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白銀の討ち手

己の妄想をネットという広大な海へ送り出すことに若干躊躇いつつも実行してみるブログ。現在は『白銀の討ち手』という灼眼のシャナの二次小説をarcadiaさんにて執筆中。

漫画『ブレイクブレイド』の二次創作。タイトルは『Made in America』。 

二次創作

思いついたので書いたよ。ブレイクブレイドは途中で読むのをやめてしまったけど、アニメは全部観たよ。



 熾烈な戦いを経てついにデルフィングは致命的な損傷を受け、もはやライガットの願い虚しく戦える状態ではなくなった。シギュンと言えども、古代技術の結晶であるデルフィングを完全に修理することはできなかった。そこへ、クリシュナ討伐を旗とするアテネス軍が迫る。率いる将軍はゼスその人である。小国クリシュナの保有するゴゥレムは旧式の上に数も200足らず。一方、大国アテネスは最新鋭機多く、その保有数は700を超える。戦闘の練度から言っても勝てる道理はなく、今までの辛勝はただライガットとデルフィングの存在あってこそだった。その幸運も、尽きた。
 絶望に塞ぎ込み、デルフィングを発見した古代遺跡を降りていく主人公ライガット。もしかしたら、都合よくデルフィングがもう一機見つかるかもしれない。しかし、見つかったところでどうだ。相手は大国アテネスで、将軍として立ちはだかるのはあのゼスだ。ゼスの強さ、才覚はよく知っている。デルフィンが完全な状態でも、一国の大軍勢を前にしては太刀打ちは出来ないだろう。そして、ゼスはシギュンの処刑を求めている。降伏すれば、シギュンは殺されてしまう。

「俺は……俺には、何も護れないのか……? うわっ!?」

 不意に足を滑らせて彼は螺旋階段を転げ落ちていく。どこまでもどこまでも、深く深く、地下施設の底まで。砕けた金属片が皮膚に食い込み、切り裂いて、鮮血が撒き散らされる。ようやく行き止まりの壁に背中を打ち付けて激しい痛みに目を瞬いていると、唐突に、理解できない言語の機械音声が金属の壁に木霊した。

『血液採取。Sクラスライセンス保持者の遺伝子情報を確認。封印解除。ようこそ、同盟国預かり品保管区画へ。当機体の運用については統合幕僚監部の許可が必要です』

 何を言っているのかはまったく理解できない。しかし、デルフィングのコックピット内部で聞いた音声にそっくりだった。目を見開いて驚く彼の目の前で、それまで壁の一部だったところに切れ込みが生じ、分厚い扉が静かにスライドした。

「……もう、どうにでもなれ、だ」

 痛む身体を圧して、おずおずと足を踏み入れたライガットの目を、突如強烈な照明の光が潰した。「うっ!?」と思わず手で目を覆うとして、彼は動きを止めた。生物的な怖気が全身を走り狂い、一瞬で喉が干上がった。
 千年の時を経ても一切の損傷が無い巨大な空間に、“それ”は聳え立っていた。デルフィングが11メイル(約9m)だとしたら、その血のように紅い巨躯は20メイルを優に超えているだろう。ライガットは畏怖を覚えながら、勇気を振り絞ってゆっくりと近づいていく。一歩近づくごとにその覆いかぶさるような巨体に圧倒される。その攻撃的かつ鋭角的なフォルムは、デルフィングとは異なる設計思想から生み出されたものに違いない。胴体に比べて頭部は小さめで、一対の目は人と同じだが、鼻と口に当たる部分は鎧兜のように盛り上がり、牙のような意匠が刻まれている。その顔つきは機械(マシーン)というよりどこか生物的で、そして悪魔的だ。マニピュレータの爪は刃のように鋭く、触るだけで肌が斬れそうだ。何より、その背部に装備された巨大な“それ”には呆気に取られる他ない。
 ついに足元まで辿り着いた。象を前にしたアリになった気分だ。不安に膝が笑いそうになる。今にも動き出して踏み潰されるのではないかという錯覚すら覚える。意を決してそっと脚部に触れてみる。瞬間、刺すような金属の冷たさにギクリとして手を引っ込めた。だが、わかった。デルフィングと同じ物質───“金属”で出来ている。だが、このアンダーゴゥレムはただのゴゥレムではない。デルフィングとも違う。そう、デルフィングとは明らかに違う。

 なぜなら、デルフィングは、このゴゥレムのように“鎖で雁字搦めに封印されてはいなかった”からだ。

 直径が人間の胴体ほどもある鎖は幾重にも巨体の上を取り巻き、その重さでゴゥレムを押し潰そうとしているかのようだ。鎖の両端は空間の内壁に深く打ち込まれ、その緊張と決意を物々しく表している。まるで、“これはダメだ”、とこちらに訴えかけてくるように。
 おそらく、古代人はこれを使うことを恐れたに違いない。これが目覚めることを拒否したに違いない。制御できる自身がなかったに違いない。それだけの力を秘めたゴゥレムなのだ。きっと、“国一つ簡単に滅ぼせるくらい”の力を秘めているに、違いない。
 その時、ライガットの心に、いつもは浮かばないだろう冷ややかな考えが過ぎった。

デルフィングは、もう戦えない。 ゼス率いるアテネス軍は、すぐ目の前まで迫っている。 クリシュナの貧弱な防衛軍は、奴らに到底対抗できない。
このままでは、クリシュナを、シギュンを護れない。 力が必要だ。それも並大抵の力じゃない。“国一つ滅ぼせる”ような、強大な力が。

「なぁ、オイ、デカブツ───ここから、出たいか?」
 ライガットの囁きが反響する。彼らしくない淀んだ囁きだった。その暗い波長は、ゴゥレムの聴覚センサーに確かに届いた。呼びかけに呼応して、一対のカメラアイに朧気な炎が灯る。炎は久しぶりの目覚めにほんのちょっぴり驚いて辺りをキョロキョロと見回し、そしてすぐに足元を“見た”。巨大な眼球と目が合ったライガットは、頬に一筋の冷や汗を伝わせ、それを最後の人間らしい感情の吐露として、この世のものとは思えない凄絶な笑みを浮かべた。

「出してやるよ。だから、俺に……ゼスを殺す、力をくれ」

 次々と鎖が弾け飛んだ。絡みついていた鉄の鎖が力任せに引き千切られ、バラバラになって地面に落ちる。強化コンクリートに打ち込まれていた楔が根本から叩き折れ、そこに鋭い爪が音を立てて食い込んだ。己を閉じ込めていた忌々しい空間を完膚無きまで破壊せんと巨大な四肢が振り乱される。古代人の封印は、無駄だった。火を入れられた動力炉が唸りを上げ、背中の“それ”が大きく展開する。魔物のような顔面が上下に割れ、牙が大気を噛み砕いた。自らの覚醒を宣言する巨人の雄叫びが地下施設を、それを包み込む地殻全体を激震させる。壮絶なその光景を、ライガットは満足そうに見上げていた。
 彼は、勝ったのだ。



 三日後。  若く淡麗なその青年は、切り立った広い崖の上から、顔を出した朝焼けに染まりゆくクリシュナを見渡していた。小国クリシュナの朝は、工業が発展していないが故に空気は澄み、爽やかだ。愛機エルテーミス・エレティコスに乗っているとその視点はさらに高く、清浄な大気のおかげで首都の輪郭まで視界に入れられそうだ。だが、あの朝日が昇る東の空の下では、アテネス軍選り抜きの猛者たちが今か今かと攻撃の時を待っている。

「ゼス様」

 呼びかけに応じ、エレティコスを操って機体ごと背後を振り返れば、アテネス軍屈指の精鋭が駆る最新鋭機エルテーミス総勢300機という大軍勢が己の背後に軍用犬のようにぴったりと控えていた。エルテーミスは跳躍力が非常に優れ、防壁を飛び越えることができる。それが300機、高位魔動士とセットでここに揃っている。クリシュナのゴゥレム保有数、そしてその質を遥かに上回る、過剰とも言える戦力だ。しかし、これはライガットとそのアンダーゴゥレムの存在を警戒して故である。ゼスのかつての友は、それくらいに脅威なのだ。

「ゼス様、やはり様子がおかしいのではありませんか。無抵抗にすぎる」
 ゴゥレム同士のすれ違いざま、副官を任せたイオ大佐が疑問を投げかけてきた。その眉根は歪み、明らかに混乱している様子だ。ゼスは優秀な副官の疑念に同意するように重々しく頷きを返した。彼自身も、この静けさを不気味に思い始めていた。主力300機を正面北口から、精鋭中の精鋭で編成された別働隊50機を密かにクリシュナ国東南の険しい山地から時間差で攻めさせてクリシュナ軍を混乱させる作戦だったが、今は逆の立場になっていた。クリシュナへ繋がる街道には幾つもの関所があり、そこには小規模の駐屯地があった。そこで抵抗を受けるなり、伏兵が出現するなりという事態が必ず発生するはずだった。しかし、実際は、クリシュナ正面に至る道はこの崖まで一直線に無人だった。一機のゴゥレムどころか兵士も、関所の職員もいない。まるで、「こっちだ、こっちだ、早く来い」と誘われているように、ゼスたちはここまで到達できてしまった。

「ホズル───クリシュナ9世王に行った降伏の呼びかけについて、応じた様子はあるか?」
「ありません。無視されています。それどころか、国境付近にはクリシュナのゴゥレムの姿も認めらません。完全に無人です。まるで明け渡さんばかりです」

 偵察を終えてやってきた下士官の報告に、ゼスもイオも耳を疑って顔を見合わせた。降伏もしないが抵抗もしないとは、理にかなっていない。本来なら、クリシュナは廃棄場に眠っているゴゥレムすらもを叩き起こして頭数を揃えて主力に対抗せねばならないはずだ。そうでもしないと戦えないのは自明の理だ。だからこそ、そうして全軍がゼス率いる主力の相手に躍起になっている最中に別働隊が強襲し、首都を制圧するという想定だった。これであれば、戦争は早く集結する。それがゼスの考えだった。だが、何かがおかしい。ゼスの背筋を怖気が這い上がってきた。
 その怖気の答えの一端は、遥か東南方向から聞こえてきた爆発音と、必死の形相で走り寄ってきた別の下士官によってもたらされた。

「ほ、報告します! 別働隊、谷間でクリシュナ軍の伏兵と接敵! 伏兵の将はバルド将軍! その数、およそ200! 敵は高方に陣取り、地形的に極めて不利! 完全に囲まれているようです!」
「なんだとぉッ!?」

 イオが目を剥いて動揺した。ゼスもまた、表面は冷静を装いながら、その胃の腑はひっくり返るほどの驚愕に襲われて戦慄いていた。別働隊の動きを見破られていた。険しい山道を踏破するために特別なチューンアップが施されたエルテーミスは迷彩色に塗装されており、主力よりずっと前から進軍を始めてゆっくりとクリシュナまで迫っていた。上空からでも見ない限り発見されるはずはなく、この世界には空を飛べる者などいない。発見される可能性はまずなかった。

「ゼス様、200機というのは、クリシュナの保有するゴゥレム全機です!こんなこと、ありえるのでしょうか!?」

 しかも、その戦力規模は伏兵とは到底呼べない。クリシュナ全軍がその別働隊に対応しているというではないか。如何に別働隊が最新鋭で相手が旧式といえど、4倍の戦力差には勝ち目がない。抵抗はしばし続くだろうが、地形を考えれば極めて不利で、最終的な全滅は免れない。しかし、敵主力を無視して別働隊のみを攻撃するなど、常識外だ。もはやゼスたち主力はクリシュナ正面口の目と鼻の先にいて、国境の低い防壁などエルテーミスの性能の前にはなんの障害にもならない。今から引き返してきても、到底アテネス主力の進軍を妨げるには間に合わない。そんなものは愚策も愚策だ。勇名なバルド将軍ともあろう者がそんな失策を取るなど、ありえない。この前提が成り立つのは、こちらの主力に対抗できる存在がいる場合のみ───。


『俺はここにいるぜ、ゼス』


 エレティコスがその運動性能を示すかのように風を切って振り返った。それに続いてイオの機体、そして全軍が雁首を揃えて向きを一致させる。いつの間に、どこから現れたのだろう。眩しい朝焼けを背に、“将軍殺し”───クリシュナ側の機体名ではデルフィングが、ぽつんと崖の先に佇立していた。だが、そのダメージは凄まじい。右腕は根本から砕け、無い。左足は膝下から下が折れて、添え木のようなものでかろうじて支えている。胴体には幾つもの穴が空き、頭部は顔面の半分が抉れている。立っているだけで精一杯、といった惨状に、ゼスは悲しみすら覚えた。過去との決別のためにライガットとの復讐の一騎打ちを思い描いていた彼は、もはやそれが叶わないことを知り、そして昔の親友の浅はかな考えを看破したつもりになって、呆れの微笑すら浮かべた。

「ライガット。まさか、たった一機で俺たちと戦うつもりじゃないな?」
『いいや。“たった一機”で、戦うつもりさ』

 機械的に増幅されたそのセリフに、イオは「なにを生意気な」と猛った。それに対し、ゼスは違和感を覚えて鼻頭に皺を寄せた。なんだ、この余裕は。ふんぞり返るような勝ち誇った態度は、なんだ。まるでライガットらしくない。違和感を解消させるためにゼスはエレティコスを前進させ、ライガットを追い詰める。今のライガットの機体は一歩動くだけで100の奇跡を必要とする。そんなものに負けるはずがない。

「ライガット、お前が時間稼ぎをしていることはわかっている。別働隊を倒したクリシュナ全軍が戻ってくるのを待っているんだろう。しかし、そうはいかない。別働隊は精鋭中の精鋭で、兵士装備ともに最新鋭かつ重武装だ。クリシュナ総兵力でかかってもそう簡単には駆逐できない。今もまだ戦闘は続いているだろう。ようやく戦闘を終わらせても、クリシュナの端から端まで旧式のゴゥレムでここまで駆けつけるのに何時間かかるか。半日は掛かるだろう。それまで、どう時間稼ぎをするつもりだ? 思い出話に花を咲かせるつもりか?」

 「そうだ、尻尾を巻いて帰っちまいな」。アテネス兵の嘲笑がちらほらと聞こえてきた。彼らにとっても、目下の脅威はアンダーゴーレムの戦力とバルド将軍の計略であり、それらが敵対しないと理解した今、この戦争は一昼夜で片がつくと考えていた。ゼスもそれに同調したい思いだった。そうして、胸中にふつふつとわだかまっていく不安を吹き散らし、一刻も早く安心を得たい思いだった。その期待は、アンダーゴゥレムの細部が見えるほどに接近してしまったせいで、跡形もなく破壊された。

「な───」

 無人、だった。肩口からバッサリと切断された破孔からコックピットが覗いているが、そこには搭乗者の影の形もなかった。慌てて降りて逃げ出した素振りはなかった。それを見逃すようなゼスではない。そもそも、そのコックピットは埃と土に塗れ、誰かが搭乗していた気配もなかった。その証拠にゼスが剣先で小突いてもデルフィングはピクリとも動かず、彫像のように微振動するだけだ。しかし、その頭部からはそこにライガットがいるかのように機械的な音声が発せられる。

『言い忘れてたぜ、ゼス。俺はな、“新しいゴゥレム”に乗り換えたんだ。そっちは伝令機(スピーカー)代わりでしかない』
「“新しいゴゥレム”、だと?」
『ああ、そうだ。おニューだよ』

 不意に、怖気の正体を垣間見た気がした。ライガットのこれほどの余裕、すでに勝っているかのような口調、クリシュナ軍の、まるで“すでにアテネス主力など存在していない”とでも言うかのような態度……。それらが一本の線に繋がり、ある“答え”を導き出そうとする。認めたくない、最悪の答えに。張り詰めていくゼスの緊張をイオは敏感に察知し、その心理の揺れは彼を介して全軍に染み渡っていった。全軍がわけも分からず浮き足立っていく。何かが、おかしい。何かが、“来る”。

『なあ、ゼス。新しい機体にはな、古代世界の色んな情報が残ってたんだ。教えてやろうか?』
「ああ……聞こうじゃないか」

 応じながら、ゼスは全周囲に対して最大限の警戒を行った。剣とプレスガンをそれぞれの手に持ち、即座に対応できるようにエレティコスの腰をぐっと落とす。新しい機体の性能がデルフィングに匹敵するとしても、今の自分とエレティコスなら十分戦える。不意打ちなどに引っかかるものか。

「……?」

 はたと、視界に入った地面の石ころがコロコロと転がっていることに気付いた。それも同一方向ではなく、四方八方バラバラに。そこでようやく大地が振動していることを察した。エレティコスの全天式コックピットのガラスまでもがビリビリと戦慄いている。単なる地震ではない。地面ではなく大気そのものが振動しているのだ。こんな現象は初めての経験だった。ゴゴゴと地響きが音を立て、岩や木々を左右に激しく揺らす。天変地異の前触れのような現象に、さしもの精鋭たちも怖気づく。アテネス軍兵士たちの高まる不安をよそに、ライガットの異様に平然とした声が響く。この現象にちっとも驚かず、むしろ何もかも超越したような落ち着いた声音が、ゼスの不安を煽り立てる。

『なんで古代世界が滅んだのか? それはけっこうどうでもいい理由だった。くだらないことさ。これは捨てておこう。知りたくもないだろうしな。教えてやりたいのは、古代世界にあった“国家”のことだ』
「国家、だと?」
『そうさ。お前の目の前にある、そのゴゥレム───デルフィングって俺たちが呼んでたヤツさ───それを造ったのはな、“ニッポン”って国らしいぜ。変な名前だよな。発音が難しいぜ。この国の言語は俺たちとは違うんだ。でもよ、この変な名前の国、古代世界では上から3番目に強い国だったんだぜ。そりゃあ、ゴゥレムも強いに決まってるよな』
「3番目……?」

 ゼスの脳裏に、今までデルフィングから味わわせられてきた屈辱の記憶が蘇った。部下を討たれ、戦友を討たれ、己も討たれた。ゼスだけではない。アテネス軍は今日まで、雑兵から将軍に至るまで、デルフィングを前にして数え切れないほどの敗北を喫してきたのだ。デルフィングをここまで追いつめられたのは、アテネス軍の100を超えるゴゥレムとその搭乗者の人命、それらに比肩する時間と戦費を費やし、多大なる犠牲を積み重ねた結果であった。軍団一つを丸ごと犠牲にしてようやく追い詰めたと言って過言ではない。それほどの強敵を生み出した国家が、実は“世界で3番目”だったというではないか。
 げに恐ろしきは古代世界の技術力か、とほんの一瞬だけ感心し、そして当然の疑問に行き着いた。行き着いて、恐怖した。ライガットの言わんとしていることを理解できてしまって、顎がわなわなと震えた。これで“世界で3番目”というのなら……それなら……まさか……。

『だよなあ。そうだよなあ、ゼス。これで“世界で3番目”だっていうのなら───“世界で1番強い国が創ったゴゥレム”ってのは、どのくらい強いんだろうなあ。……興味は、ないか?』

 地響きが極限まで高まってきた。ゴゴゴゴゴ、と火山が爆発しているような重低音が腹の底をビリビリと打ち据え、鼓膜を破城槌のように叩く。もはやゴゥレムを直立させていることすら難しくなり、何機ものエルテーミスが華奢なショックアブソーバーを自壊させて崩れ落ちる。「落ち着け」と諌めるイオの声すら掻き消すその轟音は、崖の下から発せられていた。しかし、ただ発せられているのではない。崖からもっとも近い場所にいるゼスにはよく聞き取れた。音の発生源は、“移動”していた。崖の下からまっすぐに、ゼスの眼前に向かってゆっくりと登って来ている。そしてそれは、すぐそこまで迫ってきているのだ。ゼスの心情を滲ませるかのように、エレティコスが怖気づいて2歩3歩と後ずさる。『“これ”を造った国の名前だけどな』。デルフィングのスピーカーがくつくつと陰気に笑った。

『“アメリカ合衆国”、っていうそうだぜ』

 ドン、とひときわ激しい爆音が閃き、崖から何かが飛び出した。目が醒めるほどに強烈な紅が、その巨体に似合わぬ俊敏さと速度であっという間に視界の上方に外れた。かろうじて動体視力が追いついたゼスが真紅の何かを視野に収めようとするも、嵐のような風圧がエレティコスを叩きつけてそれどころではなくなった。プレスガンがマニピュレータから離れて吹き飛ばされる。一瞬で音速を突破した何かが発生させた余波によって、コックピットのガラスに幾つものヒビが走った。思わず近くにあったデルフィングに捕まって転倒を防ぐ。バランスを失いそうになる愛機の手綱を必死に繰りながら、ゼスは驚愕のあまり吐き気を覚えて喉奥を胃液で焼いた。
 まさか、そんなはずはない。この世に、そんなゴゥレムなど、存在するはずが、

「ゼス様───ッッッ!!!!」

 反応できたのは奇跡だった。再現しろと言っても出来まい。ふっと覆いかぶさるように上空から降り注いだ巨大な影を視認してからでは回避できなかっただろう。その0.5秒前にイオの警鐘がなければ無理だったし、極限までアドレナリンに溢れていたゼスの脳が全てをスローモーションのように知覚していなければできない芸当だった。脳が司令を発するより先に手足が動いた。エレティコスの脚部ピストンを壊れるのも顧みず全開にしてその場から飛び退る。ゆっくりと後方に流れていくゼスの視界で、デルフィングが“巨大な脚”に押し潰されていった。かつてアテネスの宿敵とさえ思われていたアンダーゴゥレムが、プレス機に掛けられたかのように平面と化していく。あれほど頑強だった装甲が、信じられないほど強い骨格が、憎々しい顔つきが、金属片となりさがり、油が飛び散り、火を噴き、燃えて、地面に埋める勢いでグシャグシャに叩き潰されていく。代わりにそこに現れたのは、まるで悪鬼のような恐るべきゴゥレムの顔───。
 エレティコスの背中が激しく接地とすると同時にスローモーションの世界は止まった。噛みそうになった舌から血の味がする。喉奥からは胃液の苦味が逆流してきて、それらが混ざった口腔内はおぞましい味覚に満ちる。それでも、マシだった。ゲロを食べるくらい、なんだというんだ。眼前の光景を直視するよりは、よっぽど、マシだ───。

 ゼスの視野には入り切らなかった。あまりに巨大すぎて、頭と“翼”の両端が、完全に視野の外だった。背部に装備された、本体と同じ真紅に染め上げられた飛行パックが轟々と高熱の炎を吐き出し、その背後の景色が蜃気楼のように歪む。そこに見えていたクリシュナ国の様相は蜃気楼の帳に隠れて見えなくなった。それは暗に伝えていた。眼の前のゴゥレムを倒さなければクリシュナには手が届かない、ということを。そして、それが“絶対的に不可能”だということを。
 ゼスは唖然として首を仰いだ。視界いっぱいを満たす血のような真紅色に圧倒された。エレティコスの全高は12メイルだが、眼前のゴゥレムは20メイルはある。質量にすれば2倍なんてものではあるまい。まさしく巨人が全身鎧を着込んだような風体だ。そんな重量級でありながら、このゴゥレムは飛翔できるのだ。世界で唯一、これは空を飛べるゴゥレムに違いない。だから、別働隊の動きを簡単に見破れたのだ。

『俺は、ここにいるぜ、ゼスぅ……』
「ライ、ガット……」

 ライガットの呻くような囁きに呼応するかのように、真紅のゴゥレムがグルルと喉を鳴らすように凶暴な動力音を発した。これだけの質量を空に浮かせるのだから、その動力炉は並々ならぬ出力を秘めているに違いない。デルフィングの燃える残骸を踏みしめ、その両肩はまるで生物であるかのように上下し、駆動に合わせて筋肉のように滑らかに盛り上がる背中は呼吸しているようにすら見える。鋭い爪をカチカチと音を立てて遊ばせ、カメラアイの内部でギョロギョロと蠢く眼球がこちらを睥睨する。明らかに、設計段階からデルフィングとは異なっている。もっと純粋な、自らに仇なす存在を徹底的に破壊たらしめんとする“力”を求めた、巨大かつ強大な国家と国民による狂気の産物だった。
 
「ぁ……ぅ……」

 さしものイオも脂汗にまみれて毛筋を動かすことすら出来ない。300機と300人の兵士たちは震えながら己の運命を呪った。一分前の自分たちの余裕綽々な態度を後悔した。なんとか自分だけでも生き残って家族の元へ帰りたい。彼らは必死に願うが、真紅のゴゥレムはそれすら許さなかった。

『ああ、そうだ。“たった一機”で、戦うつもりさ。“たった一機”で、十分だからだ。お前らは、どうなんだ?』

 今度は、ライガットが嘲笑う番だった。運命はひっくり返ったのだ。勝者と敗者は入れ替わったのだ。そうさせた機体の名は『ベイオウルフ』。メイド・イン・アメリカの戦略機動兵器である。

【もうすぐ完成】2-16 世界で一番メシが不味い国はどこでしょうか?ヒントは「イギリス」 2-16【更新9/27】 

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(前書き)

「おはようございます。世界のメディアザッピング、今日はこの話題からです」
「おはようございます。今日はイギリスから驚きのニュースが飛び込んできました。なんと、あの有名な伝説の王、アーサー王が実在したという証拠が発見されたのです。しかも───」


(前書き終わり)


切嗣とセイバーが間桐邸を訪れる、数時間前


‡バーサーカーサイド‡

「ン゛ン゛ハァ゛ア────ッンハッンハッンハッンハッハ───────!!!!」

 これ誰の笑い声だと思う?これね、雁夜おじさんの笑い声。どうやって発声してんだろうね。ていうか凄いテンション。うわあ、引くわあ。

「バーサーカーが無理やり食べさせた料理のせいだと思うよ」

 桜ちゃん、見てたんだね。あらやだ恥ずかしい。おや、その手に持っている物はもしかして。

「うん、完成したよ。『セイバー陣営ご一行様、ようこそ間桐邸へ』の看板。いっしょうけんめい色も塗ったんだ。見てみて!」

 うんうん。とても立派な出来栄えです。漢字もしっかり書けてるし、字もキレイだ。桜ちゃんはこの歳ですでに成績優秀者の片鱗を見せていたんだね。このほのぼのとした字体に、きっと切嗣さんたちも喜んでくれることでしょう。この看板に相応しいように、俺もエプロンじゃなくてもっと従者っぽい服装でお出迎えしないとね。従者っぽい服か……う~ん、なにがいいかなあ。執事服?いやいや、こんな全身鎧の大男がぴっちりしたブラックの燕尾服なんかを着てたら凄く違和感があるんじゃないだろうか?悩むなあ。教えて、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ大先生!届け俺の問いかけ!電波ビビビビ~!




───んなこと、ワシに聞かれても………



はいわかりました!答えは得た、大丈夫だよゼルレッチ俺もこれからメイド服で頑張って行くから!



───ええ……




 そうと決まればメイド服を作らねば!間桐家には使用人用の簡素なメイド服があったから、それを仕立て直せばいけるだろ!おや、雁夜おじさんもマリオみたいに飛び跳ねて俺のメイド服アイデアを喜んでくれてるようです。拳が天井の梁材にぶち当たってるけど痛くないんだろうか。愉快な人だなあ。

「セイバーがなんだ!アーサー王がなんだ!僕のサーヴァントは最強なんだ!正体は知らないけど最強なんだ!誰だろうとどんとこいやぁっ!!」
「もう、雁夜おじさん、あんまり騒いだらせっかくバーサーカーが仕立て直してくれた背広が台無しになっちゃうよ。天井に当たるくらいジャンプなんかしちゃって。髪もせっかくきっちり整えてもらったのに」

 ははは。だいじょうぶ、またきっちりセットしなおせばいいのさ。夜間学校に通って取得した理容師資格とユーキャンのスタイリスト資格がこんなところで活きるなんて思ってもみなかったよ。でも、こんなに元気になってくれちゃって、俺も気合入れて精が付く料理を作った甲斐があったってものさ。

「ねえねえ、いったい何を食べさせたらこんなに元気になっちゃうの?雁夜おじさん、空中で腰をカクカクさせながらジャンプして天井に穴を開けて二階まで飛び出しちゃったよ。マンドラゴラでも食べさせちゃったの?」

 やれやれ、まったく仕方ないおじさんだ。あとで修理しておこう。でもね、桜ちゃん。そんな非現実的な植物なんかなくたって、ちょっとの料理の知識と、このスキル『|騎士は徒手にて死せず《ナイト・オブ・オーナー》』があれば、普通の食材でも十分に元気3000倍マックスフルハイテンションハイポーションを作ることが出来るんだよ。
 さて、ここでネタ晴らし。雁夜おじさんに|喜んで食べてもらった《無理やり口に突っ込んだ》料理は以下の通り。

 まず|喜んで食べてもらった《無理やり口に突っ込んだ》のは、『九条ねぎと大分県産ニラと炒めた豚レバーの甘辛焼き』。レバーは滋養強壮を高める効果があることはよく知られているけど、豚レバーは特に凄い。肉体を動かすにはビタミンB1が不可欠なんだけど、豚肉100グラムを食べるだけで1日に必要な量を摂取できると言われている。そして必須アミノ酸をバランスよく含んだ良質なタンパク質もとれる。しかも脳の活性化や神経の正常化に効くビタミンB12も豊富。特に豚レバーは脂肪分が少ない上、抗酸化作用や生殖機能の改善に効くビタミンEもたっぷりだから、これでおじさんの疲労回復は完璧!もちろんネギは、ニンニクやタマネギと並んでスタミナのつく野菜として有名だよね(ニンニクはタマネギの親戚って知ってたかな?)。抗酸化作用の強いβカロテンやビタミンC、ビタミンEが豊富で、体内から活性酸素を減らして血管や臓器を若返らせてくれるんだ!これでおじさんの肌艶も10台の頃のようにつやっつや!さらに、ネギの持っている硫化アリルは消化を促進したり食欲を増進させたりするのはもちろん、疲労回復やスタミナアップ効果のあるビタミンB1の吸収を高めてくれる。つまり、ビタミンB1を多く含んだ豚肉との相性は最高ってわけ!
 次に|喜んで食べてもらった《無理やり口に突っ込んだ》のは『広島県産牡蠣の味噌チーズホイル焼き、食べる直前にレモン汁』。海のミルク、牡蠣。美味しいよね。特に広島県産の新鮮な牡蠣は最高だよ。牡蠣には、骨の強化やイライラの改善に効くカルシウムはもちろん、目や粘膜を正常に保つ効果のるビタミンA、スタミナ増強や抗酸化作用のあるビタミンB2がパンパンに含まれてるんだ。これでおじさんのスタミナは爆上げよ!そこにカルシウムやタンパク質が豊富なイタリア産パルメザンチーズとオランダ産ゴーダチーズと、大豆を使った岐阜産の豆味噌をケチらずにどーんと載せて、アルミホイルに包んでオーブントースターでチン。食べる直前に同じく広島県産の瀬戸内レモンをギュッと絞る!クエン酸に疲労回復効果があるのは有名だよね。味噌とチーズのまったりした濃い味を酸っぱいレモンが和らげてくれるんだこれが。簡単だし、美味いし、栄養豊富で、一石三鳥よ。
 最後に|喜んで食べてもらった《無理やり口に突っ込んだ》のは、シンプルに『アメリカ産アンガス牛肉のリブロースを使ったローストビーフの野菜巻き。ハーブと赤ワインソースを添えて』。いやね、なんと言っても牛肉に勝る良質な動物性タンパク質はないのよ。下手に安いサプリとかプロテインを飲むくらいなら牛肉をバクバク食ったほうがよっぽど頑健な肉体を作ることが出来る。エネルギーを生み出すビタミンB1がこれでもかってくらい含まれてて、疲労回復やスタミナアップに最適なんだ。“風邪ひいた時は上等なステーキを食え”、ってのはある意味正解なんだ。病気に抵抗するためのエネルギーをどんどん作ってくれる。そしてエネルギー生産を補助してくれるビタミンB群や、吸収のいいヘム鉄、そして生殖機能を高める亜鉛がルビーのように赤い肉の中に満載なんだ。そしてなぜ国産牛ではなくアメリカ産牛かというと、|脂身《サシ》が多い国産牛はローストビーフに不向きだから。ローストビーフには脂身が少なくて上質な赤身を備えたアメリカ産が最適なんだ。ソースは赤ワインベースに、ニンニクとショウガを混ぜたオリジナルだ。ニンニクもショウガもどちらも勢力増強に効果覿面だ。ちなみに、冷蔵庫から取り出した後に15℃程度の日陰に置いてゆっくりと常温に戻しておくと、調理後の肉が柔らかくなってなお良い。ローストビーフのしっとりとした触感を楽しめる。そうそう。豆知識だけど、ローストビーフってのはイギリスが生んだ最高の料理と言われているぞ。え?ほかにイギリスが生んだ最高の料理はなにかって?うるせえ!紅茶で溺死させるぞ!!

「ンンンンンンハハハハハハハ!!美味かったぞ!バーサーカー!」
「あ、玄関から戻ってきた。お帰り、おじさん」
「ただいま桜ちゃん!助走なしのジャンプで6メートルも飛び上がれたのは生まれて初めてだよ!いや、実に美味かった!力が、力が満ち溢れてくる!今ならなんでも出来そうだし誰にでも勝てそうだ!!」

 よかったよかった。こんなに元気な雁夜おじさんを見ることが出来て、俺もこの夢を見ている甲斐があるってものさ。夢でも嬉しいよ。原作だとクソ雑魚エンドだったもんね。今じゃ、なんだか威厳オーラというか、ラスボスが発するような闘志満々な圧がダダ漏れだもん。いやはや、セイバー陣営との会談を前に弱気になってるおじさんになんとかガッツをつけてもらおうと作ってみたんだけど、予想以上の効き目だね。でもおじさん、会談のことちゃんと考えてる?

「ん!?ああ、セイバー陣営が同盟を持ちかけてくるかもしれないって話だろう!?」

 そうそう。それそれ。
 原作で言えば、そろそろ遠坂/アーチャー陣営と切嗣/セイバー陣営が同盟を結ぶ結ばないのお話をする頃だ。そして、同じようなタイミングでセイバー陣営が接触を申し込んできたということは、間桐/バーサーカー陣営との同盟申し込みということも十分に考えられる。というか、それくらいしか思いつかない。んで、「もしかしたら同盟結ぼうよってお誘いかもしれないから、その時は素直に手を組んだほうがいいかもよ」と雁夜おじさんにお勧めしといたのだ。
 というのも、ギルガメッシュに対して俺(ランスロット)は相性が良いとされている。原作でもそう評されてたし、実際、コンテナターミナルでの初戦でも身体の動くままにしてたらなんとかなった。夢だしね。だから有利には立ち回れるだろうけど、それでもアイツは強敵だから、防御と回避は問題なくても攻撃の決め手に欠ける。それに、相性の悪いランサーは倒せているにしても、ライダーの|王の軍勢《アイオニオン・ヘタイロイ》はやばい。俺だけじゃとても太刀打ちできない。だから、こいつらと渡り合えるだろう|約束された勝利の剣《エクスカリバー》を保有するセイバーと共闘したほうが、これからの戦いを有利に進められるだろうと考えたわけだ。そして最後にセイバーと俺だけが残ったとしても、俺の願いは『雁夜おじさんと桜ちゃんが元気で生きていくこと』なので、別にさぱっと消えてセイバー一人だけになっても悔いはないというわけだ。もちろん、呪われた聖杯が最後に大火災を引き起こす危険は忘れていない。二人がそれに巻き込まれて焼け死んでしまっては意味がないので、その対策として|すでにアイツから《・・・・・・・・》|奪っておいたアレ《・・・・・・・・》を使うことにしている。まあ、俺の夢なんだし、なるようになるでしょ。

「……ムハハハハ!同盟な!考えておいてやろう!ムハハハハ!!」
「ぐるる~?(´・ω・`)」

大丈夫かなあ。



‡とある王さまサイド‡


「はふ、はぐ、はふっ!はふっ!」



 頬張る。ただひたすらに頬張る。入らない、ではない。入れる。気道に混入する危険も考えず、がむしゃらに掻っ込む。二本一対の棒───箸というアジアの食器───を器用に使いながら、口腔の容量限界など知らぬとばかりに次から次に大口を開けて眼前の料理を放り込む。そして全身全霊の力をその細い顎にこめて無我夢中で咀嚼する。舌を懸命に動かし、その表面の味蕾を余すところなく働かせ、分析器にかけるが如く、構成する食材の一片に至るまで味わう。前歯、奥歯、犬歯、すべての歯を使って感触を楽しむ。粒のそろった小ぶりの白い歯が裁断機のように音を立ててガッツガッツと噛み合わされる。柔らかいものはホロホロになるくらいにとことんまで柔らかく、硬いものは適度な歯ごたえを感じられるよう絶妙に調理されたそれらを、力を込めて、心を込めて、丁寧に満遍なく味わう。



「おい、セイバー」


 居並ぶ料理皿の上を箸が迷うことはない。それは、彼女が時代も場所も違う遥か極東のマナーを諳んじているからではなく、本能が次の獲物をすでに定め、肉体を真っすぐに突き動かしているからだ。剣を振るうが如く箸を躍らせ、美しい金髪を振り乱し、まるでご馳走を前にしたがんぜない子供のように目を輝かせてもっしゃもっしゃと頬を膨らませる。その様子は金獅子というより、さながらゴールデンハムスターである。


「セイバー、聞こえてないのか。おい、セイバー」


 魚の干物に手を伸ばす。箸の先端をその肉に差し入れた途端、ふっくらとした肉がほろりと崩れ、湯気が沸き立つ。品のいい魚の油の匂いにまた食欲をそそられる。そのまま、くいっと先端を持ち上げれば、身離れの良い肉がそこに乗っかる。抗しがたい魅力に一瞬たりとも抵抗できず、すかさずそれを口に頬張る。


「~~~~っ!!」


 すこぶる見栄えの良い涼しげな美貌が、ふにゃんとトロけた。魚の干物は、彼女の王国でもよく食べられていた。しかし、これが同じ食べ物だとは露とも思えなかった。旨味、旨味、旨味。肉の一切れ、細胞の一つ一つにまで旨味がぎゅっと詰まっていて、噛みしめるたびにそれが口腔内で爆発し、舌を殴打する。一噛みごとにジュワッ、ジュワッと凝縮されたジューシーな油が広がる。ただの干物のはずなのに、コニャックを掛けて火を転じたミディアムレアの極上ステーキにも匹敵する、いや、それ以上の美味を魂に痛感する。

 だが、しかし、味が濃すぎるという一抹の不安を覚えた。何かが足りない。この口の中に、何かが足りない。



───俺を食え……



「はっ!?だ、誰です!?その声はいったい!?」

「いったい誰の声を聞いているんだ」


 持ち前の直感スキルAによって、彼女は音にならない声を聴いた。なんと、それは目の前に置かれた椀から発せられていた。銀色に輝く穀物……お米だ。炊きたてを誇る艶がなんとも美しく、芳醇で豊かな香りをこれでもかと放っている。そのお米が、「俺を食らえ」と語りかけているのだ。言葉は不要、もはや遠慮はせぬ。茶碗を手に取り、まだ干物が口の中に残っているにも関わらず、米粒の塊をぐわっと勢いよく頬張る。



|完成した《・・・・》。



 鼓動がきっかり3拍分は止まっていただろう。まるで落雷の直撃を喰らったような、それくらいの衝撃だった。完成だ。これで完成なのだ。欠けているものなどあるものか。口内で火の玉が爆発したような驚きに、さしもの彼女の意識もグラついた。胃腸までもが驚天動地してビクビクと揺れ動く。もはや足りぬものはない。この口の中で、一つの|完璧な世界《アヴァロン》が誕生したのだ。この国の食事とは、この『お米』を主軸として考案されているのだ。おかずはお米を引き立て、お米はおかずを引き立てる。互いに補い、高め合い、天界へと繋がるスパイラルを煌めかせて究極の美味を形作っている。東の端っこに浮かぶ島国で、食事は一つの極地に到達していたのだ。筆舌に尽くしがたい喜びと驚きに打ち震える彼女の前には、まだ多くの種類の料理が並んでいる。「次はどれを食べようか」と心をワクワク躍らせながら、目の前の調理法どころか料理名すら知らぬ未知のそれを大きめの一口サイズに切り分ける。一見すると、得体のしれない素朴な茶色の物体だ。それがサクッと表面の衣が小気味の良い音を立てて割れ、中からほわほわ~っと熱々の湯気が立ち昇る。サクサク、ほわほわ。擬音だけですでに楽しい。香辛料、おそらく胡椒をまぶした牛肉と豚肉の匂いが鼻孔をくすぐる。だが、そこに油っぽさは微塵もない。彼女の鋭敏な嗅覚は、瞬時にナツメグの種子の香りを嗅ぎ分けた。これが挽肉の油っぽい臭みを打ち消し、逆にその風味を増幅しているに違いない。さらに、その嗅覚は、赤みを残した肉汁から染み出すタマネギの甘く香ばしい匂いに混じって|葡萄酒《ワイン》特有の芳醇なコクも察知した。


「セイバー。おーい、セイバー。僕の声が聞こえないのか?え、ほんとに?」


 なんということだ。どれだけ隠し味を埋め込めば気が済むというのだ。料理人は、料理の際に一切の骨惜しみをしなかったに違いない。口に運ぶ前からその味を想像してゴクリと喉が鳴る。鼻孔が大きく開き、食欲を誘う塩気、そしてどこか懐かしい、食べたことのある食材の匂いを肺いっぱいに受け入れる。しかし、正体がわからない。嫌になるまで食べたはずなのに、あまりの変貌ぶりに正体が突き止められない。なんだ、このワクワク感は。まるで宝探しをしているようではないか。彼女は胸をときめかせる己に気付いてハッと悟った。これは、彼女の生きた時代と彼女が興した王国の原始的な調理技術では到達し得なかった、|高み《・・》なのだ。言ってみれば、宝だ。好奇心と食欲の権化と化した彼女は、その宝を勢いよく頬張る。


「セイバー!おい!」


 肩を掴まれてガクガクと揺らされる彼女の視界に、一群の白鳩が羽音を響かせて空を舞った。それは幻覚だった。美味という、生命が求める最上級の喜びを知覚した脳があまりの情報量を処理しきれずに見せた、至福の象徴だった。顎を上げ、「ほう」と吐息を漏らして口腔内の熱を冷やす。その切れ長の目尻からつうっと頬を伝い落ちたのは、一筋の涙。その涙は止まることを知らず、清流のようにとうとうと流れ続けた。彼女は、感動していた。外はカリカリ、中はふっくら。言葉で言うのは簡単だろうが、バランスを取るのは至難の業だ。至高にして巨大な神の天秤だ。この料理は、それを見事に実現している。まるで職人によって作られた業物のようだ。この一つ一つが、彼女の聖剣にも匹敵する、この世に二つと無い至宝なのだ。ふるふると身体を震わせながら、隣に座る己の主人のことなど意識外に放り出して、ひと噛みひと噛みを愛おしげに、大切に楽しむ。

 そんな彼女を前に、食卓を隔てて正面にいる眼帯の男が口端を少しだけ引き攣らせて問いかける。


「……口に合っているようで何よりだ。失礼だが、歴史には疎いもので教えてほしい。貴女の王国でそれを食したことは?」

「いいえ。恥ずかしながら、我が王国ではこのような美食は存在しなかった。この素晴らしい料理はなんという名なのですか!?」

「僕のことは無視か」

「コロッケ、というものだ」

「“ころっけ”……コロッケという料理なのですか。して、これはどのように作るのです?大変に興味が湧きました」

「ああいいよコロッケだよそうそうコロッケ。どうぞ気が済むまで食べてくれ。僕の分も欲しけりゃやるよ」

「どうも切嗣(ひょいぱく)」

「そこは会話するのか」

「なに、作り方は簡単さ。私でも作られる。牛肉と豚肉のミンチ肉と玉ねぎ、そしてたくさんのジャガイモを混ぜて油で揚げたものだ」

「ジャガイモ!そうか、ジャガイモだったのですね!どうりで、覚えのある味のはずだ!しかし、ジャガイモをこのような馳走に変えられるとは……!!」

「はいはいジャガイモジャガイモ。ああ、僕のサーヴァントがこんな食いしん坊だったとは」


 呆れ顔で手を振る主人のことはやはり意識に入らない。彼女の脳裏に浮かんでいるのは、かつての己の王国の食事風景だ。

 彼女が王として生きた時代、その食事水準はとても酷かった。今でも酷いが、輪をかけて酷かった。もしもここに、未来の赤い弓兵がいたならば、「500人のカウボーイの投げ輪に首を絞め上げられて吐き出したゲロのほうがまだマシだな」などと吐き捨てたに違いない。実際、彼女もそう思い始めていた。この料理に比べれば、かつて自分が食べていた料理など、料理とは呼べない。そう、ゲロだ。ゲロ以下の臭いがプンプンするぜ。祖国は誇り高い王国であるという自負は揺るがねど、食事のレベルはライダーやアーチャーの王国の方が上だったかもしれない。いや、間違いなく上だったろう。時代はずっと後なのに。

 そもそも、彼女の王国も、その後に発生した国家も、料理に関しては無頓着だった。まずい食材だって調理法が良ければなんとかなる。ひどい調理法でも食材が良ければなんとかなる。だが、まずい食材にひどい調理法が合わさればどうなるか。どうにもならない。救いようがない。あるのはエブリデイメシマズだ。

 まず、食材の下処理などしない。「臭みを消す?なにそれ英語でおk」である。野菜を水に通すなんてこともない。土がついてる?火が通ればいいじゃない。むしろ何でもかんでも火を通さないと安心できない。焼き加減とか関係ない。さらっと炙る、なんて発想はない。とにかく芯まで焼くのだ。味付け?テーブルの上に塩コショウがあるから各自お好みで。料理中に味なんか付けないわよ。|これ《・・》である。今も昔も変わらない。かつての王国での調理や食事風景を思い出し、そのおぞましさを自覚して身震いする。目の前の料理とのギャップがありすぎて目眩すら覚えるほどだ。

 異様に硬く味気ない、むしろなぜか酸っぱいライ麦のパン。肉はそこらの山に放牧している何を食べたかわからない豚や、頭の上を飛んでいた鳩。釣ってから日にちが経過して腐ってきたので急いで塩漬けにしたニシン、もしくは乾ききって薪と見分けがつかなくなったその燻製。そこらの川から捕まえた亀を叩き潰した真緑色のタートル・スープ。そして種類と量と栄養素に乏しいカッスカスの野菜。白パンを食べたいが手に入らない時は見栄を張るためにライ麦パンに石灰を混ぜてこれみよがしに食べたりする始末である。ジョンブル魂は伊達ではない。


「このニンジン、茹でただけにしか見えないのに、どうしてこうも甘いのか。味付けをしなくとも野菜そのものがほんのりと甘い。まったく信じられません」

「そうかいそうかい。じゃあ僕のも」

「どうも切嗣(ひょいぱく)」

「せめて言い終わってから手を出せ」


 歴代の統治者たちは、特に野菜が育たないことに頭を悩ませた。それは彼女も同じであった。ようやく統一戦争を終わらせて王国を治めても、長く続いた戦乱によって民草は皆極限まで飢えていた。早急に腹を満たしてやる必要に迫られるが、そこに立ち塞がったのはよりによって彼女が救った国の大地である。かの地は、基本的にほとんどが酸性土壌であり、多い降水量のせいで栄養素は流されていくために土地が肥えにくく、それゆえに植物が育ちにくい。さらに、日照時間が短く、気温も寒いというトリプルパンチなので、土地の改良もままならない。つまり、気候風土のせいで土地が極度に痩せていて野菜の育成に適していないのだ。というわけで、まともに育つのはマッシュルームなどのキノコ類と、豆と、そしてジャガイモだった。

 彼女はジャガイモには並々ならぬ思い入れがあった。ジャガイモには多くの民の命を救われたからだ。成長は早く、病気に強く、寒冷地でも育ち、栄養豊富で、その栄養素は加熱に十分耐えるので、とにかく育てて食べまくった。戦場で勇猛果敢に戦った少壮気鋭の若武者たちが、一心不乱にその業物を振るって火星のように貧弱な土地を耕しに耕し、ジャガイモを植えに植えまくった。その甲斐あって、民草の飢えは満たされ、餓死者は急激に減少した。そこまではよかった。


『お母さん、あたし、たまにはジャガイモ以外のごはんが食べたい……』

『しーっ!円卓の騎士様たちが作ってくださったのに、なんてことを言うの!』

『でも、でも……ぅ、うえ~~ん!』


 しかし、食べ過ぎた。他に食べるものがないとはいえ、誰もかれも、もう飽き飽きだった。ジャガイモを見るだけで嫌気がさした。物悲しい気候風土のせいで、民族性は質素倹約を旨とするものに変わっていき、ストア主義というお固いストイック精神に結びついてしまった。「ジョンブルたる者、贅沢は敵である」と公然と語られるようになり、栽培技術や調理技術が高められる風潮もついぞ生まれなかった。しまいには、「マッシュ、マッシュ、なんでも潰せば食べられマッシュ、はいドーン!」。そう、|これ《・・》である。食材もなく、まともな調理法もない。どん詰まりである。行くも地獄帰りも地獄。前門の虎後門の狼。四面楚歌ならぬ四面ジャガイモ。飽きていないのはあの|太陽馬鹿《イケメンゴリラ》くらいだった。神から譲り受けた聖剣ガラティーンで自らの領地を隅から隅まで耕し、次々にジャガイモ畑に変えていった。気づけばジャガイモ生産量王国1位、出荷量王国1位、特産品ジャガイモオンリー文句あるか領主様の誕生である。「貨幣経済?なにそれ美味しいの?ウチはジャガイモで払うけどいいよね?」とガラティーンを大上段に構えながら要求するのでどこの商人も頭を抱えていた。ジャガイモの余剰在庫も抱えていた。貨幣とジャガイモが市場で行き来する始末である。領民はそんな領主を心から慕い、密かに“ポテトゴリラ様”と呼んでいたという。

 今まで、あの騎士が作る料理といえばジャガイモばっかりだった。思い出すだけで胸焼けがしてくる。焼きポテト、煮ポテト、刻みポテト、そのままポテト。そのままポテトに至っては取り立てを土がついたまま皿にゴロリである。「食べにくいなら潰しましょうか?」と素手でジャガイモを握りつぶしてニッコリ笑いかける。それをベチャリとじかに手渡された平民の少女の死んだ魚のような目は忘れられない。凄まじい握力で皮ごと潰されたジャガイモを両手いっぱいに掲げて、「あ、ありがとうございます」と唇を震わせる少女は今にも泣きそうだった。なんてことをするんだ。なんだか無性に腹が立ってきたぞ。民草の心が私から離れたのってアイツのせいもあるんじゃないか。人の心が分からない、ってむしろアイツのことじゃないのか。


「(ぱくっ) ~~~!!」


 そんな怒りも、もう一口コロッケを頬張れば望外の幸せに霧散する。たちこめていた暗雲が、日の出とともに爽やかな風に吹き払われたような清々しい心境に、感情がわけもわからずに昂ぶる。熱したガラス球が思い切り息を吹き込まれたように心がわっと膨らみ、すべての思考に限りない余裕が生まれる。歓喜と興奮に、内なる活火山が爆発する。単なる生命維持のためだけのエネルギーの補給ではない。そんな簡素でお粗末なレベルとはわけが違う、もっと高尚な喜びに、全身に力が充実するのを感じる。


「うま……うま……」


 丹念に、丹念に、味わう。肉体がもう十分だと諭して飲み込もうとするのを3度も拒否した後、ようやく渋々として承諾する。ゴックンと、音を立てて飲み込む。瞬間、豪雨のように降りかかる後悔。喉を通っていくことすら惜しい。眼の前には半分になったコロッケのみ。これが堪らなく寂しい。その途方もない寂しさを埋めるように、コロッケを今度は少し小ぶりに切り分け、食す。そして間髪入れずに、傍らの茶碗を手にとってホカホカの米を口に放り込む。そしてこの身に再来する生命力の横溢に、知らずに拳は握られ、総身が武者震いのように震える。全身の細胞という細胞が喜びに雄たけびを上げ、体内は歓呼の暴風が吹き荒れる。サーヴァントである今、この肉体には食事など必要なく、マスターからの魔力供給で事足りる。だが、それだけでは到底得られない活力と覇気の漲りを感じる。どんなことがあっても乗り切ることが出来るという根拠のない自信がマグマのように湧き上がってくる。


「───うお、ぅおおお、うお゛お゛お゛お゛う゛う゛お゛お゛ぅ゛!!」

「が、ガチ泣き」


 机に突っ伏し、泣いた。アシカのように喉を引くつかせてオウオウと鳴いた。隣に座るマスターが顔を引きつかせてドン引きするなか、握った拳で机を何度も叩きつけ、恥も外聞もなく泣いた。


(|なんて羨ましい《・・・・・・・》んだ!)


 |うまいものを《・・・・・・》|腹いっぱい食べる《・・・・・・・・》。それが、それだけで、どれだけ人間の身体は、心は、救われるか。自分はわかっているようで何もわかっていなかった。これが、このような|饗膳《きょうぜん》を生み出す技術と文化が我が王国にあれば、民草をどれだけ救えたことか。腹を満たすだけではなく|心を満たして《・・・・・・》やれば、どんなにか人々を救えたことか。|私は《・・》、|どんなに救われたことか《・・・・・・・・・・・》。

 今まで、王国が滅びた原因は、自分という不完全な王を戴いてしまったせいだと思っていた。自分の舵取りが誤っていた故に招いた悲劇の結末だと思っていた。選定の剣を引き抜くべきは自分ではなかったのだと、相応しいのは自分以外の誰かだったのだと|思い込もう《・・・・・》としていた。そうして己の運命から|逃避《・・》しようとしていた。だが、違った。それは驕りにも等しい。たとえ誰が王になろうと、聖剣に選ばれようと、そこからどんな過程を辿ろうと、王国は滅亡したに違いない。|原因《・・》は別にある。

 至上の美味を摂取した脳が明敏に回転する。思考が鮮明になっていく。聖剣のように研ぎ澄まされていく。はるか高みまで昇華していく。後悔、懐疑心、悲哀、余計なものが老廃した皮膚のように剥がれ落ちていく。見えなかった真実が見えてくる。見たかった真相が見えてくる。


 ただ戦を止めるだけでは駄目だった。だから秩序を作り上げた。いいや、それでは足りなかった。だから腹も満たしてやった。それでも不十分極まれり。味気のない食事で腹を満たしても、心は完全に満たされない。それでは民を救えていなかった。救ったことにはならなかった。肉体という殻は救えても、もっと大事な中身まで救えていなかった。今ならわかる。自分は、民たちに極めて最低限の救済しか与えられていなかった。与えられる状況に無かった。与えようにも与えられるものが無かった。「私なんかが王になったせいだ」と自分を責めていたのは、とんだ思い違いだった。|誰が王になっても《・・・・・・・・》|同じだった《・・・・・》のだ。

 いくら何でも、食べ物が不味いことまでは自分のせいではない。メシマズの責任まで取らされてたまるものか。誰が王になったところできっと結末は変わらない。私という王が誰に挿げ変わろうと、かつてのままのメシの不味い王国では辿り着く結果は変わらない。では、どうすればいいのか。

 だから、セイバーは食べる。食べて食べて、その素晴らしい味と栄養を記憶海馬に刻みつける。いつか己が|再現《・・》できるように。


 (|誰が王になっても《・・・・・・・・》|耐えられる国《・・・・・・》にしなければならない)


 その答えは目の前にある。日々の楽しみ。活力の源。明日への希望。つまり、|うまい飯《・・・・》だ。豊かな食文化だ。





(途中)



「同盟は、お断わりする」
「「な───」」

驚く切嗣とセイバー。きっぱりと言い放った間桐雁夜は敢然として表情を微動だにさせない。ふとセイバーは彼の傍らに控えるバーサーカーに目をやり、

「ぐ、ぐるる……?」

 バーサーカーもまた「マジで?」と言いたげに己のマスターを見つめていた。


(ここでいったん区切る)


貴殿のサーヴァントと同様、私のサーヴァントにも聖杯に託す願いがある。それをみすみす譲るような真似はしたくない。
彼の願いがなにかは知らない。だが、その願いは成就させてやりたい。マスターの最低限の務めだ

輝けケアキュア☆紫陽花の季節 3話を更新しました & 4話試作 

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タイトル通りです。4話も早めに更新すべく頑張ります!




 さらに数日後。内面の著しい変化を除き、ルキナはほぼ完全に回復を遂げた。以前は少年だったルキナからしてみれば、少女そのものの肉体は柔らかくて細くていかにも頼りないものに感じられたが、それでも以前に比べれば格段にマシになった。血色の良くなった頬はほのかにピンクに染まり、白肌はマシュマロのようにしっとりとして張りのある質感を湛えて、体力の復調を主張している。その様子を見て、青年は嬉しそうに頷いた。ルキナを|描《えが》く準備が整ったのだ。

 青年は穏やかな秋晴れの日を選んだ。窓辺から余計な物をすべて取り除き、丁寧にノリを効かせた真っ白なカーテンのみを背景に、ルキナを小さな椅子に腰掛けさせた。そうすると今度は、だらしのない猫背気味の背筋をピンと凛々しく伸ばすように指示した。まるでマネキンをポージングするように、ピタリと足先までくっつけた脚を柳のようにさらりと斜めに流して長い脚を強調させると、青年の絵画雑誌で見た“モナリザ”のように身体の中心線を正面から少し斜めにさせ、最後に臍の下でそっと手を重ねさせた。青年のテキパキした注文に従ってポーズをとってみると、見た目の少女の姿によく似合うものとなっていた。ルキナはその姿勢に言いようのない恥ずかしさを覚えた。「このポーズのままだと本当に女になってしまったみたいだ」とムズムズした不安まで覚え始めて、焦ったルキナは体勢を変えようと身じろぎした。

「動いちゃダメだ。じっとして」

 しかし、青年のいつにない鋭い声に制止され、思わず動きを止めた。ムッとして抗議の視線を送ろうと青年に目を向けた途端、キャンバス越しにこちらを見つめる真剣な目にギョッと気圧され、鋭い八重歯が唇の内側に引っ込んだ。
 青年は、まるで憤怒しているように目を据わらせ、時おり目尻と鼻にギュッと皺を寄せながら、ルキナの髪の毛一本の|そよぎ《・・・》さえ見逃さまいとギラギラした眼差しをぶつけてきた。肉体の表面だけでなく、重く厚い花弁をこじ開けて内面までも如実に描き出そうとするかのようだ。鬼気迫るその様子に、「これが芸術家なのか」とルキナは驚いた。対象の美を、表面上だけではなく本質に至るまで分析し、キャンパスに描き出そうとしている。その無遠慮ですらある目つきは普段の柔らかな雰囲気とは別人のように違って、どこか“男らしさ”すら感じさせた。

「……うん、わかった」

 渋々、というより条件反射のような返事をして、ルキナは再び佇まいを正した。ややもすれば「わかりました」と言ってしまいそうなほど、軽々しく抵抗できない迫力があった。一瞬で終わるはずの記念撮影のポーズを延々とさせられているような感覚に、ルキナは早くも疲れ果てそうになった。

 ……だが、しばらくすると、同じ姿勢を続けることにも慣れてきた。より正確に言えば───|好きになっていた《・・・・・・・》|。
 涼し気な風になびく真っ白なカーテンが背をさわりとなぞる。羽根布団に包み込まれるような秋晴れの陽が暖かい。描画に没入した青年は一言も声を発さず、どちらがモデルかわからないほどに座ったまま、首と手だけを別の生き物であるかのように俊敏に踊らせている。

(なに、この感覚)

 しゅっと鉛筆がキャンバスをなぞるたび、胸の内側に指をねじ込まれるような言いようのないゾクッとした感覚が背筋を走った。甘美な痺れが耳と頬を紅潮させ、そして下半身の熱溜まりにストンと落ちていく。下っ腹の深いところがぐつぐつと熱かった。まるで、スプーンで底をかき混ぜられるカップココアになったみたいだった。身体の奥の奥までカツカツと音を立てて引っ掻き回されるような甘い快楽にクラクラとした目眩すら覚える。意識がぼんやりと遠のき、火照った肉体がとろかされてしまいそうな錯覚に朦朧とする。「もうやめて」と泣き出したいのに、「もっとして欲しい」と懇願する自分がそれを留める。いつの間にか、すでに抵抗など考えられないほどまでルキナは追い詰められていた。

(なにこれ。なにこれ。どうにか、なりそう)

 ルキナは|描かれる《・・・・》|という行為に溺れてしまいそうだった。気付くのが遅かった。|描かれる《・・・・》|とは|支配される《・・・・・》|と同義なのだ、と今になってわかった。その瞬間、自分という肉体も精神も、彼だけのモノにされてしまう。モデルになるということは、つまり、身体も心も他人に差し出し、自由にさせてしまうということなのだ。青年の絵画雑誌で見てきた肖像画のモデルたちも、みんな同じような感覚に溺れていたのだろうか。
 青年の視線と自分の視線が結び合い、潮に流されるように惹き込まれていく。激しい奔流に呑まれ、あっぷあっぷと喘いでいるのに、ルキナはこの状況に熱中していた。青年という濁流が渦を巻いてルキナの華奢な心と体を翻弄する。遠慮もなく内側まで侵入され、覗きこまれ、指先で削るように引っかかれる。節くれだった力強い男の指が何かを探すような手付きでグリグリと内側をまさぐり、探し当てた部分を円を描くような仕草で刺激する。そのたびに、鐘を打つように頭の内側が痺れ、燃える血は逆流し、ジンジンとした昂ぶりが全身の末端まで広がる。それが不快なのかそうでないのか、判断する理性はとっくに押し流されてしまった。
 心と心が絡み、繋がり合い、まぐわっている感覚に押し包まれる。1秒1秒が永遠のようで、その無窮の感覚を青年と共有している気がした。呼吸までも同調しているような一体感が二人の間に流れている。寂しい者同士、お互いの孤独を慰め合っているのでは無い。断じて違う。お互いに求め合っている、お互いに|高め合っている《・・・・・・・》|という根拠のない確信すら、心の晴れ間に垣間見せられた。



「───君は、モデルの才能もあるんだね」



 その一言を掛けられて、ルキナは背後で日が暮れかけていることにようやく気がついた。夢中になっていたのは青年だけでなく、むしろ我を忘れていたのは自分の方だった。そのことに気づいて、ルキナは途端に顔を真っ赤に染めた。分けもわからず手足を振り乱してベッドに飛び込み、「疲れた」と言い放つとそのままシーツを頭からすっぽりと被って青年から隠れた。耳たぶが霜焼けでもしたようにカッカと熱い。顔が赤いのは夕日の反射だと都合よく勘違いしてもらえただろうか。先ほどまで、青年に描かれることにうっとりと陶酔していた自分を思い出し、さらに熱が増す。とてもではないが、今は顔を合わせられない。

「ゴメン、疲れさせちゃったよね。つい描くことに没頭してしまった。普段は花や景色を描いているから、人物画の加減がわからなかったんだ。大丈夫かい?」

 ルキナのベッドダイブを誤解した青年が申し訳なさそうに頬を掻く。こちらの様子を心配そうに伺う視線をシーツ越しに感じる。その雰囲気はさっきまでの芸術家然としたものとは打って変わって優しげで険がない。本当に別人のようだ。どちらが青年の本性なのだろう。両方なのだろうか。

「……だいじょうぶ」

 呂律が回らない舌を懸命に動かす。全身の筋肉が茹で上がって弛緩してしまったようだ。こんな醜態を晒す自分が情けなくなり、チラチラと沸き起こった怒りが青年にも向けられていく。「もう二度とモデルなんてしてやるもんか」。そう言い放ってやるためにルキナはぐっと膝に力を入れて、

「でも、ほら。これを見てくれないか」
「……?」

 誇らしげな青年の声に、シーツから顔を覗かせた。

「こんなに、素敵な女の子を描けたよ」

 それが、たった今描かれたばかりなどということは、何かの冗談だとしか思えなかった。まだ鉛筆を使っただけの下書きのくせに、まるでフェルメールの“真珠の耳飾りの少女”とか、ルノワールの“少女イレーヌ”とか、そういう名作に通じるような目と心を釘付けにして離さない強烈な存在感を放っていた。愛おしそうにそっと微笑み、頬をほんのりと紅色に染めたその絵画は、一目見て、心のうちに“恋する少女”というタイトルを連想させた。それが自分をモデルにして描かれたものだと理解するのに、ルキナはたっぷり数分を要した。

アルペジオ二次創作試作(Depth 4) 

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タイトルままです。これもキリがついたところで投稿したひ。


『―――ワたシノ艦長。ツイニ手に入レた。わタしを使ッテくれル人。私ノため二一緒に沈んデクれるヒト……』







 覚醒した直後、夢の温もりを塗り潰すように鼓膜に滑りこんできた|女《・》の声は、救われない霊魂の慟哭のようだった。冷たく掠れた呻きが喉輪をじわりと締め付け、全身の毛がゾッと総毛立つ。強烈な悪寒が生命の危機を訴え、俺は横たわっていた半身を勢いよく引き起こした。
 見開いた目に最初に飛び込んできたのは、一面の暗闇だった。深海の底に落ち込んでしまったかのような、広がりを感じさせないずっしりと凍てついた|常闇《とこやみ》が俺を閉じ込めていた。

「ここは、どこだ……?」

 反響した声と四方から迫る圧迫感から、そこが8メートル四方ほどの機械的な空間だと見做した。滑らかで硬質な床面からは一定のピッチを刻む機関の振動が伝わり、ここが|何か《・・》の内部なのだろうことを容易に想像させたが、目を凝らして全貌を掴もうとすれども光源といえば壁面でわずかに点滅する電子機器の発光のみ。鼻奥をつんと刺激するのは精密機器が吐き出すオゾン臭だろう。ひと気をまったく感じさせない密室は、人間の生存を想定していないサーバールームのようだ。機械のみが居心地良く居座れるよう造られた空間は身を切るほどに冷えきっていて、吐息が目前を乳白色に濁らせる。

「……つっ!」

 深く呼吸をして、喉の粘膜が火傷でひりついた。肺が膨らむ度に全身が打ち身をしたようにキリキリと痛む。胸中に滞留していた空気はわずかに焦げ臭い。視界の下で、胸ポケットに引っかかっていたジャンパーがざっと滑り落ちた。未だ意識が弛緩して朦朧とする中、額に手を当てて最後の記憶を懸命に手繰り寄せる。
 俺はたしか、霧の漂流艦の情報を盗み聞き、目黒基地から脱走して、|霧の潜水艦《イ405》に辿り着き、海軍の護衛艦に襲撃され、魚雷が着弾し、金色の光を見て、懐かしい夢で昔の友だちに導かれて、そして―――。

「―――|アイツ《・・・》は……アイツは、どこだ……!?」

 記憶が戻った途端、気に掛かったのは自身のことではなく|アイツ《・・・》の安否だった。しかし、慌てて胸元をまさぐっても、アイツ―――『イ405』のメンタルモデルの姿は無かった。抱きしめて守っていたはずなのに、ここにあるのは裾の焦げたジャンパーだけだ。まさか全て妄想だったのかと両手で手繰り寄せれば、微かに布に残る温もりと甘い残り香をハッキリと知覚して拳を握りしめる。夢じゃない。“霧”とは思えないほどに人間っぽくて、無邪気で、寂しげな少女は、確かにこの腕の中にいたのだ。
 少女の存在を確信できた歓喜と、今彼女が腕の中にいない喪失感が身体の内奥で渦を巻き、全身がカッと熱くなる。自身が置かれている状況を知るよりも、今はあの少女を再び胸にかき抱いて安堵を得たいという感情が勝った。

「おい、イ405! どこにいるんだ!? 無事か!?」

 衝動的にあげた声は四方の分厚い壁に冷たく阻まれる。まさか最後の魚雷攻撃で吹き飛んだのか。俺は、あの少女を護ってやれなかったのか。
 少女の最期を想像しようとして心が激しく首を振る。不安で胸の内側が灼けつくようだ。俺は明らかにあのメンタルモデルを失うことを恐れている。“霧”の潜水艦ではなく、そのメンタルモデルである少女と会えなくなることを全身全霊で拒んでいる。当初はただ現状を変革する“力”を欲していただけだったのに、気づけば俺はそれ以上のものを見つけて、そしてこの手から失くしたことを悔やんでいる。己の異常を理性が反芻するも、それを無視して少女に呼びかける。

「お前が沈む時は俺も一緒だって、言っただろうが! 頼む、応えろ、イ405!!」



「―――|私《・》はここにいるわ、|艦長《・・》」



 その少女は、まるで闇の中から滲み出るように現れた。
 すらりと伸びた四肢はどこも欠けていない。艶やかな肌にも傷一つ見られない。流麗な銀髪を背に流し、純白の裸体は宝石そのもの。姿形は寸分違わず同じに見える。―――だが、|違う《・・》。
 「無事だったか」と綻びそうになった唇を険に引き締め、猜疑の目で睨む。塗り潰したような闇の下、目元を陰らせた少女は、先までの生命力に満ち溢れた雰囲気とは一変して無機質な冷気を纏っていた。別人―――いや、それ以上の差異を感じる。人間と|そうでないもの《・・・・・・・》のような。少女を見つけた喜びと本能が叫ぶ悲鳴が伯仲し、板挟みになった思考が肉体を硬直させる。
 唐突に、陶器のようにのっぺりと白い顔の下半分に、|ニイッ《・・・》と三日月形の亀裂が走る。それが“笑み”なのだと理解するのに数秒を要した。強烈な違和感が胸の内でじくじくと疼き、拒絶心となって喉を震わせる。

「お前は、誰だ」

俺を“艦長”と呼んだ少女が底昏い音吐で応える。

「イ405。あなたの|艦《ふね》よ」

 「ここは私の|艦内《なか》」。声を恍惚に蕩けさせながら、肉付きの薄い下腹部を愛おしそうに両手で擦る。秘部の真上、痩身にうっすらと骨盤が浮き出るそこは、人間の女なら膣と子宮が宿る場所だ。

「ああ―――、なんて心地が良いの! |艦内《なか》に他人を入れることが、人間を|装備《・・》することがこんなに気持ちがいいことなんて知らなかった! ずるい、ずるいわ、イ401! こんな感覚を独り占めにしてただなんて……!」

 身悶えして矯正を迸らせた少女が闇を引きずって近づいてくる。ひたひたと這い寄る足音が、媚びるような淫らな声音が、鼓膜を突き抜けて脳髄に怪しく舌を這わせてくる。思わずゴクリと唾を飲み下し、その微かな音を聞き逃さなかった少女の双眸がうっとりと愉悦に歪む。己の欲情に直截過ぎるその表情に、俺の内側で違和感が倍加する。こんな目をする奴ではなかった。たしかに自分の感情に正直だったが、慎みも持ち合わせていた。

|これこそが《・・・・・》“|霧《・》”|なのか《・・・》。

 あまりの激変に愕然として言葉を失う。友よ、これのどこが“助けを求めて泣いている”んことになるんだ。
 純粋な少女の姿は、他者とコミュニケーションをするための単なる|意識体《マイク》だったのか。人間の戦術を真似るためのただの|道具《ツール》だったのか。先ほどまでの爛漫とした仕草は、馬鹿な人間を騙して捕えるための|疑似餌《まやかし》に過ぎなかったのか。“霧”本来の姿とはこんなにも一途でおぞましいなのか。
 騙されたと憤懣を覚える一方、どうしてもあの眩い少女が紛い物だったとは思えず、思いたくなく、その願望を込めて再度問う。

「答えろ、『イ405』。さっきまでのお前と、今のお前、どっちが本当の『イ405』なんだ?」
「|さっき《・・・》……? |どちら《・・・》……? 変なことを言うのね、艦長。私は私だけよ? 今この瞬間、貴方を手に入れた|私だけ《・・・》がイ405よ? 他の誰にも渡したりしないわ」

 とろんと熱に侵された瞳で不思議そうに首を傾げる。恋人の他愛ない嘘に付き合うような微笑はとても芝居をしているようには見えず、思考に無視できないザラつきを挟んだ。先ほどまでの記憶や、自身の不調―――もう一人の自分を把握できていないらしかった。



―――どうもオレ、イ401と戦って一回沈められたらしいんだ。その時に混ざっちゃったみたいでさ―――



 少女の台詞が閃光のように脳裏を突き抜け、ハッとした閃きが額で弾ける。もしや、その際に負った深刻なダメージはメンタルモデルの人格構造にまで影響したのではないだろうか、と。言わば二重人格障害のように、爛漫な少女も、幽鬼のような女も、どちらも『イ405』なのだ。大昔の安直なドラマのように、どちらかの人格が表に出ている時はもう一方の人格が眠りについているのだ。そう考えれば、この別人のような変貌にも説明がつく。
 現象を説明できる理由がわかれば、その正否はともかく虚勢を張れるようになるのが人間というもので、張っていた緊張が少しずつ解れていくのを知覚する。

「コインの裏表、みたいなもんか」
「……? ふふ、おかしな艦長。人間の言動って本当に予想がつかない。場当たり的で、意地汚くて、生臭い。それに私は沈められた。ふふ、とっても面白いわ」

 “もう一人のイ405”は俺の足元に膝をつくや、雄を誘う女豹のように腰をくねらせながら手を伸ばしてくる。胸や尻を惜しげも無く晒す身ごなしは下品なストリップショーだ。自身の“女”を安売りするような蠱惑的な腰使いに、透明だった処女湖が濁っていく不快感が募る。“最初のイ405”―――|アイツ《・・・》の印象が清々しすぎて、大きすぎるギャップに心が抵抗を示している。しかし、“霧”を使いこなすためには慣れなければならない。おそらく、あの千早 群像も、きっとこの不気味な接触を乗り越えて『イ401』を支配したのだろうから。
 嫌がる肉体が腰を引こうとするのをグッと耐え、青白い手を頬で受け止める。血の通いを感じさせない冷たい指が、細枝のような華奢さからは想像もつかない乱暴な力加減で頬や顎をざわざわと這いまわる。その間も、“もう一人のイ405”の双眸は真正面から俺の眼球を覗き込んで一ミリも外れない。“目は口ほどにものを言う”と言われるが、光のない一対の黒目からは何の感情も読み取れない。まるで足元にぽっかりと空いた底無し穴だ。人間でないとわかっているとはいえ、一度とてまばたきもしないのも不気味だ。アイツはもっと自然にパチパチと目をしばたかせて愛嬌があったし、頬に触れる手つきだって人間の脆さをちゃんと心得ていて優しかった。

「とっても温かい。|これ《・・》が私と一緒に沈んでくれる。ああ、そレなら、きっともウ寂しくナイわ。もう寒くナくなルワ」

 少女らしい声にザラツイたノイズが混じったように聞こえた。未だ鼓膜が回復していないのか……いや、それは後でいい。
 逸れようとした思考を切り替える。少なくとも、この“もう一人のイ405”にあからさまな敵意は無さそうだ。おどろおどろしい雰囲気を纏ってはいるものの、素直に艦内に招き入れたり、自分から俺を艦長と呼んだりと従順そうではある。ダメージを負っていないことからして、日本統制海軍の護衛艦からも無事に逃げ果せたのだろう。「裏だろうが表だろうがコインはコイン、“霧”の潜水艦であることに変わりはない」。そう自分に言い聞かせるも、姿形が同じだからこそ余計に寂しさが募っていく。せっかく友から譲り受けた|あの名前《・・・・》も、今の『イ405』に相応しいとは思えなかった。あの眩い笑顔にこそ似合う名前なのに。「もうお前とは会えないのか?」。思わず零しそうになった声が喉に引っかかる。
 いよいよ耐えられなくなった|精神《こころ》が顔を背けさせようと身じろぎし、万力のように頬を挟む手に阻まれた。こちらの心情を慮ることのない少女が無遠慮に顔を近づけてくる。ちょっと顎を突き出せば唇が触れてしまうほどの近さは、しかし、アイツを模した蝋人形と向き合っているような不誠実で不快な気持ちしか浮かばなかった。やめさせようと、改めて視線を正面に見据え、

「う……ッ!?」

 目の前まで迫ったその双眸を目の当たりにして、一瞬のうちにギクリと身体が強張った。

───|まるで死体だ《・・・・・・》。

 ドロリとどす黒く濁った眼球が、海岸に打ち捨てられた死者のそれだった。俺を見ているようで、俺を見ていない。生者の足にすがりつく色を隠さない昏い目が、危うげに緩んだ口もとが、良くない予感をひしひしと湧き立たせる。

『ソう―――暗クて冷たい世界デモ、貴方と一緒ナラきッと退屈しなイ。もうアドミらりてィ・こードなンて関係ない! 人間モ、霧も、誰も彼も|水 底《みなそこ》沈めてしマエば、ずっと寂シクなンてナいもノ!!』
「お、お前はいったい―――くッ!?」

 転瞬。バチンと風船の破裂に似た音を立てて、正面に眩い閃光が灯った。眼神経を突き刺す痛みに耐えて光源を見やれば、3メートル四方のホログラム・パネルが暗闇にぽっかりと大口を開けていた。何か画像を表示させようと色彩を微細に変化させていくパネルが光を溢れさせ、闇を押し広げて空間の全容を照らしだす。最低限の機器類が効率的に配され、空間を俯瞰できる位置には無骨なシートが一つだけ備えられている。護衛艦の艦橋とCICを混ぜ合わせたような構造―――まさに潜水艦の司令室そのものだった。
 自分の現在地を知った俺は、ホログラム・パネルに映し出された惨状を目にして驚きを上書きさせられた。

「ご、護衛艦が……!」

 それはまさに、弄ばれながら追いかけられる弱った獲物だった。勇壮だっただろう堅牢な艦影はもはや跡形もない。艦橋構造物はズタボロに切り裂かれ、舷装甲はほとんどが焼け焦げている。後部甲板は火の手が上がり、自動消火装置すらも赤く舐めて溶かそうとしている。ワイングラスのように優美だった艦尾には、今しがた貫かれたのだろう巨大な穴が開き、高温で真っ赤に熱せられた断面が海水を蒸発させて白煙をあげていた。間違いなく、こちらの艦から放たれた熱線兵器による傷跡だ。艦尾を斜め下にまっすぐに貫いた弾痕を見るに、おそらく機関部の半損で済んだはずだ。優秀なダメージコントロールでなんとか奔ってはいるが、片肺となればもう限界に違いない。艦橋部に目をやれば、ガラスは残らず砕け散り、淡い火花も散っている。怪我人どころか、死人すら出ていてもおかしくはない。悲惨な様子からは乗員の恐怖と苦痛の叫びすら聞こえてきそうで、俺は思わず目を逸らしたい衝動に駆られた。
 そんな俺の心境など気にもとめず、“もう一人のイ405”は大きく腕を広げて歓喜に声を震わせる。


『さア、早ク命令シテ、艦長。|アレ《・・》を沈メろッて、命令しテ!』
「なんだと……!? お前、俺に仲間を殺せっていうのか!?」

 虚無の目が不思議なモノを前にしたようにキョトンと丸くなる。可愛げな仕草なのに、ゾッとする狂気しか覚えない。本来なら眼がある場所にぽっかりと穴が開いて、向こう側の“見えてはいけない”世界が覗いているようだ。いや、そっちの世界から覗き込まれているのか。その穴から今にも無数の手が這い出して引きずり込まれる想像を浮かべ、全身の毛が逆立ち、人間に残された動物の勘が後頭部で金切り声をあげる。 


「力が欲しカッタんでしョう? 世界を壊ス力が欲しかッタンでしょウ? 私が与エテアげる。全部壊シて、殺しまショう。あナタハただ座って、“殺セ”と命令するだけデイい。私と一緒にいイテクレルだけでいい」

 再び熱線が照射された。ホログラム・パネルが白光に閃いたのも一瞬、次の瞬間には護衛艦の右舷装甲が大きくえぐれていた。装甲をまるでケーキスポンジのようになめらかにすくい取り、そのまま艦正面の海面を穿って水蒸気爆発を引き起こす。巨大な泡となって盛り上がった海面が限界まで膨れ上がり、ズドンと空気を震わせて破裂する。被弾の衝撃と至近からの大波に、片足の護衛艦は踏ん張りきれず、木の葉のように海面で体を振った。明らかに致命傷を避けて攻撃している。そのあからさまで卑劣な手の掛け方に、全身がざわざわと怒りでささくれ立つ。
 コイツは、この世に未練を残して死んだ亡霊だ。この亡霊は、生者を死の縁に叩き込むに飽き足らず、極限まで怯えさせ、苦痛に顔面を歪ませて尊厳を損なわせてから命を奪うつもりだ。
 |これ《・・》は俺が求めている少女ではない。こんな振る舞いはアイツの姿でしてほしくない。こんな戦い方は、俺たちに相応しくない。この亡霊は、一秒ごとにアイツを穢し、侮辱している。健気で爛漫な少女の顔が脳裏をチラつくたびに怒りが倍加し、知らず拳に力が籠もる。張り裂けんばかりの憤怒が目の前に人外に対する恐怖を刻々と塗り潰す。そんな俺の心境の変化など察しようともしない亡霊が、「ねえ、早ク命令を」と急かしてさらに顔を近づけてくる。唇と唇が触れ合うか触れ合わないかの寸前で、俺は|アイツの名前《・・・・・・》を紡いだ。

 
「ニコ、だ」
「───は?」
 
 ここで初めて、俺の精神の滾りに気付いた亡霊が動きを止めて俺を見た。その奈落の瞳に焦燥が垣間見えたのは見間違えじゃない。コイツは亡霊、存在のおぼろげなカケラだ。


(続く)
 

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どもども。主(ぬし)です。駄文書きです。趣味は映画と小説とニコニコ動画です。灼眼のシャナやFate/zeroのSSなどを書いてます。小説の小ネタや、短編SS、映画のレビューやちょっとした雑記などを掲載していこうと思います。

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