよく起き上がる。それは、としあきからの電話用に設定したものだったからだ。
「け、け、け、ケータイ!ケータイは!!??」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔のまま、部屋中をひっくり返すように探し回る。なのに、なぜか見つからない。焦りが募る。
これで電話に出られなかったら、本当に心の底から嫌われてしまうかもしれない。
そう思ったら、また涙が溢れ出してきて---
「はい、これでしょ?」
「え?」
視界の横からケータイが差し出される。振り向くと、いつのまに入ってきたのか、そこには俺のケータイを持った母さんがいた。
「ほら、ぼーっとしてないで、早く電話に出なさい。としあき君からなんでしょ?」
「あ、ありがとう!!」
俺はケータイを母さんから受け取って素早く通話ボタンを押し、
「わっぷ!?」
いきなり顔に押し当てられたタオルに変な悲鳴をあげた。
「顔がぐしゃぐしゃよ。ちゃんと拭きなさい」
苦笑しながらそう言うと、母さんは部屋から出て行った。恥ずかしい顔を見られたことに、顔が熱くなって真っ赤になっていくのがわかった。

『おーい?』
手元からとしあきの声が響く。としあきを放ったらかしにしてしまっていた。
焦ってケータイを耳に押し付ける。
さっきから何をやってるんだ俺は!
「ご、ごめん!」
『いや、気にするな。こんな遅くに電話をかけた俺も悪い。で、夜も遅いし俺も帰ってきたばかりで疲れているから、単刀直入に用件を言おう』
「な、なんだよ?」
としあきの硬い声に、一瞬で緊張が最大まで高まる。
心臓が張り裂けそうなくらい激しく収縮する。

二度と来るな、なんて言われたらどうしよう。
謝っても許してくれなかったらどうしよう。
このまま絶交なんてなったらどうしよう…。
思考が悪い方へ悪い方へと堕ちていく。

『あのな━━━━』
ごくりと息を飲む。一秒さえも過ぎるのが恐ろしく長く感じてしまう。
あまりの緊張に眩暈さえしてきた。
俺は覚悟を決めてぎゅっと目を瞑り、

『デートしないか?』

壁に盛大に頭をぶつけた。

 ‡ ‡ ‡

『うお!?今なんか凄い音がしなかったか?』
「い、いや、なんでもない。それより、さっきはなんて言ったんだ?」
ズキズキと痛む頭をさすりながら問う。
さっきのは絶対幻聴だ。そうに違いない。
そんな、ででで、デートだなんて━━━━

『だから、デートに行かないかって言ってんだよ』

瞬間、頭の中が真っ白になった。
「な、なんでいきなりそういうことに…?」
口をパクパクさせながらなんとか呟く。現状に頭がついていけない。
『だいぶ前に抽選に応募してた映画のチケットが当たってたのをすっかり忘れてたんだ。ペアチケットだから俺一人で行ってももったいないと思ってさ。よかったら明日一緒にどうかなと』
「そ、それはデートとは言わないんじゃ…」
『男女が一緒に映画を見に行く。これを“デート”と言わずして、いったいなんだというんだ?』
としあきがふざけた口調で力説する。
それを聞いた瞬間、
「…ぷふっ」
思わず吹き出してしまった。
それにとしあきが苦笑しながら応える。
『なんだ、元気いいんじゃないか。一週間なにも連絡なかったから心配してたんだぞ?まあ、俺もメールも何もしなかったわけだが』
「え…?」
心配してた?としあきが、俺を?
自分勝手な理由で迷惑ばかりかけて、最後に逆切れして出て行った俺を?
「その、お、怒ってたんじゃないのか…?」
思わず声が震えてしまう。
しかし、としあきはまったくわけがわからないという口調で、
『はぁ?なんで俺が怒るんだよ?』
「だ、だって、迷惑だって言ってたじゃん!なのに俺はそれに怒って出て行っちゃって…」
語尾がだんだんと小さくなっていく。胸の中に重りができたような錯覚。
目じりに涙が溜まっていくのがわかる。
『迷惑ぅ?……ああ、そういえばそんなこと言ったな。…聞いてたのか?』
ズキ、と胸の奥の部分が悲鳴を上げる。
「うん…だから、俺…」
『誤解しているようだから言っておこう。たしかに“迷惑”だと言った。言ったが、“不快”だとは言ってない』
「へ…?」
よく意味がわからない。としあきは何を言ってるんだ?
『迷惑ではあるが不快ではないと言ってるんだ。そもそも、お前から迷惑をかけられたことが今まで何回あると思ってるんだ。いちいち不快にしてたらきりがないだろうが。最近、お前の父さんが俺に厳しいからちょっと愚痴を言っただけだ』

━━━━ああ、そうだった。そういえば、としあきはこんな奴だったっけ。

「そっか…うん、そうだよな!!」
俺が勝手に悩んで勝手に落ち込んでいただけだった。としあきはいつもと変わらず俺を心配してくれていた。
それがわかった途端、胸の中のモヤモヤした重いしこりは消え去り、俺は調子を取り戻した。
『おわ!?いきなりでかい声を出すなよ!ったく…。で?怒るのはわかるんだが、なんで一週間も音沙汰がなかったんだ?』
「え」
いきなり核心を突いてくるか、こいつは。てか、ちょっと鈍くないか!?
さすがに「嫌われたかと思って落ち込んでた」なんて恥ずかしいことは言えないから誤魔化すことにする。
「あ~。その、あれはだな、」
『あれは?』
…しまった、いい嘘が思いつかない。
脳みそをフル回転させて、この場にぴったりの言い訳を考える。

あ!そういえば学校で、女の子が調子が悪いときはこれが原因だという話を聞いたことがある!
これだ、これしかない!!

「せ、生理!」

『なに!?』
としあきが電話越しに素っ頓狂な声を上げる。大声で言ってしまって恥ずかしかったが、この際そんなことは気にしていられない。
「えと、一週間前から生理になってて、体の調子が悪くてメールとかできなくて、だから、その、」
よくよく考えたら俺はまだ生理になったことがないからそれがどんなものか知らないんだった。
こんなところで俺のドジッ娘特性が発揮されるとは…!
『……』
「え~っと…と、としあきさん?」
沈黙が痛い。さすがにバレたのだろうか…?
『…俺が悪かった』
「へ?」
なんでそうなるんだ?
『そうだよな、お前はもう女の子になったんだよな。気がつかなくてすまなかった!』
「き、気にするなよ…」
なんとか誤魔化せたが、罪悪感が募ってしまった。電話の向こうではとしあきが一人で頭を下げていることだろう。
もっと別な言い訳にすればよかった…。
『こんなデリカシーのない奴とデートなんて、嫌だよな。だいたい明日なんて急すぎるし、よくよく考えれば俺は至らないところばかりだ…。この話はなかったことに』
「わー!わー!行く!行きます!デート行きます!!」
どこまで落ち込んでるんだコイツは!
これでもかというほどに調子が狂う。さっきまで落ち込んでいたのは俺の方だというのに。
『いいのか?』
「謹んでお受け致します!」
階下の父さんや母さんに聞こえそうなくらいの大声で即答する。聞かれていたら後でめんどうなことになりそうだ(特に父さん)。
『じゃあ、明日の10時にでも迎えに行こうか』
「いや、明日は父さんがいるからやめておいた方がいいかも…」
一緒に映画を見てくる、なんて言ったら、妨害工作を受けるか下手したら尾行までされかねない。
『ああ、なるほど。それじゃあ、学校の近くの公園で待ち合わせしよう』
「ん、わかった。遅刻するなよ?」
としあきはのんびりしてるから、時々遅刻するくせがあるのだ。俺ととしあきがまだ同級生だった頃、よく待たされたっけ。
『心配すんな。もうそんな遅刻はしなくなったよ』
俺が何年も寝ている間に、としあきは成長したってわけか。
そう考えると、嬉しいようで、でもちょっと淋しいような複雑な気持ちになる。
「そっか。安心した。じゃあ、また明日」
『おう。おやすみ』
ケータイを耳から話すと、俺はそっと通話ボタンを押して電話を切った。
そのまま、お世辞にも大きいとは言えない胸にぎゅっと抱き締める。
としあきと俺とをさっきまで繋いでいたケータイ、そう考えるだけで幸せな気持ちになれた。

ふと、背後に視線を感じる。不気味な気配に恐る恐る振り返るとそこには、
「…げ」
ドアの隙間からトーテムポールのように縦に並んでこちらを覗いている、笑顔の母さんと泣き顔の父さんの顔があった。

 ‡ ‡ ‡

通話ボタンを押して電話を切る。そのままどっとベッドへ倒れこんだ。
まあ、その、なんだ。
自分で言うのもなんだが、俺はかなり鈍い奴だと思う。
それでも…今の会話はわかりやす過ぎるだろう。さっきの会話を思い出すと、こっちまで恥ずかしくなって悶絶しそうになる。
要するに━━━━今のアイツは、女の子なのだ。
きよひこではなく、きよかなんだ。
そして、きよかは、多分…というかあの反応は間違いなく、俺のことを━━━━。

「…マジか?」
声に出してこれが現実かどうか確認してみる。もちろん現実だ。
きよかに好かれているということにまったく悪い気がしておらず、むしろ心のどこかで嬉しいと感じている自分がいるのも、また現実だった。
親友だった頃の男のきよひこと、今の女の子になったきよかが頭の中でゴチャゴチャになっていく。自分の感情が理解できない。
ただ一つ言えるのは、この胸の中で渦巻く感情は、間違いなく『友情』だけではないということだ。
この焼け付くような熱い想いは、もっと別の━━━━例えるなら、好きな女の子を頭に思い浮かべた時に噴き出してくるような感情で━━━━。
「…マジか?」
この感情がどういうものなのか察しがついてしまった俺は、ただ呆然と呟くしかなかった。

 ‡ ‡ ‡

「許さん!デートなんて絶対に許さんぞ━━━━!」
悲鳴にも似た父さんの怒声が家中に響き渡った。
「ち、ちが!デートとかそういうのじゃなくて!!」
俺は顔を真っ赤にして必死に反論するが、そもそも大声でデートデートと言ってしまったのは自分だから説得力がないのはわかっている。
でも、いざ人から、しかも自分の親から言われるとこの上なく恥ずかしくなって否定せざるを得なくなるのだ。
「ふふ、もう照れなくってもいいのよ。きよか」
母さんが少し紅くなった頬に手を当てて朗らかに言う。
「もう立派な女の子なのね~」と嬉しそうに呟く母さんに、父さんが吼える。
「母さん!きよかには彼氏とかそういうのはまだ早いんじゃないかい!?」
「かかか、彼氏ィ!?」
その言葉を聴いた途端、頭がボンッと破裂したような錯覚を覚えた。自分の顔が一気に真っ赤になったのがわかった。
金魚みたいに口をパクパクさせて何か言おうと試みるが、それより早く母さんが口を開ける。
「お父さん、そんなことを言っていたら、いつまでたってもきよかは自立できませんよ?せっかく娘に好きな男の子ができたんだから、広い心で応援してあげなくっちゃ。それに、としあき君なら変な間違いも起こらないでしょうし、安心でしょう?」
母さんの猛攻撃に、父さんが「おおう」と後ずさる。しかし、まだ諦める様子はない。
「だめだだめだ!もし万が一にでもきよかがあいつに襲われてしまうようなことがあったら━━━━」

「としあきはそんなことしない!!!」

二人の驚いた視線が俺を凝視する。それでやっと、今のは自分が発したんだと気づいた。
「あ……」
あまりの恥ずかしさに、穴があったら入りたい気持ちになる。というか今すぐ俺を壁に埋め込んでくれ!
「きよか!そんな無防備なことでは…!」
父さんの怒声にビクッと肩を震わせる。明日のデート、やっぱりダメなのかな━━━━
そう思った次の瞬間、

「 お 父 さ ん ? そろそろいい加減になさったら?」

その一言で、父さんの顔が凍りつき、見る見るうちに青ざめていった。俺の顔も条件反射的に青くなっていく。
この声は、母さんが本気で怒った時に発せられるものだからだ。
「娘の意思を尊重しなさい、お父さん。わかりましたか?」
「でででででででも━━━━」
「 わ か り ま し た か ? 」
「わ、わかった。わかったから指を鼻に突っ込もうとするのはやめてくれ!」
…なんだろう、どこかで同じ光景を見た気がする…。
解放された父さんが肩をぐったりとさせて俺に向き合う。しばし逡巡して、背後の母さんの突き刺さるような視線にはーっとため息を吐き、
「私も、としあき君なら間違いはないと信じてるよ」
「え…?」
そ、それじゃあ、デートに行ってもいいのか…?
呆然として立ち尽くす俺の頭に、父さんのでっかい手が置かれ、わしわしと髪の毛がかき回される。
「楽しんでおいで、きよか」
「━━━━ッ!!!」
本当に?本当に!?
まだ信じられない俺に、母さんがニコリと笑って、
「よかったわね、きよか」
その言葉に、俺はようやくこれが現実なんだと理解した。歓喜のあまり、目の前の父さんに思いっきり抱きつく。
「ありがとう、父さん!!!」
「はっはっはっ、いいってことさ!ついでに父さんじゃなくてパパと呼んでくれると嬉しいな?」
「あ!俺、こんな時にどんな服を着ていけばいいかわからない!母さん!」
「無視か…ぉぅ!」
父さんを押しのけて、母さんに助けを求める。
「ふふ、任せなさい!」
「わわっ!?」
母さんが待ってましたとばかりに俺の手を握って、父さんを押しのけて衣裳部屋に連れ込んだ。
部屋のドアが閉められると、次の瞬間俺は問答無用ですっぽんぽんにされる。
「ひゃー!?」
「一度でいいから娘を着せ替え人形みたいにしてみたいと思ってたのよ♪」
「ま、待って母さん!ぱ、パンツだけは!パンツだけはー!!」

俺の懇願は、母さんには届かなかった。

 ‡ ‡ ‡

「…遅い…」
休日の朝、公園中央の噴水前のベンチにじっと座っていた俺は低く呟いた。
通りかかった部活に来たらしい学生たちがちらちらと俺の方を見てくるが、「人を待っている近づな話しかけるな」というオーラを全身から最大出力で放出させて接近させないようにしている。我ながら変なスキルを身に着けたものだ。
約束の時間から、すでに10分は経過した。
しかし、としあきが来る気配はない。あいつ、遅刻癖は治ったと言ってたくせに、治ってねーじゃん!
.
さらにこの待ち合わせ場所も激しく悪い。
昨夜は急な話で気づかなかったが、この公園は学校のすぐ近くなのだ。当然、俺の学校の知り合いもこの公園の前を通る。
この容姿と家柄から、俺は学校ではけっこう有名だ。
「いいとこでの凄く可愛い女の子」が学校にいたら、話題にならない方がおかしいだろう。
そして、「その女の子に彼氏がいるのか、どんな奴なのか」なんて話題なら、誰だって気になる。本人じゃなければ俺も気になったろう。
んで、今のこの状況……。
明日には学校中で「きよかさんが公園で彼氏を待っていた」という話が流れているに違いない。
考えるだけで頭が痛い。周りに騒がれる有名人の気持ちが今ならよくわかる。
しかも、恥ずかしいからとしあきには言っていないが、俺は学校では「お嬢様キャラ」で通してる(両親のたっての願いだったので断れなかった)。
もしも学校の連中に、というかしつこく付き纏う“あいつら”に俺の正体がばれたら、俺の二度目の学校生活はめちゃくちゃにされちまう。
勘のいい“あいつら”が俺がここにいることに感づく前に、早くとしあきを連れてここから離れなくては…!!
眉を寄せて細い手首に巻きつけた腕時計を見る。もう20分は経ったのに、やはりとしあきは現れない。
「遅い…あの野郎、いつまで人を待たせる気だ!」
思わずさっき買ったホット缶コーヒーをミシミシと握り潰す。イライラする!

「ねぇねぇ~、誰が遅いの~?」

「決まってるだろ、あののんびり屋のアホのこと━━━━え゛」
背中から嫌な汗が噴き出し、全身が一瞬で硬直する。
噂をすればなんとやら、という話は本当だったのか。俺は変に冷静になった頭でそんなことを考えながら、ギギギと音を立てるようにしてぎこちなく後ろを振り向いた。
そこには、見るからにおっとりとした感じのツインテール少女と、「正体見たり」といった感じでニヤニヤとした笑いを浮かべているショートカットの少女━━━━すなわち、今もっとも会いたくなかった“あいつら”がいた。

 ‡ ‡ ‡

「やべぇ、これは間違いなく怒ってるな…」
公園の駐車場から中央の噴水を目指して全速力で走る。
見事に遅刻してしまった。「遅刻癖は治った」とか言っておいて翌日にこれとは…。

おお としあきよ ちこくするとは なさけない

そんな声が天から聞こえてきそうである。
言い訳をさせてもらうなら、昨晩の俺の心理状態はかなり混乱していた。
なんたって、あいつが俺のことを好きだということがわかってしまったのだ。これは混乱せざるを得ない。
これから、きよひこと呼べばいいのか、きよかと呼べばいいのか…。
あいつの気持ちに気づいていないフリをするのか、俺から何か意思表示をするのか…。
考えれば考えるほどに思考はグチャグチャになってしまった。そして気がつけば空はすでに明るく、約束の時間寸前だったというわけだ。
そうこうしているうちに、ついに目的地の近くに着いた。
マジメにも部活に来たらしい懐かしい制服を着た学生たちと散歩する老人が笑顔で行き交う中、俺は一人難しい顔をして立ち止まった。
あれだけ悩んでおいて、まだあいつをどう呼ぶかもどう接するかも決まってないのだ。
「しかし…悩んでいる時間もない」
腕時計を見ると、すでに約束の時間から20分は経過している。これ以上遅れると、何かとんでもないものを奢らされそうな気がする。
仕方ない。ここは“事なかれ主義”で行こう。今まで通りきよひこと呼び、接し方についても今まで通りとしておく。
ヘタレな選択だが、やむを得ないのだ!
そう自分を納得させて噴水に近づく。
がしかし、

「…いねーな」
待ち合わせ場所の噴水前にいるのは女の子3人だけだった。
制服を着た二人の女の子は、ショートカットの勝気そうな娘と、ツインテールのおっとりしてそうな娘。どちらもきよひこには及ばずともけっこう可愛い容姿をしている。
制服と襟元の校章の色からするに、きよひこと同じ学年の生徒だ。
そしてもう一人のこちらに背を向けている女の子は、後姿がきよひこによく似た私服姿の娘だ。
ニヤニヤと笑いながら何かを問い詰めている二人にあたふたと手をパタパタさせている。
暖かそうなファーのついた乳白色のダウンジャケット、白いタートルネック、大きなリボンのついた茶色のタックスカート、ダークブラウンのブーツと、かなり気合の入った格好をしている。
デートにでも行くのだろうか?
足を進めて近づくと、彼女たちの会話も聞こえてくる。

「へー、あんたがそんなキャラだったとはねぇ。やっぱり学校では猫かぶってたわけか」
「かぶってたわけか~♪」
「ち、違います!今のはつい口が滑ってしまっただけなんです!」
「いい加減、白状しちゃいなよ!最初っからあんたはどうもお嬢様っぽくないと思ってたんだ。なにか人に話せない過去があるんだろぅ?」
「あるんだろう~♪」
「あ、ありません!誤解です!と言いますか、つかささんは双葉さんの語尾を繰り返してるだけじゃないですか!」
「えへへ、ばれちゃった~」

こんな感じである。きよひこ似の女の子は声もきよひこに似ているが、口調がまったく違う。どこかのお嬢様のようだ。
仕方ないので、彼女らのすぐそばのベンチに座ってきよひこを待つことにする。
気は短いほうだったが、20分の遅刻で怒って帰るような奴じゃない。どうせトイレにでも行ってるんだろう。太陽の光を浴びながらのんびりと待とうじゃないか。
「てか、あんたその服は何?デート?」
「デートだ~♪」
「な!?ちちちちちち違いますッ!!ただ一緒に映画を見に行くだけです!!」
ほお、この娘も映画を見に行くのか。相手は誰だろうな。羨ましいぜ。
「それをデートって言うのよ。で、相手はいつ来んのよ?教えなさいよ!…いや待てよ。さっきの台詞から考えるに、彼氏は遅刻してるね?」
「遅刻してるの~?」
「だ、だから彼氏とかじゃなくて…!」
可愛い反応だな。二人がいじるのもよくわかる。
「どんな男なのよ?私たちが捜してあげるから教えなさいよ!」
「けっこうです!余計なお世話です!」
「ねえ、それってもしかしてこの人じゃないの~?」

…ん?会話が止まった?てか、視線を感じるのはなぜだ…?
不思議に思って女の子たちの方を見る。
目が合った。━━━━きよひこと。
「!?き、きよ━━━━むぐ!?」
俺の驚愕の言葉を遮らんと、俺の口をきよひこの手の平ががちりと塞ぐ。爪が頬に食い込んで凄く痛い。
「 と し あ き さ ん …着いたなら着いたってきちんと言ってほしいんですけど…?」
目が据わっている。正直に怖い。ここは抵抗しない方がいいだろう…。
手を合わせてスマンというジェスチャーで返す。どこまでもヘタレだなぁ、俺。
「そういうわけですので、双葉さん、つかささん、今日はこの辺で。また今度お会いしましょう」
きよひこが反論は許さないという気迫を含んだ笑顔で二人に挨拶する。
「へいへい。また今度学校で」
「またね~、きよかちゃ~ん」
二人の方はなぜかしつこく追求しようとはせず、大人しく引き下がった。なぜだろうか━━━ぅぇいでででで!?
「き、きよひひょ!痛い痛いって!!」
顔をがっしりと掴まれたまま引きずられるようにして連行される。物凄く痛い。しかし俺の悲鳴にきよひこは
「お仕置きです。我慢してくださいね」
「なんで怒ってんだよ!?てか、なんでお嬢様口調!?わけがわからないぃいいダダダ!!!」
「少し黙っててくださいね♪」
その後、俺は公園から出るまでずっとこの状態のまま引きずられていった…。

 ‡ ‡ ‡

双葉とつかさは二人が公園を出て見えなくなるまで笑顔で見送っていた。
と、唐突につかさが口を開く。
「…ねえ、双葉ちゃん」
「なーに、つかさ」
「もちろん、このまま引き下がろうなんて思ってないんでしょ?」
その言葉に、双葉の口端がにやりと釣り上がる。
「あったりまえ!あんなおもしろい娘を放っておけるわけないじゃない!あの娘には絶対に何かでっかい秘密があるわ。私のアホ毛がそう囁くのよ…!!」
双葉の頭にピョコンと立っている触角のような髪の毛が、まるで別の生き物のようにブルブルと身震いする。
「だよね~♪」
それに満面の笑みで応えるつかさ。だがその笑顔には爽やかさは微塵もなく、むしろ怪しさでいっぱいだった。

一瞬、雲の陰が二人を覆い隠す。
雲が晴れた次の瞬間、二人は忽然と姿を消していた……。

 ‡ ‡ ‡

「いててて…」
町の中心部の商店街を歩きながら、やっと解放してもらえたばかりの頬をさする。きっと真っ赤に腫れているだろう。
それを横目に見たきよひこらしきお嬢様が、ばつが悪そうに唇を尖らせて
「あ、あなたが悪いんですよ。着いたのにさっさと知らせてくれないから、私はひどい目にあってしまったじゃないですか」
「・・・・・」
「なんで無言なんですか。いえ、まあ、理由はわかっているのですが…。今ここでは聞かないで頂けますか?」
「はあ、そうします」
さっぱりわけがわからない。
俺の隣に並んでズンズンと歩くきよひこは、しかし、どこか気品というか清楚さを漂わせていた。
その仕草は昨日今日で身につくようなものではなく、自然とにじみ出て来ているような感じだった。
風に乗って流れてくるシャンプーのいい匂いが鼻をくすぐる。いつものきよひこのシャンプーじゃない、甘い香りだった。
「ここでいいでしょう。まだ昼前ですから客もあまりいないでしょうし、ここで話してあげます」
ときよひこが歩を進めたのは、ジャンクフード店の王様マクドナルトだった。誰が何を思ってデザインしたのか理解できない赤と黄色のキャラクターがニマニマとした表情で店前のベンチに座ってふんぞり返っている。
その目が俺に や ら な い か 的な視線を投げかけているように感じて、俺は逃げるようにしてきよひこの後を追って店に入った。

 ‡ ‡ ‡

店の一番奥のテーブルにきよひこと向かい合って座る。きよひこの言った通り、店に人はあまりいなかった。
「さっそく聞きたいんだが、その前に。その口調はここでもしていないとダメなのか?」
俺の質問にきよひこがぐったりと疲れた顔をして首を横に振る。
「いや、ここなら人目につかないから大丈夫だ」
口調が元に戻った。その見事な変わりように軽い眩暈を感じながらも次の質問をする。
「そ、そうか。で、なんでそんなキャラになってんだ?」
「…お前には話したくなかったんだがな…」
きよひこははーっと大きくため息をついた後、その理由を話してくれた。
曰く、きよひこの『もう一度高校に通ってちゃんと卒業したい』という願いに対し、両親はきよひこに学校では転入してきたお嬢様を演じることを条件として提示したらしい。
『“女性化した成人の男”のまま学校に通っても、周りから浮いてしまってきっといい学校生活は送れない』とか『お前の将来のため』とか『家名を守るためだ』とかそれらしいことをいろいろ言われたが、二人の顔はどう見ても息子を女の子らしくさせられるという喜びでいっぱいだったそうな。
そしてさっきの二人の少女は、きよひこにしつこく付き纏っては正体を暴こうとする同級生たちらしい。なぜ怪しまれたのかは見当もつかないという。

「なんつーか、お前も大変なんだなぁ」
「ああ、まったくだよ」
嫌なことでも思い出したのか、きよひこはポテトを次々とつまんではひょいひょいと口の中に放り込む。俺は苦笑してしまう。
そんな俺に一度抗議の視線を送って、きよひこは塩のついた指先を舐め始めた。艶やかなピンク色の舌が白い指を嬲るように這う。
細い指先がつやつやと滑らかな光を放つ唇に吸い込まれ、挟まれ、糸を引き、また吸い込まれる。そのたびに、チュパチュパという水音が響く。
その様子に、思わずゴクリと唾を飲んでしまう。それが聴こえたのか、きよひこがじろっとこちらを見る。
「なに見てんだよ。俺の顔に何かついてるのか?」
「え!?あ、いや、なんでもない!俺ちょっとトイレ行ってくる!!」
いつのまにかきよひこを完全に“女の子”として認識し始め、あろうことか欲情している自分に戸惑いを隠せず、俺はトイレへと逃げ込んだ。

 ‡ ‡ ‡

「はぁ…なにやってんだ俺は?」
誰もいないトイレの鏡の前で、俺はぐったりと呟いた。
ほんの昨日まではこんなことはなかったのに、いったい俺はどうしたというのだろうか。
視線を下ろすと、スラックスの股間の部分がテントみたいに張っている。
きよひこの着替えを見てしまったり、必要以上に肌を触れ合わせてしまったりなんてことは今まで何度もあったじゃないか、わが息子よ。なぜ今になって、あれだけのことに反応する?

『そんなことを言われても、あんな可愛い女の子の無防備な仕草を見せ付けられたらガチガチにならざるを得ないってもんだぜダディ!』

そんな息子の声がスラックスの中から聞こえた気がした。
認めよう、お前の言い分には一理も百理もある。
今のきよひこは、元男だったために無防備なところがある。その外見と内面とアンバランスさが、なんともいえない色気じみたものを醸し出しているのだ。
抱きたくない、と言えばまったくの嘘になる。
きよひこのあの透き通るような白い肌を想像する。
絹のようになめらかなあの瑞々しい柔肌を、全身余すところなくこの手の平で触れてみたい。
太ももの内側を、腹を、背筋を、乳房を、首筋を、指先で触れるか触れないかという強さでなぞるように擦ってみたい。
たとえ嫌がっても力ずくで組み伏せて、髪の毛一本一本から手足の爪先まで愛撫するように嬲って虐めてみたい。

でも━━そんなことをしたら、間違いなく俺たちは元の関係には戻れなくなる。たとえ同意の上でやったとしても、だ。
くだらないことでバカみたいに笑いあって、なんでもないことでケンカして…そんな関係には戻れなくなる。俺は親友を失うことになるだろう。
俺の直感がそう告げている。
このまま気づかないフリをしているべきなのかもしれない。だが、それはきっときよひこの心を傷つけてしまうことになる。
「俺はいったいどうすればいいんだ…」

「どうするって、映画を観に行くんじゃないのか?」

ふと正面の鏡を見ると、俺のすぐ隣にきよひこが。
「いや、そういうことでなくてだな。俺はお前との今後について━━━━うおおおおお!?」
ななな、なんでこいつがここにぃいいいいい!?
「なんだよ。お前が遅いから様子を見に来てやったんだぞ。お前以外には誰もいないんだし、別に構わないだろ」
「そういう問題じゃねーよ!お前なぁ、女の子が男子トイレに入ったらダメだろうが!」
しかしきよひこはまったく気にしている様子もなく、
「俺は元男だぜ?恥ずかしくないし、大丈夫だって」
はっはっはっとのん気に笑う。こいつ、本当に自分が女になったと自覚できてんのか?
「今のお前は女の子だ。今は誰もいないからよかったけど、襲われでもしたらどうするんだ?犯されても知らんぞ!」
俺の言葉にきよひこは一瞬キョトンとした顔をしたが、すぐに気まずそうな複雑な表情を見せる。
「あー…いや、ごめん。ちょっと無防備だったかも…」
「無防備すぎんだよ、お前は。さっきだって━━━いやなんでもない」
「さっきだって、なんだよ?」
「なんでもねーよ!ほら、いつまでここにいる気だ。さっさと出た出た。それに、早く行かないと映画始まっちまうぞ」
「おお、そうだったそうだった」
きよひこの背中を押してトイレを後にする。なんとか誤魔化すことに成功した。
この調子で今日一日大丈夫なのか……ふ、不安だ。

 ‡ ‡ ‡

映画館に向かって大通りを歩いている。本当は少し遠回りして行きたかったのだが、時間もないためこの道を通るしかなかった。
なぜ遠回りしたかったのかというと━━━━俺たちが物凄く人目を誘うからだ。主に、俺の隣の、美少女になったきよひこが。
『うわ、かわいー!』『ちぇっ、男つきかよ…』などと男たちの興奮気味な声や落胆した声が周りから聞こえてくるが、きよひこはまるでそれが聞こえないかのように優雅に歩を進めている。きっと、周りのこういう反応には慣れているのだろう。
そして、隣を歩く俺はというと、周囲からの刺すような視線にびくびくと体を小さくしているのであった。
中身はきよひこという男なわけだが、そんなことを知らない一般人にはきよひこはアイドル顔負けの美少女にしか見えない。その美少女の隣を俺みたいなパッとしない男が歩いていると、下手したらストーカーにも思われかねない。
「そういえば、いつ当たったんですか?」
ん?あ、当たったってなんだ?なんのことだ?
挙動不審な俺がわけがわからないという顔をしていると、
「健忘症にでもなったんですか?映画のチケットのことですよ。昨日の夜、言っていたでしょう」
と言いながら、きよひこは呆れた顔で俺の頬を指でぐりぐりと突ついてきた。
…ああ、あれのことか。
「さ、さあ…。偶然当たってそのまましまい込んでたから、わかんねぇや」
と、頬をへこまされながら今作ったばかりの嘘を口にする。
実は昨日の夜に、今日のデートのためにすでにチケットを買っていた同僚の家に行って頼み込んで譲ってもらったとは言えない。
まあ、彼女と別れて使い道がなくなったチケットだからとこころよく提供してもらったわけだが。チケットに涙の痕があるのが痛々しい。
「そうですか。それと、」
「ん?いてててっ!?」
急に立ち止まると、きよひこはぐいっと俺の耳を引っ張って自分の口に近づけ、
「おまえ、挙動不審すぎるぞ。周りなんか気にしないでもっと堂々としてろ」
と小声で呟いた。首筋に温かい息があたってくすぐったい。
「ば、ばれてたのか」
「おどおどしすぎだ。お前は背も高いし顔もいいんだから、俺と十分釣り合ってるよ。自身を持て、バカ」
そう言うと、きよひこは俺の耳を離して再び早足で歩き出す。その耳はほんのりとピンク色に染まっている。
俺は苦笑して急いできよひこの隣まで走ると、その頭をわしわしと撫で回した。
「な、なにするんですか!」
きよひこが目を真ん丸くして驚く。でも、抵抗はしない。
「ありがとよ、気遣ってくれて」
「ま、周りからは私たちはそういう関係に見られているんですから、あなたに挙動不審な様子をされると私も迷惑するんです!」
そう言うと、きよひこはふんっ!とそっぽを向いた。
その仕草一つ一つが愛おしく感じて、俺はまたきよひこの頭をなでた。やっぱり、きよひこは抵抗しなかった。

 ‡ ‡ ‡

「そういえば、ここに二人で来るのは久しぶりだよな」
ショッピングモールと隣接したドーム型の映画館を見上げる。
まだきよひこが男だった頃に、映画を見に行ったり、買い物に来たり、カラオケに来たりしていたっけ。
「男二人で映画なんて、今考えるとむさ苦しいというか━━━━━イテ」
「ちょ、ちょっと!人が多いんですから、変なことを言わないで下さい!!」
肘で横腹をグイグイと突かれる。慌てて口を閉じるが、周囲の空気は明らかにおかしいものになる。
『え?男同士…?』という引きつった男の視線と、『え?BL…?』という妙に輝いている女の視線が背中に突き刺さる。
「まったく…。ほら、早く入りましょう」
呆れた顔をされる。
きよひこはもう女の子なんだから、こんなことを言ったら気分を害すに決まってる。我ながら本当に鈍い奴だ。
「その…すまん」
頬を掻いて軽く頭を下げる。
きよひこは立ち止まり、ちらと視線だけでこちらを振り返ると小悪魔じみた声で、
「はんせーしましたか?」
「した。反省しまくった」
俺は即答する。
すると、きよひこがスカートをひらりと舞わせて振り返った。
艶やかな薄い紅唇(こうしん)が微笑を形作る。
髭なんかとはまったく無縁な顔の輪郭が、太陽に照らされてパウダースノーのような雪色に輝く。
「なら、許してあげます」

━━━━━“天使の微笑み”とはまさにこのことだろう。

透きとおったソプラノの声は、聴いているだけで心地良くなりそうだ。
いつのまにか見とれていたしまっていた俺に、きよひこが小首を傾げて不思議そうな顔をする。
「どうかしましたか?」
「い、いや…あのな、」
てくてくときよひこの傍まで近づくと、俺はその耳元に口を近づける。
きよひこの背筋がびくりと震えた。
「え!?な、なにを━━━」
「お前、本当にきよひこか?仕草があまりにも可愛すぎて逆に恐ろしいというかなんというか…」
と、俺が小声で呟き終わるか否かというところで、きよひこの頭からビキリという何かが千切れるような音。
地雷を踏んだかな…と恐る恐る顔に目をやると、そこにはひくひくと口元を引きつらせた笑顔のきよひこさんが。
「…前言撤回。今日は全部お前の奢りな」
その小さな声は、しかし、腹の底に響く地鳴りのように低かった。
そんな有無は言わさぬという怒気を纏ったきよひこにヘタレな俺が逆らえるはずもなく、
「り、りょーかいです…」
などと言うしかなかったのであった。
最初っからデートの費用は全部俺が持つつもりでへそくりを引っ張り出してきたわけだが…この分だと、全部今日一日で使い切ってしまいそうだ。
頼むからバカ高いものは奢らせないでほしいと、俺は心の中で手を合わせた。

「レストランは、三ツ星のところがいいですね~♪」

マジっすか。

 ‡ ‡ ‡

━━━━━洋画には、必ずと言っていいほど男女の絡みのシーンがある。それを共に見る家族や友人や恋人たちの間に気まずい空気が流れるのもまた、必然と言ってもいいだろう。
そして今、ここにいる観客たちの間にも、同じような現象が起きているわけで……。

『ああん…あはん…』
『感じているのかいジェニファー!僕もさ!』
『ああ、トーマス!そこよ!ああー!』

大音量で流れるそんな荒い息遣いとオーバーなあえぎ声に、観客全員が苦笑いをしている。この絡みはかれこれ10分は続いているわけだが、これは監督の趣味なのだろうか。
そんな中、俺はというと、産毛ボーボーな外人のセックスシーンなんかそっちのけで、映画よりもっと楽しいものを鑑賞していた。
「……っ」
無言で俯くきよひこの横顔は、桜色に染まっていた。時々、細くて白い首を扇動させてコクリと息を呑む様子が愛らしい。
前髪で目元が隠れているのでどういう目をしているのかはわからないが、きっとその大きな瞳でクリクリと視線を泳がせているに違いない。
艶々の唇は何かを堪えるようにきゅっとへの字に結ばれている。
その小さく華奢な肩は、館内にあえぎ声が響き渡るたびにピクリピクリと反応し、ぷにぷにしていそうなももの上でぎゅっと握られた手はぷるぷると震える。
こいつはこういうシーンに弱かったっけ?などと疑問に思いながら、俺は怯える小動物のように可愛い反応をするきよひこを飽きることなく観察して楽しんでいた。
「お、おい…」
と、押し殺した小さな小さな声がきよひこの方から聴こえた。相変わらずのあえぎ声がうるさく響いているので、いつもの口調に戻っている。
それに俺は平然と「どうした?」と応えた。
「な、なんで俺ばっかり見てんだよ」
「お前を見ていたほうがおもしろいからに決まってるだろ」
「ど、どういう意味だよ」
「可愛いって意味だよ」
「…!」
それっきりきよひこは黙ってしまった。やばい、このままきよひこをいじめるのにハマってしまうかもしれない。
そんなことを思いながら俺がニヤニヤしながらきよひこを見つめていると、

「ぜってー高いものおごらせてやっからな…」

調子に乗りすぎたようだ。学習しようぜ、俺…。

 ‡ ‡ ‡

エッチな描写がやけに多かったが、映画自体はかなりおもしろかった。きよひこも佳境になってくると感動で目に涙を浮かべ、最後には目の幅いっぱいの涙をだーっと流していた。こいつは女になってから感情表現が豊かになった気がする。
その証拠に、目の前で高級牛ヒレ肉ハンバーグをひょいひょいと口に運んでいるきよひこは、その大きな瞳をキラキラと輝かせ、これ以上の幸せはないと言わんばかりの満面の笑みを浮かべている。
「どうしたんですか、としあきさん。それだけでいいんですか?」
きよひこが丁寧にナプキンで口元を拭きながら、ニコニコしながら俺の前に置かれている料理を指差した。その細い指のさす先には、コーヒーが一杯。
食後のコーヒーなどではなく、これが今日の俺の昼飯である。きよひこの奴が仕返しにと本当に三ツ星のレストランに入ったせいで、俺のへそくりの3分の1は軽く吹っ飛んだ。ここで一番安いランチがいつも食べている昼飯の10倍以上の値段なのだから、そんなものを二人分も注文できるはずがない。このコーヒーですら目が飛び出るほど高かった。缶コーヒーがいくつ買えるのやら…。
「あ、ああ。これで満足だ。けっこうまいしな」
掠れた声でなんとか言い返す。今日はずっとこの調子で金を浪費させられるのかと思うと胃がキリキリ痛んで味なんてほとんどわからないのだが。
ずずっとコーヒーをすする。香ばしいコーヒー豆の香りはたしかに良いものなのだろうが、やっぱり味は分からなかった。
そんな俺を見ていたきよひこはくすりと苦笑すると、ナイフとフォークを器用に使ってハンバーグを綺麗なサイコロ状に切り取る。それをフォークで刺すとひょいと持ち上げ、

「はい、あーんしてください」

俺の口の前に突き出してきた。
「…何をしている?」
「何って、ハンバーグを分けてあげようとしているんですよ?」
「そんな恥ずかしい真似ができるか!」
もちろん拒否する。隣の老年の夫婦が、『若いっていいな』という生暖か~い視線で俺の反応を見ている。人の気も知らないで…。ふと見渡すと、レストラン内すべての客が俺の反応を見守っていることに気づいた。
「ほらほら、お腹空いたでしょ?食べたいでしょう?美味しいですよ~?」
逡巡することわずか数秒。周囲360度からの無言のエールに負けた俺は、ぎぎっと歯車みたく首をハンバーグの方へ向けて、あ~んと大人しく口を開いた。舌の上にやさしくハンバーグが置かれる。おお~っというわけのわからない歓声が聴こえたが、無視した。
「美味しいですか?」
「…ああ、うまい。素直に味わえないのが残念なくらいに」
仏頂面でモグモグと咀嚼する。肉の柔らかさも肉汁の量も絶妙、芳しいソースは肉本来の味を最大限に引き立てており、まさに三ツ星に相応しい絶品料理だった。もっと食べたいという欲求が激しく湧き出てくるが…
「またあーんしてあげましょうか?」
再びサイコロにされたハンバーグが目の前に突き出される。さらに周囲から『食べちゃいなさいよ』という熱い視線が。だが、同じ轍を踏むこの俺ではない。
「いや、いい。せっかく奢ったのに何度も分けてもらうなんて悪いからな」
そう言うと、名残惜しかったがコーヒーを口に含んで舌に残るハンバーグの味をかき消した。
「あら、遠慮しなくてもいいのに。私はこのお店には来たい時に来られるんですから」
満面の笑みを浮かべる金持ちきよひこ。俺で存分に楽しんだからか、その肌はえらくつやつやと輝いている。
可愛いからってなんでも許されると思うなよ、きよひこ!
俺は報復のアイディアを脳内から瞬時に導き出すと、タイミングを見計らい、その時を待つ。
「じゃあ、最後の一口、頂いちゃいますね♪」
小さな口が開かれ、ハンバーグが小さな口の中に入った。唇がきゅっと閉じて、フォークの先を包む。
この時を待っていたッ!!

「それ、間接キスだな」

瞬間、ビキリときよひこの動きが止まる。
「いや待て。口の中まで入れたんだから、もうディープキスだな」
まるで急に熱湯に放り込んだ温度計のように、首からおでこまで真っ赤に染まっていく。それがおでこまで達しきったところで、頭から沸騰したやかんのように湯気がぴーっと噴射された、ような気がした。
「な、な、な…!!??」
「はっはっはっ。さて、食べ終わったのなら次へ行こうか」
俺は高らかに笑いながらひらりと優雅な動きで席を立つと、フォークを口に入れたまま硬直しているきよひこの肩をポンポンと叩いた。勝ったな(by冬月先生)。

 ‡ ‡ ‡

女の子というのは、総じてウィンドウショッピングというものが好きだ。欲しいものは手に入れないと気がすまないという征服欲の強い男にはあまり理解できないが、特に買う気のない品物でも見たり着たりしてきゃっきゃと子供のように楽しむわけだ。
女の子になったきよひこも、その例に漏れなかった。
「このワンピース、可愛いですね。としあきさんもそう思いませんか?」
いかにも高級そうな生地で作られていそうな真っ白のワンピースを自分の体に重ねて見せてくるきよひこ。その瞳はキラキラと輝いている。よほど気に入ったのだろう。
「ああ。よく似合ってるぞ」
そう応えると、きよひこは「ですよね」と嬉しそうに照れ笑いを浮かべる。その容姿なら何を着ても似合うと思うが。
姿見を前にワンピースの裾をヒラヒラと舞わせるきよひこを見つめる。その可愛い横顔を見ているだけで、心臓の動悸は高鳴り、胸の深い場所が熱くなっていく。『愛おしい』とは、きっとこういう感情のことをさすのだろう。きよひこが女の子になって、俺の傍にいてくれる。こう考えるだけで、とても満ち足りた気持ちになれる。
この気持ちをそのままきよひこに伝えたら、どんな反応をするだろうか?きよひこが顔を真っ赤にして驚く様子を想像して、俺は思わず噴き出してしまう。
「なにがおかしいんですか?」ときよひこが怪訝な視線を向けて━━━━━こなかった。

「………」

きよひこは無言で、いつの間に手に取ったのか3つのワンピースを手に何かを悩んでいた。
昔からこいつとよく買い物に来ていたから、この様子が何を示す兆候なのかすぐに理解できた俺は顔を真っ青に染めた。顔から血の気が引くという感覚をここまではっきりと知覚したのは生まれて初めてかもしれない。
こいつのさばさばした性格は、外見が女の子に変わっても、お嬢様口調になっても、まったく変わっていない。唐突に顔を上げたきよひこの爽やかな笑顔が、俺の予感を確実なものにする。
この兆候が示すものはすなわち、

「これ、全部買いましょう」

『悩んだらとりあえず全部買う』である。そして、今日かかる費用はすべて俺持ちだということを忘れてはならない。
「オジョウサマ、テモチガモウノコリスクナイノデスガ…!」
頬をひくひくと引き攣らせながらなんとかそれだけ発する。俺からどれだけ搾り取れば気が済むんだ。
どうやら、きよひこは映画館やレストランでの一件を未だに根に持っているようだ。負けず嫌いなきよひこらしい。
「じゃあ、今の手持ちはいくらです?」
あくまでも爽やかな問いに、俺は手首に紙袋がたんまりとぶらさがった両手を持ち上げて指で大まかな残金を示す。
きよひこが綺麗な逆三角形の顎に手を添えてふむふむと何事かを考える。「ギリギリか…」という呟きが恐ろしい。嗚呼、コツコツと貯めてきたヘソクリが湯水の如く使われ消えていく。
やっぱり、男のままでいてくれた方がよかったかもしれない…。

 ‡ ‡ ‡

ピンク色の壁紙で囲まれた部屋と、その中央におかれたダブルベッド。
備え付けられた棚に所狭しと並べられた俗に言う“大人のオモチャ”。
天井からぶら下げられた濡れた女の子用の下着とワンピース。
浴室から聴こえる、きよひこがシャワーを浴びる音。
そんな異様な状況に置かれている俺は、

「…なんでこんなことになってるんだ?」

呆然と呟くしかなかった。


エアコンの前に吊るしておいたまだ半乾きの服を手に取り、ふかふかのダブルベッドに腰掛ける。シーツまでピンク一色というのはもはや悪趣味としか言いようがない。
「よし、なぜこうなったのか整理してみよう」
自分に言い聞かせるように呟くと、俺は今までの成り行きを思い出し始めた。

 ‡ ‡ ‡

買い物で有り金を残らず浪費させられ、俺はひどく軽くなった財布を手に一人涙を流していた。
「私で遊んだ罰ですよ。としあきさんじゃなかったら、お父様に頼んでシベリア送りですよ。強制労働させちゃいますよ?」
買ったばかりのフワフワしたニット帽を頭に載せたきよひこのイタズラっぽい笑顔が、なぜかちょび髭の生えた粛清大好きなおっさんと重なった。
こわい。こわすぎる。しかも本当にできそうだから余計にタチが悪ぃ。
「きょ、共産主義者め…」
「おーっほほほほほ!資本主義のブタは大人しく這いつくばっているのがお似合いです♪」
勝ち誇った高笑いをあげるきよひこ。もうすっかりお嬢さまが板についているといった感じだ。こいつにはいっぺんきつーい天罰が下るべきだ!
俺の怒りと悲しみを現すようにように、ゴゴゴゴと遠雷が轟くような音があたりに響き━━━━━

ばしゃ~ん

突如、水流のような激しい雨がきよひこに降ってきた。今日はやけに神さまの対応が早い。
突然の出来事にびしょ濡れのきよひこも俺も周囲の人間も呆け、一様に上を見上げる。いつの間に空を覆ったのか、そこにはどす黒い曇天が立ち込めていた。ザア、という微かな音を聞き取った俺は、
「ッやばい!」
「ぃひゃ!?」
がばっときよひこを抱いてすぐ近くの商店の軒下に隠れた。次の瞬間、弾幕のような豪雨が当たり一面を一瞬のうちに水浸しにしていった。通行人が悲鳴を上げて雨を避けようと次々に逃げ去っていく。
昨日の天気予報では今日は一日中晴れだったはずだ……ヨシズミさんの予報はこれだから困る。占いで天気予報してるんじゃなかろうか。
「ふう。危うく俺までびしょ濡れになるところだったぜ ぅおぐ!?」
見事なアッパーカットを顎にかまされて、思いっきりシャッターに後ろ頭をぶつけた。非力なアッパーだったとはいえ、もう少し当たり所がずれていたら今頃気絶していた。
「どどど、どこ触ってやがる!早く離せアホ!」
腕の中でアッパーを放った張本人が暴れる。そういえばきよひこを抱いたままだったっけ。
…ん?この手の平に伝わるフニョフニョとした柔らかい感触は一体…?
試しに握る力を少し強くしてみる。
「んくっ!?」
上擦った悲鳴をあげて、きよひこがびくっと震える。同時に、握っている弾力のあるマシュマロみたいな何かもぷるぷると震えた。
「…まさか」
自分の手の平に目をやる。そこには、きよひこの細い体を抱く形でおっぱいを掴んでいる幸せな俺の手の平があった。指が柔らかな胸肉に食い込み、綺麗な半球はその形を変える。人差し指の先端が球の頂上のコリコリとした突起物を押し潰していた。
顔を真っ赤にして柳眉を逆立てたきよひこが、眦(まなじり)に涙を溜めて肩を震わせている。ぶるぶると怒りに燃える握り拳が顔の横に持ち上がり、
「そのまさかだ、アホ━━━ッ!」
「ぶぅるわぁあああああああ!?」
常人には見えない速度で振り出された拳に腹の中央を穿たれ、漢らしい悲鳴(若本的な意味で)とともに俺の肢体が水溜りの中に吹き飛ぶ。
なんとか空中で体勢を立て直して水溜りに頭から墜落することは防いだが、あまりのダメージに腹を抱えて肩膝を突く。
「ふ…いいパンチだったぜ、強敵(とも)よ…」
親指をかっこよくびしりとサムズアップさせ、にやりと笑う。そしてその場にドシャリと倒れこんだ。今の俺はもの凄くかっこいいと思う。
「どさくさに紛れてなにしやがる!このスケベムッツリとしあき!!」
「今のは不可抗力だ。故意にやったわけではない」
のそりと立ち上がって反論する。ずいぶん動揺しているらしく、口調がいつものそれに戻ってしまっているが、幸いなことに豪雨がタイルの道路を叩きつける音で往来する人間は誰も美少女が口汚く怒鳴り散らしていることに気づかない。せいぜい痴話ケンカをしているくらいにしか見えないだろう。
あーあ、全身水浸しだ。この寒い時期に水浸しはかなり凍える。風邪をひきかねない。
「嘘だ、二回も揉んだぞ!だいたい揉み方もなんだかいやらし……っぇくちゅん!!」
変なくしゃみをすると、きよひこは急にぶるぶると震えて自分の両肩を抱き締めた。言わんこっちゃない。
「わかったわかった。おまえの文句は後でたっぷり聞いてやるから、まずはどこかへ避難しようじゃないか」
「くそぅ、大人ぶりやがってくちゅん!後でぞうきんみたいにぎゅうぎゅうに絞ってやるから覚悟をふわっくちゅん!!」
そんな可愛いくしゃみを連発しながら脅されてもまったく怖くないしむしろぬいぐるみのように抱き締めてやりたくなるのだが、今それを言うと事態が悪化しそうなのでやめておいた。
革でできたジャケットを無言できよひこに被せて、雨を避けられる場所を探す。しかし、あいにくどこの店も急な雨から逃げて押し寄せた人間でいっぱいになっていた。気の毒そうな目でこっちを見てくるおっさんに苦笑を返してから、俺はきよひこの手を引っ張って雨宿りのできる場所を探し始めた。
「ううう、母さんから貸してもらった服なのに!ヨシズミめひゃっくちゅん!占いで天気予報してるんじゃないのかふえっくちゅん!!」
付き合いが長いからか、考えることは同じらしい。
だいぶ前に閉店したらしいタバコ屋の軒下に入って一時的に雨宿りをする。見渡すと、小さな寂れた店がゴチャゴチャに立ち並んでいた。いつのまにか裏通りに来てしまったようだ。
きよひこが一層激しく震えだしたので抱き締めて暖める。「あっ…」という小さな声が聴こえた。
「なんだ、嫌か?」
「え!?べべべ別に嫌じゃないけど…」
明らかに動揺している。なんだかマンガみたいな展開になってきたな。マンガ的な展開だと、この後男女はだいたいラブホテルなんかに入るんだよな。まあ、俺にそんな下心はないわけだが━━━━━

「お兄さんたち、入るの?入らないの?」
「は?」
声のした方、裏通りの突き当たりを見ると不思議そうな表情でこちらを見る雨合羽を着込んだ爺さんが突っ立っていた。服装からしてどこかの駐車場の案内係のようだ。入るとか入らないとか、なんのことだ?
「入るって、どこにですか?」
俺の代わりにきよひこが問う。すると爺さんは自分の背後のビルを指差し、
「どこって、ここしかないじゃない」
そこには、どこからどう見ても普通のホテルではないけカラフルなホテルがでんっと鎮座していた。
「…と、としあき?」
黙り込んでいる俺に、きよひこが不安そうな声をかける。こういうご都合的な展開はあまり好きじゃないのだが━━━━この際、やむをえない。
「仕方がない、入ろう」
「えええええええ!?」
「服を乾かしてシャワーを浴びるだけだ。風邪をひくよりマシだろう。心配するな、襲ったりしないから」
「でで、でも━━━わっ!?待って、まだ心の準備が!!」
爺さんに軽く会釈をすると、俺はおろおろと悩んでいたきよひこを強引に引っ張って受付に向かった。

 ‡ ‡ ‡

「━━━━そうだ、そうだった」
回想を終えた俺はぐったりと頭を抱えた。あの時はきよひこがこれ以上寒い思いをしないようにと焦って考えた上での行動だったが、いざホテルに入ってみると自分の行動がいかに浅はかだったかがよくわかる。この空間にいると、どうしても“そういう気分”になってしまう。しかも━━━━
ちらりと視線を後ろに向ける。そこには、スモークガラスの壁越しに浴室でシャワーを浴びているきよひこの裸体が見えた。運が良いのか悪いのか、このホテルの浴室は透けるようにできていたのだ。ひじょーにマズイ。主に下半身的な意味で。
スモークガラスだからはっきりとは見えないが、その雪のように白い肌と艶かしい体のラインはよくわかる。引き締まった腰が柔らかにくねる様子は、誘ってるんじゃないかと思ってしまうほどだ。
俺だってこういうところへ来たことがないわけじゃないし、“そういうこと”をした経験もある。だから、もう馴れてると思ってたんだが…息子はいつでも元気バリバリです、はい。

…そういえば、きよひこってまだ処女なんだよな。

きよひこが俺以外の男と親しくしているという話は聴いたことがない。それに、きよひこの見せる初心(うぶ)な反応や仕草は、とても非処女のものとは思えない。
すぐそこに“経験”をしたことのない初々しい美少女がいると気づいた俺の頭の中で、妄想が展開され始める。
俺の愛撫にベッドの上でぴくぴくと全身を震えさせて喘ぐきよひこ。その反応を楽しむかのように、絶頂する寸前のところで愛撫を止めて、少し治まったところでまた愛撫して…を繰り返す。

「いかんいかん…。何を考えてんだ俺は」
自分に言い聞かせながら頭を振って邪まな雑念を振り払い、まだ生乾きの服を着て財布を掴む。いろいろと限界に近い。たしか廊下の突き当たりにタバコの自販機があったはずだ。きよひこにタバコ臭いのは嫌だと言われて仕方なく禁煙していたが、この非常事態ではやむを得ない。浴室の前を通ってドアへと早足で歩み、
━━━━突然浴室の扉が開いた。
「としあき、そこの服を━━━ひゃっ!?」
「うわ!?」
あまりに突然の出来事だったために体にブレーキをかけられず、浴室から出てきたバスタオル姿のきよひこと勢いよく衝突する。俺はなんとか体勢を立て直して倒れるのを防ぐことができたが、小さな体のきよひこは衝突のエネルギーを殺せずに後ろへ体が傾いていく。きよひこの頭の後ろには金属製のドアノブがあった。
意識するよりも速く体が反応する。反射的にきよひこの手をとってぐいっと引っ張り抱き寄せる。なんとか転倒は防げた。ほっと息をついてきよひこから離れようとして、
「わ、わ、ダメ!今離れたらダメだ!」
ぎゅっと抱きつかれた。何事かと狼狽して見下ろし、足元にバスタオルが落ちているのが目に入った。それはさっきまできよひこの体を包んでいたバスタオルなわけで。
鳩尾の辺りにむにゅむにゅと押し付けられる生の乳房の感触に俺のジュニアが激しく反応する。体の芯から熱い情念が溢れてきて、さっきの妄想を思い出させる。
「と、としあき。へ、変なこと考えるなよ」
無理な相談だった。艶やかな黒髪から漂ってくるリンスの香りと目に映る水蜜桃のように瑞々しく滑らかな少女の体は、俺の中のダムを決壊させるには十分な破壊力を持っていた。相手が親友で元男だとか、恋人でもないのにしてしまうのはダメだとか、そういう背徳感やら何やら全てが跡形もなく押し流されていく。頭の中からプチンという音が聞こえた気がした。
両肩を掴んできよひこの瞳をまっすぐに見つめる。
「きよひこ、先に謝っとく。ごめん」
「え、なにを言って━━━━」
きよひこはそこから先を言うことはできなかった。なぜなら、俺が唇を奪ったからだ。
後頭部と細い腰に荒々しく腕を回して離れないように強く抱き締め、さらに強く唇を押し付ける。
「~~~!?」
一瞬の硬直の後、きよひこが腕の中で体をばたつかせて暴れる。でも、体格差がありすぎて俺の腕から逃れることはできない。十秒ほどして鼻で荒い息をし始めた。俺は鬼畜趣味はないからさっと唇を離す。途端、きよひこが咳をしながら息を大きく吸って荒い呼吸をする。
「ぇほっ、けほっ!な、なにするんだッ!」
ギロリと睨みあげてくる様子すら気を損ねた愛猫のようで愛おしい。理性が欲情に圧倒されている俺には、その抗議の言葉も視線も意味を成さなかった。抵抗するきよひこの体を無理やり抱き上げてベッドへ運び、乱暴に下ろす。そして一糸纏わぬきよひこの上に覆いかぶさった。
「としあき、まさか…」
きよひこが腕だけで胸と陰部を隠して、怯えた表情でわかりきったことを問うて来る。
俺は何も応えない。ただ、目だけでこれからすることを告げる。きよひこの顔からさあっと血の気が引いていくのが目に見えてわかった。目じりに宝石のような涙が浮かび、こめかみを伝い落ちてシーツを濡らす。
「や、や、やだ…!」
首をぶんぶんと振るきよひこの後頭部に再び手を回して正面に固定させ、顔を鼻先まで近づける。きゅっと閉じられたサクランボのような瑞々しい唇がとても美味そうに見えた。
「…だから、さっき謝ったろ。ごめんって」
静かにそう告げて、俺はまたきよひこの唇を奪った。

 ‡ ‡ ‡

体の下でもがく細身を力を込めて抱き締めて唇をさらに強く押し付ける。ぷにぷにとして柔らかなそれはグミのようで、舐めてみるとほのかに甘い味がした。とろけそうな弾力をもった乳房に胸板を押し付けて感触を楽しむ。
「…っ…っ!」
胸板を左右に擦り付けるたびに、魅惑的な曲線を描く艶やかな腰がピクピクと震える。きっと快感を感じているのだろう。それを理解してしまわないように奥歯を食いしばって堪える様は、本当の少女のように、否、それ以上に健気で可愛らしく見えた。
風呂上りと緊張で汗ばんでいる頬を優しく撫でて警戒を解こうとするが、触れるたびに肩を震わせて怯えた様子を見せる。でも、やめる気には到底なれなかった。

頭の芯から溢れ出して怒涛の如く押し寄せる、“彼女”を自分だけの物にしてしまいたいという牡としての本能。

“きよか”のすべてをこの手で蹂躙して、魂まで奪ってしまいたいという押さえ難い強烈な情欲。

それらに背中を押されるように、俺は怯えるきよかを無視して次の行動に移る。
そっと唇を離してきよかを解放する。途端に、きよかが大きく口を開けて肺に不足している酸素を必死に供給する。それが俺の狙いだとも知らずに。
「…ッはぁっ!や、やめ、頼むから、やめ━━━━んっ!?」
再び唇を重ねる。今度は舌を突っ込むディープキスだ。きよかが目を白黒させながら小さな呻き声を上げて腕の中で身動ぎするが、やがて陶然としたようなとろんとした表情になる。
口腔内を愛撫されるという体験は初めてなのだろう。薄く柔らかな唇をしゃぶり、整った前歯を舐め、歯茎を舌先で丁寧になぞり、とろとろになった舌を絡めとり、掻き回す。初めて味わう口腔を犯されるという行為に戸惑い、きよかが腰をクネクネと悩ましくくねらせる。それが俺の股間をぐりぐりと刺激していることを気付いていないのだろうか。
「んぅう、んん、ッんぁあっ!?」
すっかり油断しているところで背筋を人差し指でツーっとなぞる。たったそれだけで、きよかの体は陸に上げられた魚のように跳ね上がった。
離れた唇と唇の間に粘ついた唾液がねとりと糸を引く。それを見たきよかが頬を真っ赤に染めて慌てて目線を逸らす。その初心な反応に胸をくすぐられ、もっと見たいという欲望が急速に膨らんでいく。
ディープキスを再開して、後頭部を固定する手とは別の手できよかの上半身の愛撫を開始する。艶々と滑らかな光沢を見せる黒髪を掌ですくってさらさらとシーツの上に零す。今まで感じたことのないきよかの甘く扇情的な体臭が鼻腔を刺激し、動悸を加速させる。
そのまま手を下ろし、耳の裏をくすぐり、首筋を撫で、鎖骨をなぞり、腋を突っつき、乳房を優しく揉む。それを遮ろうときよかが俺の手を握り締めるが、あまりに弱々しい力はなんの障害にもならなかった。圧し掛かる俺を押し返していた腕もすでにぐったりとなって横たえられている。どうやら、立て続けの愛撫による快楽と酸素不足ですっかり体が弛緩してしまっているらしい。
肌理(きめ)細かく、張りと瑞々しさに満ちた肉の美球を、その造形を確かめるように触れるか触れないかという微妙な力加減で撫でまわす。あえて一番感じる乳首には触れない。こうすれば、感度が上がって後々もっと楽しめるからだ。今までのセックスで蓄積してきた知識と経験を総動員しての愛撫に、きよかの体がガクガクと激しく煽動する。
「っく、ひっ、ふあああああっ!」
潤んだ瞳を全開にして、快楽神経を直接突き刺されるような快感に思わず叫びを上げるきよか。唇の端から垂れた唾液を舐め、頬に啄ばむような軽いキスを繰り返す。
「気持ちいいだろ?もっと感じていいんだぞ」
耳元に熱い吐息を吹きかけながら熱っぽく呟き、繊細な造りをした耳の穴に舌を突き入れてねっとりとした愛撫をする。脳に直接快感を叩き込むように、激しく。
「ひぁああああああっ!ッ耳、耳はひゃめえ!とひあひ、お願いらからぁ!」
喘ぎ声と悲鳴の混ざった懇願が、心臓をさらに高鳴らせ、嗜虐心を燃え上がらせる。
「なら、耳以外ならいいのか?」
もう一度囁いて、次は耳たぶを優しく甘噛みする。途端に、引き結ばれた唇から「ひぎっ」とおかしな喘ぎ声が漏れた。
(…そろそろだな)
体を持ち上げて、きよかの体すべてを視界に入れる。気付けば、激しかったはずの抵抗はまったくなくなっていた。両手両足の指先を痙攣させるだけで、汗ばんで湿った肢体はゴムのようにぐったりと伸びている。半分だけ開かれた瞳は焦点が定まっておらず、天井から降り注ぐ光を反射するだけだ。処理速度を遥かに超えた“女”の喜悦に軽く果てて、オーバーヒートしてしまったのだろう。
荒い呼吸と共に上下する双乳にそっとキスをして、陶器のようにつるりとした腹部にもキスの雨を降らせる。その真ん中にちょこんと穿たれた形のいいおヘソを舌先で愛撫すると、お腹の表面がぷるぷると震えて感じていることを教えてくれた。
(もっともっと感じさせて、狂うまで可愛がってやりたい━━━━)
腰のあたりで肉欲が渦巻き火をくべる。その炎で頭蓋骨の中の脳みそが煮立って、このままでは取り返しがつかないことになると警告する理性をどんどん融解させていく。
むちっとした弾みのある臀部に手を回して引き寄せ、たっぷりと唾液を含ませた舌肉を薄く割れた腹筋の筋に沿って下腹部に向かってゆっくりと這わせる。
「…あ゛、あ゛あ゛あ゛あ゛っ!?」
上擦った悲鳴を無視して舌を這わせ続ける。おヘソを越え、恥骨の窪みを通り過ぎ、そしてついに舌先が秘所にまで達する。
情念に身を任せて、産毛が薄く茂ったきよかの秘所に鼻を圧し付けて思いっきり息を吸う。鼻腔を貫く、甘ったるくけれども飽きさせることのない汗の匂いとそれとは別のミルクのような“女”の匂い。まだ女になりきれていない未成熟な少女の香りだ。
牡としての性欲に突き動かされ、指を伸ばす。引き締まった真っ白な太ももを愛でながら、決して不埒な男の狼藉を許してはならない女の一番大事な部分に触れようとして━━━━
「どう、して…?」
小さな、声。
愛撫を止めて顔を上げれば、きよかが泣き腫らした瞳でこちらを見下ろしていた。信頼を裏切られ絶望した、暗い瞳だった。
「どうして…?俺、信じてたのに。としあきはこんなことしないって、信じてたのに…」
ぼろぼろと眦(まなじり)から宝石のような粒を零しながら泣きじゃくる。涙がシーツを濡らしていく様を見て、ようやく頭に冷静さが戻ってくる。でも、もう遅い。俺はきよかを深く傷つけてしまった。今すぐ土下座でも何でもして、許してもらえるまで全力で謝罪するべきだ。
だというのに、
「━━━━仕方ないじゃないか」
「なッ!?」
不意に、そんな台詞が漏れてしまった。心から浮き上がってきた正直な気持ちを口にしただけの簡潔な台詞。その言葉に、きよかが物凄い剣幕でキッと睨んでくる。当然の反応だろう。それでも、これが俺の本心なんだ。
今にも噛み付いてきそうな形相のきよかの上にもう一度覆いかぶさる。殺意すら感じさせる眼光を真正面から受け止めて、その瞳をまっすぐに見つめる。
そうだ、仕方ないじゃないか。だって━━━━


「だって、俺、お前のこと好きだから」
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~ Comment ~

 

自分で読んでて恥ずかしくなったでござる

 

これはこれでなかなか…

 

>名無し人生さん
コメント感謝です!思いつきで書き始めた小説はプロットも何もないので迷走した挙句にどんな展開にすればいいかわからなくなって詰まってしまいます。白銀の討ち手も元はそうだったんですがね……(;´∀`)

はじめまして 

主さんが白銀の討ち手で伝説を作った頃が支援所一番賑わってましたね。またどこかで何かをやってくれることを期待しつつ、見守ってます。
  • #20 エクスポーション 
  • URL 
  • 2011.11/05 17:31 
  •  ▲EntryTop 

 

>エクスポーションさん
ででで伝説!?(((( ;゚д゚))))支援所が一番賑わってた頃にうpしたから相対的に白銀の討ち手の評価も高くなったのだと思います。支援所さまさまです。自分の実力以上の評価に応えるために四六時中小説のことばかり考えていたのが懐かしいです。大学の講義中もメモ帳にアイディアを書き綴っていました。
たしかにあの頃はTSF支援所の最盛期でしたね。また機会があればこのTS小説を書きなおして持っていきたいと思ってます。

期待に応えられるように頑張って行きますので、どうか生暖く見守っててくだしあ><

これは 

これは良い。
完全版はどこに投稿されるのでしょうか?凄く読みたいです。

 

>悦さん
気に入っていただけて嬉しいです!完成しましたら、こちらはTSF支援図書館に持って行こうと思っています。

 

小説家になろうに新しくアダルトページが出来たらしいので、そっちに持って行こうかと思いまふ。

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